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閑話2 ファーガスの活動報告2




 周囲の人にひそひそされながら無事、ギルドへ到着した。ほとんど顔が見えない格好だから堂々としていられたのかもしれない。色つきのゴーグルを付けていなければ、痛い視線に耐えられないだろう。ギルドの外では変な人を見る様な目だったが、ギルド内では馬鹿にしたような目で迎えられた。どうやら、傷だらけだと思われたのだろう。あちらこちらでそういう言葉が聞こえる。血だらけで服はぼろぼろだし、無理はない。


 俺は、受付カウンターに座るやる気のない女の元へ向かった。


 ぼうっと下を見ていた女は、近づいてきた俺に気付いたのか視線を上げる。すると、ぎょっとしたように目を見開いた。血塗れの男が現れたらそういう反応にはなるだろう。


「ガストン様!?」


「怪我はしてないんで大丈夫」


 治癒室にでも連れて行かれそうな勢いだったので、手で制す。


「本当なのですか?」


「ああ、それより依頼の完了はどこに言えばいい?」


「は、はい。こちらで受け付けます」


「それじゃあ、これ。廃墟にした魔鼠の尻尾。数が多過ぎて前歯は置いてきた」


 どす、どすっと尻尾の包みと大きな尻尾を置けば、再び受付係の目が大きく見開かれた。ぱくぱくと口を開閉し、何を思ったのか奥へ走って行く。一言くれてもいいのに。


 ぴくぴくと動く太い尻尾をばしばしと叩いて黙らせ、俺はカウンターに頬杖をついて待機する。このまま依頼料ももらわずに帰る訳にはいかない。


 数分待てば、奥から慌てた様な支部長と受付の女が駆け寄ってきた。さっきぶりだな、支部長。


「こ、これは!?」


「どうしましょう、支部長!」


「え、倒しちゃいけない奴でも倒してた?」


 あの巨大魔鼠はペットだったとか? 


 やめてくれよ、変なペットはご主人様のところだけで間に合ってる。


「い、いいえ。いや、まさか、そんな……」


「この、太い尻尾は一体……」


「ああ、廃墟の中にいたすげえでっかい魔鼠の尻尾だよ。頭が二つあってびっくりしたなあ。魔鼠ってあそこまででかくなるなんて知らなかったぜ」


 支部長が長い髭をぶるりと震わせ、首を振る。


「いいえ、それは極稀に魔鼠の群れに誕生すると言われている、魔鼠の王と呼ばれる魔物じゃ。多分な」


「はあ?」


 魔鼠の王? そんなのがいるのか。そんなことをぼんやりと考える。知らないのは俺が事前学習していないせいじゃなかったわけだ。よかったよかった。


「……魔鼠の王はその情報が少なく、ランクが付けられていません。しかし、魔鼠の王が出現する群れの魔鼠は総じて通常の魔鼠よりも、力が強いと言われています。つまり、この依頼はEランクではまずありません!」


 顔を青くした受付係が言う。曰く、低ランクのギルドの依頼は事前に調査されるのだとか。採取系の依頼ではその対象の難易度、討伐系ではその対象とその状態を確認して難易度が本当に低いかどうかを確認するらしい。低い依頼料で依頼できるので、極稀にわざとランクを下げて申請する依頼主がいるのだとか。


 つまり、俺が受けた依頼が記されたEランクに相応しくない場合、それは全てギルドの調査不足となる。まあ、魔鼠なんていると分かればそうそう難しい討伐対象ではないのだろう。調査員の気持ちも分からなくもない、かな。


「尻尾はいったんこちらで預かりましょう。申し訳ないのですが、現場の確認への動向をお願いできますかな?」


 支部長が言う。まだ夕方まで暫くある。テレンスさんとの約束まで、暫くあるだろう。俺はゴーグルに触れつつ、頷くのであった。






 という訳で本日二度目の廃墟だ。メンバーは支部長とギルドの調査員数名である。俺は血まみれのまま大衆の面前に晒されるという辛いことをさせられた。しかし、着替えてからとか言えない雰囲気だ。仕方ない。細やかな気遣いなど期待できないのだ。荒くれ者集うギルドだし。


 支部長が廃墟の扉に手を掛けた。そのまま、扉を開ける事無く手を離す。そして、掌を見ていた。ああ、扉を閉める時に俺が血塗れのままドアノブに触ったから、ドアノブも血塗れである。それが着いてしまったらしい。それをごしごしと廃墟の壁に擦り付け、こんどは魔法で開けた。


