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8. 出来るという人にはやらせましょう

 翌朝、もぞりと起き上がった私は、寝ぼけ眼であたりを見渡す。そうすれば、どぎつい装飾のお陰でだいたい目が覚めるのだ。と、同時に疲労感も覚えます。


 ベッドの上で伸びをしてから、軽くストレッチをする。目指せ高身長。


 ある程度体が温まれば終了である。その後、ぱぱっと身支度を整え、爺が来るのを待つのがいつもの習慣だ。起きて一時間もすれば、きっちり4回ノックが聞こえてくる。


「どうぞ」


「おはようございます。お嬢様」


「おはよう」


「本日のご朝食をお持ちいたしました」


 がらがらと台車と共に爺が入室する。テーブルの上に乗せられるのは、バランスを考えられた食事だ。しかも、味もお墨付き。


 今日のメニューはたっぷり野菜のコンソメスープ、白身魚のムニエル、ぷりっぷりな腸詰、色とりどりの野菜のサラダ、外はかりっと中はふわっとなパン、とろとろのスクランブルエッグ、デザートは旬の果物盛り合わせ。


 朝にしてはボリュームがあるかもしれないが、私はこれくらいぺろりである。寧ろ、御飯がないためちょっと物足りないくらいだ。前世の幼馴染は朝であれば果物とヨーグルトぐらいしか食べられないと言っていた。信じられない。信じたくない。


 一人っきりで会話もなくもそもそと食べ続ける。相変わらず爺は万能だ。


 出された料理をきっちり全て食べ切り、爺の淹れた紅茶で一服する。美味なる食事と言うのは至福だ。しかし、たまに親子丼とかカレーとか食べたくなる。安いハンバーガーやポテトチップスのような、チープな味に恋しさを覚える。体に悪い物とはどうしてこれほどまで魅力的なのだろうか。流石ジャンクフード。


 チープという味の禁断症状が出そうである。


「御満足いただけましたか?」


「爺の料理で満足しない訳ないじゃない。いつも美味しいわ、御馳走様」


 気分は優雅にナプキンで口を拭う。一杯になったお腹をぽんぽんと叩きたくなるが、我慢だ。私はレディですもの。目から汗が出ちゃう。


「それでは、リモネを連れてきましょう」


「お願いね」


 この時間、両親はまだ寝ている。明け方の、それこそ優雅な帰宅だったので、寝不足なのだろう。永眠すればいいのに。


 爺が退室したのを確認し、部屋の窓を開ける。大きな窓の外はバルコニーに繋がっているのだ。その下には、広大な庭が広がっている。この庭を管理する庭師というのは大変である。朝っぱらから汗水垂らして働いていらっしゃった。死にそうな顔をしている当たり、彼らも両親に弱みでも握られているのだろう。よくもまあ、ここまで強制労働させる人材を集めるものだ。効率が悪いと思うのだけれど、気のせいだろうか。


 庭師から視線を外し巡らせれば、それぞれの場所で義兄弟が訓練していた。


 ファーガスは体力づくりなのか、一人で黙々と走っている。いつから走っているか分からないが、まだ余裕そうだ。ああいう熱血系な練習を見ていると、タイヤとか付けたくなってしまう。ちゃぶ台返し付きで。


 ミリアーナは庭師に交じって温室で植物の世話をしていた。萎れた草花を癒して回っている。少し疲れた様な顔をしてはいるが、生き生きと動きまわっていた。眩しい限りである。傷ついた小鳥を治している時なんて、どこのお伽話かと言う場面だった。そのうち、小鳥と歌い出すんじゃないかと心配になる。


 ディメトリは木陰に座っていた。目を瞑っていたので寝ているのかと思ったが、たまに笑っているので違うのだろう。後で爺に聞いたのだが、精霊と対話しているらしい。そうすることで、より円滑に精霊とのコミュニケーションをとれるようにしているのだとか。不思議ちゃん度が増しているのは何故なのだろう。


 アンドリューに関しては、まだお子様なので全力で遊んでいた。爺が作ったらしい魔法で作った鳥を追い掛けている。朝から子供とは元気だ。流石爺というべきか、なかなか捕まらない。遊んでいると言うより遊ばれている様にも見える。清い。


