16. 怪我を治しましょう
怪我の表現があります。あんまりグロくはないと思っているんですけど、痛いのが苦手な人はお気を付け下さい。
爺のスクラップブックを眺める事暫し。部屋にノックの音が響いた。
「どうぞ」
スクラップブックを閉じながらそう言えば、ドアが開いた。そこから入ってきたのは、浮かべられたルーナンとファーガスである。
用意された汚れてもいい布の上に置くよう、指示を出した。緊張しているのかぷるぷると震えているミリアーナを呼ぶ。
「ミア」
「は、はいい!」
「別に失敗しても構わないから、緊張しないで」
「無理です!」
きっぱりと言われてしまった。イザベラさんは悲しいぞ。
なんて冗談はさておき、布の上に降ろされたルーナンを眺める。手足ともども見事に切断されていた。見事過ぎる程である。
「ファーグ」
「何だよ」
「これやったの、貴方じゃないわね。切断面が綺麗過ぎるわ」
ファーガスに視線を移せば、決まりが悪そうにつんとそっぽを向いている。そのままこくりを頷くので、にんまりと笑みを浮かべてやった。
「あらあら。ギルドに行って成長したと思えば、随分と臆病なこと。人を切るのは怖いってことかしら」
「俺達に支給されている剣はこんなもんだぞ! 綺麗に切るどころか、一発で切り落とせるかどうかも怪しいんだ。そんな痛いの、嫌だろうが」
そう言って抜いた剣を見せてくる。確かにところどころ刃が欠けており、なまくらと言っていいものだ。まあ想像していたけれど。寧ろなかなか切れなくてぐちゃぐちゃになってしまえと思ってしまったくらいである。ルーナンは少し痛い目を見た方がいい。というか痛い目を見ろ。
「ひき肉みたいにぐちゃぐちゃになってもいいと思っていたんだもの。期待はずれだわ。取り敢えず、主人に向かって剣を抜くのは如何なものかと思うわ。それも合わせてお仕置きね」
私はそう言うと、ファーガスに向かって手を翳した。魔力を込めれば、びりびりの刑である。ファーガスはリモネのように取り乱す事はなく、膝を突いただけで耐えていた。首元を押さえながら、ぐっと歯を食いしばっている。
こうも耐えられるとどんどん強くしたい衝動に駆られるが、殺したい訳ではないので終了する事にした。
私はサディスティックな趣味はないので。
手をどければ、はあはあと荒い呼吸を繰り返すファーガス。その肩に、サンドリヨンが止まった。その目はやれやれ困った子供だとでも言いたげだ。
私は視線を、楽しそうに笑むルーナンに戻した。
「勝手な行動は慎んでいただけないかしら。それでも奴隷のつもりなの」
「拘束具が外れる事が目的だろうと思ってね。時間短縮だったんだ」
「貴方が痛い思いをすることも、目的だったのだけれど」
「それは悪い事をした。今後は気を付けるよ」
にっこりと笑顔を浮かべながらそう言われると、より腹立たしい。終わってしまった事は仕方がない。
別にファーガスを殺人鬼にしたい訳でもない。平気で人を切れるようにしたい訳でもない。ただ、命令に躊躇いを感じるというのは些か奴隷としてはどうなのだろうとは思うけれど。
そんな甘さもファーガスなのだろう。でなければ、リモネを助けようとは言わない。
「まあ、いいわ。まずはそうね、残りの飾りを取りましょうか。ミア、ディー、貴女は治療を始めていなさい」
「わ、分かりました!」
「了解です」
ミリアーナの手がじんわりと黄緑色の光に包まれた。それを患部に当てて、自然治癒を促すのである。ディメトリは切り落とされた手足に清潔な布を宛てて固定していくようだ。出血はあまりしていないようだが、全くない訳ではない。
「ギルバート。顔の器具を外せるものはあったの?」
「はっ、これで如何でしょうか」
そう言って取り出したのはペンチにドライバーといた工具であった。うん、力技確定ですね。
「ちょっと待て、イザベラ」
「奴隷なのだからご主人様と呼びなさい。で、何かしら」
「それで、外すのか?」
彼の顔色はいまいち分からない。血の気が元よりないというか、灰色の肌だからだ。でも何となく、青白くなっていそうな気がした。
