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皆本遥香の平凡な毎日  作者: リサ
新聞部とサブメン
4/6

花咲高校“ゴシップガール”

えーっと、ガンダムファンの皆さん、ごめんなさいm(__)m

 私、皆本遥香が神崎探偵事務所の所員になって数日が過ぎた。

 私は寝室のカーテンをオーバーリアクションで開き、窓を開けた。春の温かい風が飛び込んでくる。ぶるりと身体を震わせ、のろのろと窓を閉める。花粉症ではない私でも思わず鼻がムズムズしてくる。今日は一段と花粉が多いようだ。

 しかし、花粉が多くても少なくても、その日の春らしさは変わらない。抜けるような青空が広がっている。電信柱ではスズメが列を成している。まるで、今日の私の門出を祝福してくれているようだ。

 そう、今日は美景市立花咲高校の入学式。エイプリルフールらしくウソのような人々と出会った上京後、初めて高校の前を通るのだ。

 私は寝室のドアを開け、すぐのところにあるリビングへ。カーテンを大胆に開け、リビングでそのだらしなさをあっぴろげにしている男がいた。彼はソファに寝転び、コーヒーカップを指でもてあそびながらテレビに釘付けになっていた。時刻はまだ六時四十五分である。

「神崎さん、いつも早いですねェ」

 腰に手を当てながら、呆れたように呟く私。神崎さんはようやく姪の存在に気がついたのか、こちらを見て手を挙げた。

「よう、遅かったな」

「神崎さん、いつも早いですけど、何時に起きてるんですか?」

「うーん、五時半かな」

「ごじはん!」

 ねぼすけでぐうたらなイメージしか見出だせない神崎さんが、どうしてそんなに早起き出来るのかと聞いてみると、これが案外健全でない答えが返ってきた。

「朝六時から六時半まで『起きる時間ですよ』で『セゾニエール・ガールズ』のミニアニメが毎日放送されてるんだ。録画はしてるけど、リアルタイムで見たいだろ?」

 呆れた。

『起きる時間ですよ』というネーミングセンスをどこかに葬り去ったようなテレビ番組は、十五年前から放送されている情報バラエティーである。

「それのために、早起きしてるんですね……」

「もちろん。たまーに視聴者プレゼントもあるから見逃せないんだ」

「あっ、そ」

 私はため息をつきながら対面キッチンへ入る。神崎さんが「それよりご飯まだか?」と目を輝かせているからだ。探偵助手としてやってきたのに、まるでメイドさんである。

 目玉焼きを焼きながら、探偵事務所でのストレス溜まりまくった一週間に思いを馳せる。一週間もここで暮らしてきたのに、一度足りとも依頼人がやってくることはなかった。こんなボロっちいアパートの倉庫みたいな探偵事務所で悩みを告げようという人間が少ないことはわかっていたが、これではルームシェアどころではない。私の仕送り金が全て神崎探偵事務所の家賃と光熱費に回ってしまう。趣味の執筆をしている暇もない。

 こうして目玉焼きやウインナーを焼いている金ももったいないな……明日からバイトでも始めようかしら……目の前のカフェ『マリン』はアルバイト絶賛募集中みたいだし……

 そんなことを考えながら、私と神崎さんは朝食に手を付けた。

 ボケーッとしていたので、変に思ったのだろう。神崎さんはコップにペットボトルのお茶を注ぎながら眉をひそめる。

「どうしたんだ? 考え事か?」

「神崎探偵事務所の行く末について思考を巡らせていたんですよ」

「そりゃご苦労なこって」

 半熟目玉焼きを顔にぶん投げてやろうと皿に手をかけたが、寸前のところで思いとどまる。

 神崎さんは私の殺意に気づいたか、額に汗を垂らしながら話題を転じる。

「お、おまえ、そういえば聞いていなかったが、どうして美景市に上京してきたんだ? 上尾坂学園ならわかるけど、花咲高校なんてそう大したレベルの学校じゃないだろ」

「高校から一人暮らしがしたかったからお母さんにダメ元で頼んでみたら、『美景市だったらいいわよ~。花咲町だったらもっといいわね~』って言われちゃったんです」

「姉貴め……」

 二人揃って苦虫を噛み潰したような顔をする。

 母はおっとり天然系の人間だが、意外に策士なところがある。神崎さんともこっそり連絡をとっていて、花咲町で探偵事務所を営んでいる弟を心配し、娘を寄越したのかもしれない。そうでなけりゃ、普通の親が将来の夢もない娘を上京させてくれるはずがない。

