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1月2日


 一月二日。土曜日の朝、六時。


 なんやかやとありながらも、昨日は無事におせち六食分を消費し、床についた。

 昨日は一日中、メアリーからこれは何か、あれは何かと聞かれ、それに答えるだけだったが、不思議と町田青年の心中には、煩わしさよりも形容のし難い暖かみが残っていた。

 その暖かみを抱く様にして、町田青年は微睡みを楽しむ――。

 

「…………あれ」

「むぃ……」


 ――心が暖かい、というか、普通に懐が温かった。

 布団を持ち上げれば、町田青年の懐には、ぴったりとメアリーがくっついている。

 彼女には予備の布団を敷いたのだが、いつの間に移動してきたのだろうかと、町田青年は首を傾げた。

 

「……すぅ」

「……まぁ、いいか」


 別に駄目と言った憶えもないし、何よりメアリーは湯たんぽの様に暖かい。

 たまには二度寝もいいだろうと、町田青年は再び目を閉じた。

 

***


 一月二日。土曜の朝、九時。


 町田青年のボロアパートに、テレビというものはない。

 なので普段、朝のBGMは小鳥のさえずりと車の音に限られている。

 昼や夜も似たようなものだが、これはこれで悪くないというのが、町田青年の個人意見であった。

 しかし昨日からは違う。

 

「このおぞうに、おいしいね!」

「昨日と同じものですよ」

「でもおいしいよ!」

「そうですか。美味しく食べて頂いて、多分お雑煮も嬉しいでしょう」


 昨日からは、この明るく、騒々しい幼女、メアリー・スーがいる。

 一年間、彼女を預かることが町田青年に(半ば強制的に)課せられた義務であったが、町田青年の予想以上にメアリーはいい子にしている。

 積極的に配膳などを手伝おうとするし、悪態や悪口を言うこともない。

 お上品とは言い難いが、とにかく元気で、明るい。こういう騒がしさなら悪くないというのが、一日を経て町田青年の抱いた感想であった。


「ごちそうさまでした!」

「はい、お粗末さまでした」


 二人揃って食事を終え、二人揃って両手を合わせる。

 皿と箸を片付け、洗い終えると、町田青年はゆっくりと口を開いた。

 

「メアリーさん」

「はーい!」

「初詣の時期です」

「はつもうで?」

「はい」


 町田青年はこの時期はいつも、近くの神社へ初詣に行っている。

 別に行く義務はないし、仕事や出費を考えると行くよりも寝ていた方が無難なのだが、それでも縁起がどうのと理由をつけて行ってしまうのが日本人だ。

 それに、折角預かるのだから、どうせならメアリーに一年間を楽しんで貰おう、という暖かい気持ちも、少しある。


「初詣は、この近くの神社に行きます」

「じんじゃ?」

「外に出掛けます」

「おそと!」

「一緒に行きますか?」

「いく!」


 言うが早いか、メアリーは大急ぎでもこもこのコートを着ようとする。

 しかし、小さな彼女には難しいのか、中々上手く着ることが出来ない。


「慌てなくても大丈夫ですよ」

「だめ!」

「どうして」

「じんじゃ、にげちゃうかも!」

「神社は逃げませんよ」


 苦笑交じりに――傍目には表情は変わっていないが、声は何処と無く柔らかみを感じる――メアリーを宥め、コートの着付けを手伝ってやる町田青年。

 それが終わると、彼もぼんやりとした古コートを羽織り、財布などを収めた肩掛けカバンを手にとった。


「じゃぁ、行きましょうか」

「うんっ!」


 メアリーの小さな歩幅に合わせながら、町田青年はゆっくりと玄関を出る。

 快晴のせいか、それともメアリーのお蔭か。見慣れた外の光景が、何処となく清々しく見えた町田青年であった。

 

***


 最寄りとだけあって、神社へは三十分ほど歩けば着く。

 ただその道中も、メアリーにとっては知らない物のオンパレードであり、あれは何か、これは何かと町田青年の袖を引っ張っていた。

 

「あれ、なーに?」

「あれはガソリンスタンド。車に燃料……ご飯をあげるところです」

「へぇー! じゃぁ、あれは!?」

「美容院です。髪の毛を切って、おしゃれにしてくれます」

「へぇーっ!」


 小さな身体を跳ね回らせて、メアリーはきらきらと目を輝かせる。

 町田青年にとっては、見慣れて色褪せた風景だが、彼女にとっては中身の詰まった宝石箱の様に見えているのだろう。

 そんな見解の相違が眩しく思えて、町田青年は質問攻めを一旦打ち切った。


「メアリーさん、着きましたよ」

「ついた?」

「はい。この階段の先が、神社です」

「おぉー……!」


 町田青年が軽く顔を上げ、メアリーは小さな胸を大きく反らして見上げる。

 二人の視線の先には、長々と続く階段と、真っ赤な鳥居、そしてずらりと並ぶ人々があった。

 物凄く有名な神社という訳でもないが、まだまだお正月シーズンである。二人の様に習慣として訪れる参拝客も当然多いのだ。

 列の最後尾に並ぶと、再びメアリーの質問攻めが始まる。


「じんじゃは、なにするところなの?」

「神社は、神様にお願いをするところです」

「なにをおねがいするの?」

「今年一年の幸せがありますように、とかでしょうか」

「そっかー! ……でも、それならおねがいしなくてもいいかもー」

「……どうしてですか?」


 にこっと笑うメアリーに、町田青年は首を傾げる。

 頭の上に疑問符を浮かべる町田青年に、メアリーは満面の笑みで答えた。

 

「だって、おじちゃんやさしいから、めーちゃんしあわせだもん!」

「……そうですか?」

「うんっ!」

「……そうですか」


 思った以上に眩しいその言葉に、町田青年は面映い表情を――実際には、あまり表情は変わっていないのだが――浮かべる。

 そうして、いくらか迷った後。

 

「……」

「んー? えへへー」

 

 ぽん、ぽん、と。メアリーの頭を軽く撫でた。

 思わぬ反応に、メアリーは更に嬉しそうに顔を綻ばせる。

 

「……それなら、もっと良い事があるように、お願いすればいいかと」

「あ、そっかー! おじちゃん、あたまいいねー!」

「……ありがとうございます」


 ぽん、ぽん、と撫でた手を、メアリーの手がそっと触れる。

 そのままぎゅっと手を繋がれれば、町田青年は振り解く事もできず、じっとするばかりであった。


「……えへへー!」


 心底嬉しそうに、メアリーは笑顔を振りまく。

 この分だと、神様に願いを叶えて貰う必要は本当に無さそうだな、と。

 根拠はなくとも、確信する町田青年であった。


■めありーのにっき■


 きょうは おじちゃんと はつもうでに いったよ。

 じんじゃは かみさまに おねがいするところで きょうかいより せまい。

 でも ひとがいっぱいで まっかっかなので めーちゃんは すきです。


 かみさまには これからいっぱい いいことがありますようにって おねがいしたよ。

 おじちゃんは ふたりとも びょうきしないようにと けがしないようにって おねがいしたらしいよ。 おじちゃん えらい。


 かえりにひいた おみくじは めーちゃんはだいきちで おじちゃんは すえきちだったよ。

 めーちゃんのだいきち おじちゃんとわけたら おなじくらいになるかな?


 あしたも いいこと ありますように。

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