「ええ、そうよ。ギルバート、ファーグ、よろしく」
「はっ」
「ご主人様! それは……」
「痛そうなのが嫌ならば、自分で工夫しなさい。命を救えるなら、多少の痛みくらい我慢したらどうなの。この器具は骨に固定されているわ。痛みもなしに外すのは不可能よ」
ファーガスはぐっと歯を食いしばった。びりびりの刑の時の様に。ファーガスだって馬鹿じゃない。いざという時、痛いなんて言っていられない事くらい分かっている筈だ。それでもずるずると他の可能性を探そうとするのは、彼の甘さ故だろう。
現に、戦場をしっているであろうギルバートは、躊躇いもなく工具を持ってルーナンに近づいていった。ルーナンも覚悟を決めたのか、耐えるようにきつく目を瞑っている。
「ファーガスよ、痛みを恐れてはならぬ。いざという時、それが命取りになるのじゃ。これもその訓練と思えばよい。いざという時、痛みを恐れて命を失ってからでは遅いであろう?」
「……分かったよ」
サンドリヨンの言葉に、ファーガスは拳を握りしめ、そう言った。
ぴぎーと満足そうに赤い鳥が鳴いた。
「なら、さっさとやりなさい」
レンチのようなものを握りしめたファーガスがルーナンに近寄る。ギルバートはドライバーで挑戦しているようだ。
ぐりぐりと弄っていれば血が出てくる。ルーナンの顎は血塗れだ。
体の火傷を治療しているミリアーナに視線を移せば、どうやら体の半分くらいは終わったようだ。敢えてなのか、細かい傷は残されている。まあ、魔力にも限りはあるのだから仕方がない。
ディメトリは四肢の切り口に布と包帯を巻き終えたようで、ふうっと一息ついていた。
「ねえ。ご主人様あ」
ねっとりとしたアルトボイスで呼んできたのは、ヨナルだった。二股の尻尾をぷりぷりと振りながら、こっちに寄ってくる。
「何かしら」
「切り落とされた手足、食べてもいいかしらあ」
そう言えばそんな事も言っていたっけ。私はちらりとルーナンに視線をやる。一応持ち主だし確認取っておかなければ。まあ奴隷なので嫌といわれてもやるけれども。
目を瞑っていたルーナンは、目を開けて私を見詰めながら言った。
「あの拘束具は魔鉄だから、気を付けた方がいいよ」
「魔鉄?」
初耳である。
「魔力を吸い取る金属の事さ。なんだ、知らなかったのか」
「知るわけないわ」
貴族令嬢ですもの。全てこれで片付く。
「希少な金属だからな。知らなくても仕方はないか」
希少な金属ですって。それは聞き捨てならない。
「ヨナル、魔鉄とやらは残しておいてね。彼の肉も骨を食べて構わないわ」
「嬉しいわあ」
と、そこでミリアーナが叫んだ。
「よ、ヨナル! 駄目だよそんなの!」
治療をしていたミリアーナはその手を止め、胸の前で両手を握りしめていた。これはまさしくヒロインポーズ。健気なヒロインポーズ!
「あらあ。どうしてなの、ミアちゃあん」
「だだだって、人間の体だよ? そんなの、酷いよ」
「あれは魔族よん。ヒトではないわあ。酷くないの、酷くないのよお」
「でも、人の体に近いのよ。ベラ様! ヨナルに食べちゃ駄目って言ってください」
涙ながらに訴えられてもねえ。残されたら残されたで、処理に困るのだ。手足の残骸。
下手に埋めてそこから何かがにょきにょき生えてこられても困る。
「私はそんな命令出さないわ。ヨナルは魔物なのよ、ミア。獣の中には同族ですら食らう種族もいるの。別の種族を決して食べるなとは言わないわ。第一、ルーナンの切り落とされた手足はもう肉の塊だもの」
私の言葉に、ぽろぽろと涙を零すミリアーナ。何をそんなに悲しんでいるのかと思うのだが、感受性豊かな少女と精神アラフォーな大人女子では色々と違うのだろう。
「でも、でも可哀想だよ。ねえ、やめようヨナル」
「ごめんなさいねえ。強い種族を食らうというのは魔物にとっては重要なことなのよん。力が付くし、食べたい欲求が強いの。それこそ、ミアちゃんを押し倒したいのと同じくらいにねえ」
ぐすぐすとミリアーナが泣いている。ヨナルも困ったように、すりすりとミリアーナに擦り寄っていた。
