閑話5 ファーガスの活動報告3とアンドリューの考察
四肢切断があります。
ご注意ください。
また変なのが増えた。
取り敢えずの感想はそんなところだった。
俺の後に付いてくるアンドリューと運ばれている男に視線をやりながら何とも言えない気持ちになる。
一時間程前、いつもの如くギルバートさんと訓練をしていたところに、慌てたアンドリューが駆けこんできた。アンドリューが元気いっぱいなのは通常のことなのだが、その焦った表情は普通じゃない。どうしたのか聞いてみれば、ご主人様の部屋から感じたことのない魔力を感じた事、それは不自然な程微弱であるから隠しているのかもしれない事を話してくれた。正午過ぎのその時間帯は、ご主人様は食事でいない。部屋の主がいないのに、誰かがいることは不審でしかなかった。
近くで同じく訓練していたディメトリとミリアーナ、それからギルバートさんを連れ、ご主人様の部屋へ走っていく。ご主人様が丁度部屋へ入る前に間に合い、アンドリューの言葉を伝えた。ご主人様は眉根を寄せ怪訝そうな顔をしつつも扉に視線を移し、その奥にいる存在について考えているようだった。
テレンスさんが騎士団に通報するかと問えば、その必要はないと首を横に振るご主人様。そのままドアノブに手を掛けるので制止すれば、大丈夫だという答えが返ってきた。どこにそんな確証があるのかと問いたかったが、ご主人様の言葉は絶対だ。というよりも、余程の事じゃなければ決定を変えない。言っても無駄だ。
ギルバートさんとテレンスさんに目配せし、一応敵であった場合のために腰に携えた剣を握る。トリステン家の護衛として配給されている武器は、どれも安い量産品ばかりだ。これだって、暫く使っていれば壊れる。俺がギルドの仕事で使っている武器の方がいいものだろう。高い品ではないけれど、これよりはマシだ。同じ剣を手に取ったギルバートさんも、渋い顔をしていた。
トリステン家の当主は、どうやら剣などどれも同じだと思っているようだが、骨董品や宝飾品として価値があるものについてはコレクションの一環として集めている。もちろん、そういう品は使わないで飾っているだけだ。トリステン家の護衛騎士は安物で戦わされる。肉壁にでもなって逃げる時間を稼げと言わんばかりだ。護衛騎士も奴隷のようなもので逆らえない。騎士なのは名ばかりで、戦闘訓練を受けていない者も多いだろう。そんな連中が、いくら剣を握ったとして戦力にはならない。
この配給された剣で、どれだけ戦えるだろうか。ギルドのランクで言えば、やっとBランクになれる。一般的に、Bランクになれば一人前と言われている。でも、ここからなのだ。一人前はまだまだスタートライン。漸く使えるぐらいにはなったのだと思いたい。
ご主人様がゆっくりとドアノブを回して扉を開く。正午を過ぎた、少々強い光の中にそいつはいた。いつのまにかいなくなっていたサンドリヨンと、ヨナルに挟まれて立つ、満身創痍の男。
顔の右上部分は焼け爛れ、下半分はマスクのような金属のものがついている。ほぼ全裸で高そうな布を巻いただけと思わしきその体は、全体的に焼け爛れて切り傷が無数にあった。そのまま視線を下ろすと、足の惨状が目に入る。踝あたりに刺さった鉄の棒は、恐らく両足を動かない様にするためだろう、両足を貫通して抜けない様に曲げられていた。
まるで拷問でも受けてきた様なその姿に、思わず息を呑む。逆光で表情は見えないが、立っているのが不思議なほどの重症だ。
その後のご主人様とその不審者、そして何故か喋ったサンドリヨンとの会話で、不審者が今朝の新聞で取り上げられていた事件の犯人であり、魔族であることを知り、新しい奴隷になったのである。
使用人用、と言うよりもご主人様付きの奴隷用の棟へと向かう。
トリステン家は侯爵家族が暮らす母屋と、使用人が暮らす離れとがある。母屋と離れは廊下で繋がっているのだ。離れは二か所あり、一方は侯爵夫妻の使用人が、もう一方はご主人様の使用人が使っている。もちろん、ご主人様の棟の方が小さい。元々は庭師の家族が暮らしていた場所なのだが、その家族がいなくなってからは使われていなかった。
それを綺麗にして使う様に言ったのはご主人様で、ちゃんと夫妻には許可を取っていると言っていた。ここ数年、ご主人様付きの使用人が増えており、以前の様に部屋に詰め込めなくなったのだ。とはいっても俺達を入れて10人と少しぐらいである。