 ぼうっと外を眺めていれば、ノックが聞こえた。窓を閉め、レースのカーテンを閉めた私は、長椅子に身を任せた。眠さをごまかすためなんかじゃない。うん。


「どうぞ」


 爺の後に続いて入ってきたのは、相変わらず不機嫌そうなリモネである。苛々しているのか、貧乏揺すりをしていた。メイドとしていかがなのか。爺が咎めるような視線を送っているが、無視していた。


「リモネをお連れしました」


「ありがとう。話が終わったら呼ぶから、席をはずしてくれる?」


「それでは、失礼致します」


 爺の退室をしっかり見届け、一呼吸おいて私は立ちあがる。漂う雰囲気の違いに気付いたのか、リモネは怪訝そうに私を睨みつけた。そんなリモネに対し、私はにんまりと笑ってやる。


「ご機嫌斜めのようね。まあいいから座りなさい。見下ろされているのはいい気分ではないわ」


 長椅子の向かいにある椅子を指差し、促す。リモネはつんとしながらも、その椅子に座った。私は机の引き出しに仕舞っていた、とあるものを取り出す。それを持ったまま、長椅子に再び座ったのであった。


「……何かご用でしょうか」


「何と言ったらいいのかしら。異動というのかしらね」


「異動?」


 やはり怪訝そうな顔のまま、リモネが首を傾げる。美少女は不機嫌でも様になるものだ。これが世の格差というものである。


「貴女はもう、訓練をしなくてもいいわ」


「は?」


「やる気のない人材に割いている時間が勿体ないもの。貴女は早く復讐したいと思っているようだけれど、今の貴女に何が出来るのか試してみたらいいわ」


 折角、技術や知識を学ぶ機会をあげた。この国では、望んでも学べない人がたくさんいると言うのに、それは遠回りだと言わんばかりに適当にこなすリモネ。この3年でファーガスは一人で生活するぐらいの技術は身につけている。下手な騎士よりも技術は上だろうと、爺が言っていた。ミリアーナやディメトリも、元からある才能を伸ばそうと頑張っているのは見て分かる。


 今まで両親が悪事で稼いでこられたのは、それなりの力があるからだ。強引ながらも人を引き摺りこむのが特異な母、性的テクニックと血筋だけはぴかいちな父。どうしようもない両親だけど、今まで悪事を続けてこられるだけの運や力があるのだ。


 そんな両親に、たかだか10歳を少し超えたぐらいの小娘に、何が出来るというのか。


 そのための知識や技術を与えようとした、私の折角の手を弾いたのは、リモネ自身である。


 今のままで復讐が叶うと思っているのなら、それほどまでの自信があるというのなら、好きなようにやってみればいい。思う存分。


 ただ、私はそんなリモネを利用するだけだ。


「あ、貴女がっ!! 貴女がやらせていたのでしょう!? 私はやりたいなんて、一言もっ」


「五月蠅い」


「何時だって貴女は!!」


「五月蠅いと言っているのよ。『黙りなさい』」


 未だに叫ぼうとするリモネに対し、私は命令を発動する。命令を無視して叫ぼうとしたリモネの首筋から、ちりちりという音が聞こえた。その途端、リモネは声を出さずに口をぱくぱくしながら、首筋を掻き毟る。赤い引っかき傷が花の印の上に作られた。


「貴女は私の奴隷なのよ。私が精いっぱい学べというのなら、学ばなくてはいけないの。第一、貴女達のためを思ってのことなのに」


 嘘臭い程の猫なで声で囁いてやる。そうすれば、憎悪をこめた眼差しで睨まれた。ああ怖い怖い。


「使えない使用人なんて、いらないじゃない。ここは一般的な貴族の御屋敷ではないのよ。生き残りたければ、全てを全力でやっていかなければならないの。これは、ここを離れる貴女への忠告ね。私は3年待ったわ。でも、父や母は一秒だって待ちはしない」


