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15. 諦めも肝心です

指摘があったため前回の更新分を分割しました。

内容は変わりません。




 ちらりともはや観客になっている連中を見遣る。状況が分かっていない年下3人と、警戒態勢のままのギルバートとファーガス。彼らに戦わせてルーナンに勝てるとも思えない。まだまだ未熟だ。


 魔族の討伐にはギルドでもAランク以上の者がチームを組んで取りかかると言う。ここで戦力になりうるのはファーガスとギルバート、そしてアンドリュー。無理である。


「主様よ、気難しく考えるのをやめるのじゃ。こ奴についての知るべき情報は3つのみ。1つ、波長という習性をもつ獣である。この習性は本能に刷り込まれしものじゃ。理性で抑え込める者もいるじゃろうが、それは酷く難しい事。波長の合う者を身近に置きたいというのは本能の欲求じゃ。諦めませい」


 サンドリヨンはやれやれと言わんばかりに天を仰いでから先を続ける。


「2つ目、魔族の中でも屈指の魔法を操る種族である事。魔族や魔物は定められた魔力を好む精霊を使役して魔法を行使するが、白亜族は全ての精霊を使役しうると聞いておる。まるで人間の様にな。得手不得手はあろうがのう」


 ヨナルはへーすっごーいとどこぞのギャルかという感想を漏らしていた。


「そして3つ目、彼奴らは変化を扱える。まるで狼人間のようにな。本来、そういう魔族は総じて魔法は筋力などの身体的なものになるのだが、変化も扱いつつ魔法も行使しうる存在は彼奴らの種族くらいじゃ。戦力としては十二全。しかも絶滅したと言われた一族よ。希少価値も高かろう。諦めて奴隷にしてやるがよい」


「ありがたくもない情報を纏めてくれてありがとう、サンディ」


 魔族と魔物については本で知る事が出来る範囲でしか知らない。ましてや、数百年前に絶滅したとされる魔族だ。情報などないに等しい。サンドリヨンの言う通りなら、その知識は間違いではない。どれぐらいの時を生きては死んでいるのか知らないけれど、少なくともルーナンの一族がいた時代を生きていたようだ。


「でも、随分と彼の肩を持つのね」


 睨むようにサンドリヨンを見れば、困ったように足で頭を掻いた。行動は鳥である。


「ふむ、先程も申したようにこの種族は強い。魔力が固定からされた他の魔族や魔物とは違い、人間の様に様々な魔法を行使し、獣の様に圧倒的な力と抗えぬ習性をもっておる。とは言え、縛り付ける習性なぞ、さして意味をなさん。彼奴らの引き金ぐらいにしかならんのじゃ。それ程強いと言われる魔族が、こんな有様じゃ。これは普通の状態ではあるまい。何か、よからぬ事が起こっておるのか、起こり掛けているのかは分からぬが、戦力となりうるのならば持っていて損はないと思うてのう」


 長い時を生きたサンドリヨンが抱く嫌な予感という奴なのだろうか。私は暫く考えてから、口を開いた。


「ルーナンと会ったのは昨晩よ。人間に捕えられ、拘束の魔法陣で牢屋に転がっていたわ」


 サンドリヨンの金色の目が大きく見開かれる。落ちてしまえ、目玉。


「何とそれは誠か! 魔族が人間に囚われる事などそうそうあるまい。しかも、白亜族であるこ奴がか。のうルーナンとやら、何があったか話してみせい。事は一大事じゃ」


「何、簡単な事だ。交流のあった魔族に騙されて、拘束されて拷問されて、人間の魔物商に売られただけだよ」


 まるで昨日の何でもない日常を話すように。ルーナンは言う。そんな彼に、サンドリヨンは目を細めて嘴を開く。


「どこが簡単なことか。愚か者め。拷問じゃと? お主よ、面倒事に関わっていると言わぬよな」


「面倒事は終わっているから安心していいよ」


「やはり面倒事に関わっておったか」


「終わっているって」


 やれやれと言わんばかりに肩を竦めるルーナン。とは言え、腕も拘束されているままなので、あまり大きな動きではない。


「何をしてきた、いや、されてきたと言った方が正しいかの」


「自称次期魔王に勧誘されちゃって」


 一瞬、空気が凍った。あんなに喋っていたサンドリヨンも、私の後ろの連中も、びきりと固まっている。動いているのはよく分かっていないヨナルと、私達の反応にだから言いたくなかった零すルーナンだけ。