離れは若干手狭だが、問題はない。元々は夫妻の使用人だった奴は、ベッドがある事に感動していた。反対側にある使用人用の離れがどれほど酷いのか窺い知れるものだ。こちらよりは広い離れだとは言っても、人数は圧倒的にあちらが多い。
俺達が暮らしやすいように工夫しているこの離れは、それなりに広くなっている。衣服や食事などの母屋からの支給は期待できない。
ベッドなどの家具は手作りであるし、食事だって野菜の皮などの捨てられる部分を拾ったものとミリアーナが育てた野菜、俺の週に一回の狩りによって賄っている。一応最低限の食事はご主人様が用意してくれるが、それだけならばパンとスープだけの生活になってしまう。
数日後、俺は昇級試験である仕事のために屋敷から離れる。ディメトリやアンドリューも狩りは出来るのし、テレンスさんもいるのだ。俺がいなくても使用人は生活していける。それでも、不安に思う理由は目を離すと何をしでかすか分からないご主人様、という部分が大きい。とはいえ、目を離さなくてもしでかすのがご主人様だ。
離れに入って浴室へ向かう。一度に入れるよう、浴室は大きく改造していた。節水のために、浴槽に湯を溜めてそれを使うようになっている。中には水の魔法をうまく扱えない者もいるためだ。使える者は各自でやっているだろう。
俺も水の魔法は苦手なので、いつも溜めた湯を使っているのだが。
まだ昼間なので湯が張ってない浴槽を指差しながら言う。
「アンディ、取り敢えずそこに降ろしてくれ」
「分かった」
仰向けでどさりと落された男を観察する。正直なところ、どこから手を出していいのか分からない。
ご主人様には手足を切断するように言われた。そんなことはしたことがないので分からないが、治療目的であるっぽいので最後でいい。
まずは微かに匂うこの男を洗いたいのだが、怪我を擦っていいものか。
「この男が溺れない程度に湯を張ってもらえるか」
「了解!」
アンドリューが懐から魔法陣を取り出す。いつもこの浴槽に湯を張るのはアンドリューの役目だ。そのため、湯を出す魔法陣を持っている。湯を張るにも、なかなか魔法陣は複雑だ。水の魔法と火の魔法を同時に、調整した精霊文字を書かなくてはいけない。俺は魔法に関してほとんど分からないが、大変そうだなと思う。思うだけである。
アンドリューが魔法陣に手を当てると、じゃばじゃばと湯が噴き出す。仰向けの男の耳が浸かるぐらいまでで止めてもらい、石鹸と体を洗う布を手に取った。
「擦るの? ガス兄」
「うーん、痛いか」
「痛そうだね」
そりゃなあ。
「構わない」
運ばれている間ずっと黙ったままだった男が口を開く。気にせず洗ってくれと言ってきた。ご主人様と話すときとは違い、感情を感じさせない声だ。
アンドリューに頭を洗う様に言い、俺は体を洗おうと布に石鹸を塗りつけて泡立てる。出来るだけ丁寧に、と思いながらも、洗っても洗っても汚れが出てきた。どれだけ体を洗っていなかったのだろう。
必死になって擦っていれば、男の体中の傷から血が滲んでいた。しかし、思ったよりも出血量が少ない。頭を洗うアンドリューを見れば、慎重に慎重に頭を洗っていたが、全然泡立たないようだ。
「お前、魔族だってな」
「ああ」
「ご主人様に何の用だ」
「……ただ傍にいたいだけだ」
「そんなのっ」
「信じろとは言わないよ。そういう習性なんだ。魚が水中でしか生きられない様に、俺達の一族は波長の合う存在の傍でしか、生きていけない」
淡々と男は言う。アンドリューは頭を洗う事に必死なようで、こちらを見ようともしない。
「これまで生きていたのに」
「そうだな。何に例えればいいか。これまで不味くて凄く少ない食事で生活してきた。死なない程度にしか量がない食事だ。しかし、美味い食事を腹いっぱいした。その満足感を知ったら、これまでの生活には戻れない。飢餓感や渇望感に苛まれる。そんなものだよ。俺達の一族は己の好みに合う食事を探す。合わない食事は泥と同じだ」
どこか遠い目で男は語る。それはどこか俺達の状況に似ている気がした。生きていない訳ではないけれど、酷く辛い生活。それよりも良い生活をした今、あの生活に戻れるかと言えば、難しいだろう。
「ふうん」
「まあ、俺達の種族以外には分からない感覚だろうな」
