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2. 周りをよく見てみましょう

異母兄弟登場の巻

まだまだコメディーにはほど遠いっす






 皆さまこんにちは。あれから数年経ち、私は5歳になりました。生後1歳の誕生日パーティーにて、父親とも会う事ができました。いやはや、あれがまさしく豚というものだと幼いながらも(精神年齢は30歳突破)思いました。某神隠し映画のご両親の変身後並みでしたよ。しかし、私は頑張りました。無邪気に二重顎を触ってやったり(固い脂肪だったのでなかなか落ちないだろう)、ばぶばぶ言いながらソーセージのような指をにぎってやったり(ぬるっとしていた)。努力の甲斐あってか、母も父も私のことがだーい好きな親馬鹿野郎になってくださいました。ちょろい、ちょろすぎるぜ両親。


 この4年で分かった事があります。それは、私の家がかなりいいお家だということです。トリステン家というのが私の家になります。トリステン家は代々、ダラス領を賜っている侯爵家なのです。あんな両親でいいのか、と思いきや父は婿養子で、一人っ子な母親が男ならば正式な侯爵家の当主だそうです。しかし、この国では女性に継承権がなく、婿養子をとるしかなかったのです。ということを子供の目の前で憎々しげに愚痴っていました。そこで白羽の矢が立ったのが父だそうです。どうやら父は、トリステン家よりも高い地位のウィンスター家という公爵家出身らしく、まさしく政略結婚なのでした。貴族の間では、美男美女を雇って浮気相手にすることが多々あるらしく、いやらしそうに母や父がご友人を思わしき人々と話すのを何度も見ました。これぞ類友ですね。


 父はウィンスター家からすれば貪欲すぎるらしく、さっさと家から追い出したかった。トリステン家からすれば、我が侭娘と家を存続させられるくらいの手腕または地位を持った男が欲しかった。そんな利害関係が一致したため、結婚したみたいです。毎年あるパーティーでのこそこそ話を集めた結果、そんな話が推測されました。確かに、父の兄で私の伯父にあたるユルシト・ウィンスターは穏やかそうでありながら、したたかそうな狸お兄さんでした。年齢が今年30歳なのだそうなので、爺と言うにはちょーっと抵抗があります。それもなかなかいい具合に熟成された美男です。父とユルシト伯父様の血の繋がりは遺伝子の不思議ですね。


 さて、ここまでくどくどと説明して参りましたが、敬語で語ったことには理由があります。簡単に言えば、混乱しているからですね。




「この状況について、詳しく説明してもらおうか。エヴァン」


 ユルシト伯父様が厳しい口調で父に言いました。あ、父の名前はエヴァンといいます。目の前には顔を真っ青にして、冷や汗をだらだらと流している父。私の手を握り潰さんばかりに握っているのは、顔を真っ赤にしてぶるぶると怒りからか震えている母です。


「せ、説明も何も兄上。これは嘘偽りに決まっているじゃないか!」


 嘘。それは私の専売特許なのにーとか言わない。落ち着いてきたぞ、うんうん。


「どこが嘘なんだね? 皆、ウィンスター家の証である『蒼の証』を持っているじゃないか」


「兄上や父上の子という可能性も……」


「知っての通り、私は亡き妻一筋だ。父上の存命中に生まれた子はいない」


 以上の会話から分かるであろう。ザ・ノンフィクションのザ・ドロヌマである。


「ぐぬぬぬ……」


「どーいうことですの、貴方! 浮気に隠し子ですって!? ウィンスター家の先代から受け継いだのは異様な性欲だけなのですか!」


 いや、まあ優秀でも美形でもないものね。代々優秀で美形な人材をぽんぽん生み出してきたウィンスター家のバグ的な存在みたいだものね。君も人の事言えないんだけどね。


 ユルシト伯父様の脇に立たされている、男女計4人の子供と、侍女に抱きかかえられた赤子と思わしき布の塊。お盛んですね、としか言いようがない。私は腐ったもやしを見る様な目で父を見そうになった。実際は無邪気にきょとーんと首を傾げてやる。カクシゴナニソレオイシイノ状態である。豚な父とそこそこ美人と思わしき母から生まれた私は、平平凡凡の見た目である。幼児効果で多少愛くるしさがある程度だろうか。足して綺麗に半分に割られたので、若干平凡よりは劣っているかもしれないけど。