「ミア、貴女の価値観を押し付けるのをお止めなさい。可哀想だとか、駄目だとか、貴女の主観でしょう。肉塊の持ち主であるルーナンがそう言ったの? 主人である私がそう言ったの? 奴隷であるのに、随分と反抗するわね」
「でもっ」
「でもでも五月蠅いわ。ルーナン、食べさせてしまってもいいわよね」
「ああ、気にしないよ。ちょ、痛い痛い」
返事をしたルーナンの拘束具からずぼりとビスのようなものが抜き取られた。
「ほら、持ち主は構わないと言っているわ。何が可哀想なの。切り落とした時点であれは肉塊なの。それは人であろうと獣であろうと、魔族であろうと変わらないわ。私はヨナルに、人だから魔族だから食べてはいけないというつもりはないの。ヨナルの価値観に決めさせているのよ。価値観を尊重しているのよ」
嘘である。
残飯処理扱いをしようとしているだけである。
「尊重……?」
「ヨナルは讙で、人間ではないの。人間と同じような価値観をしているわけではないじゃない。ヨナルの生態があるのよ。ヨナルはヨナルらしく生きればいいと思っているの。まあ、こちらに害のない限りはね」
ミリアーナがきゅっと唇を噛み締めている。その隣には、心配そうに見上げるヨナル。
所詮は獣だ。肉を食らうなとは言えないし、言うべきではない。ストレス死されても困る。そんな心配など皆無だが。
「ヨナル……」
「受け入れろとは言わないわ。でも、主人である私が許すと言っているの。それを奴隷の貴女が覆せるとは思わない事ね」
まるで悪役の様な台詞であった。悪役なので間違いではない。私はふうっと溜息を吐いた。
「ミアちゃん、ごめんなさいねえ。これが私なのよん。本能に忠実な獣なのよん」
ヨナルはそう言って、窓からささっと駆けて行った。ミリアーナはぐしぐしと涙を袖で拭きながらも、ひくひくと嗚咽を漏らしている。それでも、止める事はなかった。
それでいいのだ。
「ごめんなさい、ベラ様」
「本当はお仕置きでもしたいところだけれど、ルーナンの治療がまだだわ。さっさと続きを始めなさい」
ミリアーナはこくりと頷き、治療に戻った。ちょいちょい邪魔が入る治療である。
体の火傷の治療が終わるころには、何と顔についていた拘束具が外れたようだ。こちらは魔鉄ではなく普通の金属の様で、価値はあまりないのだとか。ごみ箱行きである。
顎の部分を血だらけにしながら、どこか疲れた様な表情のルーナンは私を見詰めていた。こっちを見るなと言いたい。
次にミリアーナは頭部の治療に移った。ディメトリは細かい傷の手当てを始めている。
さて、顔がどれくらい復帰するか見物だ。
額に汗をかきながら、ミリアーナが必死で治療を続ける。これだけの怪我を治せるのだから、治癒魔法とは凄いものだ。そりゃあ、瀕死の兵士を治すのに、一人の治癒魔法師を潰していたら治癒魔法の使い勝手は悪すぎる。どれぐらいの怪我の人を、どれぐらいの人数治せるのが平均なのか知りたいものだ。
私の生活圏内では、一般的な情報は少なすぎる。異母兄弟たちが他の子供より優秀であろうことは分かっているのだが、所謂ゲームの世界よりはずっと劣っているのではと思うのだ。だって、ゲーム版イザベラさんみたいに拷問紛いの訓練なんてさせていないから。
死に物狂いで訓練させてもいいんだけれど、後ろからぶすっとなんて絶対ないわけではない。いくら奴隷契約の魔法が行使されているとはいえ、憎悪はないにこしたことはないと思う。
そうだ、もっと憎め! その憎しみが力に変わる! なんていう悪役ではないもんで。というは面倒臭い。そんなずっと監視していられないし。他人に任せるのは最低限にしたい。
多分、爺の訓練のお陰で、使用人としての仕事というのはある程度の水準には達していると思う。あと、単純な戦闘。護身術程度とはいえ、爺程の人物だ。余程の玄人でもなければ時間稼ぎくらいは出来る筈。それよりも心配すべきはそれぞれに特化した訓練。爺だって完璧と言う訳ではない。5人の訓練につきっきりとはいかないのだ。それに、あくまで執事である。魔法や剣術だって、本来ならば専門の教師を呼びたいところだ。
まあ、剣術に関してはギルバートがなんとかしてくれるだろう。
