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月の刻限  作者: ゆいぐ
第三章
57/76

第五六話 岐路 壱 

・適当な用語解説

 信号灯:回光通信機の一種。モールス信号のやりとりをするライト。

 ストレートパート:口髭の種類。短い。中央は生えてません。

 艦橋かんきょう:ブリッジ。指示を出すところ。窓から外の状況を見られる。

 甲板かんぱん:デッキと同義でつかってます。

 吊りどこ:ロープじゃなくて麻とかの布で作られたハンモック。

 砲郭ほうかく:大砲が設置されている小部屋。

    砲兵達が待機していて、戦闘になると大砲をぶっ放す。

    物語中では、船の側面、船首、船尾にある。

 単縦陣たんじゅうじん:縦一列に並んでる陣。

 舷窓げんそう:船の窓

 サヴィッジシール(英語):獰猛なアザラシ

 スタンフォークを出港した艦隊は真東へ向かった。それからいくらも進まないうちだったと思う。前方に見えてきた小島を合図にしたように、後方にいた六隻が北東へ、残りの八隻が南東へと舵を切った。ミサス達が乗っている装甲艦『サヴィッジシール』は後者の中程にいる。

 そのサヴィッジシールの左舷さげんでは、メインマスト近くに立つ海兵が信号灯を操作していた。ちなみに彼はミサス達と異なり、黒のセーラー服を着用している。元からの乗員なのだろう。通信機の丸い光源はカジの顔よりでかい。分かれていく僚艦に激励のメッセージを伝えているようだった。


 それから少しして、八隻の艦船は隊列をゆるやかに組み直していった。即ち二列ふたれつ単縦陣たんじゅうじんから、菱形へと広がってゆく。前甲板まえかんぱんの人混みから眺めるその様子は、よく訓練されていると思わせるほどに滑らかな動きだった。


 やがてミサス達の後ろ上方、つまりブリッジの屋上から『一同、艦橋上かんきょうじょうに注目ッ!』という大きな声が上がった。

 振り返って見上げたそこには、声の主である若い士官と中年の高官がいた。大体二メートル程の高さにあるそこは、側壁に架けられた簡易梯子(かんいばしご)で登れるようになっており当然に手摺で囲われている。

 二人は黒の制服を着ていた。詰襟つめえりの付いたそれはミサス達の着ているものと異なり、大分格式ばっている。


 デッキから艦橋上を見上げた数百人の兵士達が、ざざっと直立不動の姿勢を取ったのち、一呼吸置いてから敬礼をする。当然にミサス達もだ。

 中年の高官はきびきびとした足取りで手摺へと近付いてきて、下にいるミサス達に向け敬礼を返した。よく見れば彼の左胸には小さな勲章が一つ付いている。年齢は五十前位だろうか、ストレートパートの口髭が中々渋い。彼は威厳のこもった声で兵士達に呼び掛けてきた。


「本艦長を務めるグレスリー中佐である!


 短い付き合いとなるだろうが、

 諸君等がこの艦にいる間、上官を務めさせてもらう!


 既に町で説明を受けてきたと思うが、

 スタンフォークから乗り込んだ君達の任務は

 アボルダージュにおける斬り込み突撃である!


 会敵予想時刻は六時間後の十五時半!

 抜刀待機の指示がくだるまでは割り当てられた部屋で休み

 鋭気を養っていてくれ!


 諸君等の活躍が

 対フウス戦線における突破口とならんことを切に願い

 この挨拶をしめさせてもらう!」


 短い挨拶だ。彼は最後に解散を命じ、下のブリッジへと引き上げていった。後に続いて簡易梯子かんいばしごを降りた士官もまたブリッジの中へと入る。そしてそのドアが閉まったのを合図に、兵士達はブリッジ脇にある階段を降り始めた。どうやら敵の艦隊とぶつかるまでは、特にこれといってやるべきことはないらしい。


 しかし、それにしても並外れた人数だ。上空から探しても、甲板の茶色い板は見えないかもしれない。目的の階段に行き着くまで続くであろうこのもどかしい前進は、ストレス以外のなにものでもない。しかも艦橋の上を見ていた先程と異なり、視界に捉えるべき対象が全く見えてことない。目に映るのはダークグリーンの背中ばかりだ。それは僕を余計にうんざりさせた。

