閑話3 リモネの回想録
リモネさんのターン。
自殺と強姦の表現があります。そんなしっかりと書けてはいませんが、一応注意喚起ということで。
直接的な表現はないつもりです、はい。
閲覧は自己責任でお願いいたします。
騙されない、騙されない、騙されない、騙されない。
自分に刷り込むように、頭の中はその言葉でいっぱいだった。
私はウィンスター公爵家の遠い親戚の、末端の弱小貴族の家に産まれた。優しい母と堅実な父、そんな恵まれた家族だった。私以外子供はいなかったものの、幸せな日々だった。……私という存在が、全てを壊すまで。
私の蒼い目。それは、両親にとって少なからず不安要素だった。しかし、ウィンスター公爵家の遠い遠い血筋を受け継いでいた我が家ならば、ありえない事もないと、思い込む事で上辺だけの幸せを過ごしていた。
例え、蒼い目の親から産まれないと言われていても、可能性が全くないと言う訳ではない。
それが、両親が縋っていた思いだった。
そんな仮初の幸せに亀裂を入れたのは、トリステン侯爵家に婿入りしたエヴァンという、公爵家当主の弟だった。
ある日、我が家で小さなパーティーを開いていた。私の、誕生日パーティーだった。そこに訪れたのが、トリステン侯爵だ。招かざる客だとはいえ、我が家よりも高い地位の客を、追い返すことなど出来ない。
追い返せばよかったんだ。少なくとも、幸せでいられた時間は長くなった。
にやにやと笑いながら醜い腹を揺らしていた侯爵は、父の訪問の理由を尋ねた言葉にこう返した。
「いやあ、蒼い目の餓鬼がいると聞いてなあ。俺の餓鬼ならばれる前に消さないとって思ったんだよ」
一瞬、空気がなくなったのかと思う程、呼吸が苦しくなった。父も母も、言葉をなくして呆然としている。
「そうだよなあ、俺の餓鬼って証拠はないよなあ。遠い血縁に産まれる可能性だって、ないわけじゃないもんなあ。産まれた事ないってだけだし」
ぶよぶよの二重顎を揺らしながら、頷く侯爵。その事は、我が家では目を瞑る決まりだった。前例がない。それはある意味可能性が限りなく低いということ。
私は父と母の子の筈。結婚してから、すぐに産まれたんだと、嬉しそうに父は話していた。貴族の間では、新婦の純潔は重要視される。嬉しそうに話せると言う事は、少なくとも純潔ではあった。そんな、浮気などする暇なんて、新婚の両親にはなかった。
ない筈、なのに。
「じゃあ、また会いに来るよ」
そう、侯爵は言って帰って行った。母に向かって、そう言ったのだ。
母が膝から崩れ落ちた。顔を覆って嗚咽を漏らす。その涙が、何もかも物語っていた。母はあの男に汚されたのだ。
その後の事はうろ覚えだった。父の罵倒、パーティー客がひそひそと囁く蔑み、母の泣き声。私はメイドに誘導され、自分の部屋へと帰ったのだと思う。目を覚ませば、すでに次の日の朝だった。
悪夢の様な誕生日は、終わったのだ。
そう思いたかった。だから、私は母の元に向かった。あの男の言葉を否定してほしくて。
母の部屋の扉は開いていた。寝室に行ってみたが、その姿はない。がたんと、浴室の方から音がした。お風呂に入っているのかもしれない、とそちらの方に向かえば、浴室の中に父の背中が見えた。
嫌な、予感がした。予感というよりも、予想と言うべきか。
「パパ?」
「……入ってくるな」
「ねえ、ママは?」
「うるさい!!」
普段、温厚な父とは思えない乱暴な言葉だった。父が振り返る。その目は、悲しみに濡れていて、両手は赤く赤く、染まっていた。
「パパ……」
「お前の、お前のせいだ。どうしてお前がここにいるんだ。さっさと出ていけ!」
父が赤く染まった手で何かを投げつけた。べしっと鈍い音を立てて額にぶつかる。痛さは、不思議と感じなかった。赤く濡れた、手紙だった。
そこには、一度だけ侯爵と体の関係を持ってしまったのだと、母の過ちが綴られていた。父が公爵家の親族の集まりに呼ばれた夜、訪れたあの男は公爵家の命令だと言いながら母を犯したのだそうだ。拒めば父の仕事や地位を奪ってやると脅し、嫌がり泣き叫ぶ母を無理矢理襲った。あの男が金を握らせたのか、いくら叫び声をあげても助けは来なかった。
か弱い母があんな男を退けられる筈がないと思いつつも、私の中には憎しみと怒りがわき上がった。
それはあの男に対しては、母に対してか、今まで目を瞑ってきた父に対してか、分からなかった。
