5. 権力には近付かないようにしましょう。
何時の間にやら感想をいただきありがとうございます。
改行を多めにして空白を開けてみました。
面倒くさがってそのままというやっつけでした。申し訳ありません。
見づらい、読みづらい、この字間違ってるプークスクスという内容の意見はウェルカムです。
「まあまあまあまあ今日も可愛らしいわ! 私のイザベラ」
熱烈抱き潰しで迎えてくれた母上。幼い背骨がばっきばきになってしまいますが、よろしいのでしょうか。可愛いというなら私を考えておくれ。と言うのはここ数年であきらめました、はい。
私は嬉しさいっぱいという笑顔を保ったまま、そんな事を考える。彼らといると命の危機を感じる。もちろん、将来的の話なのだが、今現在でも肉体的に危機だ。私が子供という事を忘れているのではないだろうか。ぴっちぴちの8歳児です。
「おかーさま、おとーさま。おはようございます」
きゃっわいいイザベラちゃんは「おそようごぜーます」なんて言いません。両親自慢の(都合の)いい子なのです。
「誕生日おめでとう、イザベラ。お前ももう8歳だな」
「ありがとうございます、おとーさま」
「今夜はイザベラちゃん初の公式パーティーよ。気合いを入れておめかしをしなくちゃね。クリス」
「はい、準備は完璧でございます。奥様」
どうしてだろう、3年経ってもクリストファー君は若々しさというか、未熟さが抜けない。あれだ、いつからいるか分からないけど少年っぽい大学何年生だろうねっていう先輩。今年も卒業できないっぽいとか言いながら飲み会徘徊している先輩。彼は卒業出来たのだろうか。
という話は置いておいて、つまりはいつまでも学び舎を卒業出来ない、不思議な先輩にそっくりだ。雰囲気が。やれば出来るんだって調子に乗って、わざわざ卒業しないんだよねっていう余裕の見せ方が分からない。いらない余裕が未熟者の証っぽいんです、はい。必死で生きている側からすればね。
愛人歴何年だか知らないが、人並みに仕事が出来て顔も良くて夜の仕事は才能ばっちりということで、なかなか古参の愛人君だ。この一途さだけは抱き捨て状態の父に見習ってほしい。
「イザベラは何色のドレスを頼んだんだい?」
「おかーさまが纏う色の、薄いものを」
「薄いもの?」
「私、おかーさまのこと大好きですの。初めての大きなパーティー、どのような格好をしていいか分かりませんわ。だから、おかーさまと同じ色がいいんですけど、それはいけないって爺に言われました。仕様がないのでおかーさまの色の薄いものを選びました。これでお揃いですわね」
「きゃあああ! 私もイザベラちゃんが大好きよお!」
原色系が大好きな母回避作戦である。お揃いという可愛い子供の要求をしつつ、パーティーでの色被り防止だからしょうがなく淡い色にしました、偉いでしょうという話。注文してから聞いたのだが、母は紫のドレスを着るそうだ。私は薄紫である。流石に精神年齢が高いので、真っ赤やら黄色やらは少々恥ずかしい。淡くすれば派手な母に隠れられるだろう、という期待だ。
「イザベラは母が大好きだな」
「あら。おとーさまも好きですわよ。アクセサリーはおとーさまの目とお揃いの、青にしましたわ」
バランスも忘れません。どっちも平等にお相手します、ええ。もうセンスとかがん無視でごますり重視でございます。でも、薄紫と青なら寒色だから全く合わないってことはないかな。完成品を見てみないと分からないが。
「おお、それは嬉しいな。私にも大好きと……」
「そうだわイザベラちゃん!」
父の台詞を遮り、母が声を上げる。例の義兄弟事件以来、立場は完全に母が上になった。男尊女卑傾向があるこの国では珍しいのだろうか。気の強い女というのはいつの時代でもいるのだろうか。
「何かしら、おかーさま」
「誕生日プレゼントを用意したのよ。今年も喜んでくれると嬉しいわあ」
「とっても楽しみです! その前に、御飯を食べましょう?」
「そ、そうだぞ。私は腹が減った」
「それもそうね。クリス、準備して頂戴」
このままいけばプレゼント攻撃に移行してしまいそうなので、ストップをかける。食べることに意識を向けさせることは簡単だ。三大欲求に忠実な両親を持つとこういう時に便利である。
異母兄弟を奴隷にすると表面的に言って以来、両親は私にとびっきり甘くなった。以前から甘いっちゃ甘いのだが、お気に入りの友達のように接する。誕生日プレゼントなんて、もう高そうなドレスやアクセサリーなどこれでもかと押し付けてくる。こんなにはいらないと言っても、遠慮するなの一点張り。自分の価値観に合致した娘である。自分と同じだと思っているのだろうか。同族嫌悪とかないのか。
