第八話 邂逅 後編
吹き抜けの巨大な部屋。そこを見下ろせるよう壁面には幅広い回廊が巡らされている。
回廊上は、人、人、人。どこもかしこも人で埋め尽くされていた。
石段から降りてきた僕達は後ろからまだ降りてくる人達の邪魔にならぬようその場を離れ、空いているスペースを探していく。
僕は自分の中で例の感情が五体を駆け回っていくのを感じていた。リーン達が後ろをついてきていることすら、いつしか頭から抜け落ちていく。躊躇っている心と真逆に体が、血肉が、下のフロアにいる筈の一人の男を視界におさめることを強く欲していた。
やがて人混みを掻き分けて白亜の手摺りに取り付いた僕は、食い入るように下のフロアを見下ろす。
驚くべきことにそこは、絨毯を境として左右に整然と並んだデスニア軍の兵士で埋め尽くされていた。殆どの者が紺のアンダーシャツにグレーのプロテクターを装着している。上官だろうか、中には銀甲冑に赤色の外套を身に着ける者も少しいる。
彼らは微動だにせず、フロア前方をただひたすら注視している。漏れなくその全員が、だ。
数百もの視線の交差するところ、そこに僕の探し人も…………いた。
部屋の最奥に設けられた檀上へ、絨毯の上を厳かに歩を進めていく、二人の人物。見えるのはその背中。体格からしておそらく二人とも男だろう。
手摺りを握る両手に力が入る。僕はもどかしい思いで二人の後ろ姿を凝視する。
前を歩く者は。白銀甲冑、白色外套の中心に四足の黒い獣。金髪。
それに付き従うように、その斜め後ろを行く者は腰まであろうかという銀髪に、ローブのような茶色地の衣装をまとっている。
檀上、奥の壁沿いに設置された矩形の石鉢は水を張っているらしい。二階層分ありそうな壁面を伝い落ちる一筋の水がそこへ流れ込んでいた。
石鉢の前まで一人進んだ金髪の人物はゆっくりと、片膝を付き、頭を垂れて祈る所作をする。
祈っている時間は一体どれ位だったか。僕はそれまで熱していた身体が芯から急速に冷えていくのを感じた。呼吸が弱く、浅くなる。視界は金髪の男を中心に捉え、狭まっていく。付近でしていた声や足音は……いつの間にか無くなっていった。
ようやくだ。ようやっと金髪の男が再びゆっくりと立ち上がっていく。
それを合図にしたかのように再び僕の鼓動が乱れ出し、手が小刻みに震え出した。黒い感情が血脈を沸き返らせる。もう疑うべくもない。この負の感情は間違いなく、あの金髪の男に反応している。
気の遠くなるような長い長い時間の中で、兵士達の方へ振り返っていく男の動きは、これ以上ないという程緩慢に映った。僕はその間も自分を抑えるべく、もう自身の手かどうかすら分からなくなったそれで手摺りにすがりつき、同時にそこへ左胸を押し付け、心臓が静まってくれるよう必死に耐えていた。どす黒くおぞましいそれは既に全身に行き渡っている。脳から指先、細胞の隅々に至るまでを支配されつつも、かろうじて視線の自由だけは、と抗い続ける。
……男が……後ろへ向き直っていきその横顔が――
パチンッという小さな乾いた音と共に視界は闇に飲まれた。
――悲哀と憤怒が交錯する。
そうしてあとに残ったのは
――憎悪と虚無。
砕け散った意識の残響の中で、僕はあの男の声を聞いた気がした。
『罪業という名の対なる螺旋。俺と貴様が唯一繋がることを許されたもの』
なんて美しくて、冷たい……そして哀しい声なんだろう。
そんなことを思いながら僕は闇の中を真っ逆さまに落ちていった。
* * *