 そんな僕の退屈を見透かしたかのように、隣を歩いていたラモンがミサスへと話し掛けてきた。言い忘れていたが、アイザー、レックスも同じ小隊にいる。勿論新規参入の十名も、ミサスの傍を歩いていた。


「隊長、ちょっと良いですか」


「ん?」

 

「ちょっと戦闘の流れを確認させて頂きたいのですが」


「ああ、分かった。

 どうせ、船内の部屋に着くまではこの状態が続くだろうしな」


「すみません」


 ミサスとラモンの会話に、近くを歩いていた他のメンバーも寄ってくる。

 ……だあぁっ!それ以上密集するんじゃないっ。窒息してしまう。

 悲鳴を上げる僕と正反対に、ミサスは丁寧な口調で説明を始めた。


 クロイン側の戦術は以下の通りだ。即ち。

 敵艦隊を射程内に捉える辺りまで近付いたら、鶴翼と単横陣たんおうじんの中間のような陣形を組む。そのは射程ぎりぎりで砲撃を続けつつ、頃合いを見計らって左翼と右翼の計六隻が敵艦へ突っ込んでいく。中央の二隻は援護射撃を続行。ちなみにこのサヴィッジシールは右翼の後詰ごづめを担う。

 そこから先は接舷攻撃(アボルダージュ)。つまり敵艦にこちらの舳先を激突させ、そこからミサス達が乗り移ってフウス兵を直接襲う。それで敵艦を沈めることが出来れば、元いた船へ戻るし、奪うことが出来ればその艦船で残る敵を攻撃する、という流れらしい。勿論、突撃には艦船を操縦出来る者達も同行する。


 ついでながらミサスとメンバーの会話を聞いた範囲内で僕が把握した、当時の海戦の有様ありようについて説明させてほしい。『当時』というのは、西大陸における、という限定も含めている。

 艦砲かんぽうの射程はせいぜい三、四キロ。おまけにその精度は高くなく、撃ち手の技量によるところが大きい。『独立撃ち方』と呼ばれるらしいが、艦橋から敵船の選定と砲撃開始の指示が下った後は、それぞれの砲郭ほうかくが独自に詳細な判断を行ってゆくことになっていた。つまりタイミング、距離、方位、大砲の仰角、旋回角等の判断だ。ちなみに艦橋と砲郭は伝声管で繋がっている。

 まあ言うなれば、一発毎の威力と命中率に賭けるというよりも、数で勝負という雰囲気だったと思ってもらえばいい。

 蛇足ではあるが。艦船の甲板上にあって、ほぼ全方位へ砲口が旋回していくような砲塔と呼ばれる機構は無かったし、艦橋の方で上述の判断をするような射撃方法も採られていなかった。それらはまた別の折に触れる機会もあるだろう。


 そんな風に、長々と丁寧な説明をミサスがしている間に、彼等はようやっと目的の階段まできた。

 斜めにかけられた木製のそれを降りてゆく。幅は割と広い。頑張れば三人が一度に行き来できるだろう。

 船内もデッキ同様に、基本は木製だった。あの漆黒の外観からはやや拍子抜けな気がしなくもない。あるいは砲郭と機関部に金がかけられているのかもしれないが。


 二階層分降りてきた階段は更に下へ続いていたが、ミサス達小隊のメンバー十八人はそれを降りずに、通路を歩いていく。人の体内かと見紛う程に閉鎖的で薄暗い空間だ。ただ、思っていた以上に幅は広い。二メートルはあるだろう。しかし高さが無かった。どう見ても二メートルに届いていない。

 そうして彼等は一室の前で止まり、その両隣も含めた計三部屋へとばらけて入っていった。


 ミサスと同室だったジャン、ケーケ、ラモンの三人は大人しく待機などしていなかった。というよりも、戦いを前にしてじっとしていられなかったのかもしれない。狭い室内の小さく丸い舷窓げんそうから外の海を眺めていたのは僅かな時間で、すぐに部屋を出ていった。ミサスも別に止めない。まあ中佐が言っていた時刻までは、まだ大分あった。


 やがてそれから二時間も経った頃、携帯食を食べ終わったミサスのところへジャンとラモンだけが帰ってきた。あちこち船内を探索していたらしい。


「ケーケは?」


 ミサスに聞かれたジャンが『上の砲郭ほうかくだよ』と答えた。どうやらケーケは飽きずに一人で探索を続けているらしかった。それとも海兵達と世間話でもしているのだろうか。

