第三九話 暗中 終
今、ミサス達はドレスバイルへ向かう汽車の中にいる。
ケーケは幸い町の診療所で一命を取り留めた。輸血と患部の応急処置を済ませた後、担架でケーケを再び車両へと戻したミサス達はその明け方に汽車を再出発させた。一方アノは相変わらず眠ったままである。ただマアヴェが言うには呼吸、脈は異常ないとのことだ。その静かな寝顔はただ戦闘に疲れたが為に体を休ませるべく睡眠を取っているだけの様に見える。
ちなみにディアンは第二車両の方で一人呆けている。マアヴェに刃を突き付けられただけでなくミサス達に秘密を握られてしまったことで、いくら粋がってみたところで結局彼等に抗し得ないということが分かったみたいだった。
ミサス達は第一車両の方で円座して話し合っていた。部屋の隅にはアノと点滴を付けられたケーケが眠っている。
ジャンが声を小さくして隣のバニルに話し掛ける。一同、もうかなり眠そうだ。
「だけど、本当の話なのかな」
「ディアンが言ってた事か?
まあ、現実に武器なんかの手配を
仕切ってきたんだろうからな。
それに苦し紛れの出任せにしちゃ矛盾はなかったようだし。
あの話がこの戦争の背景全てを説明してるとは
思いたくないが
やっぱり一定の真実なんじゃねえのかな。
マアヴェは知ってたのか?
あの話」
バニルに振られた正面のマアヴェはちょっと下を向いて考えた後に答えた。診療所で医師を手伝っていた時の彼女は怖いくらい真剣な顔つきをしていた。
「何も知らなかったって言ったら
嘘になるかな……。
直接父から聞いてたわけではないけど。
応接間で父と客人が仕事の話をしてる時に
中央大陸がどうとか、東国がどうとかって、
そういう言葉は途切れがちに漏れてくることがあったから。
子供心に『何か秘密の繋がりがあるのかな』とは
思ってたけどね」
「そっか……」
マアヴェの父親は、軍の関係者なのだろうか。そういえばジャンはベインストックで再会したマアヴェのことを『姫』と呼んでいた。あれは単なる愛称ではなくそれなりの名家の出自ということを意味していたのだろうか。
バニルが再び話し始める。
「まあ、しかし。
まさか『デスニア』の名前を
こんなとこで聞くことになるとは
思ってなかったけどな」
ジャンが呟く。
「あの『ロア』も絡んでるってことか……」
西大陸で戦い続ける一兵士に過ぎない彼等が、デスニアの皇子たる『ロア』と関わりを持っていたのか?
ジャンに対し、バニルは顔の前で手を振ってみせた。
「絡んでるどころか主導する側だろ、奴は」
「あの時も何か武器の取引きとかだったのかな?」
「さあな……。
それよりも今俺が知りたいのは」
そう言ってバニルはアノを見た。他のメンバーも目をやる。ミサスとマアヴェ以外のメンバーにとって、アノが突然に意識を失った時の状況は正に寝耳に水だった筈だ。ミサスが『それは』と言って口を開きかける。
だがそんなミサスを、マアヴェが『私に説明させて』と言って強引に引き継いだ。彼女も事態を軽く見ていたことに責任を感じていたのかもしれない。
やがてマアヴェはドレスバイルの病院でミサスに話した内容を皆に聞かせた。少しの間、誰も何も言わなかった。そんな中、ようやくジャンが口を開く。
「そんな事になってたのか……。
アノの奴、元々ぺらぺら喋る方じゃないから
ちっとも気が付かなかったな。
……水臭えなあ。
言ってくれりゃ良かったんだよ」
「ごめん」
下を向き気落ちした顔で謝るマアヴェに慌ててジャンが両手を振る。
「あ、いや。
マアヴェを責めてるわけじゃないんだ。
ミサスが悪いんだよ、ミサスが」
(おい)
「おい」
あ、かぶった。
バニルが壁の方へ寄りかかりつつ、ぼやいた。
「しかし参るよな。
ケーケとアノが一遍にダウンするなんてよ」
ジャンがマアヴェに何気なく尋ねる。
「アノはともかく
ケーケは怪我さえ治れば
また普通に戦えるんだろ?」
だが、マアヴェは悲しい表情でケーケの方を見た。そして少ししてから振り返り、皆に聞かせるように言った。
「……腱をやられていたの。
診療所の先生が言うには
もう左手で
武器みたいな重い物を
振るう事は出来ないだろうって……」
その結果に、一同は為す術もなく俯いた。
ジャンが自分の拳を握り、それで床を殴る。
「……。
…………くっそ!