 そんなに汚れるのが嫌か。


 扉が開いた瞬間、漂う血と埃と腐敗物の匂い。ギルドの調査員達は、うっと呻いて鼻を塞いだ。酷い臭いだろう。俺はこの中で頑張ったんだぞ。着替えさせろ。


 支部長は険しい顔で廃墟の中に入って行く。ロビーには、山になった魔鼠の死骸。床は血肉と内臓などで汚れている。俺が出てきた時のままだ。そりゃあそれほど時間は経っていないのだから、当たり前だが。


「こんな数の魔鼠が!」


 調査員の1人が声を上げる。そして、そのまま息を吸ってしまったのかごほごほと噎せた。


 後で聞いた話だが、魔鼠は通常多くても十数匹くらいの群れらしい。数十匹の群れなど、そうそういないんだそうだ。


「ガストン君、魔鼠の王はどこかね」


「こっちっすよ」


 俺は厨房の方を指さす。支部長は調査員を二人、魔鼠の検査に残し俺が示した方向へ歩いて行った。


 また、魔法で厨房の扉を開く。ぎいっと再び音をたてた扉の奥には、やはり巨大魔鼠の死骸が横たわっていた。それを目にした瞬間、調査員達は息を呑む。支部長はううむと唸っていた。


「これは、確かに魔鼠の王。二つの首に、魔鼠より圧倒的に大きい体」


 支部長は固まっている調査員達に指示を飛ばす。そして、くるりと俺の方へ振り向いた。


「ガストン君、君は新人であるのに素晴らしい力を持っているのじゃな。無事依頼を完了したとはいえ、この様な前例の少ない依頼を与えてしまったのはこちらの不手際じゃ。これほどならば、Cランク以上の仕事であろう。これはかなり古い依頼でな、始めは恐らく普通の魔鼠だったのじゃ。依頼を受けさせる前に調査を再びすべきであった。誠に申し訳ない」


 折れそうな腰をさらに曲げ、支部長が頭を下げる。それに俺は、慌てて両手を左右に振った。


「いやいや、無事でしたから問題ありませんって」


「初心者の君は何が正解で何が間違いか分からない。それを学ぶべきのFランクなのじゃ。力があるからそれより上のランクをそう簡単に許可できないのはそれが理由じゃよ。Eランクならば良いかと判断した儂のミスじゃ」


「俺の我が侭ですよ」


「ふむ、強情じゃの。それではこうしよう。依頼料は元のものにギルドの不手際の謝罪を加えて払おう。魔鼠には武器や薬の素材になりうる部位もある。それを売ればそれなりの金額になる筈じゃ」


「はあ、そうですか」


「そこで一つ頼みがある」


 あれ、これって俺への謝罪って話じゃなかったか。支部長は先程までの低姿勢から、いきなり姿勢を正す。態度の変化についていけない。


「ここにおる魔鼠の王と、魔鼠達を合わせて儂らに売ってくれまいか」


「え?」


「魔鼠の王は希少個体。調査は引く手数多じゃ。もちろん、色を付けて買い取ろう。魔鼠の王がいる群れというだけで、ガストン君が倒した魔鼠達は価値があるのじゃ」


 俺は暫く考える。魔鼠であろうと何だろうと、こういう魔物の素材の値段を俺は知らない。関わり合いのない世界にいたからだ。それを調べる時間と、値段の交渉の時間で死骸は腐敗するだろう。まず、経験がない俺には価値が付けられない。


「少し、待ってくれますか」


 困った時は、テレンスさん頼みに限る。






「魔鼠の、王ですか」


 日が傾いた頃。ギルドへ訪れたテレンスさんは、粗野な雰囲気が漂っていた。確かに、ギルドに清潔感溢れる執事がいるのはおかしい。常日頃のテレンスさんならば、浮いていただろう。それでも、このどことなく庶民的な雰囲気が漂うテレンスさんは違和感ばかりだった。