 ついでだから説明しておくと、上尾坂学園とは、花咲高校とは格が違う、爽海町にある総合学園。幼等部から大学までの一貫教育に力を入れている。エスカレーター式というわけではなく、きちんと受験があり、年齢を重ねるごとにふるい落とされていくらしい。全員頭がいいことは書くまでもない。

「まあ、英語も数学も理科もからっきしなおまえが、上尾坂学園に入れるわけなかろうがな」

「いらんこと言わないでください!」

 私だって『∀』を『ターンエー』と読むことぐらいは知ってます――と言おうとしたが、バカにされそうなのでやめた。のちのち脳内で月光蝶を呼び出しても、黒歴史にはならないだろう(ネットスラングの意味で)。

 睨みを利かせる私から視線を外し、神崎さんはまたも話題を変える。

「そういや、おまえ、今日は高校の入学式だよな」

「そうですけど」何を今さら。

「時計見てみろ」

 神崎さんが探偵業務用ファイルの詰まったカラーボックスを指し示す。カラーボックスの真ん中にちょこなんと存在する『セゾニエール・ガールズ』のデジタル時計。

 7時半である。

「うわ! 大変だ!」

 私は正座したまま確実に五センチ飛び上がり、朝食を胃に流し込む。

「おいおい、喉詰まるぞ」

「ゲホゲホッ」

「だから言ったのに」

 神崎さんは私のコップにお茶を注ぐ。私はそれを一気飲みし、手を合わせて「ごちそうさま」。それから皿を流し台に入れ、寝室に飛び込んだ。

「忙しいやっちゃな……」という神崎さんの言葉が背後で聞こえた。


 セーラー服に身を包み、カバンを持ち、サイドバッグを肩にかけ、神崎探偵事務所を飛び出した。

 いくら方向オンチの私でも、花咲高校にたどり着くことぐらいは出来る(一週間毎日往復し、そのうち二度逆方向へ向かった)。練習の成果は十分に発揮され、時間までに花咲高校に到着した。

 下駄箱に生徒が集まっていた。いや、集まっていた、という言葉では言い表せないほどの大混雑だ。しかし、その混雑の輪に入らず、下駄箱の横を悠々と通り抜けていく生徒もいる。

 私は目の前で背伸びをしている背の低い女子生徒に尋ねた。

「ねえ、これ、なんの騒ぎ?」

「他の人の話によるとね」彼女は振り向いて、「たぶんこれはクラス表……あ!」

 彼女は混沌に負けないほどの大声をあげ、私を指差す。

「遥香じゃん!」

「理沙!?」

 声をかけた相手は、偶然にも弓野建設のご令嬢にして私の親友・弓野理沙だった。私たちは手を取り合ってぴょんぴょん飛び跳ねる。

「なんだ~。まさか理沙だったとはね」

「なんか久しぶり~。連絡取り合ってなかったもんね」

 再会を喜び合う私たちに、男子生徒の視線が集まる。

「あの子可愛いな」「まさか黒髪ツインテール女子高生が現実にいるとはな」「しかも可愛い」「とにかく可愛い」「絶世の美女だ!」「一緒に飛び跳ねてるポニーテールの子はなんだ?」「可愛い子の知り合いみたいだな」「クソッ、おれも女だったら……」

