18. 暇つぶしをしましょう
屋敷に帰った私は、くるくると手の中にある短剣を、ペン回しの応用で回す。シンプルながらも綺麗に磨き上げられた刃に私のシンプルな顔が映り込む。
「それが担保か」
一緒に見ていたファーガスが感心したように言葉を零す。武器の良し悪しなど私には分からないが、随分と手間をかけて手入れしているだろうなということは何となく分かる。だって綺麗だし。
「ええそうよ。何でも多くの命を奪ってきた呪われた短剣だとか」
「はっ?」
「ベラ様、担保って、何ですか?」
引きつった笑みを浮かべるファーガスを無視して、ディメトリに視線を移す。ミリアーナやアンドリューも首を傾げていた。
「簡単に言えば人質みたいなものね」
「人質!?」
物騒な言葉だったからかミリアーナが怯えたようにふるふると震えだす。正確に言えば人間ではないので物質って感じだが。ぶっしつとは読みませんもちろん。
「そうね、お金を借りた人が、返すことを証明するために価値がある物を、貸してもらった人に預けるのよ。もし期限までに返す事ができなければ、預けられた物はお金を貸した人のものになるの」
ざっくりと適当に説明すれば、へえーと納得したような、そうでないような微妙な反応をする年少組。まあ理解できなくてもいいだろう。担保が必要となる様な状況にならないことを祈るばかりである。本来の意味とはかけ離れていることぐらいは理解しているが、難しい説明をしても分からないだろう。
「お嬢様、何故そのような知識を?」
綺麗な笑みを浮かべる爺に、私もにっこり笑顔で応戦した。
「本で読んだのよ」
「しかし、呪われた短剣とは、随分と物騒なものを預かりましたね」
「だって面白そうよでしょう? ファーガスがいない外出ができないんだもの。暇つぶしの一つよ」
ちなみにもう一つはあの巾着である。
あのオットーとかいう男は素直なのか策士なのか、あの鍛冶場で一番価値があるものはこの呪われた短剣だと言った。シンプルながらも繊細なデザインがされている短剣は、見た目もさることながらその切れ味に異様な定評があった。
“何でも切れる短剣”。
それがこの呪われた短剣のもう一つの名前でもある。何でも切れる、寧ろ切れすぎる短剣は、これまで何度も貴族や王族といった金持ちに所有されてきたが、どの所有者もこの短剣で自害してきたという。
そんな曰くつきの短剣であるが、その美しさから欲しがる者は絶えず、飽きた男の元には長居しない女性のようだと評されるくらいである。そんな女を手なずけたい男が絶えないようなものだ。馬鹿ばっかりである。
オットーはそれが一応価格的には価値が高いということで見せてから次点で高いものを見せてきたのだが、面白そうだったし、他の品は魅力的ではなかったのでこれにしたのである。その時のオットーの顔といったら苦虫を噛み潰したような顔をしていた。これの魅力に魅了された男だというだけだったのか、他の理由があるのかは知らないけれど、こんな面白そうなものを放っておかない私である。
「あまり危険な行為はなさいませんよう」
「一ヶ月後には返すのよ、大丈夫でしょう」
オットーは一ヶ月で仕上げると言っていた。ファーガスが帰ってくる頃くらいである。丁度いいだろう。
「俺が帰ってきたら死んでいた、なんてことになるなよ」
心配そうに眉を八の字にするファーガスに、にやにやしながら私は言う。
「安心しなさい。主人が死ねば奴隷が死ぬような契約にはなっていないわ。まあ、そういう契約だった場合、私が死んだら帰ってくることはなかったでしょうけど」
そういうことじゃないんだがとファーガスが言うが、無視だ無視。
出来れば死にたくはないとは思う。けれど、何が何でも生きてやるという気合いはない。所詮この人生はおまけみたいなものだと私は解釈している。一度死んでいるのだ。それが二度になろうとあまり気にはならない。
でも、死ぬのであれば痛くない死に方を希望する。前世は随分と痛かったものだ。
「危ない遊びはするなよ」
「それ、爺に聞いたわ」
