第四四話 帰郷 七
写真の中の子供達を一通り見た僕は額縁を裏返してみた。中の写真の裏側に日付でも書き込まれているのでは、と思ったのだ。だが裏板を外す前に僕の視線は再びそれに釘付けとなった。
額縁の裏には様々な色で沢山の言葉が書き込まれていた。おそらく僕等が一人一人メッセージを書き込んだのだろう。左上のリーンから始まって、その右隣に僕、マアヴェ、アノ、ジャン、ネム……と続いていき、書き切れなくなった右端から今度は下に連なっていってその後は左、上へといって最後に再びリーンへと戻ってきている。
その三十幾つとある名前の下に書き込まれた文章の量は各人それぞれだ。
例えばリーンは……『ミサス』の三文字しか書いていない。……これ、文章ですらないだろ! と思いつつもその右隣の僕も『元気で。』の四文字だった。次のマアヴェからようやく一塊の段落位の文字量になっている。アノも結構書いているな。次のジャンで僕の目は再び止まった。
『俺はどこに書けと言われようがマアヴェに向けて書くからな。
そうだ、俺の思いもそれと一緒だぜ。
どこにいようともマアヴェ、俺はお前を……』
文章を読んでいた僕の隣にカジが降りてきた。顔を近付けて覗き込んでくる。
「寄せ書きみたいなものか、こりゃあ」
「うーん……。
メッセージは隣の者に対して書かれているみたいですね。
ジャンは『マアヴェに』って前置きして書いてるけど。
リーンの『ミサス』ってのは僕に向けてだろうし。
リーンの下のガディンって子のはリーンに向けた文章だろうな、
どう見てもこれは……」
その『ガディン』の文章は、『もっとおしとやかにした方が良いと思うけどなあ』等といった内容が書かれていた。この子は字がとても丁寧で上手い。文体こそ口語調だが文章と文章の繋がりもきっちりと筋道立っていた。ちなみにガディンにメッセージを書いているのはその下のケーケだ。
腕組みをしたカジはリーンのところを見つつ、にやにやしながら『そうかそうか』と頷いている。
「短い言葉ってのも中々心に響いてくるもんだな。
愛があるよな、愛が」
「そういうんじゃないですって。
どうせ、文句の一つでも書いてやろうとしたけど
一杯ありすぎて面倒になったから止めたってとこでしょ」
『そういうことにしとこうな』と笑うカジを無視して、僕はススの名前を探した。……無い、と思ったら彼は一番右下の僅かなスペースに一行だけ書き込んでいた。それはいかにも書き忘れていたから最後にねじ込んだ、という感じだった。
『ここに紡がれし絆が永遠に切れぬことを知る者なり
スス 1899.5.22』
「何か、友情の誓いの儀式……みたいなものなんですかね」
「だな」
僕もカジもしばらく、その賑やかな四角い輪を眺めていた。シダクを襲った空襲も、リーンがメイアへ来たのも五年前。つまりこの書き込みはそれらに数日もしくは数ヶ月前後して作られたということか。何だか……、また目頭が熱くなってくるような気がして僕は慌ててカジに言った。
「他には何があったんですか?」
カジは『おお』と言って手摺の上に立とうとした。僕はそれを止め、今度は自分が屋根に上がってみた。
なるほど、屋根板の一部が取り外されていた。はめ込み式になっているようだ。留め具も何も付いていない。板の継ぎ目に指を突っ込むことでしかこの蓋は取り外せなさそうだ。
その四角い穴は水平方向に奥へと続いていた。まあ奥といっても一メートルちょっと位か。
中には様々な物が入っていた。折り畳み式の果物ナイフ、女の子の人形、キーホルダー、写真、万年筆、剣のグリップに巻く柄紐、ロケット、ビー玉、安物らしき指輪、ネックレス、アンクレット……うーん、記念品的なものだろうか。ここら辺まではまあ分かるんだけど、辞書、ハンマー、小さな空き箱、ペグ、食器を洗うスポンジなんて物まである。