 見知らぬ男子らによる理沙への羨望と私への嫉妬が渦巻き、下駄箱前は謎の修羅場が生まれようとしていた。私たちは危機を察知し、静かになる。

 もっとも、静かになったところでクラス表が見えないことに変わりはない。

「このまんまじゃ、あと二十分は見れないかもってさ」

 隣に立つ男子が呟く。私たちは愕然とする。

「どうしよう。このまんまじゃ予鈴が鳴っちゃうよ」

 肩を落とす理沙。私も泣きたくなってくる。

 すると、だ。

「お困りのようですわね!」

 甲高い声が背後から飛んできて、私は思わず肩をブルリと震わせる。

 おそるおそる振り向くと、黒髪ストレートの女子が仁王立ちしていた。

 セーラー服のスカートを膝までの長さにしているところが清楚な印象だ。目も鼻も口も最高の場所に置かれている。まさに美少女と呼ぶにふさわしい。

「なんだ、こりゃ……」「あのツインテールの子とストレートの子……」「学年のアイドル、ここに決定!」「あれ? でもあの子、どっかで見たことあるような……」

 好き勝手なことを言いまくる周りの生徒たちに構わず、彼女は私の鼻先に指を押し当てた。そしてそのままぐりぐりする。

「皆本遥香……ですわね」

「なんで、私の名前を?」

「まあ、しらばっくれちゃって!」彼女は大きな瞳をさらに見開き、バカにしたように鼻で笑った。「エイプリルフール、学校の前であなたとお会いしましたわよね」

「エイプリルフール……」四月一日といえば、私が美景市に上京してきた日だ。

 その日はたくさんの人と出会ったが、女子高生っぽいは理沙と……

「春岡綾音!?」

 彼女の肩を突き飛ばして指を向けると、彼女はよろけながらも持ちこたえて、上から目線で腕を組んだ。

「ようやく思い出しましたわね。そう、わたくしこそ、上尾坂学園新聞部にその人ありと謳われた“ゴシップガール”こと、春岡綾音ですわ!」

 春岡綾音は歌うように能書きを垂れ、天を仰いだ。

 彼女とお近づきになろうとしていた男子たちは、ぎょっと足をすくめた。

「まさか、あの春岡綾音か!?」

「上尾坂学園の“ゴシップガール”が、なぜこんなところに……」

「ヤバイぞ、逃げろ!」

 不思議な現象が起こった。

 あれだけクラス表前に集まっていた新一年生たちが、すたこらさっさと、蜘蛛の子を散らすように姿を消したのだ。

 彼らは校舎や桜の木の陰に身を隠し、こちらの様子を窺っている。

 謎の出来事に思わずあたりを見回す私。理沙が同じく下駄箱の陰で、ひょいひょいと手招きしている。

「早く、逃げなよ! 春岡綾音に捕まったら……」

 しかし、理沙の言葉は最後まで続かなかった。春岡綾音は再び私の目と鼻の先に近寄り、カバンからマイクを、スカートのポケットからメモ帳を取り出した。マイクが口元にやってくる。

「万事休すですわよ、皆本遥香。さあ、話していただきましょうか」

「は、話すって……?」私は後ろめたいことなど何もない。

「また、しらばっくれるのですわね!」彼女はこめかみをもみながらため息をつく。「エイプリルフールのあの日、花咲高校の校舎を覗き見していたこと! さあ、白状しなさい!」

「いやいやいやいや!」

 私はぶんぶんと顔の前で手を振る。

 皆本遥香と春岡綾音の戦いの行く末を見守っていた(?)新一年生たちは、私に冷たい目を向ける。

「遥香……。覗き見してたの?」

 理沙の言葉に、私は弁解をおこなう。

「そ、そりゃ、確かに、はたから見れば覗き見に見えたかもしれないけどッ! あの、オープンスクールの延長線というかなんというか…………。と・に・か・くッ」

 初日にして新一年生たちに私をヤバイ奴として認識させるきっかけになった春岡綾音、マジ、許すまじ!

 私は堂々としている彼女と間合いを取る。臨戦態勢。

 ハルカ・ミナモトは西部の町に颯爽と現れたさすらいの女ガンマン。

 アヤネ・ハルオカは西部の町を荒らす無法者。

 同じ“ハル”だからって、情けは無用だ。

「見せてもらおうか。元上尾坂学園生の実力とやらを!」

 名ゼリフを携えて、春岡綾音に突進していく。

「当たらなければどうということはありませんわ」

 春岡綾音はマイクをサーベルのように構える。

 どちらが勝つか……緊張の一瞬!

 私の拳が彼女のマイクに突き刺さろうとしたとき。

 二号館から先生が出てきた。

「おまえら、何やってんだァ!」


 まさか◯ャアVSシ◯アの戦いが宙ぶらりんで終わってしまうとは……と落胆している場合ではない。第一今は宇宙世紀ではなく平成だ。

 皆本遥香と春岡綾音は、入学初日にして職員室にて生徒指導の先生にシッチャカメッチャカに叱られた。そして反省文を書かされた。こんなこと、あってもいいのだろうか?