若干違うものの、似た様な意味合いだ。私を何だと思っているのかこの奴隷は。ファーガスは心配そうな顔のまま、ギルドの依頼へ旅立っていたのであった。
そんな訳でファーガスがいなくなった翌日、私は早速戦利品で遊ぶ事にした。今日は怪しさ満点巾着さんでございます。
爺と奴隷達はいない。毎日の訓練に行っているのだ。お目付役であろうギルバートと三つ子がいる。ギルバートは基本的に護衛なのでよくいるけれど、三つ子が揃っていることはあまりない。掃除やらなんやらと仕事がある筈なのだ。爺からの信頼が低い私である。主人は私なのだが。
お目付役とはいえ私にはそうそう逆らわないだろう。そう信じることにした。
「楽しそうだろう?」
髪からテーブルにべたりと着地したルーナンが言う。もちろんトカゲもどきのままだ。
「確かにね」
「主様よ、それは何じゃ?」
窓際で日向ぼっこをしていたサンドリヨンがばっさばっさとテーブルに降り立つ。ヨナルはミリアーナの尻を追い掛けて行った。
「巾着よ」
「見りゃあ分かる。主様」
「先日の外出の時に見付けたのだけれど、どうやらこの部分に秘密がありそうなのよ」
埃っぽい巾着をテーブルに乗せる。あの怪しげな男がこの巾着の秘密に気付いていたかは知らないけれど、楽しそうなものを手に入れられてよかった。ちなみに、爺にあの後聞いたら魔石は一つ200ルピーで売られているものだとか。意外と安くてびっくりである。そしてあの男のぼったくり具合に。
ポーションと呼ばれる魔力回復薬はその回復量によって300ルピーから1000ルピーと幅広い商品展開されている。魔石とポーションの違いはただ一つ、事前に魔力を貯蓄しなければならない。魔石の方が圧倒的に魔力保有量は多いのだが、魔力を態々溜めなくてはいけないというのが今は使われていない理由とされている。昔は魔力を溜めて売る人もいたようだが、それこそ1000ルピー以上の価格設定にしなければ成り立たない職業だったため、今はもういないそうだ。
まあ魔石はさておき、問題はこの巾着である。ぽんぽんと軽く叩いて埃を払えば、表面に金糸で刺しゅうされたっぽい模様が現れる。しつこい綿埃がくっついていて取るのが面倒臭いが、ちまちまと取っていく。
「この刺繍かえ?」
「ああ、そうだ。見覚えがないか?」
手足のないルーナンは蛇の様に体をくねらせて移動する。魔法で浮かべばいいのに。
「ううむ、これは……魔法陣?」
埃を取り除けば、何となく形が見えてくる。金糸だけなく、他の色などを混ぜているのでモザイク画のように見えるが、形が丸くなる様にデザインされている。多少解れているため、恐らく魔法陣としての機能は失われているだろうが。
「そうなのよね。こことここ、それからここを整えればきちんと魔法陣になるのではないかしら」
幸いなことに精霊言語の部分には目立った解れはなく、魔法陣としての形を整えれば機能するだろうと思える。ただ一つ、問題があるとすれば。
「じゃが、この様な魔法陣は見た事がないのう」
「そうね」
そうなのだ。魔法陣が見た事がないということだ。つまりは何が起こるか分からないのである。
「ルーナンよ、主ならば分かるのではないかえ。精霊言語を扱えるであろう」
「俺達の種族は声で精霊言語を扱うんだ。魔法陣は専門外でね」
「効果の分からぬ魔法陣を使う訳ではあるまいな」
サンドリヨンの鋭い眼差しが私に突き刺さる。主に向ける視線とは思えない。全く無礼な奴らである。
鳥から視線を移し、手に持った巾着の魔法陣を眺めた。解れているとはいえ、形は綺麗な魔法陣である。少しは魔法の知識があれば見落とす筈はないのだ。解れた魔法陣を直そうという人はいなかったのかという疑問もある。
まあ私の場合はルーナンに言われて気付いたくらいであるが。
「使わないわよ。でも、直してみようかしら」
「主様よ」
「あら、魔法陣は魔力を流さなければ発動しないのでしょう?」
「魔力を込めておけば魔法は発動するのをお忘れか」
「それは知っているけれど、この魔法陣は随分古いものよ。もう魔力は残っていないのではないかしら」
