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11. 不測の事態には出費はつきものです

少し時間が進みます。



 たっぷりと怒られた私達だったが、時折交流は続いた。流石に脱走は最早命がけになるので、普通に雑談だったり本の貸し借りだったりである。健全だ。


 公爵家へ遊びに行ったと両親に言えば、たくさん出入りしろと言われた。公爵家に行けば箔がつくと思っているらしい。そしたら父はとっても箔がついているのでしょうね、と言いたくなった。


 それから、公式の場デビューを果たした私は、母に引っ張られて社交に駆り出されて大変だった。母の悪い中年女性仲間との交流、父が仲良くしている豚仲間の息子娘との交流、王族や公爵家への媚売りなどと多忙だ。


 昼は母と共に茶会に、夜はあちらこちらのパーティーに顔を出し、幼い表情筋は疲労困憊である。いやもう、遊びまわっていると思って申し訳なかった、両親。だから私を連れて行かないでくれ。


 貴族たるもの、社交や情報収集は重要なのだろうけど、両親は出過ぎなのではないだろうか。顔が広いと自慢げに言っていたが、誘われてもいないのに行っている気がする。伯爵家や男爵家などの我が家よりも爵位が低い家では、トリステン侯爵一家を蔑ろに出来ないのだろう。哀れだ。


 そんな日々が続き、何時の間にやら私は間もなく12歳になろうとしていた。成長期真っ盛りで身長が伸び、多分160cm近くはあるんじゃないかと思っている。身長なんて測る機会ないから分からないけど。希望的観測だけど。


 異母兄弟達もすくすくと成長している。ギルドに通っているファーガスは研いだ刃のような鋭さを持った細マッチョな美形になったが、私より幼い連中はまだまだ可愛いものだ。私より背が低いから。


 ミリアーナはその治癒魔法をより発達させ、植物だったら触れるだけで元気になるほどだ。ディメトリは精霊とのコミュニケーションのコツが掴めた様で、魔法陣なしで魔法を発動できる。アンドリューは純粋培養のまま成長しており、ある程度魔力のコントロールが出来るようになった。


 ヨナルに関しては、虎並みの大きさに成長した。あいつ、食えば食うだけ体がでかくなるのか、と言いたくなる程食って育った。もふもふの尻尾がなければ捨てている。成長が早い様で、もう大人の体なのだろう。ミリアーナに襲いかかって腰を振っていた。ファーガスと共に殴った。


 フェネクスは飛べる程に成長してから、森へ逃がすためにファーガスへ預けた。何やら酷い抵抗にあった彼は、ぐったりしながらも置いてきたと言っていた。しかし、数日後、窓際でぴぎーと鳴く鳥を発見。一瞬空気が凍った。それからは、最早戦いである。ファーガスが逃がしてくる度にフェネクスは戻ってきた。その戦いの終止符が打たれたのは突然である。ある日、肩にがっちり鉤爪を食い込ませて居座るフェネクスを連れて、彼が帰ってきた。ファーガスの負けである。何時の間にやら立派な成鳥になっていた。


 そんな訳で、フェネクスさんも私のペットの仲間入りをした。しっかりと奴隷契約までしてくださり、私は嬉しいです。もう面倒くさくて嫌になる。フェネクスにはサンドリヨンという名前を付けた。通称サンディである。


「どうだ」


 どや顔で何やら紙を突き付けてきたのは肩にサンドリヨンを乗せたファーガスであった。あの戦い以来、ファーガスの肩に乗るのが好きなようだ。ヒエラルキーは鳥が上である。


「『Bランクへの挑戦を許可する』?」


「ああ、やっとBランクへ上がるチャンスが出来たんだ。もうすぐだぞ」


「すぐに上がればいいけど」


「それで相談なんだが」


「何かしら」


「試験として指定された依頼の場所が遠いんだ。一ヶ月くらい、行かないとならない」


 これまでもギルドの依頼で2,3日屋敷を離れることはあった。しかし、一ヶ月ともなれば両親にばれるかもしれない。頭を捻って考えてみるが、ぶっちゃけそろそろ公の場に従僕として、メイドとして異母兄弟を晒さなければならないのだ。逆に言えば、それまでは目に着かない、かもしれない。