「他にいるのか」
「……どうだろうね。俺が生まれた一族は皆死んだ。他に俺達種族がいるのかは知らないよ」
特に感情なく語られる事は、気軽に聞いちゃいけないような内容だった。思わず謝る。
「わ、悪い」
「別に構わないさ。最後の一族が死んだのはもう数百年前になる」
「お前、一体いくつなんだ」
「忘れた。千年までは数えていたんだけど。俺達は長寿なんだよ」
思わず絶句した。
千年。それは気が遠くなる程の遠い昔だった。長寿と言われるエルフはフェネクスでさえ、千年を超える存在はあまりいないとされる。フェネクスに関して言えば、死んでも再び生まれるので不死なのだが。
魔物だけでなく魔族までも奴隷にするなんて、ご主人様は何がしたいのか本当に分からない。
「見て見てガス兄!」
アンドリューの声に顔を上げれば、男の頭が泡だらけで真っ白になっていた。なんとか目には入っていないようだが、眉毛の辺りまで泡が侵略してきている。てっぺんの泡は三角の形になっていた。
「何だ、それ」
「ヨナル!」
分からない。
「終わったんなら流してくれ」
特に感想も言わずにそう言えば、アンドリューはぶうぶうと文句を言いながら魔法陣で湯を出す。男の上半身を起こし、泡を流していくが浴槽に溜まった湯が凄く汚かった。浴槽の水を流しつつ、男の体を濯いでいく。洗っても薄灰色の肌は変わらない。少し色が明るくなったかもしれないが。
出血の量は少ないものの、怪我は塞がっていない。古そうな傷でさえ膿んでいる。随分と治るのが遅い様な気がするけれど、どうなのだろう。魔族の生態はよく分かっていない。
ざっと泡や汚れを流し、本題である足と腕を見る。さっきは見えなかった腕は、金属製の拘束具で纏められていた。見た限り筒状の拘束具には棘のようなものが生えており、それが腕に食い込んで固定されているようだ。
腕に刺さっている棘はどれくらいの長さで刺さっているのか分からない。拘束具の着脱部分は溶接されており使えないようだ。足は先程見た通り、踝あたりを太い鉄の棒で貫かれている。
「アンディ、この拘束具外せないかな」
「う、ん。足の方はなんとかなる、かもしれない。でも、僕はまだ上手く魔法をコントロール出来ないんだ。だから、腕の拘束具は僕には無理。腕ごと切っちゃうかもしれないし」
「切断するのは無理だ」
「何故だ」
「この拘束具は魔鉄が使われているからだよ。これで俺は魔力を吸い取られているんだ。まあ、一番邪魔だった魔鉄の首輪は外してもらったけど」
「魔鉄だって!?」
「ガス兄、魔鉄って何?」
アンドリューが首を傾げる。
「魔力を吸い取る金属だ。対魔法用の武器に使われるんだが、魔法がきかないんだ」
そのため、加工が難しい金属としても有名で、魔鉄の希少性と加工の難しさで魔鉄の武器や盾は値段が高い。
「だからベラ様は手足を切り落とせって言ったのかな」
アンドリューが眉毛を八の字にして言う。ご主人様は魔鉄なんてものを知っていたのか疑問だが、少なくとも俺達には外せないであろうことは予想していた。
「いや、単純に面倒だっただけかもね」
男は無感情な声でそう言うと、続けて口を開く。
「で、切るなら早くしてほしいのだけれど」
腰に携えた剣を見る。これで人の体を切断できるのだろうか。しかも魔族だ。人間よりも頑丈かもしれない。この剣で切ることなど出来るのだろうか。というよりも、俺に切る事は出来るのか。
「僕がやる?」
眉毛を八の字にしたままのアンドリューが言う。俺の不安に気付いたのか。気を使ったのか。
「いや、俺がやる」
アンドリューにそんな事は出来ない。俺が殺した事があるのは魔族のみ。盗賊の討伐なども請け負ってきたが、人は殺した事がない。ヒト型の魔族や魔物など、遭遇したこともない。
かたかたと手が震える。体の切断だって、いくら治るからといっても簡単なものじゃない。ギルド近くの酒場で、傷口が綺麗な方が治りは早いと言っていた。一気に切ってしまった方がいい。人の体を切り付ける。それは酷く恐ろしいものに思えた。
だって、痛いじゃないか。
そんな俺を、目の前の男は十字の隻眼で見詰める。暫く経っても震えが収まらない俺を見て、小さく溜息を吐いた。
「この程度で震えるか」
「……人を殺した事なんてない」
「これは殺しじゃない。殺してもらっちゃ困る」
「でも、失敗したら」