「魔法陣の中にはのう、とある条件でのみ発動するようなものもあるのじゃ」
何それ知らない。
サンドリヨンさん曰く、古代遺跡などでは大昔に仕掛けられた魔法陣で発掘者がばったばった死んでいるらしい。今の魔法陣とは少し違う形ではあるようだが。
「そんなものもあるのね」
「少々複雑なものでの、魔法陣を深く学んだ玄人にしか扱えん。故に、あまり知る機会もなかったのじゃろう」
「何の魔法陣か分からないこれが、罠の可能性があるわけね」
「その通りじゃ」
嘴を上下に動かし、サンドリヨンは満足気に頷く。
手の中の巾着からは埃とカビの匂いがする。古いとはいえそんな古代と言えるような時代のものではない。罠だとかそういう魔法陣も昔からあるのだろう。盗人には死を、そういう考え方も分かる。
とは言え、これは巾着である。古代遺跡の様に宝物を入れる様なものとは思えない。第一、このようなものに入るサイズのお宝なんて宝石か金貨かくらいではないか。つまるところ、罠を仕掛けるほどのものとは思えないという事だ。
「でもね、サンディ」
「何かえ」
「私は暇なのよ」
サンドリヨンのくりくりお目目が大きく見開かれる。ぱくぱくと嘴を開閉させた。
そんな鳥を尻目に、私は巾着の刺繍に手を付ける。前世では家庭科が常に4だった私なので、まあ縫物くらいはできるのだ。お嬢様にとって刺繍くらい出来なくてはいないのだが。
「主様よ、話を聞いておらぬのか!?」
「聞いていたわよ」
ばさばさと私の周りを飛び始めたサンドリヨンを、蠅を払うように巾着で叩く。しかし、この鳥はなかなか諦めない。一端巾着を置き、飛び回り足も使って邪魔をするサンドリヨンを掴み、ルーナンの方へ放った。ルーナンはサンドリヨンに潰される前に、何かを囁くことで見事キャッチし、そのままサンドリヨンを魔法で捕まえている。ぐいぐいと体を捩るサンドリヨンだったが、ルーナンの魔法は抜け出せない様だった。
「安易に魔法陣に触れてはならぬ! どのような罠があるかっ……」
「少しは痛い目でも見ればいいのよ」
「ぴぎっ!?」
私の言葉に、サンドリヨンが変な鳴き声を上げた。
少し試してみたいと思っていた。私はどの程度で死ぬのだろうかと。これがゲームのストーリーだとすれば、私はそこそこ重要な位置にいると言える。主人公に断罪される悪役として。
社交界デビュー以来、私は外に度々遊びに出るようになった。自分で言う事ではないが貴族としての所作も身についているのだ。いくら庶民的な格好をしても、『いいところの娘』ぐらいには認識されている筈。それでも私の身にはほとんど危険は迫っていない。一人でいることがないせいかもしれないが。
ゲームのように厳しく訓練していないからか、異母兄弟たちは普通の子供よりは優秀ではあるかもしれないが、あくまで優秀な子供程度の力しか身につけていない。その力を補うためなのか、異国の魔物である讙のヨナル、フェネクスのサンドリヨン、そして白亜族のルーナンという異常な戦力が私の手中にある。私は戦力を所持していなければいけないと言わんばかりの、過剰な戦力だ。
まるで甘やかされている様な、気持ちの悪い感覚。
素直に甘えるには不安すぎるこの対応に、私は思うのだ。あくまでこの世界がゲームの世界だと仮定した場合だが、私は主人公に断罪されるまで、死ぬ事はないのではないかと。
だから、少しでも痛い目を見ればいい。そんな仮定が崩れればと思うのだ。
テーブルに置かれた刺繍セットに手を伸ばし、糸と針を取り出す。巾着を手にとり、ちくちくと魔法陣の形を整える。ぱちりと余った糸を切れば、補修の完了だ。
直してすぐに変化はなかった。暫く待つと、びくびくと巾着が動き出す。サンドリヨンを放したルーナンが、人に変身して私の前に立つ。手足はまだ生えていないから、魔法で浮かんでいる状態だが。その横から巾着を見詰めた。
巾着はぐにぐにと動き、ぼこぼこと膨らむ。明らかに中に何かがいる。そして、巾着の口から肌色の、4本の指が出てきた。
私は舌打ちをしそうになった。お嬢様としての性質がそれを抑える。どうやら、罠というわけではないようだ。つまらない。
