2月1日
二月一日。
不動産屋の都合により、昼の頃から三人は新居候補へと向かった。
新居候補は小じんまりとしているが、昔ながらの赤い屋根や、古びた板壁の面映ゆいものであった。
屋外でも飲食が出来る様で、洒落っ気のある鉄製のテーブルが、前の持ち主の趣味を感じさせる。
「やぁ、初めまして。貴方が、町田さんですね?」
「はい」
「よろしくおねがいします!」
「はい、此方こそ。……やぁ、話に聞いていた通り、礼儀正しい子だねぇ」
「えへへー!」
目的の店舗の前で出迎えてくれたのは、でっぷりとした壮年の男であった。
しかしその顔は、あの店長の様に威圧的ではなく、寧ろ柔和に微笑んでいる。
金髪碧眼の幼女に驚いたり、怪訝な表情を浮かべないどころか、優しく撫でてくれる辺り、懐の広い人なのだろうと町田青年は感じた。
「叔父さん、今日はよろしくね」
「勿論。……改めまして、不動産業を営んでおります、早乙女大治郎と申します」
「町田三夢と申します。この度は急な話で、ご迷惑をおかけしております」
「いえいえ。折角夢見ちゃんが見つけてくれたお客さんですから。丁重に対応させて頂きますとも」
町田青年は出来る限り、折り目正しく挨拶する。
快活に応じてくれるのは、相手に余裕がある証拠だ。余裕がないと、人はすぐ怒る。
それを鑑みるに、少しは安心して良いだろうと、町田青年は改めて考える。加えて、そういった相手には、誠実に応えようとも。
「では、どうぞ中へ」
「はい」
「「おじゃましまーす!」」
店の鍵を開け、中へと入る四人。
中はきちんと管理がされている様で、生活感は感じないものの、埃臭さも感じられない。
カウンター席が殆どで、その他には対面席が一対。満席でも十数人座れればいい方だろう。
パブを意識したのか、棚にはワイン瓶が所狭しと飾られている。
幾つかの絵画や、昭和の映画ポスターも残されており、そこに流れた時間を物語っていた。
喫茶店のモダンさと、パブのシックさが合わさった、見る人が見れば「良い」と答える店。
それが、町田青年と、夢見の抱いた所感であった。
「……凄い、良い」
「おや、気に入りましたかな?」
「えぇ、えぇ。……とても」
珍しく興奮しているのか、町田青年が強く頷いた。
実のところ、町田青年は「見る人」である。新しい技術の塊も好きだが、時代を感じさせる逸品も大好きなのだ。
本当に珍しく町田青年の頬が上気しており、尻尾が生えていれば千切れんばかりに振られていたことだろう。
彼の趣味を知る夢見はクスクスと笑いを抑えられず、知らないメアリーは不思議そうに、しかし嬉しそうに店内と町田青年を見比べていた。
「先輩のその顔、見るの久しぶりです」
「え、あ。……顔に、出てましたか」
「良いんですよ、顔に出して。ね、叔父さん?」
「えぇ。気に入って頂けることに、悪いことはありませんから」
恐縮する町田青年に、大治郎は笑って返す。
そうして鞄から、幾つかの書類を手繰り寄せ、それを元に説明を始めた。
「……此方は築三十五年、建築当時から喫茶店として運営されていた物件でして。一階が店に、二階が居住部になっとります」
「二階へはどうやって行けば?」
「外からと、後で案内しますが、厨房の奥から行けますよ」
「おうち! おうちみてみたい!」
「うんうん。後で皆で行こうねー」
「はーい!」
メアリーはどちらかと言うと、普段住むことになる二階が気になる様で、夢見に宥められてもどこかそわそわとしていた。
早く見せてあげたい町田青年だったが、厨房の説明も聞きたいところであった。
宥めるのを夢見に任せて、彼は大治郎へ続きを促す。
「設備は、三年前に一度リフォームしておりますので。エアコンや冷蔵庫なぞはまだまだ使えますな」
「居抜き物件とは聞いていますが……そこまで、置いてあるものなのですか」
「いえ、此方の前の持ち主さんが、かなりお歳を召された方でしてね。引退して、老人ホームに入られるそうで」
大治郎曰く、前の持ち主とは知り合いで、彼が引退した折にその全ての処分を請け負ったそうだ。
しかし相応の歴史と設備のある物件である。壊してしまうのも勿体ないと思っていたところに、夢見が相談を持ちかけて来たらしい。
「私も度々利用していたので、取り壊すのは惜しいと思ってましてな。町田さんが使ってくださるならありがたいというものです」
「……自分が出来るかは、自信はありませんが」
「なーに、それは夢見ちゃんと頑張ればよろしい」
「い″っ」
「めーちゃんもやるよっ!」
「おぉ、こりゃ失礼。お手伝い出来るなんて、良い子だねぇ」
「えへへーっ!」
小さな胸を張るメアリーを、大治郎は微笑ましく見つめていた。
その様を見ながら、微妙にからかわれたことに頬を膨らませて、夢見は厨房の奥を覗く。
「……叔父さん? そろそろ、二階も見たいんだけど」
「みたーい!」
「おぉ、そうだそうだ。さ、町田さん。階段は少し急なので気をつけて」
「えぇ」
やや急高配の階段を登り、二階へと赴く。
一通り見て回る度に、町田青年の気分は高揚している気がした。
***
「如何でしたか?」
「とても、いい家かと」
「そうですか、それは良かった」
にこにこと大治郎は笑う。
町田青年もまた、鷹揚に頷いて返した。
二人は互いに差し出されるまま、互いの手を取る。
「是非、自分に使わせてください。微力を尽くして、運営させて頂きます」
「はい。またこの店が開く日を、楽しみにしていますよ」
意気投合、といって差し支えなかった。
敷金礼金を確認し、契約書にサインする。
貯金はあるし、一年間なら財源もある。
そう、無理のある買い物ではなかったと、町田青年は思っていた。
「明日、此方にお引越ししましょう」
「おひっこしー!」
「ほう、早速。業者を紹介しましょうか?」
「いえ、車があれば、自分で何とか出来ますので……」
「あ、先輩先輩!」
はいはい! と夢見が手を挙げる。
きょとん、と町田青年がそちらを見れば、夢見はにひ、と顔を赤らめ、はにかみながら。
「……車出しますから……私の荷物を運ぶの、手伝ってくださいね!」
と、爆弾発言をかましたのだった。
のんきにしていたメアリーの、絶叫が響き渡った。
■メアリーの にっき■
きょうは みんなで あたらしい いえを みてきたよ!
かふぇーは ちっちゃいけど きれいなびんで いっぱい!
おじちゃんの おりょーりが おいしくなりそうな キッチンもあるよ!
にかいは いまのおうちより ちょっとひろい!
わんでぃーけー? から わんえるでぃーけー? になるんだって!
よくわかんない! でもひろいよ!
あとね びっくりしたんだけどね ゆめみせんせー いっしょにすむんだって!
おじちゃんが めをまんまるにして じーっとみてたよ!
おうちに かえったあと まだ いろいろはなしてるみたい。
どうなるのかな。 めーちゃん いっしょにすむの いいとおもうけど。
あしたは おひっこし!
あしたもいいこと ありますように!