 最初に回復したのはサンドリヨンだった。


「魔王、じゃと」


「ああ、多分まだ宣言はしてないと思うけど」


「そうさの、その様な動き、知らぬぞ」


「よく分からない奴だったが、なかなか小賢しい男だった。十数年かけて俺の知人になって、波長の相手を聞き出そうとしてきたんだ。いないと分かると、拷問で仲間になれって。全く頷かない俺に焦れたのか、人間の元で屈辱的な死を遂げろと、魔法を使えないように口を縫い付け、魔力を吸い取る魔具を付けて人間に売ったのさ。イザベラが来なかったら死ぬところだったよ」


 放っておけばよかったと心底思った。あんな中二病みたいな波長云々の話を真剣に考えなかったのが悪い。前世の名前を呼ばれて、憐みでも産まれてしまったのだろう。


 もう過ぎてしまったものは仕方ない。私は彼に標的にされており、立ち去る気はないという。そして彼の口から出てきた魔王と言う言葉。


「魔王って、お伽話の中の存在でしょう」


 そうであってとどれほど願ったか。


「おる。と言っていいのかのう。魔王と言う種族は存在せぬ。魔族や魔物を束ね、率い、その頂点に立つ存在を魔王と言うのじゃ。まあ、ほとんどが自称であるがの。ほとんどの魔王は己が魔王であると宣言するのじゃ。まっこと愚かよのう」


「魔王になるから配下集め中、なんだろうなあ。今でも。随分と気の長い奴だったから」


「魔王よりも力の弱い輩は生き延びるために頭を垂らし、同等かそれ以上の者は魔王からの恩恵によって着いていくか決めるのじゃ。魔王なぞ名乗れば人間が討伐しようと騒ぐ。それが面倒だ、魔王に興味がないという者は強かろうが魔王にはならんがの」


 随分とビジネスライクな存在だ。と言うよりも魔物や魔族の中で一番強い存在が魔王就任かと思っていた。勉強が出来るからといって社長に向いているかといえばそうとも言ない、そんな状況なのだろうか。


 でも、ルーナン曰く配下にするためだったら拷問だってするし、配下にならなければ死ねというのは随分と横暴な魔王様だ。それほどまでにルーナンは強い存在なのだろうか。


「俺は魔王になんて興味もない」


「成程の。面倒事が終わっているというのは、魔王にしてみれば死んでいると思われているということか」


「半信半疑だろうけどね」


「主様よ。近々世界は慌ただしい時代を迎えるであろう。魔王が配下にしようとしたルーナン、手駒としてはよいと思うが、いかがかな」


 くりんくりんの目をこちらに向けつつ、首を傾げるサンドリヨンに、私は何回目か分からない溜息を吐く。


 ますますルーナンの存在が分からない。魔王という存在が出てきた。どれぐらい先か分からないけれど、活動し始めると言う。魔王に誘われたと言うが、ゲームでルーナンらしき敵と戦った記憶もない。こんな、不確定要素、持っていたくはない。けれど。


「まあ、奴隷にしてくれなくても、居着くよ」


 そう、目の前の男が十字の目を細めて笑うから。


「散々、諦めろと言っておいて最後は問いかけるのね」


「妾は主様の誠実な愛玩魔物なのじゃ。きちんと命令は聞くぞ」


「ファーグ、机の引き出しの中から紙とペンを持って来なさい」


「ご主人様!」


 悲鳴の様に叫ぶファーガスに視線を投げる。


「貴方が彼に勝てると言うのなら、話は別だったのだけれど」


 ぎりぎりと歯を食いしばるファーガスは、黙って机から紙とペンを持ってきた。握りしめたせいで紙は少し皺が出来ている。


 奴隷契約の魔法陣を紙に書きながら、慣れてしまっているようでなんとも言えない気分になる。奴隷にする事は最早何とも思わない。意味などない。


 ルーナンやサンドリヨンは、受け入れさえすれば奴隷契約の魔法をかけられると言っていた。でも、それが解けないという保証もない。何もかも確証がない。どうにでもなれと思ってしまう。