「いいわ。その前、ディーとミアにギルドへの登録をさせて頂戴。名前はトリーとアリーね」


 適当ここに極まれりである。


 ファーガスは何とも言えない顔で頷いていた。ご主人様に文句でも言ってみればいい。びりっとさせてやる。


「大丈夫か」


「ミアは採取系で構わないでしょう。ディーが討伐系の依頼の時はファーグと一緒にね。まあ慣れれば一人で大丈夫でしょう」


「俺ははじめっから一人だったが」


「年齢が違うでしょう。甘ったれないで」


 ファーガスは腑に落ちないと言わんばかりの顔であったが、頷いた。


 騎士団出身のギルバート曰く、ファーガスは類稀な剣の才能を持っているのだとか。興奮気味に詰め寄られた時は若干怖かった。騎士団に入ればすぐに出世するだろうと言う。ありがたい話だ。2人は今でも手合わせをしている。


「依頼にはいつから行っていいんだ?」


「ギルドへ登録させたら、何時でも構わないわ。ああでも、私の誕生日までには帰ってくること。いいわね」


 多分、その時にはパーティーに彼らを連れて行かなければならない。あと、二ヶ月後の事である。


「ご主人様の仰せのままに」


 にやっと笑ったファーガスは一礼すると、退室していった。サンドリヨンに至ってはもうファーガスの装飾品の1つだ。


 私は手元の布に目を落とす。ファーガスが部屋に入ってきて、途中で止まっていた。貴族令嬢として、裁縫は叩きこまれている。一応技術として基本的な刺繍は出来るのだが、生憎センスがない様で出来は悪い。とはいえ、手元の布の上に描かれているのは一般的な絵柄ではなく、魔法陣だ。公爵家で見付けた魔法陣の書物と、我が家にあった書物の中から、面白そうな魔法陣を選んで刺繍している。もちろん、実験対象はファーガスだ。


 ヨナルは敷地内の森でミリアーナ、ディメトリ、アンドリューと遊んでいる。ミリアーナだけじゃないので安心だ。ヨナルとミリアーナのみだと危ない。私に獣姦の趣味はない。


 今日の夜はロンブス男爵家へ行く事になっていた。憂鬱でしかない。何しに行くのかと聞いても、内緒の一点張り。きっとよくない事だ。分かりきっている。


 掴んでいた布を放り出し、壁際のテーブルに向かう。上には、いくつかの手紙が。ほとんどはローランドとメイリーンからの手紙だ。学園に行ったローランドとメイリーンには、もう頻繁には会えない。彼らが卒業すればすぐに私が行く事になる。そこが分岐点だ。人生の。


 メイリーンとの手紙には、まだファーガスと手合わせをしたいと書かれていた。2人はリモネを除く異母兄弟に会わせてある。ファーガスはメイリーンにも認められる腕らしい。実際に戦っている姿は見た事ないので、いまいちぴんとこないのが現状だ。メイリーンとはまた会えるだろう。令嬢だし、公爵だし。


 そして問題はこちらである。ローランドからの手紙。学園での生活の話や、最近読んだ本の話などが中心なのだが、節々に怪しげな言葉が綴られている。


 例えば「王子との事で必要以上の期待を抱かれている。その重みが苦しいが同時に嬉しいと思う」だとか「世辞だけの会話は苦痛だ。イザベラ嬢の説教臭い会話が聞きたくなる。また理不尽に罵ってくれ」だとか。精神状況が不安になった。まあ、少なくとも暫くすれば会えるだろう。その時、駄目そうなら距離を置こう。


