第五一話 歯車 弐 ―― 出発 ――
メイアの会館で情報を共有してきた僕等は孤児院に一度帰った。戻った三人を待ち受けていたのは、おばさんと、遠出の支度を整えたリーンだ。そういえば今日はアノをシオルへと連れていく日だった。西大陸より戻ってから結局一度も彼の顔を見にいってやれなかった。しかし。
『これから行くとこだったのか』。リーンにそう尋ねたら想定外の回答が返ってきた。
「キルとクリスを追いかけるんでしょ。
私も手伝うわ。」
「手伝うって……。
今からアノを送ってくんだろ? シオルまで」
「そうよ。
これからシルクスの病院へ行って、転院の手続きを済ませて。
それから彼をシオルまで連れてくの」
「じゃあ、まさか……」
唖然とする僕等三人に彼女は言った。
「貴方達と一緒に行くわよ。
勿論そのルートが私とアノ君の行先とかぶる範囲内でだけどね。
おばさんの許可だってもう貰ってるわ」
リーンは自信たっぷりな笑顔でおばさんを見る。おばさんは処置無しと言った感じにお手上げのポーズをしてみせた。
しかし良いのか。いくら子供達の命がかかっているとはいえ、かえって足手まといになりはしないか。行先がかぶっていようがやはり大事を取って別々に行動すべきではないか。僕はその懸念をリーンに伝えた。しかし彼女は僕の心配など蚊程も気にしてくれなかった。
「あのねえ。
いくらメイアの人達が手伝ってくれてるからって
際限なく頼るわけにはいかないのよ?
警察だってこんな広範囲に及ぶ奇怪な事件、
どこまで本腰になってかかってくれるか分からないわ。
孤児院の子供達なんだから
結局最後は私達が責任負うべきなのよ。
大体ねえ。」
そう言ってリーンは僕に詰め寄ってきた。
「記憶喪失が全然治ってないあんたは
本当なら家で安静にしてろって
言ってやりたいとこなのよ?
それを人の気も知らないで、ほいほいあっちこっち出かけてって。
おじさんとチタンに
くっついてくことを許してもらえるだけでも御の字でしょーがっ。
これ以上ごちゃごちゃぬかすならあんたに留守番命じるからねっ」
何だかんだで論点をすり替えられた……。
僕はカジを仰ぎ見た。『ガツンと言ってやてくれ』、そういう思いで。だがリーンの方を見たカジはちょっと考えるような顔をした後、あっさりと承諾してしまった。
「まあ……仕方ねえんじゃねえか。
なに。
いざとなったらホテルかどっかにでも避難してりゃ、
面倒事に巻き込まれたりもしねえだろ。
な、チタン」
カジに振られたチタンはちょっと驚いたが、すぐに平静を取り戻したようだった。あろうことかカジに同調する。
「え……、ええ。
まあ、大丈夫だと思いますよ」
なんだなんだ、賄賂でも受け取っているのか。カジなんかリーンの身を案じているなら真っ先に反対すべきとこだろうに。
リーンは『何か文句あるー?』という顔で僕を見てきた。僕は口惜しかったが『好きにしろよ』と返した。
子供をさらっていくような連中だぞ、どうなったって本当に知らないからな……。
蛇とカエルの如く互いを牽制し合う僕等に構わず、カジがチタンにこれからのことについて確認した。
「結局リーンの言う通り
シルクスより先へ行くのは俺達だけってこったな」
「ええ。
まあ、確かにこれ以上は
ご近所の面々を巻き込むわけにいかんでしょう。
シルクスの警察も遅からず、
ベレンカの方へ連絡を入れるでしょうが
任せっきりにするにはちと心許ないですね。
ましてやベレンカは
船だけでなく鉄道も来ている港町だ。
ピエロ達が移動手段目当てに
そこを目指したという可能性もあり得ます。
事に寄っちゃあ長旅になる事も覚悟していった方が良いかと」
ちなみにチタンの説明にあった『ベレンカ』というのはシルクスの南にある港町だ。ピエロ達がシルクスを出て南へ行ったということは十中八、九そこへ行ったとみて間違いない。
それまで僕と睨みあっていたリーンがチタンに尋ねた。
「それって……。
私とアノ君同様にチタン達も本国の方へ渡る可能性もあるって事?」
「え……。
ああ、ええ。
お嬢さんもそこまで考えていたんでは?」
「……。
え、ええ。勿論よ。当たり前でしょ。
えーっと……」
