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14. 状況の変化についていきましょう

どうしてもコメディー要素が盛り込めないので諦めてファンタジーに鞍替えしました。

その筈ですが、今回SFっぽいです。SF=少し不思議だと言い張る。

そしてよくしゃべる奴が出てきますのでほぼほぼ会話文です。



「爺、ロンブス邸の事件は知っている?」


 些かそわそわとした食事を終え、私は自室へ向かいながら爺に尋ねる。父に貸してもらった新聞には、犯人と原因は不明と書かれていた。事件か事故かも分かっていない。しかし、私達親子はその犯人の可能性を知っている。両親が捜査を担当している役所に告げ口しに行くとは思えない。少なくとも男爵を見捨てたことは追及されるだろうし、噂になるようなことはしないだろう。


「ええ。新聞に載っている程度の事ですが」


「そう」


「お嬢様方は、昨日ロンブス男爵を訪ねられたのですよね」


 爺の言葉に、私はちらとそちらに視線を移す。


「白々しいわね。貴方が迎えにきたんじゃない」


 正面を向いたままの爺は一つ溜息をつくと、言った。


「いえ、そうではないと言ってくだされば、私は知らぬ存ぜぬを貫きます。その確認です」


「生憎、ロンブス邸の人間が全滅だと書かれてはいないわ。見ている人が生きている可能性が高いの。今更、行っていませんだなんて言えないわ」


「使用人が余計な事を言うと?」


「あら、爺にしては随分と楽観的な意見ね。私の使用人でもないし、あそこの使用人はほとんど奴隷よ。態々私達を隠す必要性はないわ。それに、人の口に戸はたてられないもの」


 死んだのは男爵と使用人。少なくともあのコナーという息子は生きている可能性がある。あいつはべらべらと喋るだろう。事件の少し前に立ち去った、私達親子の事を。だからこそ、両親はそわそわしているのだ。


「ふむ、それもそうですね。旦那様が何かしら対策を行っているのかと思っておりましたので」


「父の様子から見て、あの事件を知ったのは今朝……というかさっきね。一応言っておくけれど、あれの犯人は私達ではないわ」


 爺がちらりと視線を寄越すのに、片眉を上げて返事をする。急に立ち止り、深々と頭を下げた。


「大変申し訳ありませんでした」


「まあ、疑われるのも仕方がない事だもの、別にいいわ。頭をお上げなさい」


 頭を上げた爺と再び部屋を目指す。敢えて聞いたのだろう、爺は。隠すものか隠すべきものではないのか、隠すべきものならば隠せるのかどうか、そういう確認だ。使用人は余計な事を口にするべきではないし、知りえる情報を無暗に外に漏らすべきではない。


 とはいえ、この屋敷内の使用人がどれほど信用が足るのかと言えば、私からすれば誰も無理だろうと思っている。異母兄弟はまだまだ子供だし、爺に関しては本来の雇い主は父だ。喋る口がないという意味では、ヨナルとサンドリヨンだ。動物相手の王様の耳はロバの耳をしても、悲しい人になるだけである。


 自室の付近まで来たところで、廊下の奥の方からばたばたと駆ける音が聞こえてきた。立ち止ってよく見れば、リモネ以外の異母兄弟とギルバートだった。


「屋敷内で駆けてはいけないとあれほど……」


 隣の爺がぶつぶつと零すが、あの様子はただ事でないと気付いたのか、険しい顔つきになる。


「ご主人様! 入っちゃ駄目だ!」


 どうやら一番早いのはファーガスとギルバートのようで、始めに私のもとへと駆けつけた。何が何だか分からない私は、眉間に皺を寄せる。


「何の騒ぎなの、一体」


「アンディが、微弱な魔力を、感知した」


 荒い息でファーガスは言う。ギルバートに関しては、よく分かっていないようだ。続いて到着したディメトリとアンドリューが、肩で息をしながら言う。


「ベラ様、感じた事がない魔力があるんだよ。魔力を隠しているみたい」


「この部屋に、さっき現れたって、アンディが。だから、ギルさんとガス兄を、連れてきた」


 ファーガスの肩にサンドリヨンはおらず、最後に追いついたミリアーナの元にヨナルもいない。こんな時に何をしているのだか。


「お嬢様、如何なさいましょう。騎士団に連絡をしますか」


 ふむ、と部屋の中の気配を探る。私は魔法に関しても戦闘に関しても、才能なしの判定を頂いている。普通の気配なら感じる事が出来るのだけれど、魔力を隠しているとなると魔力に特化したアンドリューがぎりぎり分かる程度のものなら感じない。感じない筈なのだ。