「こ、これは……」
サンドリヨンが思わず声を漏らす。4本の指は8本になり、巾着の口を開く様に左右へ割れた。その隙間から現れたのは、薄い灰色の髪だった。というよりも、頭であった。
ぐいぐいと明らかに巾着の口より大きな頭が無理矢理出てこようとしている。しかし巾着の口は割ける事無く、なんとか頭を通した。巾着から現れたのは、薄い灰色の長髪のおじいさんである。
まるで巾着から生首が生えているようだった。
「やはりエリオルジオだったか。生きていたんだな」
私の前にいるルーナンが、感心したように言う。エリオルジオと呼ばれたおじいさんは、眩しそうに目を細めた後、ルーナンを見て目を見開いた。
「やや、なんじゃなんじゃお前はいつかの魔族ではないか。お前が儂を救ってくれたんじゃな」
爺くさい喋り方が増えて私はげんなりである。
ルーナンはゆるく首を振り、後ろの私に視線を移した。そこでやっとエリオルジオの目が私を見る。
「いや、彼女が魔法陣を修復したんだ」
「ほほう、あの魔法陣は儂以外には扱えぬと思っておったが、なかなかの感性の持ち主のようじゃな」
「あら、褒めて頂けるのは結構だけれど、自己紹介でもしたらいかが? それよりもルーナン、これがどのようなものか知っていたの?」
先程は知らないと言った癖に。私に嘘をつくとは気に食わない。
「本当に知らないよ。ただ、エリオルジオが似た様なものを持っていたと思い出したんだ。害はないだろうと思ったから、イザベラにすすめたんだよ」
口端をくいっと上げて微笑むルーナンに、私は眉間に皺を寄せる。つまりはどのようなものだかは分からないが、害はないものだと知っていたという事になるのか。私のドキドキをかえせ。
それもそうか。わざわざルーナンが私に害のあるものをすすめる訳がない。これは私の考え足らずだ。
「イザベラ嬢とな。素敵な名じゃ。儂はエリオルジオと申すものじゃ。遠の昔に家は捨てたので家名はもっておらぬ。これでもそれなりに名の知れた魔法使いである」
むふーと小鼻をふくらましながらエリオルジオ。胡散臭い限りである。伺うようにルーナンを見れば、エリオルジオの言葉を肯定するように頷く。
「先程、『儂を救ってくれた』とルーナンに言ったわね」
「ああ、そうじゃが」
「巾着にでも閉じ込められていたのかしら」
未だ巾着から生首状態であるエリオルジオがもぞもぞと動き、ずるりと体が出てきた。巾着の容量からすれば絶対に入らないであろう人間が出てくるシーンは、何とも言えない気分だ。巾着の置かれたテーブルから降りたエリオルジオは、腰が曲がっているおじいさんといった印象である。濃い紫色のローブの様なものを纏ったエリオルジオは、ぐいっと曲がった腰を伸ばしつつ、深呼吸をしていた。
「イザベラ嬢の言う様に、儂は“ポーチ”に閉じ込められておったのじゃ。これはな、儂の作った魔道具の中でも最高級の出来でな、ポーチの口を亜空間に繋げておる。じゃから、このポーチの容量以上のものが入るのじゃ。現にこのポーチの中には、儂の渾身の魔道具や魔法書など、貴重なものを詰め込んでおるのじゃよ」
私はふうんと言いながら“巾着”を手に取り中を覗いてみるが、見えるのは布の内側ばかり。皆憧れのとあるポケットではないのかとがっかりである。
「ふっふっふっ。これの素晴らしいところはな、持ち主の魔力に反応して亜空間の入り口を開くのじゃ。例えばイザベラ嬢がこの魔法陣に魔力を流したとしても、儂の亜空間には繋がらぬ。つまりは絶対安全なのじゃ!」
むふむふと笑いながらエリオルジオは言う。随分と己に自信があるおじいちゃんである。とは言え、両親が持っていないという事は、この世界でも亜空間ポケットは珍しいということだ。エリオルジオの話では彼が作ったものだという。
「それがどうしてとじこめられる結果になったのかしら」
自慢げだったエリオルジオが萎れた。がーんと効果音が付きそうな顔になっている。
「あれはそう、儂がまた革命的な魔道具を作ろうとしている時じゃった……」