「はい。どうやら、魔鼠討伐の依頼で倒したのが魔鼠の王と呼ばれる個体らしく、群れの死骸ともども売ってくれと言われたんです」


「ガストン、これくらい自分で考えなくてはいけませんよ。とはいえ、魔鼠の王は希少な個体。判断がつかないのも納得します」


「でしょう!?」


 テレンスさんは考える様に顎を撫でる。ふむ、と言いながら俺を見詰めた。


「……仕方がありません。初めての依頼達成祝いです。今回だけですからね」


「はい! ありがとうございます」


「明らかに安い値段で買いたたかれても、それは世間を学んだ代償です。そうすることで人は学ぶのですよ」


「はい……」


「それでは、行きましょう」


 俺はテレンスさんと共に、ギルドの応接間へ向かった。


 応接間には、にこにこと笑顔を浮かべる支部長と、これまたにこにこと笑う受付の女がいた。おい、無愛想はどうした。


「これはこれは。ガストン君の知り合いだとか」


「ええ。ちょっとした知り合いでしてね」


 ほっほっほっと笑う支部長と、ふふふふふと笑うテレンスさん。ちょっと怖い。


「本日、ガストン君への依頼が魔鼠の討伐じゃ。その際、魔鼠の王と遭遇した。こちらの調査不足で、依頼のランクが上がっていた事に気付かず、大変申し訳なく思っていますぞ」


「ガストンは本日ギルドへ登録したばかりですが、どうしてEランクの依頼を? 魔物の討伐はFランクになる筈がないのでは」


「あ、それは俺がお願いして……」


 と俺が言えば、テレンスさんがにっこりと笑った。黙れと言いたいらしい。申し訳ない。


「ガストン君に頼まれたとはいえ、1つ上の依頼を受けさせたのは儂じゃ。申し訳ないと思っておる。そこで、調査不足と不用意に上のランクを受けさせてしまった謝罪を兼ねて、依頼料を支払いますぞ。そこでお願いなのじゃが、研究と調査のために魔鼠の王とその群れをサンプルとして売っていただきたいと考えておる」


「そうなりますね。ちなみに、おいくらぐらいでしょうか」


 支部長は手元にあった紙に何やら数字を書く。それをこちらに見せてきた。その額は、俺なら一週間は暮らしていける額である。それを見たテレンスさんは、難しい顔をして首を振った。


「魔鼠の王がそれほどの値段な訳がありません。以前、競売に掛けられた時はこれぐらいでしたよ」


 そう言って支部長が書いた金額の下に、いくらか桁の増えた数字を書く。


「いやいや、それはも数十年前の話じゃ。今の貨幣価値で言えば……」


「それでも、今回は群れの死骸もあります。聞いた話では状態もかなり良いとか。前歯もきちんと残っているのでしょう」


「ぐぬぬぬ。それではこれでどうじゃ」


「群れは何体です? ああ、それ程いたのですか。この値段では魔鼠の王と群れの1匹くらいですよ、売れるのは」


「そうは言っても、魔鼠じゃぞ」


「他にも売る場所はありますよ」


「ううむううむ。これでどうじゃ」


「いやいや、これでなくては譲れません」


「研究に協力すれば皆のためになるのじゃ」


「それを考えての値段ですが」


「……もうちょっと、もうちょっとだけ、なあ」


「仕方ありませんね。これが最後ですよ」


「おお、ではそれで手を打とう。いやはや、初めての依頼料としては破格の」


「はい、ではこれで魔鼠の王と群れを売却いたします。それで、謝罪を含めた依頼料ですがおいくらほどですか」


「……そ、そうじゃな!」


 とういう具合で腹黒い大人の話し合いが行われた。謝罪込の依頼料と、魔鼠達の値段は合わせて1ヶ月は優雅に暮らせる程になる。驚きだ。俺ならば、最初の値段で売ってしまっただろう。


 支部長はなんとも言えない顔をしながら、売買契約の書類にサインする。俺も、ガストンの名でサインした。そして、再び無愛想に戻った受付の女から、ずっしりと重い袋を受け取る。それを、テレンスさんはしっかりと計算して確認していた。流石、しっかりものだ。