 ノックが聞こえて返事をすれば、珍しく困ったような顔の爺がいた。


「お嬢様、旦那様がお会いしたいとのことです。もうこちらに向かわれているとのことです」


 珍しい事もあるものだ。両親は基本的に私の部屋には来ない。それは義兄弟がいるからという理由もあるのだが、基本的に自分は動かず他人が動いて当たり前という精神なのだ。きっと、父に関しては私の部屋に入った事はない。


「ハンナ、お茶を用意して頂戴。アンナ、父からもらったアクセサリーを適当に選んでもらえる? あまり派手ではないものがいいわ。カンナ、髪を結いあげて。ギルバート、鳥籠とヨナルの寝床を仕舞って」


 ばたばたと準備が始まる。私は机の上に置かれた本や手紙を仕舞い、爺が軽く掃除をしていた。ハンナは緊張した面持ちで紅茶を入れ、アンナは比較的地味だが大きな宝石のペンダントを持ってくる。カンナがきっちりと結いあげた髪は、しっかりとしていて崩れる事はなさそうだ。


 三つ子も爺の教育のお陰か、しっかりとメイド仕事が出来るようになった。ギルバートに関しては、力のいる雑務も任せていて申し訳ない。いやいや、しっかり働いておくれ。


「お嬢様、お菓子はこれでいいでしょうか」


「ああ、先日メイリーン様から頂いたチョコレートね。いいわ、綺麗に並べて頂戴。ああ、少し残しておいて。父に全て食べられてしまいそうだから」


 食道楽なメイリーンはたまにお菓子を送ってくる。メイリーンが美味しいと思ったものだ、全て美味しい。彼女の目的は一つ、ディメトリの作ったお菓子や料理である。


 有平糖をあげてから、ディメトリはお菓子作りに興味を持った様で、爺にお菓子作りを教わっていた。ついでと言わんばかりに料理も教わっていて、それが凄く美味しいのだ。どうやら料理の才能もあった様で、爺も何とも言えない顔をしていた。爺とも並ぶ腕前なのだ。ディメトリ曰く、精霊を介して食材の声を聞いているのだとか。美味しい部分を存分に引き出せるのだそうだ。よく分からない。


 それで、ディメトリのお菓子をメイリーンの誕生日に送りつければ、狂喜乱舞したという話である。実際に踊っていた。何やら食レポの様な言葉を並べながら、くるくる回っていた。ディメトリのお菓子に惚れこんだメイリーンは自分の美味しいと思うものを送り付け、その見返りを求めているのである。何て女だ。


 閑話休題。


 私はいつもの長椅子に座り、先程とは違う布を手に取る。刺繍なんて必要もない程、美しい光沢のシルク。それにぶすぶすと針を刺した。どうしてか分からないけれども、シルクに刺繍する様に母に言われた。全て高いものを使うのが好きなのだ。しにくいったらありゃしない。


「旦那様が参られました」


「通して頂戴」


 急いで来たのか、汗をかいた父が扉から現れた。ここ数年でさらに大きくなった気がする。特に腹周りが。


「やあ、私の可愛いイザベラ」


「いきなりどうしたのです、おとーさま。言ってくだされば私が伺いましたのに」


「少しばかり聞きたい事があってな」


 そう言って、父が目の前の椅子に座った。ぎしぎしという音がして、椅子が哀れだった。父のが動いた事で、その背後にいた人物が目に入る。


 リモネだった。


 あれから見掛ける事はあっても、きちんと会話することもなかった彼女は、かなり痩せているような気がした。些か顔色も悪い。メイド服も薄汚かった。やはり、両親が管理する使用人は嫌だ。


 リモネは私を見下すように睨みつけており、口角は嘲る様に上がっていた。どうやら、何か仕組んだらしい。


「まあ、何を知りたいのですか。わたくし、おとーさまに隠す様な事は何もありませんわ」


 隠していない事がほとんどないけど。


「いやな、ここにいる奴隷が言うんだ。忌々しい子供の1人が勝手にギルドに行っているとなあ。お前も知らないんじゃないかって心配になったんだ」


「ち、違います! 旦那様」


 リモネがさっと顔色を変え、声を上げる。父はリモネの顔を殴る事で、それを黙らせた。大きな脂肪の塊の様な手で殴られてもダメージはあるようで、倒れ込みはしなかったものの数歩後退り、荒い呼吸をしている。