それから、暫くして妊娠が分かり、一抹の不安を抱きつつ、一度で子供が出来る筈がないと思い込む事で精神を安定させていた。襲われた事は父に言えなかった。捨てられると思ったから。子供が生まれればきっと、あの苦しみの代わりに、幸せが来るのだと信じて。
産まれた子供に、蒼い目がある事を知るまでは。
母は、私の目を見た瞬間、失神したのだそうだ。信じられなかった。ウィンスター公爵家の『蒼の証』。それは、蒼い目を持つウィンスター家の子供にのみ、現れると言われる才能の証。あの男の子である、証でもあった。
きっと不審がるであろう父になんて言い訳しようか悩んだそうだ。しかし、父は自分がウィンスター家の血筋だからと、無理矢理納得していた。母が何か言う前に、父がそう言ったのだ。母も、その思い込みを共有することにした。
仮初の幸せの生活が始まった。幸せを感じていた母は、いつか終わりが来るのではと毎日恐れていた。明日も幸せでありますようにと、毎夜祈っていた。しかし、その幸せは昨夜で終わった。
『あの男は不幸を運んできます。私はもう、偽りの生活に疲れました。全ては私の弱さが原因です。あの男が憎い。それと同時に、私の娘も憎いのです。蒼い目を、持っていなければと何度思った事か。あの男の子でも構いませんでした。あの目さえなければ。あの目を見る度に、私に襲いかかってきたあの男を思い出すのです。愛おしい娘だと思うと同時に、忌々しいと思ってしまいます。貴方、どうして私を助けてはくださらなかったのですか。蒼い目を持った子を見て、どうして自分の子だと思い込もうとしたのですか。私は、助けてほしかった。貴方の手で、この偽りの生活を終わらせてほしかった。貴方が終わらせなかったから、あの男が終わらせに来たのです。私はもう、自分の娘に憎しみを抱きたくはありません。恐れたくはありません。貴方を、怨みたくはありません。だから、自らの命を絶つ事に決めました。弱く勝手な女でごめんなさい。さようなら』
母の手紙の最後は、そう締めくくられていた。
私と言う子供の異様さに父は気付くべきだった。母の苦しみに、気付けなかった。私は、母との距離感に気付いてはいた。蒼い目のせいだとおもっていたけれど、ちょっと違った。母は、私を愛せなかったのだ。愛そうとしたけれど、無理だったのだ。
それが、この仮初の幸せの真実だった。
父が浴室から出てきた。その腕には、青白い肌色の母がいた。手首が一文字に切り裂かれている。からん、と果物ナイフが落ちてきた。真っ赤に染まったそれは、母の手から滑り落ちてきたものだった。遠眼に見える浴室の浴槽は、真っ赤な水でいっぱいだった。
そこで、私は気絶をした。
後に聞いた話だけど、母は病死として処理された様だ。浮気がばれた末の自殺なんて、醜聞でしかない。しかし、人の口に戸は立てられない。真実は、噂話として人の耳を経由して広がって行った。
私が目を覚ました時、薄汚れた部屋に置き去りにされていた。少量の生活物資と、お金。それから、父の簡素な手紙が置かれていた。
もう私を愛する事が出来ないから、1人で生きて欲しいとのことだった。
買い物なんてした事がない私は、すぐにお金を使い切ってしまった。お金を稼ぐ方法も知らない。いつの間にか、部屋も追い出されていた。誰かが捨てた塵を食べ、雨水を啜って生き延びた。
風の噂で、トリステン家に楯突いた弱小貴族が、潰されたという話を聞いた。
底辺の生活を送っていた私の目の前に現れたのは、ウィンスター公爵だった。その時の私はもう、いつ死んでもおかしくない状況だった。
貴族の頃でも乗った事がない豪華な馬車に揺られ、私はトリステン家へ連れて行かれた。何の感情も抱かず、ただ運ばれていただけ。
気付けば目の前で化粧の濃い女がぎゃんぎゃん喚いていた。隣には、無表情の公爵。女の目の前には、あの男がいた。
醜い肉を揺らし、我が家に不幸を持ってきた、あの男が。
その時の感情を何に例えればいいだろう。今までの憎しみや怒り、恨み悲しみ、全てをごちゃまぜにしたような、そんな強烈な感情だった。
男と女、それからその娘。私の家に、あるべき家族の姿だった。あの男は、私たち家族を壊していながら、自分は家族を持っている。それが、どうしようもなく許せなかった。
公爵の話では、私達を引き取れと言っている。そう、私達はあの忌々しい男の種から出来た存在。引き取るべきなのだと、公爵は言っていた。
それならば、内側から食らってやろうと思った。私達家族にした様に、この家族を壊してやるのだと、私はそれを生きがいに生きるのだと決めた。