「知らんぞ知らんぞ! 私の子はイザベラだけだ!」


 往生際の悪い父は、駄々っ子のように首を左右に振る。ぶるぶると揺れる贅肉が醜い事醜い事。ユルシト伯父様の観念しろ的な台詞に僕は悪くないもん的な台詞を返すと言う、堂々巡りが兄弟の間で始まった。たまに母がきんきん声でちゃちゃ(文句)を入れるという何これ状態。カオスである。昼ドラかよ。


 なかなか終わりそうにない大人の会話(笑)は放っておいて、父の庶子たちを観察する。


 私よりも小さいであろう女の子は、状況を理解していないのかびくびくしていて、視点が定まっていない。同じく小さい男の子は、何も考えていないのか、どうにでもなれと思っているのか、年の割には感情のこもらない目をしている。それから、一番年上そうな女の子。大体12歳くらいかな。憎々しげに父やら母やら私やらを睨みつけている。素直すぎる子の様だ。


 そして10歳くらいであろう男の子。こちらは父の貪欲さが遺伝したのか、ぎらぎらとした目で伯父様を見つめていた。なんだろう、公爵家の跡取りでも狙っているのだろうか。確かに伯父様は最愛の妻に先立たれ、しかも子供もいない状況である。だがしかし、流石に弟の庶子が後継ぎは無理があるでしょう。そんな現実の分からないのだろうか。いやいやそんなまさか。子供達の見た目は汚い感じだし、いい生活はしていないのだろう。現実くらい知っていてほしい。


 とはいえ、父はなんてところで性欲を発散しているのか。それなりに良い家なんだから、そういうところがしっかりしている女性を買えばいいものを。


「いい加減にしないか、エヴァン!」


 日ごろ穏やかな伯父様の怒鳴り声で、思考の海から浮上する。いい加減現状を理解しない父に堪忍袋の緒でも切れたのだろう。血の管理は、由緒正しき家としては重要なことなのだ。


「しかし、兄上」


「しかし、ではない。現在、ウィンスター家の血縁者の中で『蒼の証』を持っているのは私とお前だけだ。私はもちろん妻以外を抱いた事はないし、父上はすでに死んでいる。どう考えてもお前の子だろう! ウィンスター家から出たとはいえ、好き勝手しすぎじゃないのか。少なくとも、彼らは自分の父がエヴァン・トリステンだと言われている。それとも、『裁きの間』に連れて行かれたいのか?」


 父の顔が青を通り越して白くなる。裁きの間とは、所謂裁判所のことだ。裁きの精霊と呼ばれる、物事の嘘を見抜く精霊に自分の言っていることは本当であると誓うのだ。違えば体がパーンとなる。リアルグロテスクである。嘘の具合でパーン具合が決まるらしい。母が父の適当な約束にぶち切れ、裁きの間で約束しろと詰め寄っていた。鬼嫁である。


「わ、私は……」


「私の子ではないと『裁きの間』で誓って構わない。人の目を気にするお前の事だ。王族の目の前で浮気して子をなしたなど、言いたくはないだろう」


「分かった分かったよ! 引き取ればいいんだろう、それらを。浮気なんて、どこの貴族でもしているのにどうして私は責められなければならないんだ」


 ぶつぶつと文句を言いながら、引き取ることを認めた父。そう、そのために彼らはいるのだ。別に浮気の断罪のために連れてこられたわけではない。どこにいたのかは知らないが、伯父様の視察中に偶然ウィンスター家だけが持つとされる『蒼の証』を持った子を見付けたのだそうだ。探してみれば5人もいて、引き取れと言ってきたのである。


 父を見上げれば、ニタァと笑みを浮かべている。どうせ、奴隷として売り払うつもりなのだろう。相手の女性はそれなりに美人だったのか、皆それなりに整った顔をしている。子供であるし、高く売れそうだ。『蒼の証』も付属価値として売れるとでも思っているのだろうか。


