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5月19日


 五月十九日。

 町田青年は紙芝居をしていた。


「自由、という物があります」

「じゆー?」

「はい。今日はその、お勉強です」

「はーい!」


 題目は「自由について」。

 幼子には難解なそれを、町田青年は出来るだけ分かりやすく、絵に表して伝える。


「まず。全ての人……いえ、全てのいのちは、“自由”という物を持っています」

「めーちゃんも?」

「はい」

「すごい!」


 自由という名の権利を、幼女に伝えるのは困難を極める。

 故に町田青年は、今日一日を費やしてでも、じっくりと彼女の教育に付き合う気であった。

 尚、夢見は買い出しに行って貰っている。

 買い出しも必要であるが、この手の話題は夢見はアッサリとした説明になってしまうからだ。


「でも、めーちゃん、じゆーってみたことない!」

「自由は、形が無いんです」

「そうなの!?」

「はい。でも、いつでもメアリーさんの傍にいます」

「そーなんだ!」


 幸いにして、メアリーの理解力は高い。

 生来の素直さ故か、それとも別の要因が成せる技なのか。

 町田青年には分からないが、とにかくありがたい事であった。


「ね、ね。おじちゃん。じゆーってどんなの?」

「例えば、メアリーさんが今晩、オムライスを食べたいとします」

「!? なんで、わかったの!?」

「今日のお昼に見た番組は、オムライス特集でしたから」

「すごい!」


 メアリーも自由という単語に興味を覚えたのか、興味津々といった風に食いつく。

 町田青年は紙を捲りながら、穏やかに続けた。


「オムライスが食べたいメアリーさんは、自分にオムライスが食べたいと言う“自由”があります」

「いいのっ!?」

「はい。しかし、オムライスを作るのは大変なのは、メアリーさんも知っていますね?」

「え、あ、うんっ」


 メアリーはお弁当を作る前に、オムライスを作ったことを思い出す。

 小さい小さいお弁当用のオムライス。あれだけでも大変だったのだから、晩ご飯に食べる大きなオムライスはもっと大変な筈だ。

 ……実際は町田青年にとっては至極簡単なのだが、うんうん唸るメアリーに、彼は敢えて指摘せずに続けることにした。

 

「なので自分は、オムライスを作る事を断る“自由”を行使することが出来ます」

「うー……じゆーって、めーちゃんのミカタじゃないの?」

「……よく、その答えまで行き着きましたね。でも、そうじゃないんです」


 町田青年はメアリーの出した結論に、静かに驚愕する。

 よもや五歳程度の幼女が、敵味方などを勘定する、複雑な結論に至るとは思っていなかったのだ。

 しかし、それを肯定しては誤った知識となりかねないので、褒めたい心をぐっと堪えて、彼は紙を捲る。


「自分にも、メアリーさんにも。“自由”はそれぞれに味方しているんです」

「どーしてー?」

「それは、自由が平等……皆が持っていることだからです。それで喧嘩になったりすることもありますが、それだけは揺るがない事実なんですよ」


 町田青年は願いと祈りを込めて、それだけを語る。

 今、教えていることは余計な思念を入れれば、ノイズとなってメアリーの今後に悪影響を及ぼすだろうと思い、彼はただ無心に応え続けた。


「メアリーさんには“自由”を譲ることも、押し通すことも出来ます」

「どっちがいいの……?」

「メアリーさんがしたい方を選ぶべきでしょう」

「……いいの?」

「それも、自由です」


 にっこりと微笑めば、難しい事柄に頭を悩ませながらも、メアリーも頷く。

 それに満足すると、町田青年は彼女の頭を撫で回して囁いた。


「では、今日はオムライスにしたいので、オムライスを作る自由を行使します」

「おーっ!」

「メアリーさんは、どうしますか?」

「えっと、えっとね」


 言われて、慌てて考えこむメアリー。

 彼女は暫く、うんうんと呻った後。

 

「さんせーっ! っていうじゆーをしますっ!」

「はい」


 両手を上げて、バンザイした。

 その晩のオムライスは、とびきりふわふわで、とろとろであった。


 ■メアリーの にっき■


 きょうは オムライスを たべたよ!!

 えっと あと おべんきょーもした!


 じゆーって いつでもどこでも つかっていいんだって!

 でも だれかのことも ちゃんとかんがえなきゃ ダメだよね!

 めーちゃんは いいこなので ちゃーんと かんがえます!


 あしたもいいこと ありますように!


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