決めた、のに。
「おとーさま、おかーさま。わたくし、あれらがほしいですわ」
舌っ足らずの、馬鹿丸出しの声に、私の意識は引き戻された。何の特徴もない、奴らの娘。やる気のない目をこちらに向けながら、どうでもいい様な、投げやりの様な声で言う。
「おかーさまやおとーさまのように、わたくしもどれいがほしいのです。れんしゅうだいにはちょうどいいのです」
娘の提案をあの男と女は受け入れた。
信じられなかった。歴史ある貴族が、奴隷を持とうとするなんて。
奴隷を持つ家は野蛮で非道だというのが世の風潮であった。我が家ではそんな家を毛嫌いし、父も母も如何に奴隷は悲惨かということを話してくれた。奴隷の売買は禁止されているものの、奴隷を持つ事は許されている。それは、戦争の時に捕虜を奴隷にするためだ。そんな、負けの象徴である奴隷になるなんて。
私は貴族だった。ヒエラルキーの底辺も味わった。それなのに、これ以上の屈辱を、この家は与えようとする。
娘に連れられて辿り着いたのは、センスの悪い部屋だった。無駄に装飾が付いているその部屋は、如何にこの家族が馬鹿であるかというのが分かる。
その部屋で、私達は奴隷契約させられた。目の前でファーガスを言いくるめる娘の迫力に、怖気づいたという事もある。私が文句を言っても、全く相手にされない。
技術や知識を身に付けろと言われた。それが私達のためになると、他の3人はその言葉に納得していたみたいだけれど、私は騙されない。屈したりしない。私はこの家族を不幸にするため、ここにいる。
それから私達は、厳しい訓練に身を費やした。メイドとしての振る舞いや紅茶の淹れ方、髪の結い方やドレスの着せ方、一般教養以上の知識や魔法の使い方、戦う技術や相手の思いを察知する方法など、学ばなければいけない事はたくさんあった。
私以外の子達は、どんどん自分の興味ある分野で力を伸ばしていった。それを見て、私は馬鹿にしていたのだ。どうせ、力を付けても娘に利用されるだけ。あいつに利用されるくらいなら、力は付けない方がいい。
テレンスという名の執事や娘に命令される事はやっていった。けれど、それ以上の事はしなかった。
生活は、底辺を這い蹲っていた頃よりずっとよくなった。安心して眠れる、温かいベッド。傷んでいない美味しい食事。毎日体や服を清潔に出来る事。
昔は当たり前だった事が戻ってきた。その程度にしか、思っていなかった。
そんなある日、私は娘に呼ばれた。何やら初めて公式パーティーに出るとかで、準備させられた翌日だった。ミリアーナはあんな娘のために、自分が大切に育てていた花を摘んで髪飾りにしていた。みんな、あんな醜悪な小娘に騙されていて、馬鹿ばかりだと思っていた。
そこで突き付けられた言葉は、思ってもみない事だった。あの男と女のメイドになるよう、言われたのだ。やっと復讐のための準備が出来るという喜びの一方で、肩すかしをくらったような、何だがやりきれない気持ちも湧いてきた。
勝手な理論を捲くし立てる娘に反抗すれば、罰として鋭い痛みが首筋に走る。首が取れてしまいそうな、そんな痛さだった。首筋をいくら掻き毟っても、痛みがなくなることはない。それが、奴隷というものだった。
勝手にすればいい。
そう言われて、私は娘の元から離れたのだった。
テレンスに連れられて向かったのは、本来の使用人が暮らす部屋だった。本来、そう本来は使用人に、こんな待遇はない。それを、私は知らなかった。
メイド長だと言う、中年の女性にテレンスは私を任せて消えて行った。最後に、『生き残れるといいですね』という言葉を残して。
メイド長の名前はマリアといった。この屋敷の使用人は、メイド長のマリアと執事長クリストファーが仕切っているのだと教わった。私の寝床として与えられたのは、狭い部屋の一部。その部屋には、10人程のメイドが暮らしているという。そこは、私たち5人が共有していた部屋よりは大きかったが、10人で横になれる広さではない。襤褸切れの様な毛布一枚と、薄汚いメイド服が私の持ちものになった。
それに衝撃を受けながらも、これぐらいどうってことないと、思い込もうとした。
「イザベラ様が躾けた奴隷ですってね」
「はい」
娘の前とは違い、俯きながら答える。あの態度ではすぐにはじき出されることぐらい、自分で分かっていた。娘は私の口答えなど、何ともないようで無視していた。けれど、ここでは違う。
「いい? ここに奴隷はいないわ」
「えっ」
奴隷が、いない?