治癒魔法だって、恐らく力任せの部分が大きい。魔法も、きちんとした師に教えてもらうべきなのだろう。
ないものねだりだけれど。
「お、わりました」
肩で息をしながら、ミリアーナは言う。ぐったりとしているところを見ると、随分と治癒魔法を使った様だ。治療が終わったルーナンを見て見れば、頭の半分、つまりはケロイドの部分が綺麗な皮膚で覆われていた。二つの十字の瞳が私を見詰める。目玉も元に戻ったらしい。
「ふうん。治るものなのね」
ルーナンはルーナンで治癒の力を使っていたのか、草臥れた様な様子が見て取れる。とはいえ、随分と綺麗になったものだ。細かい怪我は残っているものの、瀕死という状態ではない。大きなけがも治っている。
「御苦労様、ミア。見事よ」
「ありがとう、ございます」
もじもじと前で握りしめた手をいじる。そばかすの浮かぶ頬は、微かに赤く染まっていた。
さてどうするか、と全裸のルーナンを眺めながら思う。爺に世話を頼むと決めたものの、全裸の男を連れて行かせるのは忍びない。ファーガスやアンドリューはいいのだ。奴隷だから。
「お嬢様、適当なお召し物をご用意いたしました」
ノックの後、入ってきた爺が言う。相変わらず丁度いいことをしてくださる爺である。取り敢えずの服なのだろう。バスローブのようなものを、爺とディメトリが手際よく着せていく。
ぼうっとルーナンが着せ替え人形的な扱いをされているところを眺めていると、再びノックの音が聞こえた。入ってきたのは、アンドリューだった。出て行く前と服が違う。洗っている最中にでも濡れたのだろうか。
「遅かったわね」
「ごめんなさい。着替えてお風呂場の掃除に行ったら、ヨナルがいて……」
それ以上はもごもごと口の中で言葉を殺していた。まあ、言いたい事は分かる。食事シーンというわけだろう。アンドリューの手には、魔鉄とやらで出来た拘束具が握られていた。一応洗ったのか、血肉はついていない。
「それ、こっちに寄越しなさい」
アンドリューは手に持っていた魔鉄の拘束具を私に手渡す。ぐるぐる回してみるが、他の金属と大して変りない様に見えるけれど。魔法を発動させなければ、吸い取られないのだろうか。
「次の外出の時、これを売りに出しましょうね。いいお金になりそうだわ」
ちなみに外出とは、屋敷を抜け出す事を言う。貴族令嬢のお忍び庶民体験である。一応。
「失礼ながらお嬢様、魔鉄は流通量が少ない希少な金属です。目立ちますよ」
「口の堅そうな、そうね、この魔鉄を扱えるだけの鍛冶屋なんてどうかしら。力試しに、って売り込むのよ。完成すれば、それを売りに出して鍛冶屋は儲かる。失敗すれば痛い授業料とでも思えばいいのよ。魔鉄の売主を秘密にするくらい、口の堅い鍛冶屋を知らない?」
まあ、そんな都合のいい鍛冶屋なんていやしないだろう。ここは王都に近いものの、王都ではない。それほどの技量があれば、迷わず王都に店を構える。
「……心当たりがあります。では、次回の外出時にでもご案内いたしましょう」
都合のいい鍛冶屋がいらっしゃった。頼むわ、とだけ言って魔鉄を適当に置いた。がしゃんと音がする。どうやら投げ捨ててしまったらしい。まあいいか。
着替えの終わったルーナンは、私を見詰めていた。私が視線を向けると、綺麗に治った唇を開く。
「俺の世話の話なんだけど」
「何かしら」
「イザベラがしてくれない?」
何を言い出すのだろう、この男。
「却下」
「取り付く島もないな」
ルーナンが苦笑する。第一、奴隷の世話をご主人様がするなんておかしい話である。衣食住の世話をするだけありがたいと思ってほしいくらいだ。
「奴隷なのよ、貴方。我が儘言わないで」
「俺、変化した姿を小さく出来るんだ」
ルーナンが短くなった腕をゆっくり上下に動かす。何か、多分サイズを示そうとしたのだろうけど、残念ながらよく分からない。指がないので。
「それが何か?」
「大きさはそこら辺のトカゲに近い大きさだ。実際、大きささえ縮めばトカゲみたいなものだからね。トカゲだと思ってくれていい。イザベラは俺をこのまま屋敷に置いておきたくはないんだろう?」