クリストファーの指示でメイドが料理を運んでくる。我が家の食事は格好よく言えばビュッフェスタイル、悪く言えば食材の無駄遣いだ。その日その日の出来る限りの美味しいメニューを、これでもかとテーブルに並べる。自称美食家の両親が気にいるメニューが肉や揚げ物などのこってり系なので、それらが中心だ。もうこれでは豚一直線である。母は気にしてか少なめだが、食後のデザートやおやつを食べるのでどっこいどっこいだろう。何故こうも豚と違いがあるのか。夜の運動面では父のが激しそうなのに。
「ううむううむ。我が家のシェフの料理はうまいな!」
「ええ、私達の舌に合うだけはありますね」
いや、言う程美味しくはない。味の主張が激し過ぎるし、まず濃い。私は味が薄そうな野菜系を選びつつ、衣の薄い揚げ物を摂取する。成長期なのだ、バランス良く食べなければ。もっさもっさと食べつつ、一体誰が両親を美食家などと言ったのだろうと首を傾げた。両親が好む味ははっきりしたものばかりで、例えて言うなら揚げ物はソースびちゃびちゃ、アメリカのお菓子をもっと甘くしたもの、などが好きであろう。十分な味付けをした揚げ物にもソースを掛けるのだ。何とも言えない。
他の家の食事をしたことがないので、これがこの国の文化だと言われればそれまでだ。しかし、爺の作る料理は濃くないし、とっても美味しい。爺のコンソメスープは本当に黄金色だった。何者なのだろう、爺。
もっと食えと高カロリー物体ばかりを押し付ける豚に笑顔で相手をし、親切心かソースをどばどば掛けようとするクリスをかわし、紅茶も飲まずにデザートを食べさせようとする母を宥めながら、私は食事をしていった。
食事とは、戦争である。
戦争(食事)が終わり、私達はそのまま食堂にて雑談を続けていた。というよりも、母の世間話という名の愚痴が止まらないのだ。あそこの家の娘の態度が悪いとか、どこの家の夫人はセンスがないとか。お前が言えたものではないと思いつつ、にこやかに対応する。適度な相槌は忘れない。少し大袈裟に反応すると両親が喜ぶのだ。気分は雛壇の芸人である。
「そうだわイザベラちゃん。誕生日プレゼントがあったのよ!」
ああそうですね、と気が遠くなりそうになりながら返事をした。前世から嬉しくないプレゼントをもらった時の対応について悩んでいる。喜ぶふりをするのだが、そういうものをくれる人に限って使っていないと不機嫌になるのだ。やめてほしい。
「お誕生日おめでとうございます、お嬢様」
一瞬消えたと思ったクリストファーが、何やら大きな包みを持ってきた。ごそごそガンガン音がするのは気のせいかね、クリス君。
「どうやらイザベラはペットの飼育に才能があるようだからな。新しいペットだ」
そう言えば以前、6歳の誕生日に謎な生物をもらった。角が二本あるユニコーンであるバイコーンに、ペガサスを足した様な、濃い生物だ。凄く忌々しいって目で睨まれたし、力が強すぎて子供が飼うべきペットではなかった。なので、解放してやったのだ。適当に御逃げなさいと。その代わり私を怨むなと。やはり賢い生物だったのか、私という子供の御願いにしかと頷き、飛んで消えていった。
両親には泣いて謝った。そりゃもう子役も真っ青な泣き顔だったと思う。憐みを誘うならば見目を気にせず号泣に限る。両親は私にはまだ早かったねと慰めてくれた。あの馬が馬鹿だったのだとも言われた。いい親だ。
という失敗談があるにも関わらず、生物をプレゼントフォーユーするとは何事ぞ。
「前の馬鹿馬はイザベラちゃんには大きすぎたって話になったのよ。だから、今回は小さい子を用意したわ!」
私って天才! とでも言いたげに胸を張る母。小さいって、ごそごそいうプレゼントは私くらい大きいけど。中の奴が小さいという話かね。
「ありがとうございます。おかーさま。イザベラ、頑張ります」
「ささ、お開けください」
面倒臭い動物じゃないといいけど。なんて思いながらプレゼントを開封する。無駄にリボンが多いせいで、解体作業が進まない。がんがん五月蠅いのも邪魔だ。
やっとこさ開いてみれば、中には大きな鳥籠が。中心には、何やら卵と毛玉があった。何だこれは。
思わずきょとんとしてみれば、母ががんがんと鳥籠を叩き始めた。
「動きなさい! こら! いくらしたと思っているのよ!」
いや、死んではいないから、多分。さっきまでがんがん暴れていたし。