「……いいえ。多分知っている相手だわ」


「ご主人様!」


 ファーガスが声を荒げるのを黙殺し、扉に手を掛ける。本当はこんな賭けみたいことはよくない。けれどこんな真昼間に泥棒が侵入するとは考え難い。もっと都合のいい時がある筈だから。


 確率としては、私に用事があって来ている『お客さん』であるという可能性が高い。まあそれが誘拐という可能性もあるのだけれど、私の有する戦力はほぼ揃っている訳だし、これで無理ならイザベラさんの人生はここでエンディングを迎えるだけだ。


「お嬢様、私が開けます」


「いいえ、大丈夫よ」


 異母兄弟のどきどきが私にまで伝わってきそうで、ドアノブを握る手に汗が滲む。なんだろう。この緊張しなくてもいい時に期待されると緊張しちゃうやつ。だって私は知っている。というか、分かっている。この扉の向こうにいる、『お客さん』の正体が。


 がちゃり、扉を開け中に入るとそこには灰色の男が立っていた。


「客人ならば、正面から入ってくるべきではありませんか」


 鋼鉄のマスクの下で、ルーナンが口端を上げる。口を縫い付けている糸は随分と強固なのか、口を動かすだけで穴を広げようとするらしい。血が少し滲んでいた。


 ルーナンの姿は昨夜、分かれた時とあまり変わらない。全裸であった体に、無駄に高そうな布を巻き付けているぐらいだろうか。その拘束された足でどうやってここまで来たのか、甚だ疑問である。


「……お嬢様、この方は」


 爺が口を開く。そこで私はちらりと背後の使用人たちを見た。爺以外の使用人は、顔を真っ青にさせてルーナンを見詰めている。それは彼の姿が酷いものだからか、彼の姿自体か。


「だから言ったじゃろ。妾が仲介をしてやろうぞと。見てみい、皆固まっておろう」


「貴方、うまそうですわん。食べていい? 食べていいかしらん」


 ふと聞こえてきた声に、がばりと正面を向く。そこには、ルーナンとサンドリヨン、ヨナルしかいない。


「今、話したのは誰」


 サンドリヨンとヨナルが同時にこちらを向く。嫌な予感しかしない。


「妾でごじゃる」


「私よん」


 何と、愛すべきペット野郎達だった。


「は、話せたの」


「妾の一族は生まれ変わっても記憶は受け継いてゆく。会話など、体が話せる程度に成長すれば簡単なのじゃ」


 ちなみに、もう暫くすればヒト化も出来るぞ。と言いつつくわっくわっと笑うのは赤い鳥のサンドリヨン。


「私、元々話せたわん。でもねえ、ここと前の場所、話す言語が違うのよん。最近やっと覚えてきたわあ」


「ヨナル、語尾がおかしい上にそれは女性の話し方よ」


 ヨナルがきょとんとこちらを見て、首を傾げる。


「そうかしらん。私、よく分からなーい」


 ここでお馬鹿モードを発揮しなくても。


「まあ、仕方ないのではないか。ヨナルは主様かミアの傍につきっきりじゃ。男言葉に触れる機会が少なかったのであろう」


 何も言うまい。言語を覚えるのがどれだけ大変か、私は前世で知っているのだ。日本で学ぶ言葉が向こうでは古臭い言い回しだと言われる様なものだと、妥協することにした。意思疎通出来るのはありがたい。


「ヨナル」


「なあに」


「ミアに発情しないでくれる?」


「これはねえ、本能だから止めようがないのよん。ごめんなさいね、ミアちゃあん」


 というか、割と妖怪っぽい一つ目の獣がその口調って、笑うしかないんですけれど。私は溜息を一つ吐くと、ルーナンに視線を戻す。


「爺、ナイフ持っていない?」


「ナイフ、ですか」


「そうよ」


「こちらに」


 爺が懐から小さめのナイフを取り出す。それを受け取り、私はルーナンに近づいた。


「ご主人様! 不用意に近づいてはっ!」


 珍しくギルバートが声を上げる。それに応えたのはサンドリヨンとヨナルだった。


「大丈夫じゃ。この者に敵意はない。それに、この怪我ではいくら魔族であろうと妾達からは逃げられまい。これでも一応フェネクスなのじゃよ」


 サンドリヨンの言葉に、異母兄弟達が息を呑む。それは魔族と言う言葉に驚いたからだろう。魔物はよく見るものの、魔族となるとレアな存在だ。見て帰ってこられるならば、だけれど。


