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月の刻限  作者: ゆいぐ
第三章
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第七三話 歯車 九

 カジとチタンは『エクレールジョスト会場』の建物前で僕らを待っていてくれた。というか隣のホークなんたらショーでカードを取り損ねてしまい、僕らを探していたらしい。

 ともあれ僕らは近くのテイクアウト専門店で昼食を買い込むと、ジョスト会場へ。横長に伸びた段状の客席に座り、そのパワフルで荒々しい競技の観戦を始めた。


 平たく言えばジョストは騎士の一騎打ちだ。プレートアーマーで全身を固めた二人が騎馬ですれ違いざまに互いを攻撃し落馬させた方が勝ちというルールである。武器がランスを模した長棒ながぼうであり、互いの直線コースを隔てる低い板塀が設けられているものの、その迫力は実戦そのものであり、満席近く埋まったギャラリーも相当に熱狂していた。

 ただそんな中、僕の右側から気落ちしたカジとそれを慰めるリーンの声が聞こえてくる。


「悪かったな、本当に」

「鷹がくわえたまま飛んでっちゃったんでしょ、予想外過ぎて笑うしかないわ。おじさんとチタンのせいじゃないわよ」


 ホークなんとかショーは鷹を人の腕から人の腕へ飛ばさせたり、空高くに投げられた肉片を取ってこさせるパフォーマンスだったらしい。詳しくは知らないが、そこに飛び入り参加したカジは少し練習をした上で後者のプレイに挑戦していたらしいのだが、肝心の青カードが放り投げられた際にキャッチした鷹がそのままどこかへ飛び去ってしまった、ということらしかった。


「カードを投げた奴を締め上げてみたんだが、直前で見た段取り変更の紙にカードを投げるよう書いてあっただけらしくてな。結局それ以上は辿れなかった」

「私達の方も同じ様な感じよ。脚本が直前で何者かにすり替えられてたとか、演出の指示変更を書いた紙が置いてあった、とかね。

 それに私達がカード三枚とも取れたのはユイグのお蔭みたいなとこが結構あったし」

「へえ、そんなに活躍したのか」


 カジの意外だという声に僕の右隣のユイグが謙遜する。


「まあまあ、リーンちゃんだって観覧車の中でミィとやる事やってたじゃないの」


 そういう受け流し方というか反撃は想定外だった。僕は苦笑いしながら手に持つ昼飯を口へ運んだ。カルノーホットポットというそれはラム肉とタマネギ、ナス、ブロッコリーをスライスしたジャガイモで覆ってオーブンで焼いた料理だ。それぞれの素材が潰し合うことなく互いを引き出していて味付けも薄め……こういうのを優しい味と言うんだろうか。


「……おいおい、お前ら何やってんだよ、こんな時に」

「あ、いや……違うのよ……。

 ……っていうかユイグ、アンタ覗き見とは良い度胸してんじゃないの……」

「いやいやいや、リーンちゃん達の方でカードは見つかったかなって。たまたま見たらね、たまたまミィとリーンちゃんがゴンドラの中でごにょごにょごにょ――

「わーわーっ。わーわーっ!」

「ったく。時と場所を考えろよ?」

「ちっがう! やめてよ、おじさんまで。何も無かったわよ……結果的に」


 『んん? 何か引っ掛かるなあ』とユイグが続けようとする。見兼ねた僕は口を挟んだ。

 

「もうお前は黙っとけよ。ていうかそもそも誰だよ、ミィって」

「ミサスのミィに決まってんだろ? 俺の事もユウちゃんて呼んで良いんだぜ」

「呼んでたまるかっ」

「なんだ、つれないなあ」


 ユイグは大袈裟に肩を落とす。

 不意に『ワァーーッ』という歓声が周囲から上がった。目を離した隙に競技者達がランスを交えていたらしい。落馬した騎士は中々砂地から起き上がれない。

 それを見下ろすユイグが頬杖を突きつつ誰にともなく呟く。

 