それによく見れば、ぷるぷる震えていらっしゃる。暗闇では暴れるくせに明るくなると怯えるとかどうして。
私は鳥籠を開け、中の毛玉を取り出す。サッカーボールくらいの毛玉をぐりぐり撫でて見れば、真っ黒な隻眼がこんにちはした。やはり生物であったか。
「そ、それはな、讙という別大陸の生物だ。大国に生息する魔生物だぞ。高かったんだ」
『かん』ですと。私の知っている漢字で当て嵌まっているとしたら、妖怪じゃないっすか。魔生物というより妖怪じゃないっすか。まあモンスターという意味では当て嵌まりますけど。
未だに丸まっている毛玉を広げて見れば、確かに尾っぽは三つある。一つ目だし、確かに話に聞く讙と似ているような。まあ似非でも構いませんけど。似非の方がありがたい。見たら殺されるなんてどんな死亡フラグだ。
「別の大陸をほとんど治めている大国ですのよ! その御利益に預かれる筈ね」
いや、妖怪ですから。寧ろ大国がいらないと思っているのではないかと想像できる妖怪ですが。
「ありがとうございます、おかーさま、おとーさま。イザベラ、とっても嬉しい!」
嬉しがる時は自分の名前を呼ぼう設定。自分で首を絞めています、ええ。キャラ設定って大切。
「まだまだ餓鬼だから、イザベラでも飼育出来るだろう」
「それでね、イザベラちゃん。そっちの卵なんだけど、魔生物のおまけでもらったの。何の卵か分からないけど、うまく生まれるといいわね」
そりゃまたアバウトなプレゼントをありがとう。ほんのり温かい卵を持ち上げる。大きさはだいたいソフトボールくらいだろうか。卵的形をしていますね、はい。
温めればいいのかな。というか、その讙を売っていた商人って適当過ぎやしないか。母がごり押しで奪ってきたとかじゃないといいんだけどね。
「名前を決めるといい。ほら、奴隷契約をすれば逃げられないだろう」
「人間以外とも出来るんですか?」
「出来るぞ出来るぞ。ささ、やってみろ」
面倒臭いと思いながら、父親が手渡してきた簡易魔法陣をざっと見る。特に人間用と違う点はない。命を縛るという意味では、人間に限ったものでもないのだろう。
「さて、貴方の名前は何がいいかしら。ポチ?」
ふるふると首を振る毛玉。意思疎通が出来るそうですね。
「タロー?」
ふるふる。
「クリストファー?」
ぶるぶるぶるぶる。
そんなに嫌か。
「ヨナル?」
こくこく。
はいヨナルに決定。
「言葉が分かるんだな」
感心したように父が唸る。ぶるんぶるんな二重顎を撫でるのを忘れない。だから指がべたべたになるんですよ、父上。
「我、契約を望むものなり。契約の精霊よ、血を捧げし彼のものの命を我の隷属とせよ」
光り輝く魔法陣に、父が渡したナイフでヨナル切ったヨナルの肉球を押し付けた。嫌がらないなんて、やっぱり賢い妖怪だ。
「彼のもの達が我が命令に逆らいし時、その身に雷の裁きが下らんことを」
というわけで契約終了。簡易魔法陣をくるくると丸め、脇に挟む。荷物が多いのだ、マナーとしてはよろしくないかもしれないが仕方がない。
「卵から何か産まれたら契約するのよ」
「分かりました、おかーさま」
気が向けばね。
「じゃあ、パーティーの準備をしなくちゃね! 今日はイザベラちゃんのデビューする日よ。しっかり着飾らないと」
「あれらは連れて行くのか?」
父が憎々しげに言う。父の言うあれらというのは、異母兄弟のことだ。父にとっては自分の過ちの生き証人である。嫌な存在に変わりはない。
「嫌ですわ、おとーさま。今日は私のデビューですのよ。パーティーの話題は一つでいいわ」
いえ、面倒臭いのでもう少し教育したいだけですけど。パーティーとやらがどんなものか知ってからでないといけない。異母兄弟は私の脱出手段なのだ、掻っ攫われたりしたら困る。
「そうかそうか。そうだよなあ。今日はイザベラが主役だよなあ」
いえ、主役は王太子だと思うんですけど。
言いませんよ、いい子のイザベラちゃんですから。にこやかに肯定も否定もいたしません。
「それでは、おとーさま、おかーさま。私は準備のために部屋に戻りますわ。とびっきり飾りますので、楽しみにしていてくださいね!」
内心げんなりしながらも、にこやかに礼をする。さっさと退散しなければ、母が装飾選びを手伝うなんて言いかねない。勘弁してくれ。
右手に卵、右脇に契約書、左手にヨナル入り鳥籠を持って、さっさと退室した。
扉の外にいる爺に鳥籠を押し付け、さくさく歩みを進める。準備をしなければならない。
「お嬢様、手に持っている卵はなんですか?」
「誕生日プレゼントの一つよ。何の卵か分からないんですって」
