表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
33/326

2月2日


 二月二日。

 昨日から一昼夜。喧々諤々の議論の末、町田青年は夢見の同居を許可した。


 無論、今までも泊まりはあったのだから、彼も彼女が家にいることについては否やはない。

 ただ、同居となると話は別だ。嫌ではないが、気にかかることは山ほどある。

 いい歳をした男と一緒に住むことを、両親がどう思うかなどは特に懸念すべきことであった。


 だが、町田青年の方が二つ上とはいえ、夢見も大学生である。

 無鉄砲な真似も出来るが、それを計画的な物に修正出来るのもこの年代からで、それを彼は見誤っていた。


 既に両親の説得は済んでおり、後は町田青年次第であったのだ。

 彼女の母親から電話で「今度遊びに来てね」と言われたのが、全ての決まり手であった。

 夜更けとなり、町田青年は溜息を吐いて、三つ指を揃えた。


「夢見さん」

「はい」

「不束者ですが、どうぞよろしくお願いします」

「此方こそ、お願いします!」


 立場が逆の様にも思える、了承のサインであった。

 その様子をメアリーがこっそり見ていたことは、誰も知らない。


***


「……おじちゃん、ゆめみせんせーとけっこんするの?」

「えっ」


 そんな発言が飛び出たのは、その日の昼。

 町田青年が、荷物を段ボールへ詰めていた時だ。

 彼はぴたりと作業を止め、ゆっくりと振り返る。


「どういう質問ですか」

「けっこんするのー?」

「……どういう質問ですか」

「けっこんー」


 くるくると町田青年の周りを行き交い、メアリーは彼の顔を覗こうとする。

 それに対し町田青年は顔を俯かせるどころか、両手で顔を抑えて、唸った。

 恥じらいである。色恋沙汰など、彼にとっては無縁であった。


「……考えてません」

「えー?」

「本当です。意識したことが、ありませんでした」


 嘘ではない。

 元から人間として好意は抱いていたが、男性として夢見に好意を抱く余裕は、今までの町田青年にはなかっただけなのだ。

 メアリーが来たからこそ、二人の関係は前進した、とも言える。


「どうなんでしょう」

「どうなのー?」

「どうなんでしょう……」


 困った様に、町田青年は呟く。

 果たして自分の気持ちはどういったものなのか。自分自身にも分かったものではない。

 けれど。


「……多分」

「たぶん?」

「好き、だとは、思います」

「そっかー」

「……多分」

「たぶん」


 少なくとも嫌いではないのは、確かであった。

 まだ、男性としてとは強くは言えないが、今後分かることだろう。

 そう結論付けて、作業を再開する前に。

 

「メアリーさん」

「なーに?」

「メアリーさんは、自分が夢見さんのことを好きで、いいですか?」

「いいよ!」

「そうですか」


 一応、確認だけはしておいた。

 メアリーはにっこりと笑いながら、町田青年の背をぺしぺし叩く。

 力加減は出来ていないが、優しさの感じられる触り方だった。


「めーちゃん、せんせーといっしょにいたら、おじちゃんもっとげんきになるとおもう!」

「そうですか?」

「そうでっす! それでそれで、めーちゃんといっしょにおしごとしたら、もっともーっとげんきになるとおもう!」

「そうですか」

「そうでーっす!」


 にーっと笑いかけられたので、町田青年は出来る限り笑って返す。

 ……努力虚しくも、薄い微笑みで終わってしまったそれを見て、メアリーは満足気に頷いた。

 町田青年もまた、鷹揚に頷くと、でも、と付け加える。

 

「夢見さんには、このことはナイショです」

「なんで?」

「自分が、恥ずかしいので」

「……うん、わかった!」


 指きりげんまん、嘘ついたらおーでこいっぱいのーばす。

 そんな文句を唱えて、二人は指を切る。

 どちらともなく、顔が綻んだ。


「メアリーさん。片付け、出来てますか?」

「うん!」

「では、箱に詰めてしまいますね」

「はーい!」


 メアリーのお友達である人形達を、町田青年は丁寧に詰めていく。

 壊れない様に、梱包材に包みながら。また遊べる様に、丁重に。


「……またね、おにんぎょーさん!」

「引越ししたら、すぐに会えますよ」

「うん!」


 一通り終えて、次の作業に取り掛かる。

 そんな町田青年の頬は、僅かに赤く染まっていた。


 ■メアリーの にっき■


 きょうは おじちゃんと ひっこしのじゅんびを したよ!

 おうちのなかのもの おふとんと れいぞーこいがいは ダンボールのなか!

 あした ゆめみせんせーのにもつと いっしょに もってくよ!


 (以下は読みにくい黄色のクレヨンで書かれている)

 ナイショのおはなしだから きいろのクレヨンさんで かくよ!

 みえにくいから わかりにくい! めーちゃんあたまいい!


 おじちゃんが せんせーをすきか きいてみたよ。

 たぶんすき だって。 はっきりじゃないけど すき だって。

 まだ わかんないんだって。 ふしぎだね。


 おじちゃんは ゆめみせんせー すきだとおもうな。

 でも たぶん ゆめみせんせーは おじちゃんのこと もっとすき。

 ……めーちゃんも たぶんになった! おじちゃん ただしーね! すごい!


 あしたは ゆめみせんせーに きいてみよっかな。

 ナイショのはなし。 ナイショのはなし。


 あしたもいいこと ありますように。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