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1月26日


 一月二十六日。

 この日のメアリーは「おそうざいやさん」気分であった。


「……ほー!」

「えーっと、煮物はこんなもんかしら。卵焼きはもうちょっと固い方が崩れないかな……?」


 卓袱台の上には、彩り豊かな小料理が並んでいる。

 それをメアリーは目を丸くして見つめていた。


 これらは全て、夢見が作った“見本”である。

 勿論作りモノの食品サンプルという訳ではなく、夢見の手作りだ。

 作り方は既に一通り見せている。その中で、自分が作ってみたい物を選んでもらおう、というのが夢見のねらいであった。


「メアリーちゃんは、どれから挑戦する?」

「はい!」

「おっ、もう決めたの?」

「うん! めーちゃんは……これ!」

「これかー……」


 メアリーが指し示したののは意外にも、青々としたほうれん草のおひたしであった。

 恐らく、最も作業が簡単な物から憶えようという考えなのだろう。

 幼いながらもしっかりとしていて、的確な判断に夢見も頷く。


「……うん。じゃぁ、やってみようか!」

「はーい!」


 手を高く上げて、メアリーは応える。

 買ってきたほうれん草を担ぎあげて、彼女は登り台へ足をかけた。


***


「ゆでたー!」

「おー。大丈夫、熱くない?」

「だいじょぶ!」

「うんうん。やけどとかないみたいで安心した」


 塩茹でされたほうれん草を、メアリーはおっかなびっくりといった風に、鍋から取り出して行く。

 彼女はまだお箸はうまく使えないので、スパゲッティ用のトングを使って、氷水の入ったボウルへ放り込んでいった。

 これが自己判断で出来るのだから、メアリーは歳の割に賢い子である


「つめたー!」

「冷めた、ね」

「さめたー!」

「うん。じゃぁちょっと絞って……これ、使おうか」

「むぇっ!?」


 夢見は悪戯っぽく微笑んで、抜き身の包丁を取りだす。

 突然取りだされた刃物にメアリーはぎょっとするが、怖がるというよりは不思議そうな顔でそれを見つめていた。


「……それ、つかっていいの?」

「うん。先輩からは許可を取りましたっ!」

「おー!」


 包丁は、前々から町田青年が「危ないから、触ってはいけませんよ」と言い含められていた物である。

 それ故、今までは夢見もメアリーもなるべく使わない様にしていたのだが、料理を作るということで、夢見立ち会いの下ならば、と許可が下りたのだ。

 恐怖より好奇心が勝ったのか、メアリーは目をきらきらさせて今まで使えなかった器具、包丁を見つめる。


「いい? 包丁を使う時は、三つのルールを守らなきゃいけません!」

「みっつ!」

「そう! 一つ、包丁の刃を触らない。この、切る部分ね」

「さわらない!」

「そうそう。指が切れちゃうからね」


 両手でばってんを作るメアリーに頷き、夢見は説明を続ける。

 子供だと侮ってはいけない。ちゃんと説明をしなければ、子供は好奇心のままに何かをやらかすのだから。

 疑問にはなるべく答えてあげて欲しい、とは町田青年の頼みだ。彼の望みを無碍にする様な女には、夢見はなりたくなかったのである。


「二つ、包丁は振り回さない!」

「ふりまわさない!」

「うん、どこかに飛んで行ったら危ないからね。……そして三つ!」

「みっつ!」

「刃先を人に向けない!」

「むけない!」


 大きなばってんは了承の証。夢見も満足そうに頷く。

 そっと彼女はメアリーの両手に手を添えて、ゆっくりと話した。


「刃物は便利だけど、人を傷つけちゃうの。だから、誰かに向けちゃダメ」

「うんっ!」

「じゃ、私がリードするから、ほうれん草を切ってみよう!」

「はーい!」


 大きく頷いて、包丁の動きに集中するメアリー。

 とん、とん、とん、と、小気味良い音が台所に響き始めた。


***


「……成程、おひたし」

「じしんさく!」


 卓袱台に乗るおひたしの山を見ながら、町田青年がほっ、と息を吐く。

 昨夜の卵祭りは彼の胃に来た為、今日もそうなってしまうのかと戦々恐々としていたのだ。

 早速箸を取り、いただきます、と唱えた後、おひたしを口に放り込む。


「……おいしい」

「ほんとっ!?」

「はい。よく出来ましたね」

「えへへー!」


 頭を撫でられて、顔を赤らめながらメアリーは頷く。

 そうして、背を町田青年の膝に預けながら、彼女は夢見へと手を振った。


「せんせー! やったー!」

「うんうん。よく出来ました!」

「いぇーい!」

「早乙女さん、ありがとうございました」

「……はいはい、どういたしまして」


 律儀に頭を下げる町田青年に、夢見は苦笑しながら料理を口にした。

 おひたしの快い苦味で、上がる口角を抑えながら。




 ■メアリーの にっき■


 きょうも おべんとうよーの おりょーりをつくったよ!

 きょうは おひたし! ほうれんそーを ゆでるして さめるして きって にぎにぎするの!

 それで おいしいそーすを つくって かけて できあがり! かんたん!


 ほーちょーも つかったよ!

 ねこさんの おててで とん とん とん!

 けが しなかったよ! ほーちょーさん えらいね!


 おじちゃんも おいしいって いってくれたよ!

 たまごの ときより たべるの おおかったきがする おひたし だいすきなのかな?


 あしたも いーっぱい おりょうり つくるよ!

 あしたもいいこと ありますように!


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