私の言葉に、爺がはてと首を傾げる。
「どこかで見た事がある柄ですね」
「柄という程目立つ柄ではないと思うのだけれど」
ただのグラデーションだ。
しかし、爺はそう思わないらしい。じっくりと眺めてから、ふむふむと顎を擦る。
爺と父の仕草は同じはずなのに、どうしてこんなにも博識っぽいとか豚っぽいとかの違いがあるのか謎です。
「昔、魔生物の図鑑を読んだ事があります。確か、その柄であればフェネクスの卵だと記憶しております」
「フェネクス……」
フェネクス。それはフェニックスの魔物としての呼称だ。つまるところ、不死鳥さんですね。
なんですと。
「ええ、随分と希少価値の高い卵ですよ。おまけとして渡す様な代物ではありません。まあ、フェネクスは幻の魔鳥と呼ばれている程、見る事はありませんから。卵なんて、図鑑でしか知る術ないのではありませんか」
「図鑑を見れば分かるということでしょう」
「私が見ましたのは、この屋敷にある随分昔に数点のみ作られたものでございます。一般が持っているものではありませんし、もうどれほど残っているのか疑問ですね」
「……その図鑑、欲しいわ」
希少価値万歳。
「あとでお持ちしましょう。それで、その卵は如何になさるおつもりですか?」
「孵してみるわ。仄かに温かいから、まだ生きているみたいだし」
「そうでございますか。孵し方はご存じで?」
「燃やすんでしょ。香木の中で」
フェニックス的な孵し方ですけど。
「その通りです。では、香木を準備いたしましょう」
「明日の朝お願い。じゃあ、パーティーの準備をするわ」
自室に着き、爺ひらひらと手を振る。ここからは女の戦場だ。母に媚を売りつつ浮かない格好をしなければならない。しかも、私はじゃらじゃらアクセサリー必須という、縛りつき。何と言う事でしょう。
「それでは、何かありましたらお呼びください」
きっちりとお辞儀をする爺に軽く頷き、部屋に入るのだった。
「モネ! ミア! 準備を始めるわよ」
「は、はい!」
「……本日は何をお召しで」
「新しく作ったドレスとアクセサリーを使えば、後は好きにしていいわ」
入浴用品を集めながら、そう指示する。
本当は召使に体中ぴっかぴかにしてもらうのが、貴族女性としての常識なんだけど、精神が子供じゃないし他人に体を触れられるのはあまり好きではない。というわけで、いつも自分で磨き上げる。文句を言う母には泣き落としで黙らせた。だが、それが通用するのはあと少しだろう。
この数年でだいぶ上手くなったと思うのに残念。
子供特有のつるすべお肌を維持するために、丁寧に丁寧に体を洗い上げ、髪は傷まない様にしっかりとトリートメントをする。
ある程度湯船につかってから体を洗うのが私は好きです。
まだ体毛が生える年齢じゃなくて本当に嬉しい。剃るのって大変なのだ。
のぼせない程度でさくっと上がり、体中に香油を塗り付ける。乾燥を防ぐためだ。ついでにマッサージをして、体は終了。髪はリモネに任せる。髪にも香油をすり付け、頭皮マッサージをされた。
このまま寝られたら至福なのに。
「ベラさま! かみかざりにこれはいかがですか?」
ミリアーナの手にあったのは、薄い青色のパンジーだった。少し紫にも見えるその花は、普通のパンジーよりも大きく、綺麗に咲いている。
「これはミアが育てたの?」
「そ、そうです」
もじもじと恥ずかしそうに俯くミリアーナの頭をぽんぽんと撫でた。
「綺麗だわ。それを飾って頂戴」
リモネにさくさくと着替えさせられながら、そう言う。宝石よりは目立たないだろう。
結婚式であれば花の飾りは駄目らしいけど、皇太子の誕生パーティーなら問題ない筈。無表情なリモネは何も言わない。
「どのようにゆいますか?」
「任せるわ。ああ、どこかに三つ編みを入れて」
きりっとした顔になったミリアーナが、器用に髪を編み上げていく。サイドを三つ編みにし、それを御団子にまとめるという簡単な髪形だ。そこにぐさぐさパンジーがささる。頭の中がお花畑だとアピールしているようなものだ。
花畑の御団子の出来上がりである。
髪が完成したことで、リモネがアクセサリーを付け始める。明るい青のサファイアで統一されたアクセサリーは、公爵家である証だ。基本的に、有名どころの色を持つ名家はここぞという公の場で、その色を纏いたがるもの。
というわけで私も初パーティーは青を纏う。
本来ならば侯爵家のカラーを纏うべきなのだが、公爵家程の力はないため色はない。父の目の色ということで、青を纏うのだ。
侯爵家の娘よりも、公爵家の血縁者の方が肩書は上だ。