「すぐに奴隷になる様な女ばかりだけれど、一応奴隷ではないの。旦那様と奥様は奴隷として扱っているけど。つまり、貴女が一番下なの。新入りと言う点を含めてもね。しっかり働きなさい」
そう言うと、マリアは部屋を出て行った。
奴隷がいない? そんな馬鹿な。だって、娘は奴隷を持っていた。その両親だって、持っていると思っていた。娘は私も奴隷がほしいと言って、私たちを強請ったというのに。
それからの日常は地獄としか言いようがない。
朝、日が昇る前から叩き起こされて掃除をさせられる。無駄に広い屋敷を隅から隅まで、あの男と女が起きてくるまでに終わらせなければならなかった。合間に洗濯などの細かい仕事を命じられ、なかなか終わらない。その上、日頃の鬱憤を晴らすためなのか、先輩の使用人達からの嫌がらせも、すぐに始まった。足を掛けて転ばされそうになったり、わざとバケツの水を零されたり、終わった場所を汚されたりなど、仕事の邪魔だった。
夫婦が起きれば、今度は使用人の部屋の掃除をさせられる。滅多にお風呂に入ることのない使用人たちの部屋は、とても臭く不衛生だった。時には嘔吐した場所や暴力の跡であろう血に汚れた部屋も掃除させられた。
私はあの夫婦にとって目障りな存在の様で、あの二人に関わる仕事はさせられなかった。だからだろうか、すぐに使用人たちのいいストレス発散として利用された。殴る蹴るは当たり前で、すれ違いざまに足を踏まれるなど日常茶飯事だった。テレンスから受身や攻撃を流す方法を学んでいなければ、すぐに倒れていただろう。私の仕事にケチをつける為の粗探しも、仕事を完璧にこなす事でやり過ごした。
あの娘の元で学んだ技術で助かっていた事が、とても腹立たしかった。
食事は基本的に二食のみ。それも夫婦が食べ残したもののため、昼と夜のみだった。私の場合、昼はほとんど仕事で摂れないため、夕食のみとなる。油っぽい残飯を、水で流し込んでいた。無駄にカロリーが高いせいか、なんとかなっていた。空腹が我慢できない時は、悔しいけれどあの娘から押し付けられたキャンディーを口に含んだ。
道端で餓死と戦いながら生きていた生活と、人間として扱われていない生活、どちらが辛いかと聞かれれば、私は今の生活であると言うだろう。
復讐の対象者が近くにいながら、何もできずにただ使い捨ての雑巾のように使われる生活は、私には辛かった。
夫婦の使用人としての生活を暫く続けていれば、この屋敷の仕組みが分かってくる。
見た目のいいメイドは、あの男の傍に置く。見た目のいい従僕は、あの女の傍に置く。大体手を付けられ、難癖をつけられ、そして奴隷として売られていく。そういう仕組みだ。
そう、この家は奴隷の売買に手を出していた。屋敷に客が来る時は、奴隷を見定める為なのだ。皆、それが分かっているから、客の目につく表の仕事をしたがらない。しかし、あの夫婦に気にいられなければ、すぐに奴隷にされる。気に入られるためには、表で仕事をしなければならない。そんな矛盾を抱えた職場だった。
使用人を仕切っている二人は、あの女に気にいられているため奴隷になる事はない。それも巧妙に仕組まれていた。
マリアは見目麗しい使用人を二人の傍に置き、気にいる直前で失敗させ、奴隷に落とす。それが仕事だった。彼女よりも気にいられる存在を作らない事に、熱心だ。あの夫婦の笑い声に応えるよう、笑顔を浮かべるマリアはとても醜かった。
クリストファーは、あの女の相手をする事がほとんど仕事の様だった。よく、摘み食いなのかあの男が手を出したメイドだけ、たまに口説いていた。その甘言に負ければ、すぐに女の耳に入る。すぐに奴隷行きだった。執事としての仕事はほとんどしないクリストファーは、女を抱いているか、メイドを口説いているか、サボっているかのどれかだ。
毎日の様に、部屋の中に響く泣き声。奴隷になりたくないと、死にたくないと泣き叫ぶ声。それは眠りの中で叫ぶ寝言の時もあったが、あの夫婦の苛立ちをぶつけられている場面にもあった。気にいらなければすぐに奴隷へ落とす。嘲笑いながらの一方的な暴力なんて、あの夫婦の傍にいる使用人からすれば日常茶飯事だった。そんな中、自分たちよりも下の存在である、私が現れた。何れなるであろう奴隷の私は、彼らにとって蔑みの対象であると同時に、自分の将来の姿であると言う恐怖を抱く存在でもあった。そんな崖っぷちの生活の中の、唯一の希望は夫婦に気にいられる事。マリアやクリストファーの様になる事。そのために皆、あの気持ち悪い夫婦に媚を売っていた。
だが、媚を売ればマリアに目を付けられる。ジレンマだった。
同僚からの暴力に耐え、酷い生活環境で生き延びていた私は、同時に焦りも覚えていた。
あの娘の元から離れてもうすぐ4年になる。それなのに私は、何も収穫がなかった。