 まあ、実際あったのだから、あってもいいのだろう。ともかく私は春岡綾音と犬猿の仲という様相を呈して、クラス表の前に戻ってきた。

 自分のクラスを確認すると、足取り重く一年四組へ。

 ドアを開けると、案の定、皆の視線が突き刺さる。

 パパラッチに追いかけられるハリウッドスターって、こんな気持ちなのかな……と次元が違うことを考えつつ、自分の机へ。私の席は窓側の後ろから二番目。最高のスポットである。

 後ろの席の理沙が、私の椅子をトントン叩く。

「遥香、災難だったね」

「まあね」

 私は椅子を横に座り、ため息を二度つく。まったく、災難だ。春岡綾音とかいう上尾坂出身の人物に絡まれ、先生に呼び出し食らったのだ。

 世の中に、こんな慌ただしい新一年生がいるのだろうか!

 天を仰ぐ私は、ふと大事なことを思い出し、理沙に尋ねる。

「そういえば、上尾坂学園の新聞部ってそんなに有名なの?」

「有名なんてもんじゃないよ」理沙は外国人のようなオーバーリアクションで驚く。

「遥香は引っ越してきたばかりだから知らないだろうけどさ、上尾坂学園新聞部っていえば、我が花咲高校新聞部に勝るとも劣らない凄腕集団だよ」

「あの……」どうやら、会話が噛み合っていないようだ。「私、花咲高校の新聞部も知らないんだけど」

「ああ、そうだった。こりゃ一本取られたね」理沙は自らの手でおでこをピシャリ。古い。

 それからいたく真面目な表情で、新聞部について語った。

「あたしも花咲中学校の出身だけど、上尾坂学園新聞部の噂はしょっちゅう聞いてたよ。普通、学校新聞って、インターハイで優勝しました、とか、誰々さんが全国模試で一位を取りました、とかそういうことを載せるものじゃん?」

 私は頷く。上尾坂学園は文武両道の学園だからそういう記事があってもおかしくない。

「でもね、上尾坂学園と花咲高校の新聞部はちょっと……というか、百八十度違うの。もう一周回って許されているとでも言おうか……」

「ちょっと、もったいぶらないでよ。気になるよ」

「あのね……」理沙は声を潜めて、「生徒や教師の隠し事――例えば付き合っている人とか――を暴いて、それを新聞にしていくの」

「うわぁ……」

 マンガやアニメではよくある設定だけど、まさか現実に起こりえるとは……

「それってプライバシーの侵害じゃない? よくもそんなもんを学校が許すね。ましてや上尾坂学園なんて、超有名校でしょ」

「うん。最初はまともな活動をしていたらしいけど、三年前、春岡綾音と相棒の櫻井小太郎が入部してから、おかしくなったんだって。幼なじみの二人は息ぴったりで、どんどんスクープ記事を書いて書いて書きまくって、一学期が終わる頃には部長と副部長にのし上がったんだって。春岡綾音が部長で、櫻井小太郎が副部長ね」

「敏腕記者なんだ」

「うん。でも、自分で思い通りに出来る立場になってからは、部長権限で、なんでもかんでもやりはじめたらしいよ。さっき言ったように、ゴシップ記事とか」

「付いたあだ名が“ゴシップガール”……」

「でも、それで反省するならいいんだけど、二人はますます調子に乗ったのよ。で、卒業後は高等部へのエスカレーターに乗れず、花咲高校に飛ばされたんだって」

 なんちゅうノンフィクションだ。

「……じゃあ、花咲高校はいつからそうなったの?」

「ずーっと前から、パパラッチ新聞部だよ」

「……………………」

 救いようがないな、花咲高校新聞部。

「だから、あんまりケンカ売らない方がいいよ。目をつけられるからね」

「それが、いいね」

 それを考えれば、私が先程春岡綾音と対峙したのは、歴史的大事件だったのかもしれない。私も上尾坂学園新聞部のことを知っていれば、おとなしく引き下がったものだけど。

「で、あともう一つ、言っておきたいことがあるんだけど……」

 理沙がさらに声をすぼめる。私は耳を傾ける。私と彼女は同級生だが、美景市歴は彼女の方が先輩だ。素直に聞いておいたほうが身のためである。

「新聞部以上にヤバイって噂のクラブが、花咲高校にあってね……」

「それってどんな……」

「あのね……」

「アンタらー、ホームルーム始めるでー」

 理沙の言葉は、関西弁の担任教師の大声によって遮られた。

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