 命令無視による罰則のせいで、まだ首筋に痛みが残っているらしいリモネは、苦しそうに呼吸をしながらごほごほと咳き込んでいる。電流が流れたのだ、暫く痛みは取れないだろう。


 まだ幼い3人組の様に素直に学べとは言わないけれど、3年もいれば自分の力になりうるものだと分かりそうなものだけれど。復讐と言うのは目を塞いでしまうのだろうか。


「と言う訳で、父と母のメイドに加えるわ。復讐対象者に近いし、好きなように働けばいいのではないかしら。ああこれ、私の奴隷だというマークだから、着けておいてね」


 そう言って渡したのは、水晶で出来たブレスレットである。今まで買い与えられてきた宝飾品の中から水晶を探し、書物から見付けた加工の魔法陣を使って作ったものだ。


 これにはちょっと細工してあり、水晶に映った映像を保存するという魔法が掛けられている。ざっくり言えばカメラのようなものだ。水晶本体に魔法陣を刻むことにより、可能になっている。魔力が続く限り、映像は保存される。魔力の供給は、供給専用の魔法陣を作成した。私が魔力を込めてもいいし、アンドリューがもう少し魔力に慣れれば、アンドリューにやらせてもいい。


 百聞は一見にしかずと言うし、いざという時に使えるかもしれない武器は作るに限る。


 ただでは解放しませんよ、リモネちゃん。


 やっと回復したリモネは、息が荒いままブレスレットを奪う様にとった。全く、ご主人様というのが分かっていない。まあ、いいけれど。


 チェストに置かれたベルを鳴らし、爺を待つ。


「そうだわ、これもあげる」


 瓶に飴を詰めた、キャンディーポット。掌サイズのそれは、可愛らしい。出来るだけ長い間働いてもらわねば、折角作ったブレスレットが水の泡になる。食事をもらえない事態になっても、砂糖の塊であるキャンディーがあれば、暫く生き延びるだろう。


 押しつけるようにキャンディーポットを掌に乗せると同時に、ノックが聞こえる。許可を出せば、爺が入ってきた。


「今日からこの子は両親のメイドとなるわ。リモネ、今まで世話になった爺にしっかり挨拶なさい。それじゃあ、爺よろしくね。あと、ファーグを呼んでくれる?」


 リモネを連れて出ていく爺を見送る。精々両親の監視に役立ってくれればありがたい。いきなり特攻してお陀仏なんてならないだろうし。流石に。


  爺がファーガスを連れてくるまで暫く時間があるだろう。汗を流させると言っていたから。武道系の部活特有の匂いでもしたら、私はきっと酷い顔になってしまう。レディとしてはよろしくない。


 時間潰しのため、私は部屋の隅に置いてあった鳥籠に近付く。中には、昨日もらった卵と、香木、そして魔物の図鑑が置かれていた。起きた時、爺が朝食と共に持ってきたものだ。


 図鑑を手に取り、長椅子に戻る。ぱらぱらと捲れば、美麗なイラストと詳しい魔物の生態についての説明が書かれていた。とても参考になる。ゲームの魔物図鑑よりも詳細だ。


 全部読みたい衝動を堪え、目的であるフェネクスについてのページを探す。最後の方にそれは載っていた。フェネクスについての情報は、他の魔物とは比べ物にならないくらい少ない。イラストがなければ1ページもないのではないかという程だ。元々、生態を知ることが出来る程目撃できていない。仕方がないのである。


 基本的に、フェネクスは死期を悟ると自らの体を炎に委ねる。その灰の中に産まれるのが、フェネクスの卵だ。大方のフェネクスは暫くすればその灰の熱により、孵る。だが、たまに卵が灰の中にいられない状況が起こることがあるそうだ。


 それは他の生物に持っていかれたり、燃えた場所が悪く灰が散ってしまったりする場合である。そういう時は、香木を燃やした中に入れない限り、卵が孵ることはない。それまではただの卵なのである。そこに危害を加えられれば、いくら不死鳥とはいえ死んでしまうそうだ。


 この話を聞いたのは、昔に存在したフェネクスの学者の様で、仲の良いフェネクスがいたのだとコメントという名のプロフィールに書かれている。本当のことかは分からないけれど、試してみる価値はあるのだろう。