仕事は初めの時から変わらない。周りの同僚達の中にあの当時と同じ人いないのに。いつかは身の回りの世話が出来るだろうと考えていたけれど、全くそんな話は出てこなかった。私はずっと、裏方の地味で汚い仕事だけ。あの男の世話をしたいと言えば、体で媚を売るのだろうと、マリアに目を付けられる。いい加減、何かしら行動を起こしたかった。あの娘を、見返したかった。
そんな時に会ったのがファーガスだった。塵を捨てに行く途中、どこかへ行くファーガスを見掛けた。思わず声を掛けて止めれば、ギルドへ行くのだと言う。そのまま駆けて行った彼の背中を見詰めながら湧いてきたのは、怒りと妬みだった。
私はこんな酷い生活をしているのに、あんな娘に騙されているだけの奴が外を好きなように歩きまわれるなんて。
あの娘の事だ。奴隷を動かすと言う事は、何かしらよくない事を考えているに違いない。私はそう考えて、マリアの元へ向かった。
マリアは優雅にお茶を飲みながら、使用人たちの仕事を見張っている。この女はメイドとしての仕事をほとんどしない。あの女の周囲の仕事だけしか、しないのだ。
「何かしら」
「旦那様にお会いしたいのですが」
「奴隷如きが、旦那様に会えると思っているの?」
「……お嬢様の事でお話があるのです」
「ふうん」
マリアはじろじろと私を見つめる。何を考えているのか、そう思っているに違いない。あの夫婦に近づこうとしなかった私が、急に会いたいと言えば不審に思うだろう。
私がにやりと笑みを浮かべれば、マリアは見下すように鼻で笑った。
「何をする気か分からないけど、まあいいでしょう。旦那様が奴隷如きの話を聞くならば、だけど」
旦那様に聞いてくるわと言って、マリアは私の前から立ち去った。これで、あの娘を見返せる。あの娘と、あの愚かな奴らを困らせる事が出来る。そう、信じていた。
私は知らなかった。自分がいかに視野が狭くなっているかを。
馬鹿な娘だった。穴だらけの計画、すぐにばれる不審な行動。告発すればいいと言わんばかりだった。それは、ばれても構わないと言う意思表示だったのだろう。私は、あの娘が不審である事を知っていた。親に対して猫を被っている事を知っていた。だから、やること全てが怪しく思えた。固定観念があったのだろう。
あの娘のする事は、怪しい事だ、と。
私は必死であの男に伝えた。娘が奴隷を使い、何やら不審な行動をとっていると。奴隷の一人がギルドへ通っている。これは、許されない事ではないかと。
あの男は、私の言葉を疑いながらも、確認すると言って娘の部屋に向かった。表面上は疑っている振りをしているが、安直に信じている事は目に見えていた。少しばかり早い歩き方、笑みが浮かばない顔。
これでうまくいく。そう思っていた。
結果は言うまでもない。私の言葉は曲解して受け止められていて、全ては奴隷のせいという話になっていた。確かに、あの馬鹿な奴らが困ればいいと思っていた。娘を見返してやると。実際には、娘は管理責任について問われそうにはなっても、何も変な行動はとっていないとされていた。全ての悪は勝手に行動したファーガスであり、ファーガスが罰せられればすむのだと。
困ればいいと思っていた。あの娘のせいで、窮地に立てばいいと思った。でも、窮地に立たせたのは私で、ファーガスは嫌だと泣き叫ぶ使用人たちの末路に、連れて行かれそうになっていた。そこまで、したかったわけじゃない。
気付かなかった。あの娘の元で暮らす奴隷がどれほど優遇されているか。……どれだけ私が優遇されていたか。それが、この屋敷の人々にとっては異常であり、夫婦にとっては許されない事なのだという事を、この数年で知ったのに。
私は思わず違うと声を上げた。その瞬間、太い手で顔を殴られる。暫く、目の前がちかちかした。焦っていて、受け流す事が出来なかった。
奴隷の管理について問われた娘は、何でもない様な顔をしていた。娘が両親に奴隷に関して余り詳しく話さなかった理由。それは恐らく、この環境が両親にとって気に食わないからだ。満足な食事、清潔な衣服、毎日入浴でき、温かいベッドで眠れる環境、求めれば与えられる知識と技術。これがどれほどありがたいものか、今になってようやく分かった。
屋敷で働いている使用人たちは、何も分からないまま仕事をさせられる。ほとんどは没落貴族で、時折庶民もいるものの、ほとんどが仕事などした事がない人々だ。そんな者達が、いきなり仕事など出来る筈もない。それでも、仕事の仕方など教えてくれない。でも、失敗すれば奴隷に落とされる。それが、目的だから。働いて借金を返し切れば、解放される。でも、働ける技術はない。それが、狙い。
教えを請うても、自分で学べと言うばかり。満足に食事も睡眠もとれない。そんな環境で、何が出来ると言うのか。
娘の口からすらすらと嘘が紡がれる。
曰く、自分で金を稼いで父にプレゼントしたいとか。