 ふむ、と私は考える。ウィンスター家の『蒼の証』とは、何か突出した才能があることを示す。それは伯父様がため息交じりに呟いていたのを偶然聞いてしまったことで知った事だ。父は床上手らしく、性欲と合わさりそこら辺の才能があると考えられる。全く、使えない男だ。5人が5人とも、『蒼の証』を持っているとすれば、将来有望であろう。誰もが公爵家の血の繋がりが分かってしまう、青い目の子供を、そう簡単に買おうとは思わなさそうだが、この世界の大人は甘ちゃんばかりだから侮れない。


 さて、ここで私の方向性を語ろうか。私の目標はこのトリステン家から出ていくことである。4年間聞き耳を立てていただけで、人身売買やら違法薬物の売買などの怪しい裏稼業で荒稼ぎをしていることが分かる。5歳児(プラス30歳の精神年齢)にでも分かる事だ、恐らく黙認されている。泳がせて捕まえる気なのか、元から手を出さないのか分からないが、少なくともバランスが狂えばすぐに切り捨てられるだろう。


 こんな怪しい綱渡り状態な家にいることは得策ではない。家から出られても多少被害があるだろうが、死罪とまではいかないことを祈るしかない。家にいるよりは生きていられる可能性がある。


 以前、そこはかとなく両親の方向性の修正を試みた事がある。「なんで悪い事しているの?」とか「どうして奴隷なんて言うの?」とか、幼児にありがちななんで・どうして攻撃である。やり過ぎると二人の(言う事を聞いてくれる)可愛い娘ではなくなってしまうので、ある程度でやめておく。猫なで声で「これはいい事なんだよお」とか言われて鳥肌ものだったがYESベビーになっておいた。これは自分達は何をしても許されると思っている馬鹿であると判断を下したのだ。彼らの更生は無理そうである。私の選択肢は家から逃げるのみとなった。


 その際に必要なのは、スムーズに家を抜ける方法だ。出来ればそれとなく関係ない家に嫁ぎたいが、彼らはもう既に私の婚約者(現在35歳バツ2。驚くことに精神年齢的には釣り合いが取れる)と最終調整に入っているらしく、厳しい。多分彼らの悪事仲間だ。彼らの主張からいけば、結婚は金を得るための手段で、恋愛は浮気でやればいいらしい。好きだから結婚というのは難しいだろう。子供もいないのだし、伯父様のところへ養子縁組もいいかなと思ったのだが、折角追い出した父がしゃしゃり出てきた場合、より悲惨なことになるので却下。他にも選択肢がないか調べていきたいが、まずは最悪な状況に陥ることを想定しなければならない。つまり、どうしても家出をしなければならない場合、である。


 その際に必要なのは、有能で信頼できる手駒だ。ここは王都に近い領地なため、国外逃亡する場合には隣国が遠い。人材というのは宝だ。特に才能が隠されていそうな子供達であるならば尚更。


「おとーさま、おかーさま」


 きゃんきゃん騒ぐ母をそれとなく慰めようとして失敗している父を見上げ、無邪気な笑みを浮かべる。将来(手駒として)有望な子供達を安い値段で変態に売らせるわけにはいかない。私は『愛する子供の純粋なお願い』を行使することにした。


「わたくし、あれらがほしいですわ」


 無邪気さを演出する、舌っ足らずな口調。新しい玩具を見付けたと言わんばかりにきらきらと輝く目。可愛らしく首を傾げることも忘れない。


「イ、イザベラ? どういうことですの?」


「わたくし、おままごとのあかちゃんにんぎょうがほしかったのです」


 そう言いながら、母のドレスに抱きつき、こっそりと耳打ち(周りに聞こえるくらいの)をした。


「おかーさまやおとーさまのように、わたくしもどれいがほしいのです。れんしゅうだいにはちょうどいいのです」


 子供の成長を喜ぶように、目を潤ませ感動する母。奴隷がほしいなんて、子供のおねだりとしては危険な賭けかなと思ったのだが、杞憂の様である。つまりは親の真似をしたいお年頃ってやつだ。