 爺の言う通り、そこに描かれている卵のイラストと鳥籠に入っている卵はそっくりだ。


 焼き卵が出来たらヨナルにでも食べさせればいい。


 図鑑を閉じてテーブルの上に置くと、立ち上がって香木に近付いた。それなりの大きさの香木は、黄粉出身地の極東の国にある置物であった。こんなの燃やしていいのかと確認をとれば、爽やかな笑顔で肯定された。何でも、借金の担保として父が頂いてきたらしいが、匂いが好みでないらしく、長らく倉庫に忘れ去られていたそうな。燃やしても問題ないだろうと言うのが爺の見解である。


 あの父の事だ。なくなったことすら気付きはしないだろう。匂いは素晴らしく、聞いた話では伽羅だそうだ。贅沢過ぎる孵化ですね、フェネクスさん。


 大きい香木をずるずると暖炉まで引き摺って行く。最早レディとは何ぞや状態であるが、気にしない気にしない。このままでは燃えにくかろうと、風の刃の魔法である程度切り崩した。そのままテーブルの上に置かれた、開いているティーカップにちょっと熱いくらいのお湯をためる。もちろん、魔法である。


 暖炉に炎の魔法陣を置き、香木を並べ、中心の陣の上にいらない古布を置く。火の回りをよくするためだ。この時に、大きな木材は空間を空けるように組み立てなければならない。大きいと言う事は、それだけ燃えにくいからだ。まあ、この木材はからっからに渇いているため、多少は燃えやすいだろうけど。


 少し離れ、魔法陣へ魔力を注ぎ込めば、じりじりと中心が燃えだした。炎を消さない様に、酸素がなくならない様に、風の魔法で火を大きくしようと風を送り込む。暫くそうしていれば、全体に炎が回った。


 燃やす事数分、香木の強い香りが部屋に充満する。全体的に香木が燃え、そろそろいい頃合いだろう。私は鳥籠から卵を取り出すと、浮遊の魔法でそっと卵を炎の中心に置いた。


 途端、炎がぐるぐると暖炉の中で回り始める。ごおっという音が聞こえたと思えば、一瞬炎が大きくなった。これはやばいと思いつつ、最早どうすることもできない。ぱきぱき、ぺしぺしという音がごうごうと燃える炎の中から微かに聞こえる。これは木が燃える音なのか、卵からの音なのかは分からない。暖炉から噴き出す様に炎が燃えているが、それ以上は大きくならないようで、暖炉周辺だけ若干焦げている。仕方あるまい。諦めも肝心だ。


 ぐるぐると回りながら燃え続ける炎を暫し見つめていれば、急に炎がかき消えた。辺りには焦げくさい匂いと、香木のいい香りがなんとも言えない具合で漂っている。嫌いではない匂いだ。


 火かき棒を手に取り、中心にこんもりとある灰をそっとどかしてみれば、中にはより赤さが増した卵が鎮座していた。これは成功なのか失敗なのか。


 図鑑では、灰の熱で卵が孵ると記されていた。待ってみた方がいいかもしれない。


 何とも言えない香りが漂う中、私は長椅子に座り図鑑を捲って待つことにした。


 暖炉周辺の状況は割と酷い。ごてごてとした細工が多いため、それらがほとんど焦げている。逆に言えば、細工のおかげで壁自身はそれほど焦げていないかもしれない。ベッドの天蓋も煤だらけ。私もきっと煤だらけだろう。図鑑を汚してはいけないと思い、しっかりと手は洗いました。


 図鑑の魔物ワールドに浸っていれば、ぴきぴきという音が聞こえてきた。顔を図鑑から上げれば、灰の中の卵がごそごそと動いている。そろりそろりと近寄ってみれば、卵にひびが入っていた。