そんな素振りを見せた事もないにもかかわらず、当たり前の様に言い放つ。それを鵜呑みにする男は、それで納得したのか涙を見せて感動している。
結果、私は間違った情報を男に伝えたという事で、罰を受けた。首筋に走る痛み。勝手にびくびくと体が動くのは、電流が体を流れているから。痛みから逃れたいから、痛みの元である首筋の奴隷の証を掻き毟る。余りの痛みに、息が出来なくなる。喉が引きつり、呼吸をしようとしても喉が開かない。
私の意識は、そのまま堕ちてしまった。
ぱちん、と頭の隅で火花が散った、ような気がした。一気に意識が覚醒する。目を開けば、目の前には長椅子に凭れかかる娘の姿があった。あの男の姿はない。どうやら、気を失っている間に帰った様だ。
娘は何やら思案しているみたいだった。ごほごほ咳き込んでいる私を、ぼうっと見詰めている。暫くして、娘が口を開いた。
「おはよう、リモネ」
皮肉げに笑う娘を、私は睨みつけた。この娘は、私がいずれこうなる事を分かっていたのだろうか。
「あんたっ」
「ご主人様に向かって言う言葉じゃないわね。それより、貴女自分が何をしでかしたのか分かっているの?」
「今の主人に有益な情報を渡して何が悪いのよ!」
何をしたのか、分かっていた。でも、自分が間違っていると思いたくなかった。だって、私が耐えてきた4年が無駄になる。唯一の突破口だと思った道は、地獄への道になっていたかもしれない。
「悪いわ。第一に貴女の主人は今でも私。両親に貸しているだけよ。第二に、貴女が如何に他の兄弟たちが嫌いだか分かったわ」
「はあ?」
思わず声が出てしまった。私が、奴らを嫌い? 何を言っているのか。馬鹿にはしていた。こんな娘の戯言を信じるなんて、愚かだって。でも、嫌ってはいなかった。私と、似た境遇であったから。……妬みはしたけれど。
「私がファーグをギルドに通わせているとして、父に何のデメリットがないわ。奴隷の使い方は私の自由だもの。貴族の金の稼ぎ方じゃないと文句は言われるかもね。デメリットがあるとすれば、ファーグが勝手に通っている場合。貴女が父に告げ口すると言う事は、父にとって悪い事が起こっていると思い込んでも不思議じゃないわ。つまり、私の管理不足で奴隷が勝手に行動していて、そんな奴隷なんてさっさと売り払うなり殺すなり、しに来たのよ」
私は思わず絶句してしまった。そういうつもりじゃないと、そう思っていた。けれど、少し考えれば分かる事だった。娘の不審さを、あの男は知らない。短慮が招いた結果だった。そう、娘のせいでも、あの男のせいでもない。私の、せいだ。
「ファーグがギルドに通っている事なんて、何れはばれても仕方がないと思っていたぐらいだもの。いい告げ口の材料になると思ったのかもしれないけど、使う情報はよく考えなければね。それに貴女、復讐しに行ったんじゃなかったの? まだ何も出来ていないようだけれど。父を喜ばせる事が復讐だとでも? 笑えるわね」
そうだ、あの男の不利になりそうな事をしているであろうと、私は考えた。だから、告発すれば娘が困ると思った。それは、あの男にとっていい話になる。告発が上手くいって、何やら怪しい動きをしている娘が将来起こすであろう企みを阻止する事になる。男に復讐するため、懐に入り込むためだと思っていた。でも、それよりも、娘に痛い目にあわせたいという思いが強くなっていた。
「うるさい!」
「あそこで生き残っているのだから、それなりに媚びを売っている様だけれど、貴女が私の異母兄弟というだけで、周囲からは憐みと嘲りを受けるんじゃなくて。母にとっては憎い不倫の子、父にとっては自分の失敗の子。そりゃあ、復讐出来る程懐に入り込める筈、ないわよねえ」
蔑むように、娘が見下ろす。少し考えれば気付く事。私の存在は、私と言うだけであの夫婦にとっては邪魔な存在。それをどうして、短期間で復讐出来ると思ってしまったのか。何年かかっても、復讐してやると思ってはいた。それでも焦ったのは、娘を見返したいからか、あの環境から解放されたいからか。
「黙れ!」
「リモネ、貴女は何がしたいの? 両親の使用人になって4年、何も出来ないどころか見通しも立たない貴女は、同じ境遇の兄弟を売ってまで父に媚を売り懐に入りたかった。随分焦ったのねえ。同じ境遇だと、世間話の一環として私が何かしていると知った貴女は喜んだでしょう。この情報があれば、父に媚を売り私を落とし入れられると。馬鹿なリモネ。私にとってはばれても構わない事なのに」
耳が痛かった。4年経っても私は何も変わらない。進むことも出来ず、戻ることも出来ず、復讐よりも娘を見返す事に重点を置いてしまった。娘の余裕は愛されているからだ。父に疑われる筈はないと、自信があった。
そんなに愛されているのに、どうしてあんな不審な行動をするの。ただただ、あの夫婦の願う様な子供であったなら、私はきっと何も考えず復讐に専念できたのに。