「まあまあそれはいいわね! 丁度この子にも遊び相手が必要な頃だと思っていたのよ」


 私の一言により、怒り顔から一転にこやかになる母。やはりちょろい。両親を見上げれば、意地悪そうににやけている。何だかんだ言いつつ、似たもの夫婦だ。伯父様は心配そうに子供達を見ている。今更連れてこない方がよかったのではないかとでも思っているのだろうか。時すでに遅しである。彼らは既に私のものだ。


 私はごてごてしたドレスを軽く持ち上げ、つかつかと彼らの前に踊りでる。親と同じように、意地悪そうに口端を上げ、胸を張った。


「きょうから、おまえたちのあるじとなる、イザベラ・ミカロ・トリステンよ。さあ、あかちゃんをつれてついてきなさい」


 高らかに所有者宣言をし、くるりと踵を返す。数歩歩いたところで、振り返った。子供達は呆けているのか、着いてこない。私は目を吊り上げ、より強く言った。


「来なさい、と言ったのよ」


 子供達がびくりと体を震わせる。飼育というのは、主人を認めさせることから始めなければいけない。毅然としたまま、私は前を見て歩き出す。今度は背後からいくつかの足音が聞こえた。





 自室についた私は、くるりと後ろを振り返る。そこには、様々な表情をした子供達がいた。もう舌っ足らずはいらないだろう。あれって意外と疲れるし涎が出るわ出るわで大変なのだ。ぶりっこ女子は本当に尊敬する。


「さて、自己紹介からはじめましょうか」


 無言な子供達。そうかそうかさっそく逆らうか。少なくとも、この家の中では私の言う事を聞いてもらわなくちゃいけない。私は一つ溜息をついた。まだまだ子供である。


「名前を聞いているのよ。主人に逆らうの?」


「何が主人だ。子供の癖に」


 そう子供の癖に言いやがったのは野心丸出しの男の子である。


「あら、どちらのほうが子供かしらね。そう易々と公爵家の跡取りに収まろうとしていた癖に」


 男の子は驚いたように私を見つめた。目ん玉かっぴらいてるせいで、綺麗な青い目がぽろんしてしまいそうである。


「だいたい、ウィンスター家の血縁者はそれなりにいるわ。わざわざどこの血が流れているか分かったものではない浮気の末の子供を、由緒正しき公爵家の跡取りにすると本気で思っているの?」


 やっとこさ驚きから立ち直った男の子が目を吊り上げる。心外だ、と言わんばかりだ。お子様の思考回路では、どうやらそのように事が運ぶと思っているようである。


「俺には『蒼の証』がっ」


「『蒼の証』ではない当主がいたという記録も残っているわ。目が青ければ当主としての資質があるなんて、伯父様はそんな安直な考えはしないわよ。新しい妻を迎える気がない伯父様が子供を作る事はほとんど不可能だもの、ウィンスター家の血縁者の中では、既に跡取り候補が何人かいるわ。彼らは跡取りに名乗り上げる素質を持った人物よ。それなのにいきなり出てきた弟の庶子が後継ぎになれなんて、馬鹿馬鹿しい」


 今度は苦虫を100匹噛み潰した顔になる男の子。知らないにしても浅はか過ぎる。公爵家という、歴史ある家に入りたいならば、多少は勉強すべきだ。


「公爵家は建国当時からある由緒正しきお家よ。例え貴方が伯父様の子供となったとしても、公爵家の後継ぎにはなれないわ」


「お、俺は偉くなるんだ! 今まで俺らを馬鹿にしてきたやつに復讐をっ」


「今まで馬鹿にしてきたやつってのが誰だか分からないけれど、馬鹿にされる様なことをしてきたのでしょう。俺は侯爵家の息子なんだとか、公爵に可愛がられるんだとか、金持ちになるんだとか。荒唐無稽な話よね。誰だって信じないわ」


「違う違う違う! 庶民は『蒼の証』のことを知らないだけだ!」


「誰だって知っているわ、大人ならね。庶民であっても知っているものよ。そして、『蒼の証』を持たずとも当主になった人はいても、『蒼の証』の庶子が当主になった事がないってことも知っている筈よ」