「多少のずれくらい、許容範囲だ。流石に首を落とされたら死ぬけどね」
男は静かに俺を見上げる。俺はどうしてこんなこともできないのだろう。ギルドでランクを上げて、魔物だって狩ってきた。力を付けたと思っていた。それでも俺は、こんなにも弱い。
ご主人様は言っていた。俺に力があれば、この男を奴隷にする事なんてなかったと。ご主人様は男を奴隷にする事はしたくなかった。それでも、追い出す術がないから諦めて奴隷にしたんだ。俺に力がなかったから、ご主人様は思う様に動けない。俺はご主人様の役に立つために、これまでここにいたというのに。
力はついても、俺には度胸がない。
「俺は……」
「ねえ、君。魔力をもらってもいいかい」
「え、僕?」
男は俺からアンドリューへ視線を移す。急に矛先を向けられてアンドリューが目をぱちくりさせる。
「そう。随分と魔力量が多そうだ」
「魔力って、あげられるの?」
「正確には俺が奪う、というのかな。ドレインという魔法を知っている?」
アンドリューはふるふると首を横に振った。男曰く、少量の魔力で発動でき、触れた相手の魔力を吸い取る魔法だという。しかし、魔法使いは基本的に接近戦はしないため、あまり使われない方なのだとか。
「いいよ。でも、魔鉄に吸い取られないの?」
「吸い取られる前に使うんだ。白亜族の魔法は言葉を使う。喉元の魔鉄が一番厄介だったんだけど、もうないから。さあ、俺の体に触れてくれ」
ごくりと喉を鳴らしたアンドリューが、恐る恐る男の体に触れる。男は小さく口を開き、何やら聞き取れない小さな言葉を囁いた。次の瞬間、アンドリューががくんと崩れ落ちる。
「な、何をした!?」
「だ、だい、じょうぶ。ちょっと驚いただけ。こんなに魔力がなくなるのは、初めてで」
膝をついたままのアンドリューが、そう言う。男は俺の言葉には答えず、再び小さく言葉を紡いだ。
ごうっと強い風が男を中心に巻き起こる。ちりちりと肌が粟立つ。何やら強い魔法が起こっているようだが、俺にはさっぱり分からない。強い風に目を開けられなくなり、目を閉じた瞬間、ばしゅっという音が重なって聞こえた。驚いて目を開ければ、ふくらはぎの半分くらいで切断された足、肘より少し上で切断された腕が転がっていた。
思わず口を押さえる。だくだくと流れ出る血は赤かった。
アンドリューを見てみれば、呆然と男を見上げていた。微か鼻につんとする匂いもする。俺ではなかった。
「悪いが、もう魔力がない。すぐに治療できる場所に運んでもらいたい」
ぜいぜいと荒い呼吸で男が言う。
「アンディ!」
「う、うん」
アンドリューは濡れた下半身を庇いながらも、男を浮遊の魔法で浮かせる。そして、その魔法陣を俺に手渡した。
「ベラ様の部屋までは保つぐらいの魔力を込めてあるよ。僕はその、着替えてから行くから」
「ああ、分かった」
着替えについては何も言わずに魔法陣を受け取り、俺は駆けない様に気をつけながら、急ぎ足でご主人様の元へと向かった。
びちゃびちゃの下半身の冷たさに、僕は情けなさを感じていた。
目の前で振るわれた魔法。それは今まで見た中で一番強く恐ろしいものだった。あんなもの、あの人にとっては大した魔法ではないと知っている。頭では理解している。僕だって、やろうと思えば出来る筈だ。それだけの魔力はあると分かっている。
それでも恐ろしかったと感じたのは、やはり目の前で躊躇いもなく振るわれたその力と、切り落とされた手足があまりにも現実離れしていると思ったからかもしれない。
あんなに強い魔力を感じたことも、血がたくさん飛び散るような経験もない。只管単調に過ぎる日々。時折の外出はあるものの、僕はあまりにも外を知らなさすぎた。
ぬくぬくと温かい屋敷に慣れ切っていたせいであるとも言える。
僕はこの屋敷で育った。
一番曖昧な記憶の中にも、僕の母親の記憶はない。ここにいるのが当たり前で、始めはベラ様が母親だろうかと思ったくらいだ。でも、母親と言うのは大人の女性がなるもので、ベラ様はまだ子供だった。
それを知った時は少し残念だったけれど、あまりショックではなかったのは覚えている。
ベラ様は母親ではなかったけれど、僕のご主人様だ。
その繋がりがあればそれでいいと思えた。