 産まれる。何かが。


 頭の中でよくホラーで流れる「きっと来る」的な音楽が流れ出した。


「ぴぎーぴぎー」


 ぱきんという音と共に、体にしては大きな嘴が現れた。大きく開けた嘴からは、大きな鳴き声が発せられる。見た目はほとんど羽がなく、ピンク色の地肌でちょっと奇妙というか、よくある産まれたてのひよこの様であった。目はまだ開いていないようで、きっちり綴じられている。綿のガーゼのような布を取り出し、床に置く。そして、火かき棒二本で産まれたての雛を挟み、そっと布の上に置いた。灰がまだ熱そうだったからである。許せ。


 別の布で、温くなったお湯を浸し、灰まみれの体を拭う。その間ノンストップで鳴き続けていた。粗方汚れを拭いとったら、また違う新しい布を使い、その体をぐるぐるに巻いて、鳥籠にいれる。中心には、藤の枝で編まれた菓子鉢に、ふかふかのクッションが詰められた、ベッドがあるのだ。その上に置き、窓際に置いておく。雛が何を食べるのか分からないのだが、一応成鳥は太陽の光を食べると書かれていたので、取り敢えず日に当たらせた。そうすれば、ぴぎーと鳴いていた雛が大人しくなる。どうやら、当たりの様だ。ありがたい。


 食費のいらないペットです事。


 まあ冗談はさておき、問題はこの部屋の惨状である。


「やっちまったわね」


 暖炉を中心に焦げている焦げている。爺に怒られるかもしれない。今までいい子で過ごしてきたのに、とは思いつつ怒る爺もレアであろう。


 今更だが、8歳児が火遊びなんてしちゃいけないですよね、申し訳ありません。


「お嬢様!?」


 焦った様に飛び込んできたのは、ファーガスを連れた爺であった。ノックもなしに扉を開けるなど、日頃の爺では考えられない。レアですね。


「ああ、大丈夫よ。爺」


「この状態の、どこが大丈夫なのか、説明していただけますか?」


 怒っている怒っている。口端もこめかみもぴくぴくしている。でも素晴らしい笑顔ですね、目は笑っていないけど。


「ちょっとフェネクスの孵化にトライしただけよ。成功したから、大丈夫じゃない?」


「屋敷の煙突から煙や炎が出ていると、外では軽い騒ぎになっていますよ」


 おおう、そりゃあ大変ですね。


「魔法で火遊びしていたとでも言っておいて」


 イザベラちゃんの御茶目な悪戯じゃない。トリステン家だもの多少の非日常はどんと来いですね。


「……私は屋敷の者に説明して参ります。決して、これからは勝手なことをなさらぬよう。決して」


 大事なことなので二回言いましたと言わんばかりに念押しして、爺は部屋を出て行った。満面の笑みでそれを見送れば、呆れた様な目のファーガスと目が合う。


「……随分な火遊びですね」


「何でも遊びたいお年頃なのよ」


 私は軽く長椅子の煤を払い、腰を下ろす。太陽光をいっぱい摂取したのか、フェネクスの雛はぐっすり眠っていた。


「フェネクスとはあれのことですか?」


「そう、図鑑通りならば不死鳥ね」


「ふ、不死鳥!?」


「まあその内逃がすけど」


「はあ!?」


 目を白黒させるファーガスに、にんまり笑ってやる。信じられたいとでも言いたげだ。


「だって、不死鳥が我が家にいたってメリットよりデメリットの方が大きいもの。面倒事の種は捨てるに限るわ」


「不死鳥だぞ!? 涙には癒しが、血肉には永遠の命があるっていう話だろう!?」


 折角学んだ敬語が吹っ飛ぶほど驚いている。というか、あれだけ阿呆だった癖にそういう伝説は知っているものなのね。


「不死鳥の恩恵より、命を狙われ続けない人生を選ぶわ。どうせ、ばれたら両親が奪っていくもの。だったらさくっと逃がして恩を売った方がいいでしょう」


 こう、死に掛けた時に恩返しに来てくれれば嬉しい。鶴じゃないけど不死鳥だけど。


「お前は全く……意味が分からねえ。じゃあどうして孵したんだ」


「好奇心、かしら。本当にフェネクスがいるのならば見てみたいじゃない」


「あっそう」


 疲れた様に、ぐったりと椅子に座りこむファーガス。座っていいなんて言ってないぞ。お前はちょいちょい私が主人だと忘れていないか。


「と、言う訳でお願いね」


「……何を」


「狩りに行くついでに逃がしてきて頂戴。基本的に、フェネクスは誰かに育てられるという種族ではないわ。勝手に育っていくみたいだから、さっさと逃がしても問題ないでしょう」