「次はこのジョストに出させられんのかねえ」


 唯一僕の左側に座るチタンがかったるそうな声で応じる。


「どうもそんな感じですね。指定場所は『選手控え室』だ。

 アタシなんか身が軽いからあんな勢いで突かれたら吹っ飛んじまいますよ」

「俺もこういうのやった事ないんだよねえ。……どうよ、ミィ。お前いってみたら」

「そう…………だな」


 振られた僕はあやふやに頷いた。

 細長い競技コースを挟んで向こう側は城壁が連なっており、その両端に小さな黒い入口が見える。

 僕は覚悟を決めてもう一度大きく頷いた。


「お、いいねえ。少しは良いとこ見せてくれよ? 期待してるからさ~」


 本当にユイグは口が軽い。


「……よく言うよ」

「いやいや、ホントだって。信用しろって」


 乾いた声でユイグは笑う。かと思っていると、いきなり僕の首根っこを抱え込んだ。

 顔を寄せてきてそっと冷たく囁く。


「躊躇うなよ? 迷ってるに死ぬから」

「……」


 こいつは……あれだ。例えるなら蛇。蛇に似ている。

 僕は面倒臭げにユイグを振り払った。今こいつのことは後回しだ。


 カードに指定されていた時刻が段々と近付いてくる。今競技を行っているのは当然に運営側の人間達だが、パンフによればこの後は観衆の中から挑戦者を募る『チャレンジングマッチ』があるのだ。

 チタンが腕を組んで首を捻る。


「にしても分かりませんね。誘拐なんて危ない橋を渡っておきながら遊び半分とも思えるこんなゲームに付き合わせようとする敵の意図が。加えてメイアからこのカルノーへ移動する最中もわざわざ道化の格好で……仮にアタシ等をおびき寄せたかったんなら置き手紙一つだって用は足りますし……」


 もっとも舞台に現れた道化は本気だったが。

 黙り込む僕を間に挟み、ユイグが応じている。


「まあ俺が列車ん中でした話が正しかったとしてだけど。人身売買しようなんて連中だぜ。頭もいかれちまってんだよ、きっと」

「うーん。本当にそれだけですかね。……余裕があるというか……楽しんで……いる?」

「だからやっぱりいかれちまってるんだよ。後ろに隠れてる連中も含めて残らず警察に突きだしてやらないとな」

「……うーん」

「まあいずれにせよおっかない連中さ。

 ……ハア。リジーニ坊ちゃん、無事でいてくれるといいけど」

「そうそう、奇妙と言えばもう一つ。今朝の手紙にその坊ちゃんの名前が無かったことも――」


 要するに分からないことが多い。気味が悪い。

 ……何だってそんな連中と、よりによってこんな状態の時にやらなきゃいけないんだ? そもそも本当にやれるのか、僕は。また同じような状況になった時に剣を抜けるのか。

 黒い感情に飲まれたあの時、この体は何を感じて思いとどまったんだ?


 僕は頭を抱え、足元を見つめた。


  ……一番に思い付くのは。……そう、暴走だ。暴走してしまうことを恐れたんじゃないのか。夢の中での経験を除けば刃物で敵に向かっていくのは初めてだった。……しかもあの陰惨な海戦を見て日も浅い。それで僕は――


「……旦那。ミサスの旦那ってば!」


 チタンが僕の肩を揺すっていた。


「ん……ん?」

「そろそろ時間ですから指定場所へ向かいましょう」


 見ればあとの三人は既に立ち上がり、不思議そうに僕を見下ろしていた。

 どうやらその時がきてしまったらしい。


 相変わらず歓声で沸く客席を後にし、僕ら五人は会場の外へ出た。赤や青の賑やかな垂れ幕を掲げるダークグリーンの城壁に沿って裏手へ回っていく。そうして見えてきた小さな扉から中へ入っていった。