「なあ、大丈夫だよなあ。イザベラだもんなあ。ギルドに行かせたりしてないよなあ」


 どうやら、誰かがリモネに喋った様だ。私の使用人が両親の使用人が仲良くお話する事はないだろうと、油断していたせいだろう。リモネはそれを父に告発したと。


 全く、それを話してどうなると思ったのだろうか。父のお気に入りになりたかったのか、私を落とし入れたかったのか。リモネの先程の反応をみると、ファーガスが勝手にギルドへ通っているという設定になっていることに驚いていた。父にとっては、忌々しい自分の罪の証を消し去れる機会だとでも思ったのだろう。私の命令を無視して行動していた事にしたい様だ。


 何のための奴隷契約だと思っているのだろうか。


「あら、ばれてしまいましたの」


「い、イザベラ!?」


「私が命令してギルドへ通わせていましたわ。彼は奴隷契約をした身、私の許可がなければ屋敷を出る事も難しいもの。彼が勝手に出て行くわけありません」


「そうだったそうだった。それじゃあ、この奴隷が間違った事を言った訳か」


 忌々しげにリモネを睨みつける父。変に解釈したのは自分自身の癖に、人のせいにするのだ。いい加減、父のやり方を学べばいいのに。


 リモネは1年も経たずに、他の変態に売り渡されると思っていた。それか、復讐しようとして逆に殺されるか。しかし、彼女はしぶとく生き残っていた。我慢に我慢を重ね、彼らの望む奴隷として働いていたのだ。だが、まだまだ詰めが甘い。


「それでは、奴隷を罰しなければいけませんわね」


 私はにやりと笑いながら、リモネを見詰めた。そのまま、魔力を込めて手をかざす。そうすれば簡単に、奴隷の証と反応して電気を発生させた。


「ぐっぎああああっ」


 首筋を掻き毟りながらリモネは床をのた打ち回る。それを、父もにやにやとしながら見つめ、時折短い足で蹴飛ばしていた。


「しかし、どうしてギルドなんかに行かせているんだ? あんな下品な連中が集まるだけの場所に」


「お金を稼がせるために決まっていますわ。……実は、自分で稼いだお金でおとーさまやおかーさまの誕生日にプレゼントをしたかったの。いつものお礼に、ね」


 実際稼いでいるのはファーガスであるという点については、スルーである。奴隷が稼いだ金は私が稼いだと同じ意味だ。


 一瞬、きょとんとした父は、じわじわと目に涙を浮かべる。どうやら感極まっているらしい。涙まで脂に見えるって、流石だ。


「いい、い、イザベラあ。お父様は、お父様は嬉しいぞお。た、楽しみにしているからな!」


 ちょろいぜ父よ。


 私は笑顔を浮かべて頷く。全く、リモネのせいで無駄な出費が増える。


「ええ、楽しみにしていてくださいな。それで、その馬鹿な奴隷ですけれど」


「ああ、私がしっかり教育して、他のところに売り払おうな」


「いいえ、私がきちんと教育しますわ」


「え?」


「きちんと教育出来たと思って、おとーさまやおかーさまに見ていただきたかったのだけれど、どうやらまだまだ私は未熟な様です。きっちり躾直して見せますから、また確認してくれます?」