 ミサスは少しの間、思案顔をしていた。やがて立ち上がり、部屋を出ていく。


 ミサスは通路沿いで見つけた階段を手当たり次第にのぼっていった。すぐ上のフロアに配置されている砲郭は、どの室内にも三つづつ大砲が配置されていた。砲同士の間隔は四メートル位だろうか。後ろの壁は棚が設置されていて真っ黒な砲弾がずらっと並んでいる。

 それらの誘爆を防ぐ為なのか、先程までと打って変わって部屋の作りはしっかりしていた。砲郭同士を隔てる壁には金属製の分厚い板が用いられており、天井にはむき出しであるものの頑丈そうな鉄骨が張り巡らされている。砲郭同士の行き来も出来ないようだった。


 ミサスは捜索対象者がいないことを確認すると、すぐに階段を降りてゆく。そうやって五、六回繰り返しただろうか。

 左舷中程の砲郭で、ようやくケーケを見つけることが出来た。彼は大砲の傍らで、毛布をくるんだ吊りどこを更にロープでくくろうとしていた。傍に他の者はいない。海兵達はその左右にある砲の近くで地べたに座り、簡素な昼食をとりつつ雑談していた。

 ミサスの気配に気付いて振り向いたケーケの顔は、力を入れていた最中らしく真っ赤だった。両の手を交差させたままの姿勢である。彼はまた向き直り、ロープを結ぶ作業を続ける。


「なんだ、お前か。

 ……俺がここに、いるって……よく分かったなっ」


「ジャンに聞いたんだ」


「……なるほどなっ」


「何してるんだ?」


「この吊り床がさ……くっ。

 ……敵の砲撃で吹っ飛ばされた時の……緩衝材やら、

 船が沈んだ際の……ぐっ、

 浮き袋になってくれたり……すんだとっ。


 お前……昼飯はっ……」

 

「さっき済ませた」


 ……なるほど。見渡せば壁のあちこちに、小型のサンドバッグのような白いのが幾つか立て掛けられていた。その形状を保つためなのだろう、今ケーケがやろうとしているようにどれもロープが等間隔で三、四本巻かれている。


「……やっぱ駄目だな。

 思うように力が入らねえや。


 慣れてる海兵でも一分半位かかる作業らしい。

 起床直後に毎朝やらされてんだとよ」


 ケーケは諦めたようだ。それをごろんと寝かせた。ミサスが言う。


「お前はまだ食ってないんだろ?

 戻らないか?」


「ああ……折角来たし、もう少しな」


 ケーケはそう言うと、大砲の脇へと歩いていった。外からその筒を見た時は中々スマートな砲身だと思ったのだが、こうして舞台裏で全容を拝むと、随分ずんぐりとしていた。高さはミサスの肩程もある。幅も、肩幅位かたはばぐらいはあるか。砲撃時の反動を殺しるような、重量を持たせる目的もあるのかもしれない。その本体から伸びる細長い鉄筒てつづつは、大きな四角いくり抜き窓の外へと突き出していた。


 ケーケは更に歩を進め、その四角い窓から外の海を見下ろした。砲口があちこち向く際に、それを妨げぬよう広く取られてあるのだろう。鉄筒の左右に顔を覗かせる位のスペースはある。


 多分、ミサスは再び説得するつもりでケーケを探しにきたのだと思うが。彼は中々切り出さなかった。軽はずみな言葉をかけて、その機会をあっさり棒に振ることを恐れていたのかもしれない。

 しばらくして、ケーケの方からぼそっと言った。視線の先は相変わらず外だ。


「何つうか。

 ヨウを引っ張ってくるマアヴェを見てたら、

 アーサの事思い出しちまってさ」


 それからケーケは自嘲するようにちょっと口元を歪めた。


「あのオルゴール、まだ送ってないんだ。

 ドレスバイルからスタンフォークまで持ってきちまってよ。

 ……俺も何考えてんだかな。


 こっち来た日に郵便局まで行ったんだ。


 けど、宛名の欄にあいつの名前書き込んでる時に

 その顔を思い浮かべてたら。

 ……不思議と右手が止まっちまってさ」


 そして唐突に付け加えた。


「俺とお前達がぶつかっちまう原因も

 その時感じた戸惑いと……。

 無関係じゃなかった……のかな……」


 頭の中の言葉を、そのまま吐き出したという感じだった。


 これからすぐ後に記す一文は、必ずしも正確な表現だとは思っていない。ただ、今の僕にはそういう風に言い表すことが精一杯だったというだけだ。

 即ち。生ある者を慈しむ思い。近しい者に対してであれば、自然といだける感情。本来向けるべき対象が『生ある者』に限定される筈のその思いを、マアヴェだけは多分、その区分に属さぬ者達にまで向けている。あるいは彼女の背中を見ている僕やミサスも、いつか同じように思える時がくるのだろうか。