 出来上がった魔法陣に、爺から借りっぱなしのナイフで私の血を垂らす。


「我、契約を望むものなり。契約の精霊よ、血を捧げし彼のものの命を我の隷属とせよ」


 じんわりと光を発する魔法陣に、間違いがないと安堵をする。近寄ってきたルーナンの傷だらけの体の、肩の部分にナイフで傷をつけた。ルーナンは顔を歪ませながらも膝をつき、肩を魔法陣に擦り付ける。


「彼のものが我が命令に逆らいし時、その身に雷の裁きが下らんことを」


 棒読みで呪文を唱え終わると、ルーナンの首筋にも白詰草の模様が浮き出てきた。一応は、契約が完了したらしい。魔法陣を丸めて机の引き出しに仕舞うと、私はルーナンを見詰める。


 取り敢えずは、そのリアルグロッキーな見た目をなんとかしなければ。しかも匂うし。さてどうするかと悩んでいたところに、ばたんと音を立てて扉が開いた。両親でも来たかと振り返れば、何と爺であった。ノックもなしに荒々しい入室なんて、爺らしくもない。


「どうかしたの」


「これをご覧ください」


 そう言って差し出したのは、アルバムのような分厚い冊子であった。開いてみると、新聞の切り抜きと思わしき紙が貼ってある。どうやら、スクラップブックのようだ。そこの見出しはこうであった。


 『過去に栄えし生物の化石を発掘』


 私は首を傾げる。ファンタジーな世界の癖に、化石なんてありなのかしらという意味である。爺は違うように受け取ったらしく、恭しく小さな木箱を懐から取り出し、開く。中には、大きな牙の様なものが入っていた。


「これはその一部でございます。過去に栄えた生物の化石は多く出土しており、少々高価なものの一般人でも手に入るのです」


 どうやら爺は化石大好きじいさんだったらしい。興奮気味に、きらきらとした少年の様な目で語る。化石だという牙を手に取りくるくるとまわしてみるが、大きさはバナナより若干太いくらいであろうか。ちなみにこの世界にもバナナはある。


 この牙から見るに、その生物とやらは随分と大きかったようだ。鋭い牙があるということは肉食であろう。頭の中にサーベルタイガーが浮かぶ。


「骨格はトカゲに似つつ、その大きさは人の何十倍にもなるそうです。ドラゴンと違い首は短く、飛行も出来ませんが実に美しいフォルムです」


 サーベルタイガーが一気に恐竜へシフトチェンジした。ちょっとまってここファンタジー。サイエンスフィクションじゃなくてファンタジー。少し不思議ではあるけどファンタジー。


 言いたい事をぐっと我慢して、爺に尋ねる。


「見た事があるの?」


「隣国の博物館に展示されておりましたのを、先代当主様の出張の途中に拝見いたしました。骨ばかりですが、素晴らしいの一言に尽きます。我が国の所有する化石は王室が管理しておりまして、見る事は出来ませんので」


 ふーんと思って化石を見ていれば、膝をついたままのルーナンが顔を上げた。


「あ、それ俺達の一族だ」


「やはりですか!?」


 爺の興奮した発言に、やはりって何だやはりってと思ったが、レディなので丁寧に聞きますとも、ええ。


「何がやはりなのかしら」


「先程言ったであろう。十数年前に一族の死骸が見付かったと。それのことじゃ」


「太古に滅んだと聞き、これではないかと思ったのです」


 ピラミッドとミイラのイメージが掻き消えた。恐竜一択になった。だからこれファンタジーだって。爺の直感が凄いといいたいところだけれど、化石マニアのなせる技なのかもしれない。怖いマニア。