以下、おじいちゃんの長い話が続くので省略。私は聞いてあげた。年寄りには優しくしなければ。
「結局のところ、借金取りに追われて巾着に逃げ込んだところ、ごたごたが落ち着くまで待つつもりが、どうやら巾着を売り払われている最中に魔法陣が解れたということね」
劇的な語り部をしてくれたが結局はそんなところである。
「そうじゃ」
こくんと頷くエリオルジオ。どこでどうルーナンと知り合ったか聞こうと思っていたが、こんな長く話すお年寄りでは面倒臭い。
「随分と高名な魔法使いでいらっしゃるのね」
私は笑顔を浮かべて言う。
「そう、そうなのじゃ。儂はかの魔法大国ハルギニアでも名の知れた魔法使いでな、あれはまだハルギニアの王がいたころじゃった」
「それほど名のある魔法使いであれば、助けてあげた人にお礼をしたくなるわね」
また長話が始まりそうなエリオルジオの話を切り捨て、にっこりと笑う。
「ほ?」
「私が魔法陣を修復しなければ、エリオルジオ、面倒だからジオ爺でいいわね、ジオ爺は閉じ込められたままだったのね」
「ジオ爺!?」
「そんなピンチを救った私にお礼をしたいわね」
「そ、そんなことは言っておらんぞ!」
わきわきと両手を握ったり開いたりしながら、エリオルジオが言う。その顔は若干白い。
「あら、貴方程の有名な魔法使いが、助けられたというのにお礼も何もないの?」
目を細めて首を傾げれば、エリオルジオはぐうと呻く。目がぎょろぎょろと忙しなく動いている。その優秀であろう脳でこの後の展開でも想像しているのだろうか。
「……何がお望みじゃ」
「そうね、まずは一つ目、私の奴隷に魔法の訓練をつけてくださらないな。それから二つ目、私もその巾着がほしいの、作って頂戴」
「ま、待つのじゃ! 何故2つも望みがある」
「一つ目は救ったお礼。二つ目は、私が購入したこの巾着を譲る対価よ。それとも、これはいらないのかしら」
「ぐぬぬ。善良な娘だと思っておったのに。魔族の男よ! この娘は何なのじゃ」
「何と言われても、俺にとっては何よりも優先すべきものとしか言いようがない。もしもイザベラが俺に望むのなら、俺はエリオルジオにどんなことをしてでも願いを叶えるよ」
うっそりと笑みを浮かべるルーナンに、エリオルジオは目を見開き、私に視線を移して凝視する。そんな不思議なことでも言っているのだろうか。言っているのだろう。彼曰く私は特別だそうなので、私以外の人から見た彼のイメージは分からない。第一、何よりも優先すべきものだとかいう言葉を発している時点で普通ではないのだ。
「……指導期間はどれぐらいじゃ」
「あの子達が一人前になるまで、もしくは私があの子達を解放した時、かしらね。解放すればの話だけれど」
「一人前なんぞ、そうすぐになれるものではないわい」
「そんなすぐに解放されると思っていた事に驚きだわ」
「イザベラ嬢、確かに儂は主に助けられた。そしてそのポーチも取り戻したい。よかろう、その望みをうけいれよう。じゃが、儂は貴様に従うのではない。このルーナンと呼ばれている魔族の男を恐れているのじゃ。一つ忠告しておくぞ。奴は破滅しか呼ばぬ。いくら奴隷の子らの戦力を上げても、じゃ。忘れる事無かれ」
堂々とルーナンを恐れていると発言したエリオルジオは、胸のところで両手を握りしめる。白亜族は破滅を呼ぶ。それはサンドリヨンにも言われた事だ。私はエリオルジオが出てきた時に外へ飛び去ったサンドリヨンの跡をなぞる様に窓の外へ視線を移す。
いくら破滅しか呼ばなくても、その元凶が離れていかないのだ。私にはどうしようもない。
「苦しくない死であれば、破滅くらい構わないわ」
罪を犯す両親、異母兄弟を奴隷としている私、絶滅危惧種の魔族、世の権力者が求めてやまない不死鳥、異国の魔物。世間にばれれば破滅しかない私の今の状況。破滅を呼ぶというルーナンがいたところで、私の危機的状況は変わらないのではないかと思い始めてきた。
ルーナンの顔を見上げれば、麗しい頬笑みを浮かべて見下ろされる。破滅は私の傍を離れようとしない。
お読みくださりありがとうございました。