私の全てを言い当てている様に、神経を逆撫でする言い方しか出来ない娘は、分かってほしい所を分かってくれない。理解してくれない。
「あんたに、あんたに何が分かる! 私と違って、愛されているあんたに! あんたは何時だってそうだ! 何もかも持っている癖に、私達を馬鹿にする。何でも分かっているつもりなんだろう!?」
思わず叫んだ。目頭が熱くなって、涙が出そうになった。親に捨てられてから、泣いた事はなかった。泣いたって、誰も助けてはくれない。敵しかいないのだ。涙など、流していられない。
「貴女、本当に何も見ていないのね」
憐れむような声で、娘は言った。目を細め、口元は笑っているが、その声は確かに憐憫を含んでいた。血が上った頭を、殴られた様な気分だった。
「何をっ」
「私は何も知らないわ。知っているのは読んだことのある本の知識と爺から教わった事だけ。寧ろ、リモネの方がきっともの知りよ。それにすら、貴女は気付かない」
嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ。
この娘は、何もかも知っている。少なくとも、私が考えるその先を見ている。きっと、こうなるであろうことも、予測していたと言うのに。何を言うのか。知っていて、私の願いを邪魔しようとするのに。
「ファーグやミア、ディーやアンを、貴女は見下していたわね」
「っそれは」
言葉が詰まる。だって仕方がないじゃない。私は貴族だった。庶民から奴隷に落ちた奴らとは落差が違う。この娘の言葉を純粋に信じる奴らは、馬鹿なのだ。それでも、いい事ではない事は分かっていた。
「簡単に私を信じ、仕えているあの子たちを馬鹿にしていたでしょう。父の娘である私に、すぐに騙され利用され捨てられると」
「実際そのつもりじゃない!」
「ええ、そうよ」
「そんな事言って、って、え?」
思わず首を傾げてしまった。一瞬、驚きで頭が真っ白になる。
だって、この娘は、私達を騙して利用している。騙しているのに、どうしてそうあっさりと言えるの。
否定すると思っていた。猫撫で声で、そんな事はないって、言うと思っていた。偽物の優しさに、奴らは騙されている筈なのに。
「貴女達は私の奴隷よ。それを私が利用して何が悪いの。あの子たちと貴女の違いはそこね」
「違い……」
ぽつりと口から言葉が漏れる。
「あの子たちは分かっているの。私が騙されろと言えば騙されて、利用されろと言えば利用されるべきだと。でも貴女は、分かっていない。ここにいた時、貴女は思っていた筈よ『仕方がないから従ってやる』と」
分かっていて、騙される? そんな事、信じられなかった。騙されると分かっていて、尚利用されるなんて、馬鹿だ。私は表面上、騙されてあげた。
だって、そうでしょう。仕方がないの。仕方がなく従っているのは、当たり前。好きで、やっているのではないのだから。
「それの何が悪いの。心までは縛れないわ」
「違うわよ」
「え?」
顎に手を当て、にんまりと笑いながら娘が首を傾げる。その目は愉しげであり、私を馬鹿にしている目でもあった。
「貴女達は『従うしかない』の。その道しかないのよ。私が指し示す道を進むしかない。貴女はその道を渋々言われるがまま歩いているだけ。あの子たちは、さくさく進みながらその道端にある知識や技術を自分から会得している」
そう、従うしかない。それは分かっている。そんな、無理矢理させられている事を、どうして積極的にやれと言うの。意味が分からない。嫌な事をやっているのだ。嫌であるとアピールして何が、何が悪いの。
「あんたの、あんたの思い通りになるなんて、ごめんなのよ! あの子たちは馬鹿よ。どうして自分を奴隷にまで落とした奴の思う以上の事をする訳!? 全く理解できないわ。私は言われた事をやっている! それのどこが悪いの!」
「言われた事を出来ていないから、両親の使用人にしたのよ」
娘の言う事が信じられなかった。学べと言われたから学んだ。あれを出来るようにしろと言われたから出来るようにした。それの何が間違いだっていうの。求められている事はしていたのに。
「両親の傍にいれば、すぐに目障りだとどっかの変態に売られると思っていたわ。復讐出来るなんて、微塵も思っていない。思っていた以上に、貴女は頑張っているようだけど、それだけね」
思わずカッとなった。やはり娘は知っていた。私が、どんな目にあうかという事を。怒りが収まらない。
「な、なんて非道なの!?」
「貴女は奴隷よ。嫌がってもそれは変わらない。私は『学べ』と言った筈よ。言われた事やるだけが学びじゃないわ。そんな単純作業、望んでいない。その仕事から技術なり知識なりを吸収しての、学びでしょう。貴女は私の命令に背いた。3年も猶予をあげたのに、周りの子たちがやっている事すら、貴女は出来ない。馬鹿にしていたみたいだけれど、貴女は現実を見ていないだけよ」
