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月の刻限  作者: ゆいぐ
第三章
72/76

第七一話 歯車 七

適当用語解説

・ローラーコースター:ジェットコースター

 ひとりでに骸骨が笑いだしたらこんな風に聞こえるに違いない。カタカタカタという心無い音と共に僕は今、ゆっくりと青空へ運ばれつつあった。冗談ではない。地面はもう遥か遥か下だ。サーカスのテント――白、青の放射状模様――も、軒を連ねる屋台も、その間を練り歩く観光客達も、全てがミニチュア模型のようにちっちゃくなってしまっている……筈だ。


 僕は頬に吹き付けてくるからっ風に奥歯を噛みしめながら、左隣に座るリーンを見やった。

 ……ああ、大きく目を見開いて僅かに口角を上げている。そのバックに大空と観覧車しか映らない今の状況を、スリルをしっかり楽しんでいますって顔だ。もしかしたら彼女の頭からはもう本来の目的が失せているのかもしれない。彼女だけじゃない。僕の後ろからもユイグの『これ一回乗ってみたかったんだよなあ』とか『奥さんどこから来たの、旦那さんは?』等という暢気な声が聞こえてくる。


 いかんいかん、僕がしっかりしなくては。不幸にも頂上は……もうすぐそこだ。必要最低限のことだけでも説明しておきたい。

 要はローラーコースターなるものに乗っているのだ。座席の付いた長めのトロッコと思えばいい。これはカルノーの町をぐるりと囲うように敷かれたレール、それが左右だけでなく上下斜めにうねうねと――


 現実を直視せよと言わんばかりに視界が下方へ強制スライドしていく。青空のみ映っていたそこに、今の今から乱高下していくコースの全貌がせり上がってくる。更に視界はスライドしていって……最後に地上まで最短距離で敷かれた白レールへズームアップする。

 や否、殆ど垂直のそれを猛然と落下していった。


 腹の底に湧き上がった軽さを味わうひまもない。勿論、隣で元気一杯に上がっている絶叫に耳を傾ける余裕も。

 落ちていく先に広がる茶色い地面、との距離は見る間に詰まっていった。だがそれをぎりぎりのとこで躱すようにコースターは車体を起こしていく。息を付く間もない。すぐ目の前を高速で流れていくレールそのものが起き上がろうとするかのように迫ってくる。こっちは顔を上げようとしているのに頭を押さえ付けられているような感覚。そうしてレール越しに見えていた茶色い地肌が今度は次第に遠ざかっていって、上から青空が覆い被さってきた。

 もしかすると僕の後頭部は最初からシートの背もたれに預けっ放しだったのかもしれない。

 さらに増していく加速度で体中がんじがらめにされたまま、目に映る空のほうがぐるりと一回転していった。


「ァァぁあああぁぁァァアアーーッ!」 


 大合唱である。


 それから後は、地面擦れ擦れのところをわざわざ横倒しにされて猛スピードでカーブしていったりだとか、巨大な格子状に築き上げられた木組みの中へ突っ込んでいったりだとか、意味もない山なりの連続で最初の浮遊感を二、三回リピートさせられたりだとか、あちこちたらい回しされたわけである。


 従ってぐったり気味だった僕は、それまでとは違うテンションで騒ぎだしたリーンにすぐ反応出来なかった。彼女が僕の左肩を揺すれる程にコースターはもうスピードダウンして最後の直線コースに入っていたのだが。


「ミサス、あれ! あれじゃないの、カードって!」


 彼女が指差したのは真正面である。見れば向こうからコースターが近付いてくる。結構なスピードだ。このままいけば僕らの乗っているコースターとすれ違う……ようだ。

 そう言えばこのアトラクションの名前は『ツインスネイク』だった等と思い出していた僕は、向こうのコースター、その左側へにょきっと伸び出た細い腕を見つけた。そして指先には目の覚めるようなブルーのカードが。


 つまりはあのカードを集める為に僕らは二手に分かれて町中のアトラクションで遊ぶ羽目になったのだ。

 そんなことに付き合わせようとする相手側の狙いがどこにあるのか見当もつかない。ただ、今朝このカルノーの町を探索し始めた僕らに、見ず知らずの観光客を介して一通の招待状が手渡され、そこに『ツインスネイク乗り場』と『ミラーハウス』に行くようそれぞれ時刻が指定されていて、従わなければ大事な宝石二つに傷が付くことになると、そう書いてあっただけだ。

 ちなみにそこにユイグが探している『リジーニ坊ちゃん』のことは毛ほども触れられていなかったのだがひとまずそれは置いておこう。


 ともかくここへ来てようやくキルとクリスに届くかもしれない手掛かりが、図らずも向こうから転がり込んできたようなのである。この事件に例のカルノーレヴェリーがカンパニー全体として絡んできているのかはまだ断定しない方が良さそうだが、とりあえず折角の誘いを断るべきでないことは確かだった。


 僕は慌てて腰元の太い革ベルトを外そうともがく。が、さっきまで目の前の手摺りを握っていた両手はすっかりかじかんでいて思うように指が動かない。そうこうしているうちに向こうのコースターはどんどん迫ってくる。左でリーンがやかましく喚く。


――ええい、仕方ないっ。

 僕は腰を固定されたままの態勢で精一杯に車両右側へ腕を伸ばした。向こうの白い手の主は間違いなく敵の人間だろう。カードを貰うついでにその面を拝んでやる。

 という思惑は瞬く間に潰えた。予想以上に高速、急激な接近。


 僕はあたかも海鳥が海面際に上がってきた魚を掠め取るように……!