「フェネクスの目撃情報が多発して、森で狩りが出来なくなると困るんだけど」


「そんな事になったら、ユルシト伯父様に頼んで後継ぎにしてもらいましょうか」


 にやにやとしながら言ってみれば、苦虫を噛み潰したような顔になった。どうやら、公爵家の跡取りかっこ笑いかっことじの夢はやめたらしい。夢見られない世の中ですのね。


「命令ならば大人しく従うけどよ」


「じゃあ命令命令」


 疲れた様に溜息を吐くファーガスは、とても10代には見えなかった。苦労しているわけでもあるまいし。冗談冗談。


「お嬢様、ただいま戻りました」


 そんな会話を繰り返しているところに、爺が戻ってきた。無事隠蔽に成功したようである。何とも言えない表情で部屋を見渡すのをやめてほしい。


「御苦労様。ほら、あれが産まれたフェネクスよ」


 窓際にいらっしゃる雛を指させば、爺は鳥籠に近付く。そのままぐるっと観察し、興味深そうに頷いていた。


「普通の雛と変わりませんな」


「そうね。まあ大人の状態を見る事はないでしょうけど」


「と、言いますと」


「ファーグに逃がしてもらうことにしたわ。両親が喜びそうな、こんな厄介なもの、さっさと手放すに限るでしょう」


「……それはまた奇特な」


 爺よ、お前もか。


「それはいいから、ファーグと一緒にギルドへ行ってきて頂戴。両親が活動を始めたら面倒臭いでしょう」


「ちょ、ギルドってなんだよ」


「職業案内所みたいな? 私、お金欲しいの。だから稼いできて」


 そうそうこれを言うために呼んだのと言えば、ファーガスは頭を抱えた。こいつは一体何を考えているんだとぶつぶつ言っているのが聞こえる。買い食いと言う野望達成のためですが、何か。


「依頼料の半分は私に納めなさい。残りは好きにして構わないわ」


「採取や獲物から剥ぎ取ったものは如何なさいますか?」


「うーん、ファーグに任せるわ。依頼に使えるものもあるでしょう。私が貰うのは依頼料の半分」


「ファーガス、ギルドにはランクがあります。ランクが上がれば、依頼の難易度も報酬も上がります。自分で考え、上げるかどうかは決めるといいですよ」


「その眼、目立つのよね。狩りの時はどうしているの?」


「色ガラスを使ったゴーグルを着用させております。洋服も、狩りの時に使っていたもので良いかと」


「あまりいい素材の服だと、すぐに怪しまれてしまうから気を付けてね。ああそうだ、これをあげる」


 遠い目をしているファーガスの目の前を横切り、クローゼットから麻のスカーフを取り出した。私がちくちくと必死で刺繍した魔法陣が描かれている。細かい作業は好きなのだが、指先が不器用なもので歪だが仕方あるまい。