言われた事をやるだけが、学びじゃない。そんな事、初めて聞いた。言われた通りの本を読んだ。技術を身につけた。それだけでは、駄目だったの。私は、あんなに馬鹿にしていた奴らよりも、劣っている存在だと、目の前の娘は言う。私は見ている筈だった。奴らとは違って、この根が腐った娘の本当の姿を、知っているつもりだった。
「現実……」
「貴女は奴隷。私がやれと言ったら喜んでやるの。私に媚を売るの。心までは求めないわ。そんな、不確かなもの、私はいらないもの。でも、表面上くらい、取り繕ったら如何? 気に食わなければ死んでもらっても構わないわ。私の優しさの上で、貴女は生きているのよ」
体がぶるぶると震える。悔しかった。憎かった。怒りと悲しみがいっぱいだった。塵を食べて雨水を啜る生活で、私はプライドなんて捨て去ったと思っていた。でも、私はまだプライドに縋っている。媚を売るなんて、絶対に嫌だった。それは、プライドが許さないから。貴族から蹴落とされても、敵に媚を売る事は、私のプライドが許さない。私にこんな、底辺の生活をさせるきっかけであった娘も、あの男も憎かった。
でも私は、この娘を頼らなければ、生きていけない。今、あの酷い環境で生きてこられたのは、この娘の与えた知識と技術のおかげなのだ。
それを、認めたくはなかった。
「言っておくけれど、私が父に嫌われる様な事があれば、この家を追い出される様な事があれば、貴女だけじゃなく、あの子たちの命も危ないのよ」
「えっ」
思わず声を上げる。
「両親は貴女達を嫌っているわ。これ幸いと、殺すなり他に売り渡すなりするでしょうよ。ここに初めて来た時と、状況は変わらないわね。私がいなくなれば、奴隷から解放されるなんて思わない事よ」
「そんな……」
貴族にとって、血というものが如何に大切か。それは弱小貴族でもあった、我が家でも同じことだ。なのに、あの夫婦は簡単にその血を売り渡すというの。
信じられなかった。
そうだ、娘がいなくなって何が変わる。私は娘の奴隷として、あっちで働かされていた。それが、他の人間の奴隷に変わるだけ。
それを想像すれば、ぞっとした。あの夫婦の奴隷になるなんて、許せない。それに、あの男の奴隷になってしまえば、復讐を果たす事も難しくなる。奴隷を望む者にいい人間なんていない。他の人間だって、あの夫婦と大して変わりはしない。この家から出る事になれば、それこそ復讐は難しい。
私達が近くで働く事も厭う夫婦だ。この屋敷にいられる可能性は低くなる。
娘がこの家を追い出されると言う事を、考えていなかった。だって、娘は愛されていて、簡単に捨てられるような存在ではない。それなのに、この娘はありえる未来として語っている。どうして。
「ああ、それから」
「まだ、何かあるの」
頭がパンクしそうだった。今まで怒りと憎しみだけで推し進めてきた。その、結果なのだろう。ほとんど頭を働かせていなかった事が分かる。如何に、自分が限られた情報しか得てこなかったかが分かった。どれほど、自分が愚かかということも。
「貴女の命を救ったの、ファーグだから」
「えっ?」
思わず、思考が止まった。
「貴女は馬鹿にしていたみたいだけれど、ファーグはどうやら貴女の事を家族なり仲間なり思っていた様よ。ギルドで必死に働くから、どうか助けてやってくれって。馬鹿な子よね。貴女は思っていた以上に生き残っていたし、ファーグも約束を守っている。だから、今回は貴女を捨てたりしないわ。よかったわね」
目の前の娘が皮肉げに笑う。そうだ。どうして私はまだここにいる。捨てるなり、殺すなりすればいいのに。この娘はご丁寧に如何に私が馬鹿であったかと語った。捨てる予定の奴隷にしては、寛大な対応だ。
私は捨てられない。
湧きあがってきたのは、安堵と喜びであった。先の見えない奈落に落とされる寸前、助け起こされた気分だった。そんな自分が許せなかった。
私を救ったのはファーガスだと娘は言う。今まで、見下してきた存在の一人。それは、とても悔しい事だった。
「嘘、嘘よ」
口をついて出たのは、そんな言葉。
だって、私は奴らと仲良くしようとはしなかった。他の4人が和気藹藹としている時も、軽蔑して距離をとっていた。それなのに、どうして私を救いたいと願ったのか。ファーガスの思いが分からなかった。
「本当よ。私は見捨てても構わないわ。あのまま、父に任せてもよかったの。でも、約束は守るわ」
娘の言葉が入ってこない。頭が混乱していた。
「信じない、私は信じないから!!」
私はそう叫ぶと、娘の部屋を飛び出した。
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次回もリモネ視点です。