1月28日
一月二十八日。
この日の夜は珍しく、メアリーと町田青年が睨み合っていた。
「むぅー……!」
「…………」
いや、より正確に言うならば、睨まれていた。
勿論、町田青年が、である。
彼は見つめているだけで、睨んでいる様に見えるのだ。
なので結果として、台所を挟んで睨み合う構図が出来る。
「…………えぇー……」
呆れ顔で眺めているのは、卓袱台に突っ伏した夢見である。
豊かな胸を卓袱台で潰しながらも、その厚みを枕に彼女はじと、といった顔で二人の対立を眺めている。
その視線を背中で感じながらも、町田青年は睨みつけてくるメアリーから視線をそらせずにいた。
どうしてこうなった。
そう思いながら、町田青年はつい五分前を振り返った。
***
八時二十分。町田青年は大型犬よろしく駈けずりながら帰路についた。
彼は食材を手に、(本人としては)意気揚々と玄関を開ける。
「ただいま戻りましたっ」
だが、いつもならすぐに来る「おかえり」の声がない。
代わりにひょこ、と台所から、夢見が顔を覗かせた。
「あ、おかえりなさい、先輩」
「はい。……はい。……メアリーさんは?」
「あー、今ちょっと集中してて……」
「?」
若干肩を落としていた町田青年であったが、夢見の言葉に首を傾げる。
台所を見れば、のぼり台の上でメアリーが、言葉一つなく、じゃがいもの皮を剥いていた。
「…………」
「メアリーさん?」
無論ピーラーで、である。
しかしその眼差しは真剣そのものであり、少しでも綺麗に剥こうと頑張っていた。
そうして皮を剥ききると、今度は芽の部分を包丁で取り除こうとする。
「あっ」
「みゃっ!?」
「あ」
その持ち方は危ないですよ。
そう言おうとして、不意打ちの声に動揺したメアリーがじゃがいもを取り落とす。
床に落ちかけたじゃがいもと、バランスを崩したメアリーの背を両手で抱えると、町田青年はゆっくりと声をかけた。
「大丈夫ですか?」
「お、おじちゃん?」
「はい。ただいま戻りました」
「おかえり!」
「はい」
ぎゅっと全身で抱きしめられて、町田青年は薄く、しかし柔らかく微笑む。
首を動かしてメアリーを下ろすと、彼女はえへへ、とはにかんだ。
「もうちょっとまっててね!」
「えっ」
「めーちゃんね、カレーつくってるんだよ! ひとりで!」
「えぇっ」
一人で、の部分に大きく……本人としてはとても大きく驚愕し、町田青年は目を少し見開く。
次いで、彼が取った行動は。
「危ないですよ」
「えっ?」
「一人でやるのは、危ないです」
心配しながら、ピーラーを取り上げようとすることだった。
困惑した様子の小さな手に、大きく、節ばった手が伸びていく。
「自分がやりますから、待っててくださいね」
「やだ!」
「えっ」
そして、断られた。
そのまま町田青年は硬直し、メアリーは台所を背に庇うのであった。
***
そして現在に至る。
睨み合い――精神的には幼女による一方的な蹂躙なのだが――が続く中、遂にメアリーが口火を切る。
「めーちゃんがつくるのっ!」
「で、ですが」
「めーちゃんが、つくるのーっ!」
「えぇと……」
大声で主張するメアリーに、町田青年がおろおろと狼狽える。
あまりに大人らしくない様子に、夢見がやれやれ、と首を振りながら。
「……じゃぁ、二人でやればいいんじゃない?」
「「えっ」」
鶴の一声を上げた。
二人は夢見の方を見て固まっている。
「だから、二人でやればいいんじゃない? 先輩が見てれば問題ないでしょうし」
「あ……」
「メアリーちゃんも、折角だから教えて貰えば? おじちゃんとやった方が楽しいかもよ?」
「う……」
夢見の発言に、二人は顔を見合わせる。
やがて、どちらともなく。
「……おじちゃん、いーい?」
「……メアリーさんは、大丈夫ですか?」
と、恐る恐る呟いた。
目を丸くして見つめ合った後、二人はくすりと笑って。
「うんっ! いいよーっ!」
「……良かったです。とても」
と、笑い合った。
やれやれ、と胸を撫で下ろしながら、夢見はそんな二人を微笑ましく見つめるのであった。
■メアリーの にっき■
きょうは おじちゃんと りょうりを つくったよ!
きのうは めーちゃんね ひとりで やっちゃう! って おもってたけど……
……ふたりで つくったほうが とっても たのしかった!
ふたりで カレー つくったよ! とっても おいしかった!
かんがえた ゆめみせんせー すごいね!
ひとりで やるより みんなで やるほうが たのしいな!
あしたもいいこと ありますように!




