10月10日
十月十日。
呆然自失の中、町田青年は公園のベンチで目を覚ました。
「…………ぁ」
あれから何が起きたのか、憶えていない。
いや、一昨日の事は憶えているが、国際労働機関を離れてからのことを憶えていないのだ。
携帯は電池切れとなっているし、ぼんやりと東京を彷徨ったのだろうか。
痛む頭と冷える身体を擦りながら、町田青年は帰路に着くことにした。
***
「メアリー・スー。彼女は人造人間です」
ぼんやりと憶えている、記憶を呼び起こす。
女史は冷たい笑み――と思っているが、実際どうだったかはわからない――を帯びて、語っていた。
「人造人間」
「えぇ。まぁ、人間の様な生命体を製造した、ということだと思って頂ければ」
「あり得ない」
「そう言いたいのも分かりますよ。私も最初は困惑しました」
あり得ない。
しかしその言葉に反して、町田青年は納得すらしていた。
如何に荒唐無稽であろうとも、あぁも都合の良い、優しく、明るく、素直な子が、知らない人間の下へ居候する理由になるなら、それで良かったのかもしれない。
「……何故、子供なんです」
「というと?」
「人間を造る……是非はともかく、それなら労働力として採用出来る筈。貴方の組織としては、そういった形が望ましいのでは」
「おや……中々、面白い発想をするのね。でも、無理だったのよ」
無理、と語りながら、女史はもうひと束の資料を手渡す。
そこには、メアリー・スーという幼女を造り出したカラクリが載っていた。
培養生命体、養育期間、養育にかかるコスト、etcetc……。
わけのわからない学術的単語の数々から、町田青年は要点を抜き出した。
「つまり、子供しか作れない?」
「そう。知能も子供並の、まさしく子供しか作れないと分かったの。それ以上のサイズで造ると、歪んでしまう」
「……で、どうして、自分たちに面倒を見させたのですか」
「弱いロボット、という理論がありますのよ、町田さん」
女史の笑顔に対して、町田青年は苛ついていた。
人倫を無視した技術もそうだが、それで生まれた子供たちを、何事かに利用しようとしていることが腹立たしかった。
何より、それによるメアリーの苦しみを知ることもなかった、自分自身に苛ついていた。
「子供もそう。役に立つモノがある時よりも、役に立たない、可愛らしいだけのモノがある方が、人間というのは精力的に働き、より豊かな感情を得るのです」
「彼女は役立たずじゃない」
「えぇ。貴方にとってはね」
にやりと笑う女史に対して、掴みかかりたい衝動を抑える。
暴力的に振る舞って、致命的な知識を貰い損ねるのは惜しい上、下手に動けばメアリーを取り上げられるかもしれないのだ。
「貴方は非常に、良いサンプルでした。今後彼女の兄妹は、貴方の経験を活かして、社会不適合者の更生に活かされるでしょう」
「メアリーさんは、どうなるのです」
「私達に、返して頂きますよ」
「嫌です」
無慈悲な一言に、思わず衝動を抑えきれなかった。
そのまま町田青年は、部屋を後にしようとする。
「後悔しますよ」
「後悔しません」
「いいえ、後悔します。何せ……」
やめろ、何も言うな。何も聞くな。
そう思いながらも、町田青年は耳を傾けてしまった。
「……ば……彼女は、一年しか生きられないのですから」
再び、町田青年の目の前が、真っ暗になった。
***
「……はは」
思わず。
思わず、町田青年は笑ってしまった。
それはある種、自嘲でもあった。
踊らされていた、自分への嘲りであった。
「……帰ろう」
帰らなければならない。
二人が、心配しているに違いないのだ。
苦悩を抱えながら、町田青年は家に帰り着く。
そして町田青年は、風邪をひいた。
冬の訪れであった。