「これは何ですか?」


「目の色を変える魔法陣を刺繍したものよ。発動するか分からないけれど、魔力を流し込んでみて頂戴」


 ファーガスの首にスカーフを巻き付け、ぎゅっと縛ってやればばたばたと暴れ出した。どうやらきつく縛り過ぎたらしい。申し訳ないっす。


「っ! 殺す気か!」


「まあまあいいじゃない」


「よくない!」


「黙って魔力を注ぐ」


 ファーガスは不満そうな顔をしつつ、目をとして集中した。そして、目を開いてみれば、蒼かった目は一般的な茶色になっている。成功か。


「視界に影響はありますか?」


「大丈夫です。目の色、変わってます?」


「うんうん変わっているわ。一応成功ね」


 普段はゴーグルを使い、ゴーグルを外さなければならない状況になれば使えと言った。どうせ、首筋にある花の印を隠さねばならないのだ。丁度いいだろう。


「しかし、そんな頻繁にギルドへ行けますかね」


「あら、爺。何のためにリモネを両親の方にやったと思っているの?」


「は!? モネがどうかしたのか!?」


 ぎょっとした様に目を見開いたファーガスが詰め寄る。私は手でそれを制しながら、ファーガスを見下した。


「余りにもやる気を感じなかったから、やる気のある方面に行ってもらうだけよ」


「あの変態親父がいるんだろう!? 危ないじゃねえか!」


「さっさと復讐したくて堪らないって、私を睨むんだもの。復讐対象の近くに配置を変えてあげたんだがら、リモネからすれば嬉しいんじゃないかしら」


 心にもない事を言ってみる。リモネ自身、どうしていいのか分からないのではないか、といのが私の考えだ。


「でもっ」


「もう決まったことよ。それとも、兄弟の情でも湧いたわけ?」


「……半分でも、血は繋がってるんだ」


「ファーグ、貴方は気に掛けていたかもしれないけれど、リモネにとって貴方は特に意味のある存在ではなかったわ。復讐に来た自分とは違い、成り上がりを目指す貴方を軽蔑していたかもね」


 リモネを見ていると、他の義兄弟が目に入っていないことはよく分かった。私がミリアーナを叱咤しても、ディメトリが危うい行動をしていても、リモネは無感情にそれを見ていた。そこまで執着する復讐。さっさと当たって砕けろと思っても仕方ないだろう。


「それでも……」


「少なくとも、リモネが両親のメイドになった事で、両親の目はリモネに向くわ。母にとっては裏切りの生き証人、父にとっては過ちの証。まあ、私の想像通りならば女として見る事もあるかもしれないけれど」


 嗚呼、吐き気。


 ファーガスを見てみれば、青い顔をしている。同じ想像をしたらしい。リモネにのしかかる豚。産業廃棄物以外の何物でもない。


「貴方の出入りが多少増えたって、気付かないでしょう」


 今までは、ファーガスの狩りは週に1回か2回だった。ギルドの仕事となれば、1日で終わる仕事ばかりではないだろう。何か、囮が必要なのだ。


「貴方はギルドに悠々と行けて、リモネは思う存分復讐にのめり込める。一石二鳥じゃなくて?」


「……モネは、無事に復讐を遂げると思うか」


「無理でしょう」


 多分と内心で言っておく。私が思うより両親が馬鹿という可能性もある。けど、多分無理だ。


「はっきり言うんだな」


 全然はっきりしていません。


「私が知っているだけで、5年は悪事を続けているのよ。復讐しに来る人だって少なからずいたと思うわ。それでも脂肪まみれの指で優雅に食事が出来るのだから、生き抜く程度の運なり能力なりはあるのよ。それを、まだ13歳の娘が簡単にどうにか出来る筈ないでしょう。流石にいきなり突撃するとは思わないけれど」


「そうだな」


 悲しげに笑うファーガスは、哀愁漂っている。あれ、こいつ10代だよね。


「例え成功しても、口封じのために曲者として殺されるか、素晴らしい趣味を持つ変態貴族に売られるか、よ。安全な未来なんてないわ」


 失敗すれば言わずもがな。行くも地獄、戻るも地獄。どうしようもないのだ。


「何とか。何とか助けられないか」


 ファーガスは縋る様に私を見つめる。何故だかよく分からない。たった3年だ。兄弟として過ごしてきたわけではない。どうしてそこまで、リモネを庇えるのだろうか。きっと、私には分からない。


「爺、ギルドのランクはどのようになっているの?」


「一番上がSランク、一番下の初心者がFランクとなっています。ある程度簡単な依頼をこなせば誰でもEに上がれますが、Sとなると大陸全てで両手の数もいないかと」


「どれぐらいのランクになれば、一人前かしら」


「一番人数が多いのがCですね。Aでも尊敬される者もおります」


「いいわ。じゃあ、ファーグ」


 私は立ち上がり、ファーガスを見下ろすように前に立つ。強い意志の瞳は、私を貫く。積極的に逃亡を企てる私には、痛い攻撃だ。


「リモネの死刑宣告があるまでにBランクになりなさい。彼女が馬鹿でなければ、数年の猶予がある筈よ。両親の警戒を解き、行動パターンを把握し、信頼を得るまではね。短い期間で行動しようとするような馬鹿だったら、諦めなさい」