基本的に出来るだけ上の家柄に縋るものらしい。母がこっそり言っていた。
つまり、我が家族は侯爵家である以前に公爵家の繋がりのある御家柄というネームバリューを重要視したいという方針である。
大ぶりのイヤリングは耳たぶを引きちぎりそうだし、ぎらぎらが連なったネックレスは目に痛い。頭にのせられたティアラは色んな意味で痛い。
顔が基本的にパッとしないので、宝石が目立って目立って仕方がないのだ。
まだ出かけてすらいないのに疲れた。
ミリアーナがその場しのぎの化粧を施す。ここで女の魔法が掛るのだ。薄い顔が見られる顔立ちに変わる。ぎりぎり貴族っぽく仕上がるのだ。宝石には負けていますけど。
目が鋭いくせに鼻が低いもので、アンバランス感が否めないのが緩和されるのだ。
これで成長した時が怖い。
いつもより高いヒールの靴を履き、レースの手袋を付け、蝶柄の扇子を手に持つ。
「お、おにあいです。べらさま」
「準備が終わりました」
「御苦労さま」
はい、下種そうな悪役令嬢の出来上がり。
いや、どうしてなのだろう。清純派っぽくお花を付けてみたり、淡い色を選んだ筈なのに意地の悪そうな顔が鏡越しにこちらを見ている。紫か。紫が悪いのか。
無駄に大きな宝石を付けているせいかもしれない。
そこで私は諦めた。
所詮悪役令嬢ですもの
ドレスアップに関しては両親にしこたま褒められた。
宝石に負けないくらい綺麗な黒眼だとか、パンジーよりも愛らしい黒髪だとか。
変身部分褒めていませんよね?
ふっかふかのクッションが敷かれた馬車でごとごと運送されている最中に、これでもかと褒められたんだけど、あれはきっと慰めに違いない。焦っていたし。
何とも憂鬱な乗車時間を終え、パーティー会場に到着した。
王太子のパーティーですから、もちろん王宮です。初王宮ですね。
「いい? イザベラちゃん。私達は公爵家の繋がりです。私達より格上の者などそうそういませんわ。気高くいなさい」
「はい、おかーさま」
「王族に笑顔を忘れるなよ」
「はい、おとーさま」
両親を両脇に引き連れ、私の初パーティーに突入していった。
王宮に仕える従者が重厚な扉を開くと、そこは異世界でした。
と始まればファンタジー小説でも始まるのだろうが、残念ながら想像通りのきらきらした世界だった。一応ファンタジーな世界ですけどね。
落ちてきたら数人殺しそうな程大きなシャンデリアと、黄金で統一された家具達が喧嘩をして目に痛い。白と金色という王道カラーがお好きなようで、室内はそれらで統一されていた。
ざわざわとする室内では、様々な色合いの女性がいくつかのグループに固まって雑談に耽っている。
淑女にとって、会話が仕事なのだ。情報収集が重要である。
とはいえ、噂好きな女性の性質が大半を占めているのだろう。私が入った瞬間、ざわめきが大きくなった。これはあれだ、パーティーデビューだという話をしているわけではない。どぎつい格好に陰口を叩いているのだ。
「いいかい、イザベラ。これから王のもとへ挨拶に向かう。王太子に気にいられるようにするんだぞ」
「頑張ります」
空気になる様に。
乙女ゲーム的に言えば、ヒロインでもなければ攻略対象に関わるのは死亡フラグである。当たり障りのない対応が吉。
王太子への御祝いを述べるための行列に並びながら、両親の期待が込められた視線を交わす。知らぬ存ぜぬで過ごします、はい。
母のあの令嬢あの夫人談義(主に悪口)を聞き流しつつ、列に並ぶ事暫し。
「ふむ、トリステン家のものか。よく来たな」
「陛下、お久しゅうございます。殿下に至りましては、以前の陛下にますます似てきましたなあ」
「そうであろう、そうであろう。自慢の世継ぎじゃ」
「この様な立派なパーティーを開催されるなんて、流石王族というものですわね、殿下」
「お褒め下さり光栄です。今宵は態々、私のために来てくださりありがとうございます」
「何の何の。臣下として当然の事。寧ろ、お呼びくださり光栄ですぞ」
「そうですわあ。殿下も15歳という立派な御年になられて。学園の方はいかがです?」
「可もなく不可もなく、ですかね」
「謙遜する事ありません。殿下のご活躍は我々の耳にも届いております」
「王太子としては当然じゃな」
「まあ陛下。素晴らしい事ですのよ」
反吐が出そうな程の世辞の嵐だった。褒めすぎて胡散臭いのに、王様ご満悦。いいのかそれで。
「そういえば、トリステン家の娘は今回がデビューだったな」
暫し世間話という名の褒め殺しを味わった後、王様が私へ話の矛先を向けた。