 いよいよ男の子はショックのせいか顔色が白くなってきた。どうやら知らなかったみたい。成り上がりを計画するには、少々頭が足らないみたい。


「だって、『蒼の証』さえあればって母さんが……」


「当主の庶子でさえなれた記録がないというのに、弟の庶子ごときがなれる筈がないでしょう。現実を見なさい。この国の上層部は頭の固い連中よ。庶民の血なんて、穢れているといって最悪公爵家はお取りつぶしになるわ。没落貴族になりたくて跡取りになるつもり?」


 私はにやりと嘲笑う様に口端を上げた。夢見がちな少年には辛い現実だろう。しかし、受け入れてもらわなければならない。それがこの子のためである。ぶっちゃけ成り上がりを目指す野心家程面倒臭い物はないと思っているだけだが。


「俺、きっと金持ちになるんだって。そのためにここに来たのに……奴隷なんて」


 ぐすぐすと泣き始める。野心家の癖に面倒臭い。ぼりぼりと頭を掻きたくなったが、ごてごてに飾り立てられていたのを思い出し、踏みとどまる。


「少なくともこの家で生きていくためには奴隷になるしかないわよ。私の奴隷になるか、他の変態の奴隷になるかの選択肢しかないわ」


「他の、変態!?」


「あら、話を聞いて分からない? この家は悪事に手を染めているのよ。人身売買なんて当たり前じゃない。私がいらないといえば、奴隷として売りに出されるだけよ。庶民の中でのヒエラルキーの底辺で生きていたのでしょう? 奴隷はそれよりもっと酷い扱いを受けるのよ。特に私って可愛がられているから、気に入らないと言えば最悪の相手に売りつけられるわ。狂った魔術師とか、死体愛好家の老人とか、ね」


 流石にこの言葉には、少年だけでなく他の子たちも顔を白くさせる。


「貴族は奴隷売買に関わっていないとでも思ったの? 奴隷なんて、貴族みたいな金持ちしか買わないわ。それはいくら格式の高い貴族でもたいして変わらないわよ。貴方達は運がいいわ。少なくとも私の奴隷であれば、死にはしないんだから」


 年上の男女二人は愕然としたように膝から崩れ落ちる。庶民でも彼らには自分たちよりも下の存在がいた。庶民より上になれると思って貴族の家に来たら、庶民以下である奴隷に落とされるのである。そりゃあがっかりですね。貴族社会なら幸せになれるなんて、夢見た馬鹿が悪いのだ。


「さあ、人生の選択よ。私の奴隷になるか、他の人の奴隷になるか。選ばせてあげる。私は優しいからね。私の奴隷になりたいのなら、跪きなさい」


 まあ嘘です。優しい人は夢をばっきばきに壊したりしない。


 暫く黙って見ていれば、まずは意外なところで野心家の少年が首を垂れ、片膝を立てた。某考える人のようである。どうでもいい情報であるが、あれは大きな作品の小さい一部だそうだ。次は、がくがくと一番怖がってくれる年下の少女。現状を理解しているか怪しいが、ちゃんと膝をついている。続いてぼーっとした男の子。これは右にならえの如くだ。こちらも考えていなさそう。最後に、年上の女の子です。泣きそうな目で、憎々しげに睨みつけられる。私はにこやかに笑ってあげた。そうすれば、ゆっくりと首を垂れる。上下関係をやっと分かった様だ。


「あら、そう。私は他の人に売っても良かったんだけど」


 売らなくていいなら、それに越したことはない。『蒼の証』は才能の証だ。みすみす手放すなんて嫌である。


「さあ、名前を言いなさい」


「……俺は、ファーガス」


「ミ、ミリアーナで、です」


「…………ディメトリ」


「リモネよ」


 上から野心家の少年、臆病な少女、無機物っぽい少年、復讐心に溢れる少女である。その名前を聞いた瞬間、頭の片隅でちらりと何かが過った。何か引っかかる。しかし、それはあとで考える事にした。