 通路は薄暗い上に若干かび臭い。うろうろと彷徨っていると年増の女が声を掛けてきた。


「貴方達、何? ここは関係者以外立入禁止よ?」


 どこでも似たような台詞だ。ただ今回は劇場の時ほど強引にいく必要はない。


「あの、私達ジョストの『チャレンジングマッチ』に参加したくて来たんです」

「……ああ。ひょっとして十四時からのヤツ? 一本だけ抽選無しに挑戦者が決まってるって聞いてたけど」

「そ……そうなの。ちょっと伝手を頼って、強引にねじ込ませてもらったんです」

「へえ、アンタ等が……。そうかいそうかい。

 挑戦者側はここんとこ八連敗中だからね。一発ガツンとかましてここの男共の鼻っ柱へし折ってやってよ」


 何か勝手に勘違いした様子の彼女だったが、登録手続きが必要だと言ってリーンを連れていってしまった。

 残された僕らは教えてもらった通りに通路を進み、二階にある控え室へ着いた。


 湿っぽい淀んだ空気に汗と埃の臭いが混じっている。錬鉄製の壁ランプに照らされ、年季の入ったプレートアーマーが壁際にずらりと並んでいた。粗末な長椅子では鎧を装着しようとする男を何人かが手伝っている。


 僕は目に付いたはめ殺しの窓へと歩いていった。

 先客である肥満気味のおじさんは何やらぶつぶつと呟いている。その隣から遠慮がちに窓を覗き込んだ。

 外を見下ろせば丁度試合が行われようとしているところだ。


 競技場の真ん中に立つ司会の女――コルセットスカートに胸の開いたトップスだ――がフラッグを振ると同時に細長いコースの両端から二人の騎士がスタートを切った。


「…………おお……、あ…………ああっ! …………おお~……」


 勢いに乗って接近していった騎士達は板塀越しに繰り出した互いの突きを躱しつつすれ違っていった。そうしてコース両端まで行ってしまった彼等はゆっくりと向き直っていく。


「やっぱり棒の先が下がってたよ。気を付けるよう何度も言ってやったんだけどダメだなあ」


 おじさんの独り言に曖昧に返事しながら、僕も白いランスの先に注目して二度目の激突を見た。


 なるほど、おじさんが応援している側の騎士が突き出したランスは相手の脇の下をかすめただけだった。同時に彼自身は頭部に強烈な一撃をもらい落馬する。命中したランスの先端は派手に砕け散っていた。


「相手の肩を狙ったんですかね?」

「ああ、そうだろう。

 あれでも大陸南部の戦場を軽騎兵として駆け回ってた奴なんだけどな。いかんせん銃剣とランスじゃ扱いが違い過ぎるようだ」

「そんなに難しいものですか」


 中々起き上がらない彼の元に担架を持った二人が駆け寄っていくのが見えた。フルフェイスのメットを脱がすと派手に流血している。意識はあるようだ。


「まあその差は見ての通りだな。タイミング、動作の正確さ、あとは度胸か。

 ここの奴等も全然手加減してくれないし、まず普通にやったら勝てないだろう。

 ……何だ、兄さんも出るのか?」

「……ええ。多分」

「やめといた方が良いぞ。あれは当たり所悪けりゃ死ぬよ」

「……」


 おじさんは心配だから見てくると言って部屋を出ていってしまった。

 僕はいつの間にか握っていた拳を開く。僅かに汗ばんでいたそれをパンツでゴシゴシとやってから、脇に立てられている木製ランスを取った。


 天井に届く程に長い。そして重い。水平にしてみると若干しなっているようだった。少し操ってみただけですぐに腕の筋が張ってくる。おまけに触ってみた感じ普通の木材である。先ほど砂糖菓子のようにして砕けたのが嘘みたいだった。


 僕はこちらへやって来たカジにランスを渡す。そうして気付いた。拭いた筈のてのひらがまだ濡れていることに。


「ミィ、そろそろ時間らしい。リーンがスタッフ連れてきたぞ」


 ユイグもいつの間にか僕の隣に立っていた。

 入口からリーンに続いて二人の男が入ってくる。アーマーの装着を手伝うのだろう。

 