「ええ、ええ、そうですのよ! 私達自慢の娘ですわ。親に優しく優秀ですの」
「我が娘に挨拶の許可をいただけますかな」
「うむ、許す」
「さあ、イザベラちゃん。ご挨拶なさい」
公の場でちゃん付けはやめてくれ、なんて言えない。
「陛下、殿下。お初にお目にかかります。わたくし、エヴァン・ベンジャミン・トリステンが娘、イザベラ・ミカロ・トリステンと申します。敬愛する陛下にお会いでき、光栄でございます。初めてのパーティーが王族主催という素晴らしき御導きに感謝しております。至らぬ点が数多あるでしょうが、どうぞ、よしなに」
「ほう、ほう。これはこれは。なかなか賢いようじゃな」
「そうでございましょう! 何も教えずともマナーは身についていますの。傍にいる大人が素晴らしいんですわ」
ええ、そうです。爺が素晴らしくて私、恥をかかない程度にはマナーあります。勉強なしにマナーが身についていたら、不審者でしょう。気づけ両親。
「殿下、よろしければ娘の初めてのダンスの相手をしてくれませんかねえ。誕生日が同じというのも何かの運命でしょう」
感情の読めない冷たい視線が私を貫く。王太子殿下が初めて私を見た。
クローディアス・トロイ・ダルニア。それが王太子の名前である。乙女ゲームで登場する際、彼は25歳だ。攻略対象者としては最高齢となる。渋い連中が好きな女子からは人気だったが、私はもう少し年上であったらよかったのにと思っていた。
彼は若いながら王が信頼する右腕的な存在でありながら、冷酷非道な一面を持っている。それは、少年の頃に自身の弟に暗殺されかかるためだと説明されていたが、見た感じ以前から冷たい印象が強い。爺に確認したところ、まだ第二王子はいるそうなので、まだ暗殺はされていない、筈。詳しい年齢や時期については説明されていなかったから、あくまで可能性の話だが。第二王子は暗殺未遂の後、公では死んでいるので、まだ大丈夫だと信じている。
「申し訳ありません。トリステン侯爵。私の始めのダンスは婚約者と決まっているのです」
「その後にでも踊ってやるがよい。記念によかろう」
「……分かりました」
そんなに嫌か。澄ましているが、面倒臭そうに眉根が寄っている。まだまだ若い。
そう、王太子には婚約者がいた。私が強制退場となる学園編の次である、冒険篇の悪役である。
贅沢がしたいがために王妃になりたい彼女は、王太子のヒロインへの好感度が上がると、ラスボスになるのだ。健気に王宮で待つという演技をしながら王宮では好き勝手に散財し、金で貴族を買い占め、王太子を亡きものにしようとするのである。
それほど強くない敵との連戦だが、割と癖のある連中なので、きちんと準備していないとすぐに負けてしまうのだ。幼馴染はよくやられていた。
さて、王太子ルートの話だが、ハッピーエンドはもちろん王妃エンドだ。婚約者に負けると逃避行エンドになる。婚約者の末路としてはもちろん処刑だ。
王太子との約束を取り付けてご満悦の両親は、さくさくと自分の派閥が集まるテーブルに向った。どうやら娘にダンスの教師を付けていないのを忘れているらしい。まあ、爺にこってり練習させられたので、足を踏まない程度には踊れますけど。何度爺の革靴を踏んだ事か。流石に初回の練習で二桁を過ぎたあたりから、爺の笑顔が固まっていた。すまん。
「ははは。我が娘は素晴らしいでしょう。殿下にダンスを誘われまして」
ごり押ししたのを棚に上げ、事実をまげて語る父。それに感心したように頷くのは、似た様な体系の親父たちだ。外野は王太子とのやり取りを知っているのか、冷やかな視線を向けている。
母に関しても、父同様に娘自慢をしていた。類友って、どこでも通用するんですね。
私は黙って人見知りガールを気取りたかったのだが、両親の視線が痛かったので、笑顔を張りつけて子供の対応にあたった。散々褒めてくる小太りボーイ&ガールを受け流しつつ、褒め返しつつ、当たり障りのない雑談を続ける。見たところ、両親周辺の子供達に攻略対象者はいない。
学園編でおさらばしそうな奴らを仲間に出来るわけがないか。
「やあ、エヴァン。お前も来ていたのか」
そうフレンドリーに話し掛けてきたのは、ユルシト伯父様だった。相変わらずダンディな狸親父である。
「兄上も来たのか」
嫌そうに顔を顰めつつも、対応をする父。公爵家という肩書は利用する癖に、ユルシト伯父様は嫌いらしい。嫉妬心でいっぱいの目で睨みつけている。
「そりゃあ、殿下の誕生を祝うのが臣下の務めだろう。それに、今宵は我が姪の初めてのパーティーだ。見に来たくなるのが伯父というものではないかね」