 ミサスはケーケに今、それを教えるべきだった。たとえミサス自身が、それを明確に説明するだけの言葉を持ち合わせていなかったにせよ。

 マアヴェのみが持ち得ているその思いこそが、この戦場から抜け出すための確固たる動機になる筈だったから。


「ケーケ」


 けれど、その声にケーケが振り向いたのは、話を聞くためじゃなかった。

 むしろミサスに伝えておきたかったらしい。彼は体験を話すような口振りで言った。


「なあ、確かにあったよ」


「え?」


「……あったのは、覚えてる。


 あの頃の俺達の輪の真ん中に、その思いは確かにあった」


 ケーケは穏やかに続ける。


「みんなでその思いを守ってた。

 ススやマアヴェは勿論、

 お前や俺だって間違いなくその輪の一部だった」


 みんなが同じ思いをいていた時間。


 僕は改めて考える。先程述べた、『生ある者を慈しむ思い』という表現。仮に、『生ある仲間を慈しむ思い』と置き換えてみても、まだそれは何というか……冷たい、型にはまり切った、当たり障りない表現である気がして、何となくもどかしい。


 ケーケは続ける。


「スス達がいなくなっても。


 俺は、

 それを守ってるつもりだった。


 武器を手に戦い続けることで……、

 そうやってフウスの奴等の命を奪っていくことで

 俺なりに守ってきたつもりだったんだ」

 

 不意に、ケーケの目から力が消えていった気がした。


「……けれど、肝心のそれが。

 守ってきた筈のそれがどんな思いだったのか。


 今の俺にはもう、分らなくなっちまった」


 そこまで言って、ケーケはちょっと思い直すように、ミサスへからかいの目を向けた。


「ミサス、多分お前だってそうだったんだ。


 俺と同じ道に入りかけてた筈の、

 そんなお前を引き戻したのはマアヴェだったのか?」


 ミサスはつらそうな目をしてケーケを見ていた。マアヴェの名前が唐突に出てきても、その表情は変わらない。それどころか一層に……。

 ケーケは少し笑ったみたいだった。そして、とても優しい声で言った。


「お前やマアヴェが

 もう一度『ススの忘れ物』を探し出そうとしてるのは

 その思いを守る為なのかもな。


 ……いや。もしかしたらそれを探そうとする意志こそが……」


「……」


 それからケーケは、悲しげな表情でミサスと視線を合わせ、断言した。


「残念だけどそれは……その思いは、

 俺にはもう二度と見えねえよ。

 お前達と一緒に行くことも……出来ない」


 『その思いの中身は、これこれこういうものだ』。そう説明されたからといって、いだけるようになる代物ではない。ケーケの言う『見えねえ』とは、そういう意味だろう。そしてきっとそれを理解したから、ミサスは視線を足元に落とした。

 ケーケは他人事みたいに付け加えた。それはこの上なく残酷なセリフだった。


「きっと、このまま戦い続けてくうちに

 そんな思いがあったことさえ忘れちまう」


 ケーケの言葉が重い。ミサスは何も言えなかった。ただ、俯いている。


 少しして、昼食を終えた海兵達が二、三人、こちらへ戻ってきた。ケーケは転がしていた吊り床を彼等に返し、階段へと向かってゆく。

 ミサスが、何も言えないと知りつつ追いかけたその先。階段の中程で、ケーケは立ち止まって視線を落とした。右拳を左胸に当て、その背中がぽつりと言う。


「……たださ。


 この先、お前達がその思いを守っていってくれるなら、

 俺自身がここいだき続けてきた

 『守りたかった』って気持ち自体は報われるのかなって。


 そう考えたら……気が少し楽になった」


 彼はそれだけ言って、階段を静かに上がっていった。


前話に、艦橋や船の名前の描写がなかったので、近々修正します。

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