「私だって、大陸では一番って言われた妖怪よん。攫われちゃったし、子供だけど」


 恐らく、二匹は血の匂いでルーナンの存在に気付いたのだろう。私の安全のために確認しに来た、と信じたい。


 まあそれはさておき、私はルーナンの傍に寄り、顔を下げる様に言う。私の言葉に静かに従うルーナン。その顔につけられた鋼鉄の檻は置いておき、その格子の隙間からナイフを差し込む。そして、口を縫い合わせる糸にナイフの先を引っ掛けて切ろうとした。


 しかし、格子の向きと糸の向きは縦方向と同じなのでなかなかうまくいかない。それに、糸自体もなかなか堅い。まるでテグスのようである。この世界にテグスがあればのはなしであるが。


 ルーナンの口元を血だらけにしながら、なんとか糸を切る事に成功した。怪我だらけの体だ、多少怪我をしてもいいだろうという私の妥協である。最初灰色の肌にナイフをぶっ刺してしまった瞬間、もういいやになってしまった。


 その後、指を格子の隙間から入れ、糸をずるずると取り除く。ルーナンの血液をたっぷり吸った糸は、赤を通り越して黒くなっており、少し重い様に感じられた。やはりテグスとは違うようだ。


 唇が離れるのは久しぶりであろうルーナンは、微かに口を開いたり閉じたりをして、むにむにと唇を動かす。唇が離れたとはいえ、顔の下半分にある覆いのせいで顎が完全に開く事はないだろう。しかし、話す事は可能な筈。


「さあ、これで話せるでしょう」


「……ああ」


 少しざらついた声が、血だらけの口から発せられる。暫く声をだしていないからか、声が変な感じらしく、ごほごほと咳払いをした。


「それで、どうしてここにいるのかしら」


 血まみれの糸を塵箱に投げ捨てながら問う。


「礼を言いに来たんだ。ありがとう」


「どういたしまして。それじゃあ、さっさとどっか行ってくれる? 貴方のせいで、これから面倒事に巻き込まれそうなのだから」


「……恐れながらお嬢様、この方は一体」


 爺が感情の読めぬ声で尋ねてくる。静かにしていい子だった異母兄弟やギルバートも、聞きたがっているようだ。


「多分、ロンブス男爵の事件の犯人よ」


「な、何だって!?」


 ファーガスが声を上げる。ちらりと後ろを見れば、ギルバートや爺も目を見開いていた。下3人は首を傾げている。事件を知らないようだ。ファーガスが新聞を読むなんて意外である。


 正午の少々きつい日差しの中、ルーナンは静かな笑みを浮かべて佇んでいる。礼を言いに来た、というのは建前だろう。何しに来たのか。


 私の知りうる情報では、この男はよく分からない存在だ。死にかけている魔族。昨晩、ロンブス男爵を殺した。私を波長の合う相手だと言っている。それだけだ。


「しかし、主様はなかなか特異な存在を拾って来るのお」


 ふと、サンドリヨンが嘴を開く。私はその言葉に、眉間に皺を寄せた。


「何を言っているの。私は何も拾ってきてはいないわ」


「『蒼の証』を持つ5人の子供、不死鳥たる妾、遠き大陸で一二を争う力を有する妖怪、そして太古に滅んだとされる魔族。全て主様が拾ってきたのであろう」


「拾ってきてない。サンディに関しては自主的に奴隷になったのでしょう」


 と言いながら、一つの言葉に引っかかる。『太古に滅んだ』?


「まさか」


 爺の驚いた声が聞こえる。


「何かしら、爺」


 ちらっと爺を見れば、何やら焦った様に部屋を飛び出して行った。何なんだ、爺らしくもない。


 どこかへ行った爺を放っておき、サンドリヨンに視線を向ける。鳥の癖に、どこか笑う様に目が弧を描いていた。


「あの爺という男は実に聡い。そして、人間にしては博識じゃな。この男、見る分には数百年前に滅んだとされる魔族じゃろう。妾の幾千年の記憶の中にも、僅かにしか情報はないがの」