いけしゃあしゃあとのたまう伯父は、ぱちんと私に向かってウィンクをする。いらないです、ノーサンキュー。
「そりゃあイザベラだからな。公爵家としても自慢の姪だよなあ」
父の自慢はどこに根拠があるのだろうか。躾も教育も受けていないのに、凄い自信がある。不思議。
「ああ、全くだな」
適当に返したと丸分かりな声で、伯父が言う。伯父はぽんぽんと私の頭を撫でた。
「御久し振りですね。伯父様。お会いできてイザベラ、とても嬉しいですわ」
「頭に飾ってあるのはパンジーかな。可愛いね」
「わたくしの使用人はほとんど優秀ですのよ。幼いながらも、ね」
意味ありげににんまり笑ってやる。私の言葉の意味が分かったのか、伯父は苦笑した。彼らを連れてきた伯父様は、もう少し考えてほしかった。わざとだろうけど。いい道具になりうるのだが、下手したら私の首に刃を刺しかねない。
「それはよかった。それほど優秀ならば、我が家にも欲しいものだ」
「あら、伯父様。あの子たちに公爵家は贅沢過ぎですわ。だから、わたくしにくださったのでしょう? 今更取り上げるだなんて、大人のする事ではありませんわ」
「きちんと繋がりのあるところにいた方がいいのかな、と思ったんだがね。あまりに状況が悪いようなら、我が家に来てもらってもいいんじゃないかって考えを改めたんだ」
「伯父様」
「なんだね」
「覆水盆に返らず、という言葉を御存じで?」
「もちろん」
「あの時、あの子たちの利用価値に気付かなかった伯父様に、何も言う権利はありませんわ。あの子たちは、わたくしの所有物ですもの。きちんと、『マーキング』していますのよ」
そうだ、そうなのだ。彼らは『蒼の証』を持っている。その管理を馬鹿な父に任せようとした、伯父の判断ミスなのだ。父に何を期待したのか、彼らを政治的に利用されない様にしたためなのか、真意は分からないが、今更よこせと言っても無理な話。彼らは私の脱出のための鍵なのだから。
嘲笑うように口角を上げれば、伯父の顔が一瞬真顔になった。しめしめ、良い様である。会話をしていた私にしか分からなかったのが残念でたまらない。
父よりは優秀なのだろうが、いまいち公爵家としての自覚が足りない様に思える。
確かに、歴代の『蒼の証』持ちの庶子は当主になれたことはない。しかし、少なくとも当主の右腕なり理解者なり良きパートナーにはなっているのだ。これより先、子供を作る気がないのであれば、怪しい弟のもとより自分で預かる方が確かな筈。当主には出来なくても、公爵家としては必要な存在だろうに。
父の自慢げな笑い声と、母のきんきん声の中、私と伯父は見つめ合うのであった。
そうしているうちに、静かな音楽が流れ出す。流れるようなメロディーに、自然と人々の会話が萎むように消えていった。
パーティーが本格的に始まったようだ。
自然と、人々が中心にあるダンスホールを空ける。パーティーのファーストダンスは、主催者が踊るというのがルールだ。つまり、今回は王族である王太子とその婚約者となる。
王太子が涼しげな顔をしながら、桜色の髪の女性をリードしていた。あれが私と同じ立場となる悪役令嬢だ。私と違って美人なのが腹立たしい。色気むんむんと言うべきなのか、涙黒子が魅力的だ。綺麗なアーモンド型のエメラルドグリーンの目は濡れたように輝いている。王太子の髪が青なので、彼女の色合いがとても目立つ。この二人はザ・異世界人という色合いだ。特に髪色。
二人は踊り慣れているのか、くるくると軽快に踊っている。しかし、どちらも冷めた目をしていた。
婚約者の名前はメイリーン・セルソ・ヴィエーガ。ウィンスター家と並ぶ公爵家であるヴィエーガ公爵家の長女だ。容貌、教養、気品において令嬢の中の令嬢と言われる、優秀な令嬢である。王妃になるため育てられた彼女は、そりゃもうスーパー令嬢なのだ。
王太子との婚約の際、誰からも反対意見が出なかったとか。それが根回しの結果なのが実力の結果なのかは分からないが、仕草やダンスなどから見ても、完璧の様に思える。幾人かの令嬢は、憧れの眼差しで二人のダンスを見守っていた。
私もちびちびジュースを舐めながら、二人を見つめる。形だけを分かりやすい、笑みを張りつけた二人。王太子はともかく、メイリーンに関してはもう少し嬉しそうにすればいいのに。
ゲームでは旅立ちの時に初登場からの裏ボスに変身だったため、日常のことが分からない。王太子も日常会話として婚約者の事に触れるものの、特に重要なことは言っていなかった。当たり障りのない会話のみだ。
