1月3日
一月三日。日曜日の朝、六時。
町田青年はいつも決まった時間に起きる。
仕事に遅刻しない為もあるが、癖になっているのだ。
なので寝ててもいい日にも起きてしまう。
「…………はぁ」
そういう日に起きると町田青年は、自分が肉塊で出来た機械の様に思えてしまい、とても憂鬱になる。
その憂鬱な感情が、その日一日の表情を、接着剤の様に固定させてしまうのだが。
「…………むぃ」
「…………」
今日は、いや、昨日からは違った。
憂鬱な気分を和らげる柔らかさが、ぴったりと寄り添っている。
触れ合っているところが少し汗ばんでいるが、そこはご愛嬌というもの。
「……」
「むぃー……あむぅー……」
戯れに頬を触れば、まるで動物の様にそれ――小さな小さな同居人、メアリーは町田青年の細長い指を咥える。
そのまま指は、棒付きキャンディの如く舐めしゃぶられ、たちまち涎まみれになってしまう。
「……ふふ」
それでも、何処と無く可笑しく思えてしまうのは。
「……おやすみなさい」
きっと悪くないことなのだろうと、町田青年はゆっくりと目を閉じた。
***
九時。
「ごちそうさまでした!」
「はい、お粗末さまでした」
二人揃って手を合わせ、食事終了の音頭を取る。
これでおせち十四食分。元旦にあったのが三十食分なので、もう半分に差し掛かっているということになる。
ちなみにおせちはそれ程多くはなく、小皿に乗った小料理が数点あるくらいである。
なのでお腹を脹らせるのは専らお雑煮で、お雑煮の中に入れるお餅は二人共一個である。メアリーは童女であり、町田青年は小食であった。
「メアリーさん」
「はーい!」
今日も今日とて元気な返事をするメアリー。
そんな彼女に鷹揚に頷きながら、町田青年は話を続ける。
「買い物に行きましょう」
「かいもの?」
「はい。惣菜と、洋服と、後は少し本などを」
「いっぱい!」
「そこそこです」
皿を片付け、洗い終えると、既にメアリーは準備を終えていた。
コートの着方は少し荒いが、ちゃんと一人で出来ているので、町田青年は彼女の頭を撫でて、着方を整える。
「では、行きましょうか」
「うんっ!」
今日は暖かめなので、町田青年はセーターだけで出発する。
まだ肌寒い空気だが、眩しい青空が二人の身体を暖めていた。
***
二人が赴いたのは、三駅先の大型ショッピングモールである。
東京は物価が高いが、幸いにしてメアリーを預かる報酬があるので、町田青年の懐は暖かい。
きらきらと目を輝かせるメアリーを連れて、町田青年はまず「世界中何処にでもある服屋」に向かった。
「……おようふく、いっぱいだねぇ!」
「はい」
「なんのおようふくかうのー?」
「メアリーさんのを買います」
「めーちゃんの!」
「はい」
「やったー!」
ばんざーい、と両手を上げるメアリーに合わせ、町田青年も小さく万歳する。
メアリーのリュックサックに入っていたのはパジャマと洋服、下着が一着ずつで、着ているのを合わせても、少し足りなさそうであった。
なので充分な数を調達し、寒い冬でも暖かくして貰おうというのが、町田青年の考えである。
暖かくなった結果、今日の夜の様な暖かみはなくなるかもしれないと考えたが、それはそれで、健康が守られるのだから良いだろうと彼は結論付けた。
「好きな柄はありますか?」
「がら?」
「……洋服の、色とか、模様とかです。こんな感じの」
「……めーちゃん、それすき!」
「……そうですか?」
「うん!」
町田青年の手にとった、ストライプ柄のセーターを、メアリーはぎゅっと抱きしめる。
良いのだろうか、と考えながら、町田青年は幾つかの衣服を手に取り、買い物カゴに入れた。
「……他に欲しいものはありますか?」
「ないよ!」
「……そうですか」
どこか引っかかりを覚えながらも、町田青年は衣服を会計に通す。
嵩張る物を抱えながら次へ向かったのは、本屋であった。
「なんのごほんかうの?」
「……メアリーさんは、字は読めますか?」
「よめるよ!」
「では、絵本と児童書を買いましょう。後は少し、自分の欲しい物を」
「うん!」
幾つかの絵本と、児童書を手に取り、買い物カゴに放り込んでいく。
それ程多く買う必要はないのだが、明日からのことを考えると多めに買って置いて損はないだろうと、町田青年は考えていた。
そうして、次は自分用の本を買い込む。
「……それ、なんのごほん?」
「海外のSF小説です。和訳版が漸く出たので、買おうかなと」
「むずかしいごほん?」
