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5月17日


 五月十七日。

 一度引き下がれば来なくなるかと踏んでいたが、昼下がり、またもその女性は現れた。


「……また! 子供を! 不当に働かせているのね!」

「ご注文は」

「珈琲!」

「畏まりました」


 同じ轍は踏まぬと、中年の女性は金切り声で叫ぶ。

 町田青年は呆れ顔で、注文通りに珈琲を淹れることにした。

 その様子を見て、常連客達はヒソヒソと、同じく呆れ顔のメアリーに囁く。


「なぁ、どうしたんだいアレは? 痴情の縺れには見えないが」

「ちじょーのもつれ?」

「……あー、後で店主さんに教えてもらいな。で、あの女の人は誰なんだ?」

「しらなーい」

「知らない?」

「きのうね、いっぱいおこって、かえっちゃったひとなの。よくわかんない」

「……そりゃぁ、変なオバサンだなぁ」


 子供の評価は何処までも素直で、残酷である。

 メアリーの率直な物言いに、常連客達は一先ず様子を見る事にした。

 居心地の良い店を荒らされるのは嫌だったが、それ以上に未だ怒りを燻らせている女性に関わりたくなかったのだろう。

 それは町田青年も同じであり、だからこそ彼が、早急に対処しなければならない相手であった。


「……お待たせしました。珈琲です。お砂糖などはそちらよりお取り下さい」

「フン」


 注文したにも関わらず、女性は飲むことなく町田青年を睨みつける。

 その鋭い目に、町田青年が怯むことはない。

 この程度は以前の職場で嫌というほど体験した上、今は守るべき者と場所があるからであった。


「それで、お客様。本日は如何なるご用件でしょうか」

「あの子。どう見ても外国人の子だけど、貴方の子供なのかしら?」

「少なくとも、うちの子であることは間違いありません」

「どうだか」


 町田青年の言葉、その一つ一つを否定する様に、女性は言い捨てる。

 その不躾な態度にも眉根一つ寄せずに、ただただ、町田青年は耳を傾けていた。


「不当に子供を働かせている男の言うことなんて、信用に値しないわ」

「そうですか」

「そうよ。その子が真の自由を勝ち取るまではね!」

「自由」

「じゆー?」


 町田青年もメアリーも、はて、と首を傾げる。

 二人の関係は本人達も全貌を知らぬ程に複雑怪奇だが、別に女性の言う様な、奴隷とその主人という訳ではない。

 寧ろメアリーからしてみれば、「おてつだい」は自分からやりたいと言い出した事であり、町田青年はそれに申し訳なく思いながらも、日々の食事やおもちゃ、本などで彼女の働きに報いようとしている立場だ。

 それは今まで微笑ましく思われても、疎まれたり、糾弾されることはなかったことだ。

 それ故に、二人や常連客達の認識と、女性の認識は大きくずれた物だということが、たった今露呈したのであった。


「その子には労働ではなく、好きに遊ばせてあげたり、お勉強させてあげたりする時間が必要だわ!」

「成程」

「だからその子を働かせるのを止めなさいと言ってるの! 今すぐ!」

「そうですか」


 認識の相違を知り、町田青年はゆっくりと頷く。

 そして、一言。


「この場では、明確に答える訳にはいきません」

「はぁっ!?」


 毅然とした態度で、それを拒否した。

 愕然とした顔の女性に、町田青年はゆっくりと答える。


「貴方の考える自由や権利主張などは、彼女が理解するには難しいと思います」

「それはそうでしょう。それを良いことに貴方が利用しているんですから!」

「そうですか。ではその上で、私が彼女に“自由”と“権利”についてを教え、彼女の選択に委ねる必要がある事について、ご理解頂けるかと思います」

「む……っ!」


 町田青年の言葉に、女性は言葉に詰まる。

 無論、一見肯定している様に見えて、難しくそれらしい言葉遣いなだけの言いくるめなのだが、頭に血が登っていると、正常な判断は難しいのだろう。

 そんな女性に顔色一つ変えることなく、町田青年は言葉を手繰る。


「一朝一夕で身につく概念でもありませんので、暫くお時間を頂ければと思います」

「……具体的には?」

「金曜日頃が丁度良いかと」


 「貴方の教えることなど信用出来ない」と言われれば、事態はもっとややこしくなっただろう。

 しかし幸か不幸か、彼女はメアリーを引き取り、教育を施す程の気概はない様だった。

 

「……なら、金曜日にもう一度来ます」

「はい。お待ちしております」

「絶対に! 正しく教えて下さいね!」

「はい」


 果たして何が正しい教育なのか。

 常連客達の疑問を余所に、女性は乱雑に金を置き、会計を済ませる。

 行きと同じくずかずかと出て行く彼女を見ながら。

 

「へんなひとー」

「そうですね」


 メアリーは、ことんと首を傾げた。


 ■メアリーの にっき■


 きょうも へんな おばちゃんが きたよ!

 いっぱい おこってた! こわいね!

 でもでも おじちゃんは ぜんぜんこわくないみたい!

 おはなしして また おいだしちゃった! すごい!


 きょうは せんせーが おそくなるみたいだから かえってから おはなしするんだって。

 なんの おはなし するんだろーね?


 あしたもいいこと ありますように!


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