「ルーナン、貴方は何者なの」


 ルーナンの笑みが深まる。


「やはり、君なのか」


 思わず舌打ちしそうになった。


「余計な事は言わなくていいわ。何者か、と聞いているの」


「白亜族と呼ばれる種族の魔族だ」


「白亜族? 知らないわ」


「そうであろうな。だが、確かに存在した一族じゃ。十数年前より、地下深くにてこ奴ら一族の死骸が見付かったと人間が騒いでおったしのお」


 死骸と言われて出てきたのはミイラだった。ピラミッドでも作っていたのだろうか。


「知らないわね」


「白亜族は魔族の中で最も強力な魔力を有し、魔法を行使する。そして、その十字の目は他の種族には見えぬ精霊の姿が見えると言われておるのじゃ。かの一族以外に、精霊が見える種族も十字の目も妾は知らぬ。そして白亜族の最も恐ろしいと言われるのは圧倒的な身内贔屓なのじゃ。波長という独特の感覚が存在するらしく、家族や仲間、友や恋人を酷く大切にする一方、それを害する存在は徹底的に潰す。白亜族には近寄るなかれ、というのが鉄則なのじゃ」


 全力で近寄りたくないのだけれど。


「じゃあ、早々に帰って頂かなければ」


「さて、ルーナンとやら。ここに来たのは礼をしに来ただけではあるまい」


 おい私主人なんだけど無視しないで頂きたい。


 サンドリヨンは主人である私を無視して、ルーナンとの会話を続ける。


「フェネクスか。随分と若い体だな。しかし、相も変わらず無駄にお喋りな存在のようだ。用事ならあるよ。そこのイザベラお嬢様に会いに来たんだ。……どうやら、俺と波長の合う相手のようでね」


「ほう、それはそれは。主様は実に神に好かれておるようじゃ。いや、嫌われておるのかのう。白亜族と波長の合う者など、実に面倒な人生となろうぞ」


 全力でいらない情報をありがとう、鳥め。


「酷いなあ。仕方がないだろう。ヒト型とは言え、あくまで獣に近いのが魔族だ。本能に従うまま行動していただけだろう?」


「よく言うわ。主ら一族で国をいくつも落しておろう。全く、行動が荒いのう」


 くわっくわっと笑うサンドリヨン。何だろう、勝手に世間話的なものが始まっている。


「サンディ、もういいわ。どうせ聞きたくない情報ばかりだもの。彼とは関わるべきではないことは重々承知よ」


「そうは言っても主様よ、彼奴らから逃れきれた者の話は聞かぬ」


「じゃあ、いちいち面倒臭い情報を与えないでくれる?」


 苛っとしました。


「かっかっ。妾も興奮しておるのじゃ。数百年前に絶えたと思われた一族よ。これはなんと奇怪な出会いか」


「私に会って満足でしょう。さっさとどこかへ行きなさい。ルーナン」


 どこぞの女王様かという台詞だが、今更である。頭の中の警報ががんがん音を立てて危険を知らせているのだ。この男は危険だ。全てに対して危険だ。


「なあ、イザベラ。俺を飼う気はないか?」


 言わずもがな。


「ない」


「取り付く島もないな」


「どっか行って」


「俺って使える道具だと思えるんだけど」


「間に合っているわ」


「俺は絶対に君を裏切らない。君の力になる。君の願いを叶える為に全力を尽くそう」


「信じないわ、そんな言葉」


「そういう習性なんだ。信じてくれ、と言っても君には無理だろう。だから、これから先、時間をかけて信じて」


「嫌」


「何なら、君の好きな奴隷契約をしたって構わない」


「……魔族にも使えるの」


「魔族は一般的に人間よりも魔法を知り使いこなしているからな。普通なら厳しいだろう。けれど、魔族が受け入れるならば話は別だ」


「それを信じろというのね」


「魔物である妾も保障しよう。知恵のある魔物も、受け入れなければ奴隷契約なぞせぬ」


 ルーナンは笑顔で頷く。私はその笑顔に深く溜息を吐いた。


 一人っきりならば髪を掻き毟っているぐらい苛立たしい。逃げ道がない。奴隷にしろと言って来るこの目の前の男は引き下がる気はなく、力づくで追い出すということも出来ない。


 騎士団や両親に犯人だと押し付けたい気持ちもあるが、騎士団に不審がられるであろうし、あの両親の事だから奴隷にすればいいと言うに違いない。嫌だと拒否を続けたところで彼が居座られたら意味もない。


 どうすべきか。





お読みくださりありがとうございました。

指摘があったので分割しました。

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