「ううむ、ううむ。イザベラは立派だなあ。流石私の娘だ。イザベラに任せれば大丈夫だろう。ぶはははは」


 たゆんたゆんとお腹の脂肪を揺らしながら、父は笑う。もう少し疑って頂きたい。と言うよりも、両親がちょろすぎて現実が甘すぎる。まあ、彼らだけだし構わないだろう。


 父は出されていたチョコレートを全て平らげ、メイドと爺の仕事に文句を言うだけ言ってから自分の巣へ帰って行った。床に、気絶したリモネを置いて。


「お嬢様、リモネは如何なさるおつもりですか」


「そうねえ。本当ならさっさと切り捨てたいところだけど」


 ファーガスはもうすぐBランクになる。これまで稼いできた額は半端なものじゃない。それに、一般的に言われている期間よりも短い期間で、Bランクになろうとしている。彼にはまだ稼いでもらわないといけない。それには、今モチベーションを下げるわけにはいかないのだ。最近、買い物のし過ぎで金が貯まらない。おもに買い食いが原因です。


「ファーガスとの約束ですか」


「それもあるわね。まあ、いいわ。リモネを起こして頂戴」


 爺が何やら魔法を掛けた。気付けの魔法なんて知らないけれど、何かしらしたのだろう。リモネは咳き込みながら意識を取り戻した。口端から、涎と血が流れている。父に殴られた時にでも口を切ったのだろう。


「おはよう、リモネ」


 リモネは憎々しげに私を見上げる。その視線が心地いい。どちらが悪役か分からないものだ。


「あんたっ」


「ご主人様に向かって言う言葉じゃないわね。それより、貴女自分が何をしでかしたのか分かっているの?」


「今の主人に有益な情報を渡して何が悪いのよ!」


「そうね、第一に貴女の主人は今でも私。両親に貸しているだけよ。第二に、貴女が如何に他の兄弟たちが嫌いだか分かったわ」


「はあ?」


 柄の悪いねーちゃんの様である。やっとダメージから回復したらしいリモネは、立ち上がり腰に手を宛て私を見下ろしている。見ぬ間に女性らしい体になった。父に手を出されていない可能性は低いかもしれない。


「私がファーグをギルドに通わせているとして、父に何のデメリットがないわ。奴隷の使い方は私の自由だもの。貴族の金の稼ぎ方じゃないと文句は言われるかもね。デメリットがあるとすれば、ファーグが勝手に通っているという事。貴女が父に告げ口すると言う事は、父にとって悪い事が起こっていると思い込んでも不思議じゃないわ。つまり、私の管理不足で奴隷が勝手に行動していて、そんな奴隷なんてさっさと売り払うなり殺すなり、しに来たのよ」


 さっとリモネの顔色が変わる。怒りと憎しみが宿る目に、動揺が現れた。リモネは私がこそこそと両親に隠れて、その意志に背きがちな事を知っている。しかし、両親はそれを知らない。私が何かしらしていて、それを両親が知れば私が叱られるとでも思ったのだろうか。


「ファーグがギルドに通っている事なんて、何れはばれても仕方がないと思っていたぐらいだもの。いい告げ口の材料になると思ったのかもしれないけど、使う情報はよく考えなければね」


 嘲笑う様に言ってやれば、リモネは悔しそうに唇を噛み締めた。彼女にも、焦りがあるのかもしれない。


「それに貴女、復讐しに行ったんじゃなかったの? まだ何も出来ていないようだけれど。父を喜ばせる事が復讐だとでも? 笑えるわね」


「うるさい!」


「あそこで生き残っているのだから、それなりに媚びを売っている様だけれど、貴女が私の異母兄弟というだけで、周囲からは憐みと嘲りを受けるんじゃなくて。母にとっては憎い不倫の子、父にとっては自分の失敗の子。そりゃあ、復讐出来る程懐に入り込める筈、ないわよねえ」


「黙れ!」


「リモネ、貴女は何がしたいの? 両親の使用人になって4年、何も出来ないどころか見通しも立たない貴女は、同じ境遇の兄弟を売ってまで父に媚を売り懐に入りたかった。随分焦ったのねえ。同じ境遇だと、世間話の一環として私が何かしていると知った貴女は喜んだでしょう。この情報があれば、父に媚を売り私を落とし入れられると。馬鹿なリモネ。私にとってはばれても構わない事なのに」