「そう、ファーグ、ミア、ディー、モネね。あの赤子はなんて名前?」


「あいつは名前なんてねーよ。生まれてすぐ母親が死んだからな」


 不貞腐れたファーガスが吐き捨てるように言う。


「名前がないなんて不便ね。私がつけてしまいましょう。んー、アンでいいわ、取り敢えず」


「適当だな、おい! 男か女か確認してないじゃないか!」


「どっちなのよ」


「男だけど」


「じゃあアンドリューのアンでいいわ。はい決まり」


 いいのか、と首を傾げるファーガスを放っておいて、アンドリューをミリアーナから受け取り、抱き上げる。子供に罪はない。きちんと飼育ではなく教育せねば。


「アンって、い、いい名前だと、思うけど」


 ミリアーナがびくびくとしながら意見を述べる。それは媚なのか、本気なのか。一応本気っぽいということにしておこう。初日で全て教えられるわけがないし、妥協も必要だ。


「さて」


 私は様々な表情を浮かべた4人を見渡す。汚い。どれぐらい体を洗っていないのか。私はサイドテーブルに置かれたベルを鳴らす。軽やかな音をたてたベルを、4人は不思議そうに見ていた。





 暫くすると、ドアがノックされる。きっちり4回。毎回乱れる事のないノックである。


「お呼びでしょうか、お嬢様」


「今日からこの子たち私の奴隷になったわ」


「ええ、存じております」


「でしょうね。取り敢えず体を洗わせて頂戴。服は仮のでいいわ。使用人用の制服を彼らのサイズで用意して。その最中に色々家の事を教えてあげてくれる? よろしくね」


「かしこまりました」


「彼はテレンス・ファゴット、私は爺と呼んでいるわ。私専属の執事よ。貴方達の先輩であり先生になるのだから、しっかり学びなさい。彼は貴方達と違って奴隷ではなく庶民であり、我が家に代々使える立派な御家柄よ」


 緊張した面持ちで爺を見上げる。爺は好々爺な顔をして、鋭い視線を隠さない。威圧感があるのだ。


 彼は両親から隠居を言い渡されていた。驚いた事にクリスが彼の息子である。クリストファー・ファゴット。それがあの浮気相手の名前だ。甘やかしたからなのか、元々ああいうタイプなのか知らないが、この父あってこの息子ありとは言えない。年老いたものを厭う母が、クリスとべたべたするために爺を引退させたと知った時はこんなことまでと呆れたものである。ちなみに爺はぴっかぴかの48歳。50手前を年寄り扱いだなんて、もったいない話だ。


 髭で遊びたいという理由で爺を私の使用人にした(あんな理由で通用するとは思わなかった)のだが、母が彼を嫌うので私が呼ばなければ現れない。あの呼び出しベルには魔法がかかっていて、爺にすぐ分かるようになっているようだ。爺を使用人にして思った事は、勿体ないということである。仕事は難なくこなし、ポーカーフェイスもマナーも完璧。博識でなんでも出来るというスーパー執事であるのだ。某悪魔的執事を思い出した。流石に死神とは戦えなそうだが。見た目だけで(とは言っても渋面で個人的には美形だと思う)使用人を選ぶなんで、愚かなことである。迫りくる老いというものに恐怖でもしているのだろうか。


 爺にアンも預け、使用人用の浴室に連れて行かせる。きっと、屋敷内も軽く案内してくれるだろう。これで暫くは一人になれる。





 私はふかふかのソファーに座り込み、深く息を吸い、吐いた。胸がざわめく。嫌な予感しかしない。先程脳裏をかすめたことについてである。どこかで、彼らの名前を聞いた事があったのだ。ぼーっとしながら思考を巡らす。見覚えのある顔だなと思ったのは、父に似ている要素でもあるのだと考えていた。違うのだ。私は彼らの成長した姿に見覚えがあるのだ。


 ファーガス、ミリアーナ、ディメトリ、リモネ。


 私の脳内で鮮やかなイラストがいくつか浮かび上がった。そう、それは前世で見たものである。


 必死に夢に追いすがるファーガス、恐怖から夢の世界に意識を飛ばしたままのミリアーナ、感情が欠落した硝子の目で虚空を見つめるディメトリ、復讐心のために自分や周りを犠牲にして生きるリモネ。


 私の意識は、そこでぶつんと途切れた。







Q. あれは5歳児ですか


A.はい、イザベラは5歳です。


4/25 22:45 一部訂正

6/17 17:25 一部訂正

6/21 17:05 一部訂正

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