「少し。でも、面白いですよ」
「へぇー……!」
読書は、町田青年の数少ない趣味である。
様々な書物を手に取り、その内容を堪能するのが、町田青年にとって好きなことであった。
SFだけでなく、一般文学や現代新書、歴史小説にライトノベルも手に取っていく。
「いっぱいだね!」
「はい。いい買い物をしました。メアリーさんはどうですか? 満足出来ましたか?」
「うん!」
「……そうですか」
普段は金がないので図書館で読み耽るのだが、この日の町田青年はちょっと贅沢をして――顔は変わらないものの、本人としては――浮かれていた。
なので引っかかる物の正体を掴めずに、町田青年は首を傾げながら、食料品店へと赴く。
「……ひろい!」
「はい。人もいっぱいなので、このカートを使いながら行きましょう」
「……おー!」
そう言って町田青年が引き出したのは、ショッピングモールによくあるキャリーカートである。
車の形をしたそれは、積載量こそ普通の物に劣るものの、子どもの気を惹くには充分である。
「……のっていいの?」
「はい」
「やったぁーっ!」
現に今、メアリーは喜び勇んでキャリーカートに乗り込んでいる。
ハンドルを手に握りしめて、メアリーは高らかに叫ぶ。
「しゅっぱつ、しんこーっ!」
「はい」
「めざせー……めざせ?」
「まずは、野菜を買います」
「うんっ! めざせー、おやさいっ!」
「はい」
キャリーカートを押せば、メアリーはきゃっきゃと喜んで操縦ごっこを始める。
そうしてカゴいっぱいの商品を買い、持ってきた買い物袋に詰め込んだ。
「……これで、当分は大丈夫ですね」
「そうだねー……」
食材、本、衣類。当面必要なモノは買い揃えたので、しばらくは此処に来る事もないだろう。
両手で持っていくのも億劫な程度になってきたので、町田青年はそろそろ帰ろうとし――。
「……メアリーさん?」
「ん……」
――ショーケースに釘付けになっているメアリーを見つけた。
おでこをぺったりとガラスにくっつけ、何かをじっと見つめている。
「…………人形ですか」
「……ん」
見れば、そこは女児向けの人形を扱う店であり、彼女はその中の、小さな舞踏会に夢中になっているらしい。
「……成程」
一旦荷物を置いて、町田青年はそっと店に入る。
ファンシーな店内で、ファンシーな店員が対応してくる。
「いらっしゃいませ。何かお探しですか?」
「……そこのショーケースにあるものを」
「あぁ、あれですか。どのお人形になさいますか? 赤いドレスの子が人気が高いですが――」
店員の勧めを聞き流し、町田青年は熟考する。
そうして財布を覗き、一言。
「全部、クレジットカードでお願いします」
とだけ返した。
***
「……すぅ」
夜、二十三時。
メアリーは歳相応に、眠るのが早い。二十一時頃が彼女の就寝時間だ。
といっても、町田青年の眠る時間も同じ程度なのだが、今日は眠らず、何かを待っていた。
「……来たか」
軽いチャイム音が鳴り、メアリーが寝静まっているのを確認してから玄関を開ける。
玄関前には、がたいのいい男――宅配便の運送業者だ。手にはそれなりに大きいダンボール箱の荷がある。
「はい」
「あ、宅配便です! ハンコ、お願いします!」
「はい」
言われた通り、判子を押し、荷を受け取る。
そうして、メアリーが寝ているのを見計らい、そっと梱包を開けていく。
中には、彼女が魅入っていた人形達が入っていた。
安くない金額であったが、思わず町田青年の顔に笑みが溢れる。
彼女はいい子だ。本当に欲しいものがあっても、気を使って言わないでいたのだろう。
その全部を暴き、欲しいものを与えることは町田青年には難しい。
だが、大きく反応した人形だけは、買って然るべきだろうと彼は考えた。
「……おやすみなさい」
明日、メアリーがどんな顔をするのかを楽しみにしながら。
町田青年はゆっくりと、眠りについた。
■めありーのにっき■
きょうは おじちゃんと かいものに いきました。
しょっぴんぐもーるは ひとが いっぱい。 おみせも いっぱい。
くるまにのって おかいもの しました。 めーちゃんは しゃしょーさんです。
あたらしい パジャマは ふかふかしてます。
まえの おうちは うすいのだけだったから こっちのほうが すきです。
かえったら おじちゃんが ちょっと にやっとしていた。
いたずら されちゃうかも。 おでこに かんじ かかれないと いいな。
あしたも いいこと ありますように。