10月8日
※この作品はたぶんフィクションです
十月八日の、夜。
渋谷区に聳え立つそのビルを見て、町田青年は「階段めいている」という所感を得た。
「……行ってみるか」
清潔だが、少しだけ怪しくも見えるそのビルに、町田青年は意を決して踏み入る。
虎穴に入らずんば虎児を得ず。ならば、真実が迷宮の中であろうと、彼が躊躇う必要はない。
「お邪魔します」
踏み入ったその先に、少しでも光明がある様に。
町田青年は、少しだけ、祈りを捧げた。
***
入った先には、以前見た顔がいた。
「ようこそ、町田三夢さん」
「貴方は」
「えぇ、以前はお見苦しいところをお見せしました」
憶えているだろうか。
以前、メアリーを町田青年達から保護しようとした、ヒステリックな中年女性を。
今彼女は品のいいスーツに身を包み、町田青年の前に対峙していた。
少しだけ、町田青年の顔が驚愕に歪む。
「貴方の知りたいことを、お話しましょう。けど、それは私のことじゃないでしょう?」
「メアリーさんのことを」
「えぇ、そう。貴方はそれが、知りたくてたまらないのですから」
にや、と笑う……いや、嘲笑われているのだろうか。
町田青年は首を傾げながらも、この女史が油断ならぬ相手だと理解した。
気を引き締め、彼は女史を見据える。
「まずは、名前の由来から。あの単語の意味はご存知?」
「メアリー・スー。創作用語でしょう」
「そう。都合の良い人物。ご都合主義的な存在。つまるところ、彼女」
女史の言葉には、メアリーに対して何の愛着もない様に伺える。
以前のヒステリックな叫びは演技だったのだろうか。
町田青年はそう考えながら、手元に寄越された資料を捲った。
「近年における、先進国の子供と、労働者の減少についてはどの程度御存知?」
「あまり……興味は、ありませんでした」
「まぁ、そうでしょうね。数値に表しても理解が及ばないでしょうが、程々を少し過ぎて、深刻なのですよ」
資料を見るに、二〇一〇年に入ってからは右肩下がり。
未来は暗い。そう叫ばれて、久しいのだ。
「だからこそ、我々は“都合の良い子”を求めた。子供を育てる喜び、働くことへの喜び。そういったものを教え、導く“都合の良い子”を」
「……子供に、そんなことは出来ない」
「えぇ、そうです。だからこそ、我々は天然物に頼れなかった」
資料を捲る手が、止まらない。
そこには“メアリー・スー”の全てが載っていた。
身長、体重、好きな食べ物。好きな生き物、大好きな天気。
そして、彼女の正体。
「彼女は……彼女は、自分の、家族です」
「えぇ、ですが彼女は、純粋な“人類”ではない」
こんなこと、あり得ない。
その想いを嘲笑うかの如く、女は告げた。
「メアリー・スー。彼女は人造人間です」
町田青年は、目の前が真っ暗になった。