僕はその端に立て掛けられていた二冊の薄緑色のノートを手に取った。『日誌』と書かれたそれは室内で見た物と同様、ここでの日々を綴っていた。下部には天気と日付け、それから記載者の名前。交代で付けていたらしい。鉛筆で書かれているせいで記述がかすれているページもあったが、一冊につき、きっちり一年間分、つまり計二年分が記録されていた。ただしその日付けは六年前と七年前のものだ。写真を撮った年のノート――五年前のものはどこかへやってしまったのだろうか。
ともかく残っていた物で、戦地へ出征した僕等のその後を示す手掛かりになるような物は無さそうだった。僕は蓋を元に戻すと屋根から降り、カジが持っていてくれたハーモニカをハバーサックへ入れた。
そして小屋のドアを閉め、例の額縁を脇に抱える。『まさか持ってく気かよ』と言うカジに頷いてみせ、シダクへと戻る為歩き出した。犬は付いてこなかった。むしろ今はそれで良かったのかもしれない。実はこの時点で既に、二、三日先までの行動計画が僕の頭の中に出来上がっていた。
犬の頭を撫でてやった僕とカジは秘密基地を後にし、深夜というか未明近くにシダクへと戻った。重い額縁を持ちながらの下山は決して楽ではなかったけれど、自身と仲間の繋がりを確認出来た僕にとっては大した苦労に感じなかった。何となく力が湧いてくる気がしていたんだ。
翌朝、睡眠不足気味の重い頭をもたげ、額縁を持った僕とカジは町の東側へと繰り出した。この町で新たな何かに巡り合える可能性をまだ捨てたわけではなかったのだ。
そしてそれは、思いがけず向こうからやってきた。
三叉路の隅に立ち、本日の第一号のターゲットを物色していた僕とカジに、その人はやや上擦った声を掛けてきた。
「ミサス君……ミサス君なのかい?」
振り向いた僕等の前にいたのは、こじんまりとした感じのおじさんだった。背は高くない。眼鏡をかけている。押しに弱そうな感じの人だといったら失礼だろうか。
「私だよ、覚えてないかい?
ネムの父だ」
ネム。マアヴェも口にしていたその名前には見覚えもあった。今持っている額縁の裏面で昨日目にしたばかりだ。
僕は自分が記憶喪失であること、前線で一緒だった仲間を探していること等を伝えた。彼は僕の現状に驚きを隠せずにいたが、やがてずれ落ちてきた眼鏡を直しつつ、自宅へ来るよう誘ってくれた。断る理由もなかったし、知りたいことはまだ色々あったので僕等はそのお招きに預かることにした。
ネムの家は町の東外れにある青い屋根の小さな家だった。
中のダイニングルームのテーブルへと案内される。僕とカジはそこで振る舞われた冷たく濃いめの紅茶を頂いた。ネムの父は僕達が一息つくのを見届けていたみたいだった。聞けばカジよりも若いということだったが、大分白髪の混じったその頭は往年の苦労を偲ばせた。
「どこから話せば良いか……」
少し考えているみたいだった。やがて紅茶に目を落とし、話し始めた。
「うちのネムもそうだったんだが。
君達はスス君を中心にして仲が良くてね。
ネムは小学校五年生になってからクラスが同じになって
仲間に入れてもらったみたいだが君はどうだったんだろうな。
そういえばリーンちゃんが
君とアノ君の二人とはもっと小さい頃からの付き合いだと
言っていたのを聞いたことがある。
とにかく、
いつも大勢で集まって楽しんでいる様子だった。
そうそう。
うちのネムがロマウナの町の子供達に
さらわれてしまったことがあってね。
まあ子供同士の諍いの範囲内だったのかもしれないが、
君達はまるで自分のことのように激しく憤って助けに来てくれたと
後であの子が言っていたよ。
本当に嬉しそうにしていた」
「そうだったんですか……。
空襲を受けたのはいつだったんですか?」
「……ああ。
忘れもしないよ、あの夜の事は。
五年前の一八九九年、六月の終わりと七月の中頃にね」
「二度、だったんですか」
「ああ。
当時軍用の飛行船なんてものは
まだ全然世に出ていなくてね。
ましてやこんな後方の、