 パンッ、とはたかれた感触だけが右手の指先に残る。視線の先でトランプ大のカードが宙を舞い……直後二つのコースターは互いの轟音と共にすれ違っていった。

 ついでに言うならレール下が観賞用の人工池になっていたとも本当に運が悪かった。誰も悪くない。


 しばらくして、屋根付きの停車駅にコースターが到着した。

 覚束ない足取りでホームに立った僕はとりあえず感想だけ言った。


「……町を取り囲む程に長く作るローラーコースターなんて気違いじみてるよな」


 隣に立つリーンは顔から湯気をふかしている。


「どうすんのよ! カード取れなかったじゃない!」

「……しょうがないだろ! あんなタイミングで用意されてるなんて思わなかったんだから!」

「何よ、コースターの勢いにびびってたから手出し遅れたんじゃない!」

「……。

 ……それとこれとは別だ! あんなの艦船で味わった恐怖に比べれば――」

「ちょいちょい、お二人さん。そこまでにしときな」


 間にユイグが割って入る。

 意味不明に自信満々のにやけ顔だ。彼は一層目を細めて僕らを交互に見てから、


「……これ。なあんだ」


 と指に挟んだ青いカードを立ててみせた。


「え…‥。……何アンタ、取れてたの?」


 驚き喜ぶリーンにユイグは『偶々顔に張り付いてきただけだけどなー』と言いつつも得意気だ。

 ……何にしても助かった。


「それで……次の指示でも書かれてるのか?」


 僕の問いにユイグはカードを裏返してみせる。そこには交差する短剣とその下に『Ⅹ―Ⅺ・観覧車・青』の文字が。『短剣は何を意味するのかしら』とリーン。『これだけじゃ何とも』とユイグ。

 僕はアトラクションの方にげんなりした。


「……またか」

「ん……? 観覧車は高速回転なんかしないわよ?」

「あ、ああ。……そうか」


 どうせ馬鹿にされるからそのままにしておこう。


 僕らは次のアトラクションへと向かうべく駅の階段を降りていった。


「うーん、この調子でカード集めてくだけなら意外とすんなりいくかもね。子供達をさらってくなんて血も涙もない連中だから、どんな無理難題吹っかけてくるかと思ったけど。」


 今さっきまで騒ぎ立てていたのはどの口ですかと思いながらも、僕は頷いた。


「まあそうだな。いきなり斬りかかったり銃ぶっ放したりしてくるわけじゃないからな」


 先を行くユイグが振り返る。


「おいおい、物騒なこと言うねえ。そんなことになったら俺は真っ先に逃げるんでよろしく~」


 これこそどの口が、だ。カルノーへ来るまでの寝台列車でカジとチタンに気付かれることなく近寄ってきたり、僕自身が意識していなかった殺気まで見抜いていたりとか、このユイグの方こそよっぽど物騒に思える点が多い。ただこうして彼と数日一緒にいてみると、拍子抜けする程に明るくて気さくな奴だし、今その腰に差している剣の黒鞘は傷一つ付いていないのだ。あちこちで剣を振るってきた人間てわけでもなさそうである。ということは物騒ではなく胡散臭いと表現すべき奴なのかもしれない。

 機会を窺って近いうちに夢のことを聞き出さねばらない。


 次のアトラクションである観覧車はゴンドラごとに色が異なっていた。ただ指示にあった『青』のゴンドラが二つある。

 行列の最後尾につき、リーンが懐中時計を出した。


「カードにあったⅩとⅪは多分時刻の指定だとして、この混み具合なら問題無さそうだけど。

 どっちのゴンドラが正解かしら」


 ユイグが答える。


「両方乗ってみりゃいいよ」

「なるほどね、けどこのまま並んでだところで青いゴンドラが丁度私達に当たるとは限らないわよ」

「どーってこたぁない。問題ないさ」


 ユイグは、僕達の順番が近付いてきたところで係のお姉さんに頼み込んだ。


「いやね、実はこないだ乗りに来た時にこのお嬢ちゃんがゴンドラの中にピンクのパール落としてきちゃってね。それが青いゴンドラだって言うのよ。お姉さん悪いんだけどさ、俺達の番ちょっとずらしてもらえないかな。凄くっさいから、多分拾われてないと思うんだよね」

「は、はあ。」

「ありがとー! 助かるよ。ほら、お嬢ちゃん達もお礼言って!」


 不意に振られて僕らは慌てて合わせる。ユイグはさらに調子に乗る。


「あ、なんなら二つ目のゴンドラはお姉さん、俺と一緒に乗っちゃう?

