1月31日
新章突入、というやつです。
一月三十一日。
この日は、とにかく慌ただしい一日であったと、町田青年は記憶している。
職に住処に今日の献立に。
考えこみながら、町田青年メアリーとゴロゴロしながら満喫していた。
「……あったかぁい!」
「くすぐったいです」
「えへへーっ、こちょこちょこちょー」
「くすぐったいです」
彼が僅かに身じろぎする度、胸の上にぴったりとひっついたメアリーが、右へ左へと揺れる。
平和な時間。だがその安寧を崩す様に、インターホンが鳴り響いた。
「せぇーんぱぁーいっ! 起きてますかぁーっ!」
「寝転んでますね」
「ごろごろしてるーっ!」
「だったら早く開けてくださいーっ! 寒いですーっ!」
来客は頼れる女大生、早乙女夢見であった。
町田青年は片手でメアリーを抱きながら起き上がり、玄関を開く。
「いらっしゃい、早乙女さん」
「おはよ!」
「もうこんにちはだよっ! ……ってそれよりも!」
何やら慌ただしく、夢見はまくし立てる。
この女性は普段から元気だが、どこか落ち着いた雰囲気も持っており、こうして慌てているのはテストやレポートの締切でしか町田青年は見たことがない。
何事かと思って聞いていれば、夢見は一枚の写真――小さな店舗が写ったもの――を取り出して。
「先輩っ! 一緒に喫茶店やりませんかっ!?」
世迷い事を言い出した。
昼の頃であった。
***
「……それで、喫茶店、ですか?」
「きっさてん?」
「飲み物や、軽い食べ物を頂くお店です」
「へー……!」
「そう! 昨日、不動産屋の親戚と相談して、いい物件を見つけたんですよ!」
間取り表や物件情報、それらが記された書類を卓袱台に広げ、夢見は言う。
その物件は喫茶店としての、元の設備が置かれたままのもの。所謂「居抜き物件」であった。
こじんまりとしていて、今のアパートから五つ程駅が離れたところにある。
駅から程良く近く、程良く遠い。二階を住居にして住む事もできる。
極めて貴重な条件が整っている様に思えた。
「丁度、この間空いたらしくて。今、取り敢えず予約して、募集はやめてもらってるんですけど……」
「……自分と、自分の懐次第、と」
「えぇ」
「……そうですね」
町田青年は思案する。
採算と、貯金。いくらかを勘定に入れて、頭の中で算盤を弾く。
そして……。
「メアリーさん」
「なーに?」
「喫茶店、やってみますか?」
「やるー!」
「はい」
「はいじゃないが」
……最終決定権を、メアリーにぶん投げた。
満面の笑みでの首肯を受けて、町田青年はゆっくりと頷く。
流石にそれを、夢見が引き止めた。
「え、あの、いいんですか?」
「はい」
「多分メアリーちゃん、諸々分かってないですよ?」
「いいんです」
おろおろと言う夢見に、町田青年はゆるりと微笑む。
前の職場で働いていた時より、ずっと柔らかい笑みに、思わず彼女はたじろいだ。
「……メアリーさんと、“夢見さん”と一緒なら……きっと、楽しいですから」
たじろいだ夢見に、とどめの一撃が突き刺さる。
その後はもう、トントン拍子で話が進むだけだった。
■メアリーの にっき■
きょうは ゆめみせんせーと おじちゃんと いろいろおはなししたよ!
きっさてん っていうのを やるんだって! さんにんで!
たのしみだね!
あした おみせと おうちを みにいくんだ!
どんなおうちなのかな?
あしたは とーっても たのしみ!
あしたもいいこと ありますように!