「……分かった。約束だぞ」


 そう言って差し出したのは、小指。この世界でも、指きり拳万があるのだろうか。ぼうっと首を傾げてそれを見ていれば、焦れたようにファーガスは言う。


「約束を交わす時は、小指を交差させるんだ」


「破ったら針千本?」


「はあ!? そんな拷問しなくちゃいけないのか!?」


 どうやら、指を切る必要はなさそうです。


 ファーガスの少しごつごつとした小指に、私の小指を交差する。


「約束、破るなよ」


「ええ、約束は守るわ。イザベラの名に掛けて」


 嘘はついても約束は守りますとも。


「よし、じゃあ着替えてくるからな!」


「はいはい。爺、ファーグの案内よろしくね」


「かしこまりました。して、彼の偽名はどうしましょうか」


 そうだ。ファーガスなんて誰かが聞いたら分かる様な名前ではいけない。


 日本的な名前を付けたくなるが、我慢する。タロウ・タナカとかコウヘイ・ヤマダとか。


「そうね。ガストンと名乗りなさい。ファミリーネームは必要?」


「ない者も多いですから、いらないかと」


「誰だ?」


「特に意味はないわ」


 嘘です。某夢の国映画の悪役君です。狩人的立場だし、調子乗ってる系男子だし、君にぴったりだと思うんだよね。


「ガス繋がりとか言わないよな」


 ……鋭い。


「装備やら登録やらでお金が必要なら、これを換金してちょうだい」


 そう言って手渡したのは、金糸で刺繍を施しまくったハンカチである。水分を吸い取れる布部分がほとんどないし、センスがいまいちなため私は使わない。所謂、両親の押し付けプレゼントシリーズの一つである。金になるだけありがたいです、ええ。


「良いのですか?」


「こんなハンカチ使えないわ。くれぐれも、足がつかないように」


「かしこまりました」


 爺は出来ないって言わないのよね。ハイスペックすぎます。


「ギルドの仕事内容が多様ならば、そのうち3人にも働いてもらうわ。よく、観察してきてね、ファーガス。それと、誰かと仲良くなるのは構わないけれど、身分がばれないようになさい。貴方のためにも、私のためにも、ね」


「イエス、サー」


 芝居がかった仕草でファーガスが敬礼をする。にやっと笑っているから、締りがない。私はやれやれと首を振り、手でさっさと行けと示した。


 二人が退室したのを見送り、窓際の鳥籠に近付く。すやすやと寝ている雛を見つめながら、自分の未来を案じた。


 明るい未来など、見ていられない。


「逃亡資金、溜まればいいけど」


 買い食いよりも、そっちが重要な目的だった。


 もちろん、買い食いもしたい。いざとなればの理由でもあった。でも、今は逃亡資金を稼がなければならない。


 現時点で私はたくさんの宝石を所有している。しかし、それを逃亡中に換金するのは極めて危険な行為だ。


 贅沢好きの両親が買ってきたものは、センス云々を抜かせばそれなりに有名な品であることが多い。珍しい大きな宝石を使用していたり、センスが悪いという意味で名が通っていたり。


 状態が落ち着くまで暮らせるだけの資金がいる。そのための、ギルドでの稼ぎだ。


 ファーガスにどれだけの力がついているか分からないけれど、


 間もなく、両親も起きてくるだろう。遅い昼食の時間になりそうだ。


 リモネは私がちゃんと奴隷を飼育しているかの判断材料にもなってもらう。この子が一番よく出来る子ですよ、というのだ。ハードルは下げておくに限る。


 しっかり評価してくださいと言えば、わき目も振らずに粗探ししてくれる筈だ。


 焦げくさい部屋で溜息を吐きつつ、準備をするためにクローゼットへ向かうのだった。





閲覧御苦労様でした。

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