「あんたに、あんたに何が分かる! 私と違って、愛されているあんたに! あんたは何時だってそうだ! 何もかも持っている癖に、私達を馬鹿にする。何でも分かっているつもりなんだろう!?」


 激高したリモネは捲りたてるように叫んだ。甲高い声がぐわんぐわんと頭に響く。きゃんきゃん喚かないでいただきたい。この距離ならば叫ばずとも聞こえる。


「本当に何も見ていないのね」


「何をっ」


「私は何も知らないわ。知っているのは読んだことのある本の知識と爺から教わった事だけ。寧ろ、リモネの方がきっともの知りよ。それにすら、貴女は気付かない」


 前世知識はノーカウントで。


「いえ、知っていたかしら。ファーグやミア、ディーにアンを貴女は見下しているんだもの」


「っそれは」


「簡単に私を信じ、仕えているあの子たちを馬鹿にしていたでしょう。父の娘である私に、すぐに騙され利用され捨てられると」


「実際そのつもりじゃない!」


私の言葉を遮るように、リモネは腕を振る。図星なのだろう。


「ええ、そうよ」


「そんな事言って、って、え?」


 きょとんとリモネは首を傾げる。私がそんな事ない、とでも言うと思ったのだろうか。敢えて言おう、私は使えるものは使う主義である、と。


「貴女達は私の奴隷よ。それを私が利用して何が悪いの。あの子たちと貴女の違いはそこね」


「違い……」


「あの子たちは分かっているの。私が騙されろと言えば騙されて、利用されろと言えば利用されるべきだと。でも貴女は、分かっていない。ここにいた時、貴女は思っていた筈よ『仕方がないから従ってやる』と」


 年少3人組に関しては、深く考えていない気がしないでもない。言わないけれど。


「それの何が悪いの。心までは縛れないわ」


「違うわよ。心の話なんてしてないわ」


「え?」


「貴女達は『従うしかない』の。その道しかないのよ。私が指し示す道を進むしかない。貴女はその道を渋々言われるがまま歩いているだけ。あの子たちは、さくさく進みながらその道端にある知識や技術を自分から会得している」


「あんたの、あんたの思い通りになるなんて、ごめんなのよ! あの子たちは馬鹿よ。どうして自分を奴隷にまで落とした奴の思う以上の事をする訳!? 全く理解できないわ。私は言われた事をやっている! それのどこが悪いの!」


 いよいよ開き直ったリモネは、自分の思いをぶち負けていた。泣きはしていない。でも、泣きそうな顔をしている。悲劇の主人公にでもなったつもりか。


「言われた事を出来ていないから、両親の使用人にしたのよ」


「えっ」


「両親の傍にいれば、すぐに目障りだとどっかの変態に売られると思っていたわ。復讐出来るなんて、微塵も思っていない。思っていた以上に、貴女は頑張っているようだけど、それだけね」


「ひ、酷い!!」


「貴女は奴隷よ。嫌がってもそれは変わらない。私は『学べ』と言った筈よ。言われた事をやるだけが学びじゃないわ。そんな単純作業、望んでいない。その仕事から技術なり知識なりを吸収しての、学びでしょう。貴女は私の命令に背いた。3年も猶予をあげたのに、周りの子たちがやっている事すら、貴女は出来ない。馬鹿にしていたみたいだけれど、貴女は現実を見ていないだけよ」


「現実……」


「貴女は奴隷。私がやれと言ったら喜んでやるの。私に媚を売るの。心までは求めないわ。そんな、不確かなもの、私はいらないもの。でも、表面上くらい、取り繕ったら如何? 気に食わなければ死んでもらっても構わないわ。私の優しさの上で、貴女は生きているのよ」


 リモネは俯きながら、ぶるぶると体を震わせていた。それは怒りからか、悲しみからかは分からないけれども、少なくとも先程までの強い態度は消えている。リモネの背景は知らないけれど、私のお陰で生きていると言う事を知ってもらわなければならない。


