5月2日
五月二日。
今日は、まだ日も登っていない朝から家を発った。
車にレジャー用品とまだまだおねむなメアリーを積み込み、町田青年はハンドルを握る。
「行きは自分が運転します」
「はぁい、お願いします……」
「おねがいしまぁす……」
「……寝ていても大丈夫ですよ」
「「ふぁい……」」
よく眠るメアリーや、夜型人間の夢見は、後部座席でむにゃむにゃとあくびをしていた。
二人がシートベルト――メアリーの場合は、チャイルドシートとそのベルトだ――をしているか確認し、町田青年はゆっくりと運転を開始した。
今日からキャンプの日。
町田家のゴールデン・ウィークだ。
***
車を走らせ数時間。
運良く渋滞を避けられ、昼には目的地に辿り着くことが出来た。
栃木のあるキャンプ場。
運良く予約の取れた其処は、平坦な土地ながら、その名に恥じず緑豊かであった。
「……もり!」
「結構、涼しいですねぇ」
「暖かい寝袋を買っておいて正解でしたね」
「もりっ!」
メアリーは今迄見たことがない程の森に、目を輝かせていた。
自然公園などには何度か行った事はあるものの、それらは東京にあるものだ。
自然をこれでもかと詰め込んだキャンプ場では、比較にならないだろう。
「手続きをしたら、まずは腹拵えをして、テントを張ります」
「はーい!」
「売店があるみたいですし、そっちで食べちゃいましょっか」
「はい。久し振りの外食です」
受付で軽い説明を受けた後、三人は売店で軽食を摂る。
パーキングエリアでも色々と食べては寝ていたので、メアリーと夢見は薄いサンドイッチなどの軽い物だが、町田青年はケバブサンドといった、しっかりとした食事を摂った。
「おじちゃん、いっぱいたべるね!」
「今日は、頑張らなきゃですから」
「すいません、運転にテント張りにって働かせちゃって……」
「いえいえ」
如何に夢見が活発な女性だからとて、男手として活躍するのはやはり町田青年である。
エネルギー確保はしておくべきであった。
「ただ、自分一人では難しいと思いますので」
「はいっ。きっちり、サポートしますね!」
「めーちゃんもやるー!」
「はい。よろしくお願いします」
事前にプリントした「テントの張り方」を読み込みながら、町田青年は頭を下げる。
女子二人もそれに快く頷くのであった。
***
「……そちらを引っ張っていて貰えますか?」
「はーい、了解ですっ」
特に苦戦することなく、町田青年と夢見はテントを張っていく。
一人だと苦戦するだろうが、二人できちんと役割分担出来れば軽い物。
それを理解しないと厳しい物があるだろうが、幸いにも二人は仕事を通して、充分に理解していた。
「……これで大丈夫でしょう」
「はぁ……結構疲れますねぇ」
「普段使わない筋肉を使っている気がします」
ぐっと伸びをする二人は、それ程加齢を行っていない筈なのに、何処か実年齢より大人びている様にも見える。
メアリーという子供を抱えることは、二人の人生経験をそれだけ大きく増やしたのだろう。
そんな事を考えながら、町田青年はふと、あることに気付く。
「……そういえば、メアリーさんは」
「あれっ。遊びに行くなら、その辺でって言っておいたんですけど……」
メアリーがいないのだ。
普段は小さな店内でお手伝いや遊びを行う彼女だから、この広大な森林でのはしゃぎっぷりは大層な物だったが、はしゃぎ過ぎて言いつけを守らない子でもない。
「少し、探して来ます。夢見さんは、少し休憩していてください」
「あ、はい。お願いします」
町田青年はゆっくりと周囲を見回しながら、よく目立つ金色の髪を探す。
如何にも染物といった金色や、植物由来の黄色をを視界から排除していけば……
「メアリーさん」
「あっ、おじちゃん!」
……存外、見つけることに苦労はしなかった。
メアリーは木陰でぼう、と森の奥を見つめていたのだ。
一安心しながら、町田青年は目線を彼女と同じ高さに合わせる。
「此処はテントから遠いです」
「う……ごめんなさい?」
「はい」
見つけることに苦労はしなかったとはいえ、十分程歩き回ってのことである。
一応、遠くへ行かない様に注意すると、メアリーも素直に頷いた。
「ところで、此処で何を?」
「えっとねー、ともだちと、あそんでたー!」
「友達」
「うん!」
町田青年は改めて周囲を見回すが、それらしき影は見当たらない。
もう別れてしまったのだろうか、それとも人間ではない誰かなのか。
ともあれ、考えても仕方がないので。
「そろそろ晩御飯の準備をします。お友達とのバイバイは済みましたか?」
「うんー! さっきバイバイしたー!」
「では、お手伝いをお願いします」
「はーい!」
取り敢えず、連れ戻すことにした町田青年であった。
「良ければ明日、お友達を紹介してください」
「うんっ!」
メアリーのお友達がどんな子なのか、少しだけ楽しみにしながら。
■メアリーの にっき■
きょうは キャンプに きてるよ!
テントで おねんねするの! ねぶくろで!
すごい!
おゆはんは ビーフシチューでしたっ!
おじちゃんが かまどを くんで じっくりコトコト にこんでくれたの!
おじちゃんは いろんなこと できて すごいね!
それとね それとね めーちゃんに おともだち できたよ!
あたらしい おともだち!
あしたも あそぼって やくそくした!
とーっても たのしみだね!
きょうは ねぶくろで いもむしさんになって おねむります!
あしたもいいこと ありますように!