リーンは何か思案しているみたいだった。
僕もちょっと気になっていたことを切り出した。
「あのさ。
何でピエロ達はこの孤児院のキル達を狙ったのかな」
チタンとカジが顔を見合わせる。ややあってチタンが自信なさげに言った。
「……人さらい、身売りの類なんですかねえ。
警察も無い田舎町だと思って狙い易いと考えたのか。
ただ確かに。
わざわざこんな北の外れにある町に
しかも道化の真似事までして……。
少し用意が周到に過ぎるきらいはありやすね」
僕は続ける。
「それとさ。
『ピエロ達が子供二人と一緒に』っていう目撃情報はつまり、
キルとクリスが嫌がらずに彼等に付いていってるってことだろ。
おばさんも先日言ってたけどそれって奇妙な話だと思わないか。
しかもピエロの格好って相当目立つだろうに。
着替えとか無かったのかな」
首を捻りつつチタンが呟く。
「子供達のことはともかく。
誘っているということなんですかね……」
カジが頭を掻きつつ言った。
「……まあ、確かに幾つか引っ掛かるが。
ここで考えてても埒が明かねえんじゃねえか?」
チタンが頷く。
「カジの旦那が言うことも一理あります。
考えるのは道々出来ますからとりあえずは出発しやしょう」
まあそれもそうか。追跡するとなれば少しでも早く動き出すべきだろう。汽車に乗れば車内で二日振りの睡眠も取れる。僕等は頷き合い、扉へ向かおうとした。
と、そんな三人をリーンが後ろから呼び止めた。
「ごめん!
三人とも……もうちょっと待ってて。
すぐに支度してくるからっ」
『支度』って、彼女の足元には既にブルーのバックパックとアノの着替えが入った紙袋二つが置いてある。それ以上何が要るというんだ。
不審に僕が見る中、彼女はその重そうなバックパックを担ぐと孤児院を出て自分の家へと走っていった。僕等は当然、既に自身の着替えや所持金なんかをハバーサックやバックパックに入れて持っている。いつでも出られたわけだが。
……さて。孤児院で待つこと三十分。
リーンはちっとも戻ってこない。ここから彼女の家までは数分足らずだ。
業を煮やした僕は彼女の家へ走って戻り、二階にあるその部屋へと行った。扉は閉まっている。中から気配はするものの、荷物を詰めているような音はしない。僕は扉をノックした。
「おい、リーン。
いつまで待たせる気だよ。
置いてっちゃうぞ!」
僕の声に、部屋の中から『ちょっと待ってて!』と声が返ってくる。一体何を持っていこうとしてるんだ。僕はため息をついた。こんなのんびりやっていては、シルクスへ行くだけで正午を回ってしまう。
すると、ややあって扉が開いた。彼女はパックパックを相変わらず背負っている。元からパンパンなそれに新たな荷物の入る余地等あったのだろうか。
と、彼女は長い棒のようなものも携えて出てきた。上から下まで真新しい白布に包れたそれは片側が十字架のようなシルエットになっている。その部分はどうやら剣の鍔らしかった。
「片手剣か、それ」
尋ねた僕に、彼女はそれを見つめて答えた。
「ここに来た時に持っていた
……お母さんの形見なのよ」
ふうむ。それだけ持ち出してくるにしては、随分時間が掛かっていたみたいだが。
「使うつもりなのか?」
「出来ればしまっておきたかったんだけどね……」
彼女は切なそうな表情をする。だがそれは一瞬のことだった。
その包みから僕へと視線を移した彼女はにやりと笑ってみせた。
「なんなら外で今から私の腕前見せたげようか。
剣を交わせるのは何年振りかしら」
……ったく。冗談を言っている場合か、遊びに行くんじゃないんだ。
彼女にその刀身を抜かせずに済むよう僕は改めて気合いを入れた。
午前九時過ぎ。
僕、リーン、カジ、チタンの四人は、孤児院の人々とリアンに見送られつつそこを後にした。しばらく進み通りに差し掛かると、一緒になってキルとクリスを探してくれた人々がせめてもと家々の窓やドアから顔を出して声援を送ってくれた。
見送る者、見送られる者。しばしの別れを惜しむ誰もがあの日常がまた戻ってくることを、誰一人欠けることなくその日を迎えられることを、その胸に強く強く願い続けていたに違いない。