それはそうである。両親とのいらぬ火種になりかねない。第一、怪我の治ったルーナンは夢で見たような色気たっぷりの美形だった。母が涎を垂らして追ってきそうだ。
「当り前じゃない」
「それは、両親にばれなければいいんだろう?」
「……まあ、出来ればそうしたいわね」
「イザベラが世話してくれるんだったら、俺は必要ない限り、トカゲの姿でいよう。そうすれば、両親にばれなくて済む。俺は君とずっと一緒にいることが出来る。お互いに利益があると思わないかい?」
ルーナンの提案に、私はふむと考える。
ルーナン曰く、恐竜の姿をトカゲサイズに出来る。つまりはトカゲになれる。私が世話をすれば、トカゲでいるという。そうすれば確かに、両親にはばれないだろう。
トカゲ姿で爺に世話されろと言いたいところだけれど、先程のごり押しを見てしまうと、また何かしら難癖をつけられそうだ。奴隷契約の力を行使してもいいのだけれど、どうすべきか。
ルーナンを見れば、にこにこと笑顔を浮かべて私の返事を待っている。
「貴方は奴隷なのよ。私がトカゲの姿で爺に世話されろと命令すれば、逆らうことは出来ないのではないかしら」
「イザベラが望めばそうするさ。だけれど、俺は十分使い勝手のいいペットだと思うよ? 君の感じる事が出来ない気配、匂い、音が分かるんだから。イザベラ、君にとっては便利な道具だろう?」
また新しいメリットを重ねてくる。確かに、私は弱く鈍い。体を鍛える事も、魔法の取り扱いも下手くそだ。それはつまり、そういう感知も下手と言うことである。
「……分かったわ。その条件、飲みましょう」
「ご主人様、でも」
ファーガスが心配そうな目で私を見ながら、意見しようとする。それを視線で黙らせた。心配そうな目の奥には、葛藤の様なものが見て取れる。何を思い、私を見ているのだろう。
「間もなく、ファーグはギルドの任務で屋敷を離れるわ。警戒していて損はないの。それに、一応彼だって奴隷ですもの。私を害する事は出来ないわ」
と言っても私は奴隷契約魔法を信じ切ってはいない。リモネの様に、私の不利になる情報を流す程度なら、契約に縛られていても出来ると分かったからだ。
使えるものは使っておく。それがいくら信頼できなくとも。奴隷契約魔法も、ルーナンも。
「交渉成立だな」
嬉しそうに口端を上げるルーナン。そして十字の目を伏せ、小さく何かの言葉を吐く。バスローブを身に着けたままのルーナンの体が、みるみる縮んでいった。数秒もしないうちに、ルーナンを寝かせていた布の上には、一般的なトカゲよりも一回り程大きな灰色のトカゲが鎮座していた。そのトカゲもどきは、十字の目で私を見上げる。
手足がないのは変化しても変わらないようで、ひょこひょこと前足と後ろ足を動かす様は無様であった。
ルーナンが言うには、これが変化した時の姿。コモドオオトカゲのような、体のわりに大きな手足と尻尾。四足歩行が基本なのだろうか。
トカゲもどきがにっと笑みを作る。その口の中には、鋭利そうな牙が生えていた。
「こんなものでどうかな」
「喋れるのね」
「まあね」
トカゲもどきは奇妙にも見えるくらい、口が柔軟に動いた。多分、普通のトカゲでは出来ないであろう口の動き。そんな姿を見ると、やはりトカゲではなくトカゲもどきなのだなと分かる。
体の割に太めな尻尾を掴み、持ち上げて見る。幼少の頃を思い出した。無駄にトカゲを捕まえたかった。見掛けたら取り敢えず尻尾を踏もうとしたものだ。ルーナンは尻尾を掴んでも切り離さないみたいだけれど。
まじまじとトカゲもどきを観察しながら、控えていた爺と異母兄弟、そしてギルバートに言う。
「みんな、御苦労様。もう下がっていいわ。ああ爺、この汚れた一式、片付けておいてくれる?」
「かしこまりました」
爺が深々と頭を下げて言う。異母兄弟たちもギルバートも、不安そうな目で私とトカゲもどきを見ている。それににたりと笑みを浮かべてやった。
「新しいペットが増えたわ。仲良くなさい」
全く、面倒事が次々現れてきて嫌になる。
これにてグロいルーナンさんのお話はいったん終了です。
お読みくださりありがとうございました。




