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1月27日


 一月二十七日。

 朝、町田青年は悩んでいた。


「…………はぁ」


 最近、メアリーが料理に没頭しているのだ。

 いや、それ自体は悪いことではない。寧ろいいことだ。

 女の子らしく、実益もある。良い趣味を持ったのでは、と町田青年は言い聞かせる。


「でも、どうして……」


 どうして、お昼も晩ご飯も作らせてくれないのか。

 そう考えてしまうのは、町田青年の我がままに見えない我がままだ。


 彼も分かっているのだ。

 メアリーは純粋な善意と好奇心で料理をしている。

 自信はないが、多分自分絡みだ、とも。彼女の善意は町田青年にとってこそばゆく、嬉しいものである。


 だが、メアリーが料理を覚える度に、彼女が町田青年から遠ざかっている様にも感じていた。

 一歩ずつ、一歩ずつ。歩幅は小さいものの、確実に町田青年の手が出せる部分が減っていく。

 それは喜ばしいことであり……とても、寂しいことだった。


「……しっかりしなきゃ」


 眠るメアリーを撫でながら、町田青年は起き上がる。

 一年は、大人にとって短いのだからと、言い聞かせながら。


***


 町田青年の憂いを余所に、メアリーはめきめきとその腕を上げていた。


「……できたっ!」

「おー、上手上手!」


 漬物を怪我なく切り、メアリーは得意げに胸を張る。

 若干、というよりかなりばらつきはあるものの、包丁の扱いは確実に上達していた。

 この分であれば、包丁を扱う分には問題ないだろう。

 そう考えながら、夢見はメアリーの頭を撫で回す。


「よくできましたっ! これで、包丁は大丈夫かしら?」

「うんっ! めーちゃん、ほーちょーばっちりだよ!」

「じゃぁ、包丁使う時のルールは?」

「はにさわらない! ふりまわさない! ひとにむけない!」

「はい、合格ー」

「わぁい!」


 昨日言ったこともきちんと憶えている。

 元気過ぎで、ちょっとアホっぽいが、その分優しく、真面目なのはメアリーのいいところであった。

 ウキウキしながら、メアリーは包丁ごと両手を上げ……。

 

「……っとと」

「うんうん。終わったらちゃんと置くの、大事だね」


 ……上げきることはせず、包丁をまな板の上に置いた。

 言いつけはきちんと守れる、いい子なのだ。


「……じゃ、今日も張り切って晩ごはん、作っちゃおうか!」

「おーっ!」


 意気高く二人が両手を上げる。

 その瞬間、玄関のドアが開いた。


***


「……よし」


 ことこと、ことこと、鍋から快い煮立て音が漏れる。

 コンロの火を片手で調節し、もう片方の手で皿を用意する。

 手際の良い、どころか熟練の手付きであった。メアリーはおろか、夢見でさえも遠く及ばぬ料理の腕前。


「……えーっと、先輩?」

「おじちゃーん……」

「……もう少し、待っていてくださいね」


 その持ち主は勿論、薄く微笑む町田青年である。

 普段より足早に帰ってきた彼は、唖然とする二人を余所に、黙々と料理を作っていた。


「美味しいご飯、作りますから」


 エプロンの類を、彼は身につけない。

 そもそも汚れたりする程手付きが危うい訳ではないからだ。

 水はねも起こさない町田青年の手腕に、メアリーは見惚れながらも、おろおろと困惑する。


「ね、ねー」

「はい」

「め、めーちゃん、おりょうり、するよー……?」

「大丈夫ですよ」

「でもー……」

「大丈夫です」


 早乙女さんと待っていてくださいね、という町田青年の顔は、全く怒ってはいない。

 寧ろどこか満足気で、いつもより活き活きとしている。

 しかし調理を譲る気はなさそうで、その言葉は珍しく有無を言わせない。

 困惑から、ちょっとしょんぼりしながら、メアリーは夢見の柔らかい太腿に座り込んだ。


「……おじちゃん、どうしたんだろう……?」

「うーん、まぁ、なんというか……」


 困った様に笑いながら、夢見もまた首を傾げる。

 彼女の知る町田三夢という男は、何でも人並み以上にこなすが、自分から積極的に何かを出来ない男であった。

 その儚いまでの消極性が、彼女にはいじらしく思えるのだが、今日の彼は違った意味で輝いて見える。

 彼女は少しばかり考えた後。


「……まぁ、楽しいんじゃ、ないかなぁ……?」

「……むーっ」


 ……薄く低い笑い声すら漏らす町田青年に、そっと調理を諦めたのだった。

 

 今晩の食事は、それまでにないくらい豪勢で、美味しかったということを。

 メアリーはちょっぴりの悔しさと一緒に、ずっと忘れなかった。


 ■メアリーの にっき■


 きょうは めーちゃん ちょっとぷんすかです。

 めーちゃん ほーちょーが うまくなったから おゆはん つくろうとおもったんだ。

 でも おじちゃんが はやくかえってきて ごはん つくっちゃったの。


 でもでも おじちゃんが はやくかえってきたのは うれしいよ!

 でも めーちゃん めーちゃんが おゆはん つくりたかったの!

 ちょっぴり ぷんすかです。 ぶーっ。


 でも おじちゃん すっごく まんぞくさんだったから いわないよ。

 ここに かいておくと ぷんすか なくなるから ここに かいておくの。

 そしたら おじちゃんにも ゆめみせんせーにも わからない!

 めーちゃんは あたまいい!


 あしたは おいしいごはんを つくっちゃうのだ。

 あしたはいいこと ありますように!



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