1月24日
一月二十四日。
この日は朝から、ボロアパートの前に車が停まっていた。
「くるま!」
「……車、買ったんですね」
「普段はあんまり、使わないんですけどねー」
軽自動車に乗り込みながら、夢見は快活に笑う。
中は綺麗に掃除されており、自動車特有の臭みもない。
メアリーはわくわくしながら、町田青年はおずおずとその車に乗り込んだ。
「きょうはどこにいくのー?」
「温泉だよー」
「おんせん?」
「そそ。おっきくてひろーいお風呂」
「ほぁー……!」
目を輝かせるメアリーを撫でて、夢見はハンドルを握る。
町田青年も夢見も高校卒業後に免許を取ってはいた。
帰りは町田青年が運転することになっているので、行きは夢見の運転である。
「おんせんへ、しゅっぱつしんこーっ!」
「はいはーい。ちゃんとシートベルトつけてねー」
明るい調子で両手を上げるメアリーに、町田青年がシートベルトをつけてやる。
調子のいいエンジン音を鳴らしながら、軽自動車はするすると動き出した。
***
「ふわぁ……!」
「……結構肌寒いですが」
「うん、いい天気で良かった!」
三者三様に顔を綻ばせて、目の前の光景を見やる。
彼らの目の前に広がるのは、視界一面の森、森、森。そして湯気。
そう。ここは東京都内から少し離れたところにある温泉である。
夢見が事前に調べたなかでも、日帰りで帰るにはうってつけの場所だ。
「おんせん!」
「はい。あそこの建物の中にあります」
「やったー!」
古めかしい木造建築物の奥から、白い湯気が立ち昇っている。
着替えと水着の入った鞄を手に、町田青年が女子の鞄を渡しながら言う。
「混浴だそうですが、水着着用とのことですので。メアリーさんは早乙女さんと着替えてくださいね」
「えー!?」
「はいはい。イヤそうな顔してないで行くよー」
「にゃーっ!!」
夢見に抱え上げられて、じたばたと暴れながらメアリーは連行される。
手を伸ばしながら、一言。
「おじちゃんとぬぎぬぎするー!」
「……嬉しいですが、人の目もありますので」
「にゃーっ!!」
無情にも切り捨てられるのであった。
***
「……はふぅ」
湯気が肺を満たす感覚に、メアリーは思わず溜息をつく。
先程までは激おこプンプン丸、といった風であったが、今は町田青年と夢見と、合わせて川の字で浴槽に浸かっている為、機嫌は高速上昇中であった。
「あらあら、かわいいお嬢さんねぇ」
「う?」
不意に、向かいにいたお婆さんが話しかけてくる。
地元の方なのだろうか、ニコニコと微笑むお婆さんの下へ、メアリーは顔を寄せる。
「めーちゃんのこと?」
「そうそう。お嬢さんのこと。どこからきたの?」
「おうち!」
「東京からです」
「そう、ちょっと遠くから来たのねぇ」
町田青年のフォローに納得したのか、お婆さんはニコニコと感心する。
相当気のいい方なのだろう。メアリーがパチャパチャと動きまわっても気にしていない。
「今日はご家族で?」
「いえ……」
「え、えぇ! 家族揃って小旅行です!」
「えっ」
「まぁ、仲良しでいいわねぇ」
夢見が大慌てで取り繕う。流石にメアリーの風体で正直に話すのは、リスクが高過ぎた。
幸いにもバレなかった様で、お婆さんはニコニコと微笑んでいた。
(……家族か)
皆が笑っている横で、町田青年は湯に浸かりながら考える。
夢見に、メアリー。メアリーが転がり込んで来たことで始まった、人々との付き合い。
(それも……悪くない、かも)
そう、受け入れながら。
湯けむりに凍った心を浸す町田青年であった。
■メアリーの にっき■
きょうは さんにんで おんせんに いったよ!
おんせんは おゆたさなくても ずーっとぽかぽか! あったかい!
おばーちゃんも やさしくて いいとこだね!
かえりに おんせんまんじゅーを かったよ!
おんせんで つくった おまんじゅーなんだって!
おんせんさんは ぱてぃしえ なんだね! すごい!
わたしも おんせんさんみたいに いっぱいおかしつくりたい!
また おんせん いきたいなっ。
あしたもいいこと ありますように!