「確かに、受け取りました。それでは、これからもガストンをよろしくお願い致します」


 爽やかな笑顔を浮かべて、テレンスさんは頭を下げる。俺も倣って頭を下げた。これからお世話になるのだ。


「う、うむ。期待しておるぞ」


「ガストン様。ギルド証をお預かりいたします。本日の依頼でEランクへのランクアップを認めます」


 無愛想な女にペンダントを渡す。さっさと魔法陣の上で記録し、返された。つんとしたまま、支部長を置いて退室していく。何をしに来たのだろう、あの女。


「それでは、失礼致します」


 颯爽と退室しようとするテレンスさんに、慌てて付いて行く。握りしめた袋には、今まで持ったこともない程のお金が入っている。俺は、信じられない思いでそれを見詰めた。


 ご主人様の言う様に、俺は一人で生きていけるだけの力を、手に入れられたのかもしれない。


 まだまだ未熟な俺だけど、使える手駒になれたかな。





 人目を気にしながらトリステン家の屋敷に戻ってきた。やる気のない使用人たちの目を掻い潜るのは簡単なことだ。


 報告のため、ご主人様の部屋へ向かうテレンスさんに続く。服装は既に使用人としての、清潔感のあるものに戻してある。


 ノックをして入室したテレンスさんは深々と一礼した。その奥で、アンドリューと遊ぶご主人様が見える。長椅子に座りながら、何やら魔法陣を使わせていた。そんな子供にと思わなくもないが、俺は口出しを許されていない。


 ディメトリとミリアーナも部屋にいて、何やら本を読んでいた。ディメトリは精霊のお伽話。ミリアーナは植物図鑑だった。


「只今戻りました。お嬢様」


「御苦労様」


 興味がなさそうに返事をするご主人様は、アンドリューから魔法陣を取り上げる。俺はあまり魔法が得意ではないので、魔法陣を見ただけでは何の魔法だかわからない。


「本日の活動について、ファーガスより御報告を」


「はい。ギルドに登録して来ました。Eランクの依頼を行い、FランクからEランクになりました。これが本日稼いだ金です」


 そう言って、そのまま金が入った袋を渡す。それの中をざっと確認するご主人様。札束を大雑把に半分に分け、半分を袋に戻して俺に押し付けた。


「はい、ファーグの取り分。自由に使いなさい」


「べらちゃま! ぎるどってなに?」


 ご主人様の膝に座るアンドリューが首を傾げながら尋ねる。彼女はアンドリューの頭を撫でながら、テレンスさんに聞けと言った。説明が面倒だと言いたげな口調だった。


「仕事を紹介してくれるところですよ、アンドリュー。ファーガスはそこで仕事をして、お金を稼いできたのです」


「ふーん」


「ぼくも、ぎるどいきますか?」


「ディーにはまだ早いわ。もう少ししたらね。行きたいの?」


「こわくないですか」


「怖くない仕事もあるんじゃない。そうでしょう、ファーグ」


「ええ。簡単な採取や手伝いの仕事もありましたよ」


「さいしゅ? やくそうとかなの?」


「ああ、そうだよ」


「わたしも、さいしゅしたいです」


 今度はミリアーナがきらきらとした目で見上げる。そう言えば、最近植物の世話をよくしているのを見掛けていた。そういうのが好きなのだろう。ミリアーナに対しても、ご主人様はもう少ししたらねと流す。


「ご主人様。ずっと気になっていたのですが」


 そこで俺は、話題を変える事にした。部屋に入ってから、ずっと気になっていた事がある。それは、部屋の隅で丸まる、毛玉だ。誰も触れないその話題に、俺はついに触れる事にした。


「何かしら」


「それ、何ですか」


「ああ、これ。(かん)という他の大陸の魔物よ。両親が私のペットに、ですって。名前はヨナルと言うの」


 ヨナル、と呼ばれた毛玉は、自分の名前に反応したのかぴくりと動く。


「……かんって、知っていますか。テレンスさん」


「少しばかり、ですが。他の大陸にある大きな王国に住んでいると言われています。一つの目と三つの尾が特徴的だそうですよ」


「また、変な生き物を」


 昼時に見たフェネクスといい、このヨナルといい、トリステン家の夫婦はご主人様に何を求めているのだろうか。魔物の調教師にでもしたいのだろうか。


「この子は私のペットにするわ」


 そう言えば、ぴぎーっと鳥籠に入ったフェネクスが鳴く。自分はどうするつもりだと言いたげだ。ミリアーナがそろそろとフェネクスを見つめる。ぴーぎーとフェネクスが鳴いた。