しかも鉄道も通っていないような田舎町だ。
何の対抗措置も取れぬまま
町はその二晩で焼き尽くされた。
建物は九割位が焼失してね。
住民も八割弱の者達が焼け死んだ」
「じゃあ、ネムもその空襲のせいで……」
「ああ。
そしてスス君達もね。
ネムの友達で生き残ったのは
さっき君が話してくれた七人と
空襲の少し前にこの町を出ていったリーンちゃん。
あとはもう何人もいなかったんじゃないかな」
「……」
「そして、残された者達も
ほとんどの人間がここを離れていってしまった。
それは君達ももう知っているか」
「どうして……。
どうして、この町が対象に……」
「フウス側の声明は、
内陸部への空爆によって
生産、支援活動への打撃を与える、
それが狙いだったというものだがね。
軍用船の威力を試したかった、
あるいは見せ付けたかった、
そういう目的も含んでいたんじゃないだろうか。
空爆はこのシダクだけじゃなく
西側に五、六百キロいった辺りの町までは
ほとんどがやられてね。
後から知った話では
それが飛行船の燃料の限界だったということだが。
その後、クロイン側も高射砲等の防衛手段を整え始めた上に
軍用船の機動力の低さという弱点も相俟って
戦線において主力として活躍するまでには
至らなかったようだ」
飛行船自体、僕はまだ話でしか聞いたことがない。確かに二次元の平面で戦っていたところへ急に空から襲われ出したら、大きな脅威になることは容易に想像がつく。それにしても戦場に登場したのが近年だったのは少し意外だった。
「クロイン側は飛行船は所有していないんですか?」
「開発を進めているようだがね」
主力になっていないとはいっても飛行船の存在が両勢力の均衡を崩した一因だったことは間違いないのだろう。
僕はリーンのことに話題を移した。
「そう言えば
リーンと彼女の母親はどうしてシダクを出ていったんですか。
それと、彼女の父親は今はもう亡くなっているんですか?」
「リーンちゃんの父親か……。
確かリーンちゃん自身は
空襲の一月程前に母親とこの町を出ていったんだが。
彼女の父親はその頃」
そこで彼は紅茶を一口飲んだ。
「……国に拘束されていたんだよ。
反逆罪の容疑でね」
「反逆罪……?」
「ああ、そう聞いている。
詳しい事は分からないが」
「彼女の父親は
何の仕事をしていたんですか?」
「逮捕されるまでは研究職に就いていた筈だよ。
といっても全然堅苦しい男じゃなくてね。
まだ年もそんなにいってなかったんじゃないかな。
研究者って柄じゃなかった。
いかにも優しい父親って表情をしていてね。
リーンちゃんも慕っていたし君達とも交流があった筈だぞ。
でも結局、拘束されていた町で空爆を受けて……。
それからもう五年も経つんだ。
ここへも、そのメイアという町へも
顔を見せていないということは……」
そう言って彼は目を伏せた。そして続けた。
「おそらく彼女の母親が
この大陸を出る決意をしたのも
そのことが関係していたんじゃないかな。
罪が自分達の身に及ぶことを
恐れたんじゃ」
「そう……だったんですか」
その穏やかな人柄の持主がどういう訳で反逆罪の容疑をかけられたのだろう。
この場では結論が出ないことを理解した僕は仕方なく話題を変えた。
「あの……。
前線の状況は何か聞いていませんか」
ハバーサックから地図を出す。
・地図について
手製の見苦しい地図で恐縮です。西大陸の一部しか描いていません。
町の位置関係は変わらないと思いますが海岸線や路線等はこの先変わるかもです。
大まかにイメージしてもらえれば、位のつもりで書いてます。
ご了承下さい。
・シダクにおけるミサスの旧友
登場してませんが名前は決まってる者がいるので記しておきます。
キヅラ、ザンドロ、ルーフ、ナクィナ、トルエータ
エレナ(2014.08.01追記)
とりあえずは本編と関係ないです。