 お姉さんみたいに綺麗な人がこんな楽しい場所に一人でいるなんて何かの間違いだよ」

「間違ってんのはアンタだっ」 


 見兼ねたリーンが亜麻色の頭にチョップを撃ち込む。それでもなお騒ぐユイグを僕らは列の外に引っ張り出した。ともかく順番を譲るなら僕らは邪魔だった。


「リーンちゃんも俺につっ込めるようになってきたか。出会った頃が随分と昔に思えるなあ」

「三日前よっ」


 それでもちゃんとつっ込むリーンを見てユイグは笑っている。


 やがて青ゴンドラが回ってくるとユイグは『ほら、乗った乗った』と言って僕らを押し込んだ。

 係りのお姉さんに代わってドアまで閉める。

 笑顔で手を振るユイグに見送られてゴンドラは動き出していった。


 軽くため息をつきつつ僕はリーンの斜め向かいにに腰掛けた。今度の座席はクッションがろくに効いていないのか固い。


 やがて地上から少し離れると、僕らはゴンドラの中でカードを探し始めた。

 しかしそもそも狭いこの空間で何かをしまっておけるようなスペースなどない。探索はすぐに行き詰まり、僕は再びシートに座り込んだ。気が付けば結構な高さまで来てしまったらしく、まだ天井をゴンゴンと叩いてみているリーンの向こうに地上の景色が見えた。


 どうも遠景であればそこまで恐怖を感じないらしい。なるべく遠くの物をと視線を這わせていった僕は赤屋根が幾つもひしめく先の森にどっしりと構える大きな城を見つけた。


「……あれか? カルノレア城ってのは」


 この町に来るまでにユイグから少し聞いた話だ。カルノーレヴェリーが事実上本社として使っているらしい。テーマパークを銘打っている割に落ち着いたデザインであるのはそのせいだろう。淡いベージュの煉瓦壁に黒い屋根は悪党にしては悪くないセンスだとは思う。


「ええ」


 リーンも手を休めて振り返り、頷いた。


 こんな回りくどいことをしていないでじかに乗り込んじまおうとは今朝のカジの意見だが、人質を取られている以上ゲームに付き合うしかない。

 それにしても大陸端たいりくはじのメイアで起こった子供の誘拐事件に始まってカンパニーの人身売買、更には国教教団なんてものにまで話が及びつつある。仮に教団が絡んでいるのだとすればあのロアも無関係でないのだろう。そしてそのデスニアがフウスと武器取引や技術供与を通して関わり合っている。

 結び付いてほしくないもの達を繋ぎ合わせる一本の線が浮かび上がろうとしている。じわじわと不安が押し広がってくる。


 僕は目の前のリーンに視線を戻した。

 この事件がもし上手く解決したら……いい加減、彼女に真実を問い質すべきなのかもしれない。知れるだけのことを知った上で僕はおそらく――


「ほら、探すわよ。もたもたしてると一周終わっちゃうわ」


 リーンは再び立ち上がる。僕もそれに従った。


 ……だが目当てのそれはやはりどこにも無い。そもそもカードをしまえるような場所がなかった。


「ねえ、まさか外とかに無いわよね……」

「え……」


 リーンが天井の四角い継ぎ目――片側は蝶番ちょうつがいだ――を指差している。


「……非常口か」


 勿論あまりいい気はしない。


「そう……みたいっ……。……ああっ、固すぎ!」


 低い声で唸るリーンをちょっと笑いつつ、僕も横に並んで一緒に押してみる。


「んんん……んんっ……」


 押しているうちにふと、隣のリーンの体が意外と熱いことに気付いた。

 気が散らないよう更に力を込める。


「男……でしょっ。見直し……てもらえるチャンスよ……っ」

「そっちこ……そっ。……いつも通り……の力を……」


 不意にリーンが腕を降ろしてしまった。


「何がいつも通りの力よっ」

「そういうのは今はいいからこいつを――


 こんな時まで、と可笑しさをこらえつつ隣を見ると、割とすぐ目の前にこっちを睨むリーンの顔があった。やがて彼女も馬鹿々々しくなったらしい。クスクスと笑い出した。

 ただ少しの間二人で笑ってから何の気なしにリーンを見たら、またお互いの視線がぶつかった。見慣れた筈の勝気な瞳にじっと見つめられて、僕の鼓動がまた早くなっていく。そうしていつしかそういう雰囲気になっていった気がしたのだけれど。


 彼女の瞳が僅かに揺れたように見えて――


「リーン」

「…‥ん?」


 結局僕は逃げてしまった。


「唇に」

「え?」

「ソースが付いてる」

「えっ?」


 リーンは慌てて口を拭う。頬がほんのり赤く染まっていく。続いて彼女はこっちを睨みつけたから僕は即座に理解した。というか諦めた。


 そして案の定、石でも握り込んでんじゃないかという彼女のグーが僕のみぞおちをえぐった。

 そのまま崩れ落ちた僕は、最後の力を振り絞って捨て台詞を吐く。


「だからこれが……いつも通りの力だと言ってるん……だ」

「ばか」


 心なしかその一言には僅かな温もりもあった。


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