つまり、情報として分かっているのは贅沢好きの御令嬢というだけ。性格も定かではない。
じっくりと観察していれば、にんまりと笑う両親が視界の端に映った。敵を観察していると思っているのか、やる気になったと思っているのか。残念ながら手を出すつもりはないぞ。余計な問題に首は突っ込まないに限る。
息を荒げる事無く一曲踊り切った二人は、優雅に挨拶をする。御令嬢とは指の先まで気品があるようだ。
両親が行け行けと視線で雄弁に語るので、渋々足を進める。ヒールの靴はこの体にはきついのか、少し不安定だ。これで、ダンス踊るなんて鬼畜すぎる。
よろけそうなのがばれない様、子供っぽくふらふらしながら王太子の元へ向かった。
右に傾けば右の人に挨拶し、左に傾けば左の人に挨拶をする。
媚売る令嬢としては妥当だと思うのだけれど。
正常な大人の視線が痛いし冷たい。
「これはこれは小さなレディ。この後お迎えに上がろうと」
棒読みが丸分かりな王太子が言う。やんごとなき御身分も大変なことで。
「殿下にお手数おかけするわけにはいきませんもの」
嘘です。両親の圧力で渋々来ました。
王太子との挨拶はそこそこに、メイリーンの方へ視線を向ける。すっと立っている姿は、凛々しい百合の様だ。
ドレスを摘み、深く頭を下げる。名を名乗るのは上位の家柄からと決まっているのだ。私から挨拶は出来ない。
いくら公爵家の血が流れるとは言え、公爵家直系の方には劣る筈だ。
「あら、この子が次の御相手ですのね。クローディアス様」
「ああ、イザベラ・ミカロ・トリステン嬢だ」
「トリステン家の。立派なレディですのね。私はメイリーン・セルソ・ヴィエーガと申します」
「お初にお目にかかります。イザベラ・トリステンです。御高名はかねがね伺っております。お会いできるのを楽しみにしておりました。殿下はヴィエーガ様の婚約者と聞き及んでおります。暫し、わたくしに夢の時間を与えてくださりますと幸いです」
「初めまして。クローディアス様とのダンス、楽しんでくださいね」
「今宵は、わたくしにとって記念すべき日になりますでしょう。心より感謝申し上げます」
恭しくもう一度首を垂れ、膝を折る。いくら王から許可が出たとはいえ、婚約者から許可が出ないとダンスなど出来ない。一般的な貴族男性ですら、ダンスする相手は影響するのだ。王太子はもちろんである。
にこりと笑顔を浮かべながら、メイリーンは快諾していた。全く彼に執着やら好意やらを感じない。
「それでは、クローディアス様。しっかり小さなレディをリードしてくださいませ。女性にとって、初めてのパーティーでのダンス程、緊張するものはございませんから。私は父の元におります故、後ほどお会いしましょう」
「そうだな」
小さい邪魔者に対してまで、気遣い出来るなんて。どれだけ立派な御令嬢なのだ。表情が伴えばなおのことよし。
王太子が差し出した掌に、そっと手を重ねる。とってもありがた迷惑な話だ。これで王太子が私の事を気にいると、本気で両親が思っているから、なおのこといたたまれない。
始まったのは、可愛らしく軽快なワルツ。少女ということを慮っての選曲だろうか。気を使わせて申し訳ないです、楽団さん。
爺と練習したステップを、間違えないよう必死で足を動かす。私と王太子ではありえないだろうが、しっとりバラードの方がよかった。テンポが速いと足がつりそうになる。若いからそうそうないけどね!
「なかなか御上手ですよ。小さなレディ」
「殿下のリードのお陰ですわ。流石我が国の代表となられる御方。拙いわたくしがこの様に踊れるんですもの」
流石なのは爺です。変に前世があるせいでスポンジのような脳みそがない私に、根気よく教えてくれた爺には感謝だ。今のところ、ダンスの間違いは犯していない、筈。
自己満足のダンスを終えた私は、さくっと王太子に感謝の意を伝え、傍から離れる。必要以上に傍にいるべき人物ではないのは分かり切っていた。メイリーンへの感謝も忘れない。わざわざ格下である私が話し掛ける必要性は皆無だったため、王太子へ伝言を頼んだ。別に面倒臭いとかそういう理由ではないとだけ言っておく。
王太子とのダンスで疲労困憊したということになった私は、両親の許可を得て一時休みに行くことにした。どうせもうすぐお子様は御帰り頂く時間だ。それまで休んでいようという魂胆である。これ以上笑顔を張り付けるのは、表情筋を酷使し過ぎだ。
パーティー出席者用に用意された休憩室に向かうべく、棒になりそうな足を動かすのであった。
パーティー編は続く。
6/17 17:25 一部訂正