「代表者のミサスさんですね。えーっとそれで参加される方は――」


 その言葉が終わる前にユイグが僕の背中をバシッと叩いた。


「気合い入れてけよ~。ガキ達が待ってるからな」 


 僕は無言で頷く。頷いてから視界の端でランスを持つカジに気付いた。カジも僕の顔を覗き込む。


「なーんか浮かない顔してんな。大丈夫か?」

「……え。 ……ああ……」


 カジは僕の倍は太い腕で軽々とランスを持っている。

 瞬間ふっと一つの考えが閃いた。


「……そうじゃなくて……考えてたんです」


 僕はスタッフに少し時間をもらうと、カジ達を集めて先程おじさんから聞いた事を説明し、その攻略法を提案した。

 黙って聞いていたカジが何度か頷いた後質問した。


「ふうん、中々面白そうな方法じゃねえか。だけどそれ、お前さんにやれるのか、小僧」

「残念ながら僕の腕力と体格じゃ無理だと思います。というかこの中でそれをやれるのは……」

「ふうむ……、俺だけみたいだな。それじゃやってみるか。みんなもそれでいいか?」


 あっさりと了承したカジにリーンとチタンも頷く。ユイグだけはどこか興醒めしたような顔だったがそれでも『いいんじゃないの』と二人に続いた。


 そうなんだ。勝たなくては意味がないじゃないか。これで何も間違っていない。


 やがて銀の甲冑を窮屈そうに着込んだカジはランスを肩に、スタッフを従えて出ていった。


 僕ら四人は小窓に集まりその勝負の行方を見守る。

 それまで退屈そうな顔をしていたユイグが、馬上の人となって出てきたカジの後ろ姿を見つけて口笛を吹いた。


「あの巨体に鎧は映えるねえ。退役したって聞いたけど」


 チタンが説明する。


「辞めたのは上の連中とぶつかったからですし。むしろしがらみが無くなって生き生きしてんじゃないですか」

「頼もしいねえ。ミィの突飛な戦法も含めてじっくりと拝見させてもらうよ」


 カジがコースの端まで馬を進めたところで、競技場の奥に相手の騎士が現れた。カジと違ってこちらは並の体格といったところだ。ただしその姿を見たギャラリーから盛大な歓声が上がった。多分町の人間も結構いるのだろう。その人気で実力の程が窺えた。


 やがて双方、コースの両端から互いを睨みつつランスを水平に構える。長い柄を脇に抱えて固定する。

 そうして会場のざわめきが収まっていく中、コース中央に立つ司会の彼女は手にしていたフラッグをゆっくりと持ち上げていく。それに注目したギャラリーが完全な沈黙に包まれたのを確認したのち、彼女は地を叩くようにフラッグを振り下ろした。


 力強く駆け出したカジの馬は砂埃を巻き上げ猛然と加速していく。風を巻き込み突き進んでいく。たちまちに相手との距離を詰めていったカジは上体を屈めながら、右腕で自分をくようにしてランスを水平に振りかぶった。同時に手綱を放した左腕を立てて十字を組む。

――交錯の刹那。全身全霊を込めて繰り出されてきた一突きを、カジは左腕の装甲で受けながら、構えていたランスを相手の胸部目掛けて水平に薙ぎ払った。


 双方の木製ランスが先端から砕け散り、その破片が舞う中、地面へ落ちていったのは相手の方だった。

 一際大きな砂埃が舞い上がり、主人を失った馬が歩みを止める。

 対するカジはそのずっと向こうで自分の馬と共にコースを走り終えようとしていた。彼は崩れかけていた体勢を戻すと、半分程の長さになってしまったランスを天高く真っ直ぐに掲げる。

 その堂々とした背中へ向けて上がり始めた歓声と拍手は次第に大きくなり、やがては会場中を包んでいった。


 期待通りだ。僕はもうため息をつくしかなかった。


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