「言っておくけれど、私が父に嫌われる様な事があれば、いえ、この家を追い出される様な事があれば、貴女だけじゃなく、あの子たちの命も危ないのよ」


「えっ」


「両親は貴女達を嫌っているわ。これ幸いと、殺すなり他に売り渡すなりするでしょうよ。ここに初めて来た時と、状況は変わらないわね。私がいなくなれば、奴隷から解放されるなんて思わない事よ」


「そんな……」


「ああ、それから」


「まだ、何かあるの」


 疲れ果てた様な、憔悴している様な顔を、リモネは上げた。その瞳には、最早憎しみや怒りはない。悲しみと絶望が映っていた。


「貴女の命を救ったの、ファーグだから」


「えっ?」


「貴女は馬鹿にしていたみたいだけれど、ファーグはどうやら貴女の事を家族なり仲間なり思っていた様よ。ギルドで必死に働くから、どうか助けてやってくれって。馬鹿な子よね。貴女は思っていた以上に生き残っていたし、ファーグも約束を守っている。だから、今回は貴女を捨てたりしないわ。よかったわね」


 にっこり笑ってやれば、リモネはぱくぱくと口を動かし、視線を彷徨わせる。どういう気分だろうか。自分が馬鹿にしていた存在に、憐みを向けられる状況は。


「嘘、嘘よ」


「本当よ。私は見捨てても構わないわ。あのまま、父に任せてもよかったの。でも、約束は守るわ」


「信じない、私は信じないから!!」


 リモネはそう叫ぶと、乱暴に扉を開けて部屋を出て行った。全く、元気が有り余っている若人は大変だ。


 私はテーブルの上に乗っているティーカップを手に取ると、一口紅茶を啜った。時間が経って温い紅茶は、渋みが口の中に残る。


 先程まで、存在感を消していた爺が口を開く。


「リモネは如何なさいますか?」


「そうねえ」


 どたばた屋敷を走り回られると面倒だ。私が躾直している事になっている今、走っていれば脱走を疑われる。


「爺、ヨナル達を迎えに行って頂戴。そろそろ私は外出する準備をしなくちゃいけないわ。アンナ、ハンナ、カンナ、適当にドレスやアクセサリーを見繕っておいて。今夜は少し派手がいいわね。父の悪いお友達みたいだし。ギルバートはファーグの迎えに行って」


「かしこまりました」


「「「かしこまりました。お嬢様」」」


「御意」


 三つ子はクローゼットに向かい、爺とギルバートは部屋を出て行く。人がいなくなったのを確認して、私はベッドまで歩いて行った。見られたくないものはベッドの下に、これ鉄則。ばれてもいいものの場合。


 ベッドの下には可愛い鍵付きのトランクが置いてある。中には、私が試作した防犯兼悪戯グッズと、少しのお金、それから大きめの水晶玉が入っている。鍵は常に身に着けていた。


 ちなみに、ファーグが稼いだお金はぬいぐるみの中に詰め込んである。


 鍵を開け、トランクの中から水晶玉を取り出す。時折、この水晶玉とリモネのブレスレットをリンクさせて、その景色を見てきた。だから、リモネがどんな扱いを受けているか、使用人の生活はどんなものかを、これで知ることができたのだ。こういう時にも使えるのはありがたい。先程見た時は、まだ着けていた。私は水晶玉に魔力を流す。初めて使うため、うまくいくかは分からない。


 水晶にぼんやりと何かが映る。どうやら、廊下の絨毯の様であった。早いスピードで絵柄が横切って行く。リモネが走っているのだろう。


 うまくいったらしい。


 ブレスレットを中心にぐるぐると回りを見渡してみれば、玄関方面に向かっている。そこから脱走するとは考えづらいが、玄関付近にいるのは、些か面倒だ。このまま両親の元まで行ったとしても、何をしでかすか分かったものじゃない。


 私は仕方なく、リモネを連れ戻すべく部屋を出た。







お読みくださり、ありがとうございました。

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