「俺らの一族は大きなトカゲみたいな爬虫類に変身出来るんだ。その姿で戦闘しているうちに、死んだ奴らが化石になっているみたいなんだ」


「実に不思議な生物での、本物のトカゲの様に首と胴体以外であれば切り落とされても再び生えてくるのじゃ」


「それは人間の姿のままでも可能なの?」


「ん? まあ出来るけれど……何するつもり?」


 ルーナンの笑みが固まる。それは出会ってから初めての表情だった。焦った様な、そんな表情。


「腕と足の拘束、取れるものが思い浮かばないから、手足ごとばっさりいっちゃいましょう。ファーグよろしく」


「ちょ、ちょっと待て待て! そんなよろしくって言われても……」


「生えてくるって言っても痛みを感じないわけじゃないんだ! トカゲみたいに切り離しやすいようには出来ていないし」


「あらん! じゃあ、切ったところ食べていいかしら。食べていいかしらあ」


「今まで静かにしていたからいいわよ。ヨナル。食べられるなら食べちゃって」


 よし、これで手足の処理もオーケーだ。引きつった笑みを浮かべるルーナンと、青い顔のファーガスに笑みを浮かべて言う。


「貴方達は私の奴隷でしょう。言う事聞きなさい。ああ、ついでにその汚い体も洗って頂戴。再生にはどれぐらい時間がかかるの、ルーナン」


「魔力がほとんど空だからな。一ヶ月くらいはかかる」


 諦めたように項垂れるルーナンはそう言ってぐったりと座り込んだ。足が拘束されているから体育座りである。


「そう、じゃあそれまで爺に世話されなさい」


「お任せください」


「ミア、ディー。ファーグがルーナンの手足を切断して洗ったら、他の怪我を治させるから、準備しておきなさい。治せる範囲で構わないから。ギルバート、このよく分からない顔についている奴、外せるものを持ってきて。ないのなら引っこ抜かせるわよ」


 ミリアーナとディメトリは返事をしてばたばたと駆けだす。


「御意」


 と言ったギルバートは堅い表情で部屋を出て行った。何を持ってくるのか見ものだ。鋸かドライバーがあればいいのだけれど。魔法でどうにかなるのかしら。


「アン、貴方はファーグを手伝いなさい」


「はーい!」


 よく状況が分かっていない子は元気である。


「さあ、さっさとその汚い奴を連れて行きなさいファーグ。それから爺、この部屋の血の汚れ、掃除よろしくね。それから、治療中に汚れない様に何か布みたいなものを持ってきて。清潔なものをね。手足の切断と洗浄が終わったら、部屋に戻していいわ」


 ファーガスは重々しく頷き、アンドリューにルーナンを浮かばせて運んで行った。匂いの元がなくなっても、血と汚れの匂いは部屋に残る。まあ、これからもっと臭くなるかもしれないのだけれど。仕方のない事だ。


「お嬢様」


 部屋を出ようとしていた爺が振り返って言った。


「何かしら」


「彼は、結局何なのですか」


「それはどういう意味なの」


「これからもここにいるようですが」


「ああ、奴隷よ、奴隷。あれだけの爆発を起こせる魔族だもの、使い道はたくさんあるわ」


 爺の顔が心配であるという表情を作る。


「しかし、危険では」


「命がなくなれば、私が甘かったというだけよ。一緒に死んでね、爺」


「……お嬢様の仰せのままに」


 深々と頭を下げた爺は、そのまま部屋を出て行った。


 長椅子に腰かけて、私は天井を仰ぎ見た。


 これまで、ほぼほぼ思い通りに進んできた。だからこそ、誰かの思い通りになるという事が酷く腹立たしい。それは両親の血のせいか、これまでの環境のせいか、それとも両方か。しかし、最早逃げ道はない。


 私の有する戦力ではあいつに逆らう事は不可能で、あいつの思い通りになるしかなくて。ゲームに登場していてくれたなら、多少はどうにか出来たのだろうか。今更考えても仕方がないのだが。


 時間を潰すために私は机の上にあったスクラップブックを開いた。







お読みくださりありがとうございました。


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