ここの屋敷の主人であり、ベラ様の父親である男の人が僕の本当の父親だと知ったのはつい最近の事だ。母親についてはベラ様も知らないと言っていたが、少なくともベラ様とは違う母親だという。
僕の肌はベラ様よりも黒く、ベラ様より白いリモネ姉よりもっと黒い。森の木と同じくらいの色ね、とベラ様は言っていた。
兄弟というものは見た目が似ているものじゃないの、とベラ様に聞けばみんな目が蒼いでしょうと言われたけれど、僕が聞きたかったのはそうじゃない。ベラ様と似ていないという話だ。僕がそう言えば、似ていないけれど血は繋がっているのよと、どうでもいい様にベラ様は言った。
ベラ様はどうしてと聞けば面倒臭そうに答えてくれる。分からない時は分からないといいつつも、テレンス先生に聞いたり調べたりしてくれる。まあ、凄く面倒臭い時は知らないと言われるのだけれど。
僕が物心ついたときから、ガス兄たちはベラ様の命令で訓練していた。
僕と遊んでいる時でも、時折窓の外からガス兄達の訓練を眺めていた。それが、とても羨ましいと思ったんだ。ガス兄はよくベラ様の役に立つことが目標だと言っていた。ディム兄とミア姉も頷いていた。頷いていなかったリモネ姉は4年前からいなくなった。ベラ様の両親のメイドになったのだと、ベラ様が言っていたからそうなのだろう。
役に立たなければ捨てられると気付いたのはこの時だった。丁度、魔法の訓練に飽きはじめていた頃だ。
たった少ししか訓練していなかったけれど、ベラ様が出す課題は簡単過ぎて退屈になってしまった。出来るからやらなくてもいいかなと思っていたところにリモネ姉がいなくなったのだ。
僕は訓練をしっかりやるようになった。あまりにも簡単に課題をこなすためか、ベラ様とテレンス先生の課題が急にレベルアップしたのだ。僕はだんだんと魔法にのめり込むようになった。
魔力が多く、精霊に好かれやすい魔力をしているらしい僕は、魔法陣なしでの魔法を積極的に学んでいった。ディム兄は精霊が見えるみたいだから、ディム兄に頼んで僕専属の精霊を見付けてもらったのだ。魔法陣を使うと、たくさんの精霊に呼び掛けてしまう。その分、魔法の制限や魔力の抑制が必要になってくると学んだ。
とは言え、僕は圧倒的に知識が少ない。どんな魔法があるのか知らなければ発動出来ない。レベルの高い魔法が書かれている本は、ベラ様がまだ駄目だという。ガス兄はギルドでどんどんランクを上げているのに、僕はまだまだだ。
そんな時、ベラ様の部屋から知らない魔力を感じた。凄く小さくていつもなら気付かないかもしれないくらい、小さな魔力。丁度、魔力を感知する訓練をしていたから、気付けた事。でも、とても不自然な感じがした。まるで抑えつけているような、そんな感じ。魔力を隠す事が出来ると初めて知った。
その魔力の主があの人であった。
ベラ様はあの人を知っているようだった。いつの間にか、ベラ様はあの人を奴隷にしていた。魔力がほとんどなく、魔鉄という不思議な鉱物で拘束されていたのにあれほどの存在感があった程だ。僕とは圧倒的に違う強さを持っていた。
あの人は魔族だという。僕達人間とは違う、魔法の発動方法だった。聞き取れない言葉を口にする。
目の前で振るわれた魔法の力。シンプルな風の魔法だ。でも、操作はとても難しい。体を切れる程の早さを操作するのだ。しかも、自分の体である。小さくするのが難しい魔法だと思った。
この時、僕は初めて人を害する魔法を見た。大きい炎や水の玉を作ったり、風を起こしたりといった訓練はしてきたけれど、誰かを傷つけるための魔法なんて発動した事はない。
それに躊躇いを感じる僕は、とても弱い存在だと思った。魔力の操作は心に深く依存する。躊躇えば、それだけ威力は弱くなるのだ。
ベラ様は弱い。僕と違って精霊に余り好かれていないし、魔力も少ない。魔法陣は綺麗だけれど、それだけだ。僕達の様に体作りもしていないし、戦う訓練もしていないように思える。ガス兄のように剣を使えるわけでも、腕力があるわけでもない。
ベラ様は守るべき存在だ。
僕の大切なお母さん、だから。
違うと言われても、本当は姉弟でも、僕にとってはお母さんだから。
僕はその腕の中の温かさを知っている。
「頑張るぞ!」
お母さんは守るものだって、本に書いてあったから。
頑張ると言いつつ下半身びちゃびちゃです。
早く着換えろ状態です。
お読みくださりありがとうございました。