「そうですか」


「ところでファーグ」


「はい」


「敬語が恐ろしく似合わないわね」


 誰がやらせていると思っているのだろうか。


「申し訳ありません。学がないもので」


「敬語は貴族社会の基本よ。するする出てくるようにしなさい。学がないとかあるとかの問題ではないの」


「……はい」


「まあ、労働お疲れ様。手を出して頂戴」


 言われた通りに手を差し出せば、何やら木の棒を握らされる。その先には、茶色の薄く丸いものがついていた。


「これは?」


「べっこう飴よ。さっきディメトリと一緒に作ったの。砂糖と水しか使ってないから、焦げてなければ美味しい筈よ」


 ご主人様がそう言えば、ディメトリがにっこりしながらべっこうあめとやらを口に含んだ。それに倣い、持っていたものを口に含めば優しい甘さが口に広がる。


 甘い物は高級品だ。使われる砂糖が高いのだから、それが大量に使われる甘い物の値段はより上がる。今まで、お菓子と呼ばれるものは食べた事がない。高い金を払ってまで食べたいとは思わなかった。思えなかった。あの女はよく、あれが食べたい、これが食べたいと甘い物の名前を上げていたが、食えるような状況ではなかった。


 だからなのか、甘い香りをよく纏っていた。噎せ返る匂いで、甘い物への嫌悪さえ湧いてきていたが、これはそんな押し付けがましい甘さではなかった。


「お嬢様。危ない事はなさらないでください」


「別に火遊びしていた訳ではないわ。ああ、部屋の片づけありがとうね」


 そう言われて気付く。屋敷を出る時は焦げ付いていた部屋は、それを感じさせないぐらいには復旧していた。目に痛い飾りがほとんどなくなっていたので、前よりもいい部屋だと思える。テレンスさんは別れた後に屋敷に戻ってきたのだろう。


「いえいえ。今後気を付けてくだされば幸いです」


「考えておくわ。ヨナル、おいで」


 部屋の隅でいた毛玉を呼ぶ。毛玉は、ぷるぷるしながらもご主人様に近付いていった。魔物の癖に、臆病である。


 アンドリューを椅子に降ろしたご主人様は、足元へ来たヨナルを抱き上げた。一つの目が忙しなくきょろきょろと視線を動かす。


「いい、ヨナル。ここにいる人間は傷付けてはいけないわ。基本的に、害を加えようとする人間以外は攻撃しては駄目。いいわね」


 ヨナルはこくんと頷く。それを、俺達は驚いて見ていた。魔物で意思疎通出来る個体は珍しい。力が強いと言われている。他の大陸では、違うのだろうか。


「それから、私の可愛い奴隷達。この子も同じ奴隷仲間よ。仲良くなさい」


 ご主人様はぐりぐりとヨナルを撫でまわしながら言う。俺達と同じ、奴隷契約を交わしたのだろう。こう、なんとも言えない気分になる。奴隷に、種族は関係ないのだと実感した。


 ぷるぷると怯えるヨナルをアンドリューとの間に降ろし、そのままもふもふと撫でまくる撫でまくる。それを見ていて面白くなったのか、アンドリューも小さい手で撫で始めた。それをきっかけに、ミリアーナとディメトリも近づき、撫で始める。みんなヨナルに集合していた。


 撫ですぎじゃないか。


 その内、ヨナルがきゅあーんと困った様に鳴いた事で、撫で撫でタイムは終了したらしい。恐怖は吹っ飛んだらしいが、疲労感でぐったりしたヨナルは、はあはあ言いながら横たわっていた。哀れである。


「さあ、ファーグも座りなさい。勉強の時間よ」


「いや、ご主人様。俺疲れましたけど」


「そう、お疲れ様。座りなさい」


 問答無用で、ご主人様は椅子を指差す。今日は勉強免除かと思ったのに。溜息を吐きながら椅子に座れば、目の前に紙とペンを置かれた。


「それでは今日から魔法陣の基本的な事から学びましょうか。現代では簡易魔法陣が流通し、魔法陣の構成など知らない人がほとんどだろうけど、知っておいて損はないわ。基本的には円形で、周囲に精霊語と呼ばれる文字を書くことで構成されます。扱う系統によって型が決まっており――」


 隣に座るディメトリを見れば、真面目に話を聞いている。ミリアーナに至っては、きちんとノートをとっていた。居眠りでもすれば本の角で叩かれるご主人様の授業を聞き流しながら、俺は欠伸を噛み殺した。






お読みくださりありがとうございました。

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