これからって時に……!」
長い沈黙の後、バニルが小さなため息と共に言った。
「……この小隊も
こうまでやられちまったんじゃ
スタンフォークへ行く前に
またメンバーの入れ替えってことになるんだろうな」
床を見ていたジャンが視線を上げた。彼は思い出したらしい。
「そういや、それも分からなかったんだ。
どうして、敵はあんなに手際良く襲撃してこれたんだ?
どう考えたっておかしいだろ。
俺達の後方から最初の叫び声が上がったのは
車両が急停止してすぐだったよな?」
ジャンの最もな問いに、それまで黙っていたラモンが『ちょっと良いですか』と小さく手を上げた。彼は後方車両にいたメンバーの一人だった。皆の視線が集まる。
「あの『襲撃だ』っていう声を上げたのは
多分……マトンです。
照明が落ちて、汽車が急ブレーキをかけたあの直後。
起き上がりかけてた自分達の中で
一番最初にした大きな音が、彼のその声だったんです。
よくよく思い出してみれば
窓ガラスが割れる音どころか
ドアの開く音一つしてませんでした。
そこから後は
マトンに続いて暴れ出したクレオにも
周囲の数人がいきなり斬り付けられて。
後は隊長達が来てくれた頃には
あの有様になっていたという訳です」
マトン、クレオの二人もまた後方車両に配置されていた小隊メンバーだった。
ジャンが納得いかないという顔でミサスを見る。
「……どういうことなんだ。
そういやミサス、
お前ラモンの相手をやった時に
顔見なかったのかよ」
「暗がりな上にラモンのほぼ後ろからだったからな……。
闇の中へ倒れていく相手の顔までは見てなかった。
ただ、第一車両にある筈の電源が落ちた時に
もしかしたら、とは思ってたが」
バニルがぼそりと補足する。
「まあ汽車の外にでもへばり付いてない限りは
走行中の車内へ侵入するなんてこと
出来ないだろうしな」
ジャンは腕を組みレックスとアイザーを見た。
「……。
第一車両の方はどうだったんだ?」
レックスが答える。
「自分達がこの第一車両へ来た時には
中は静まりかえってました。
後で分かったんですがその時には
もうメンバーの二人がやられてたみたいです。
バニルさんから聞いて知ったんですが
アシルが、あの場から逃げ去っていたらしくて」
アシルというのも小隊のメンバーだった。第一車両に待機していた筈だ。
バニルが引き継ぐ。
「多分、電源を落としたのも奴だ。
車内が闇に包まれて
不信に思った残りの二人が配電盤の近くにいたアシルのところへ来る。
それを闇に乗じて刺し殺した。
そんなとこだろ。
俺が外から機関室へ向かってる時に
斬りかかってきたのが奴だったんだ。
目の前で顔を見たから、間違いない」
「と言うことは、つまり……ええと」
ジャンはそう言ってミサスに助け船を求めた。
「敵の狙いが貨物だったのは間違いない。
そして、アシルやマトン達が裏切っていたとして。
敵の当初の計画は多分こんな感じだろ」
そう言ってミサスは以下の様に説明した。
フウスの連中が待ち構えている場所付近まで汽車が近付いたら、アシルが電源を落とす手筈になっていた。そのまま同室の二人を殺した後に何食わぬ顔をして伝声管で機関室へ呼びかける。『電気系統にトラブルが発生したからすぐに汽車を止めろ』等という具合に。その頃には後方で騒ぎ出しているマトン達が機関室へあまり人を割かせぬようミサス達を引き付ける。後は停止した車両からアシルが外へ出て機関室の運転士を殺す。
そうすれば最後は人数で勝るフウスの連中が茂みから出てきて、ただでさえ混乱しているミサス達を相手に貨物車両を爆破して任務を完了する。
バニルがその先を引き継いだ。
「その予定が、
運転士が急に消えた照明にパニック起こして
急ブレーキをかけちまったこと。
それから
ミサスが俺に一番に機関室へ向かうよう指示したこと。
この二つによって、多少狂っちまったってとこだろ」
ジャンが唸る。それから彼はミサスに更に聞いた。
「最後の爆発はどうやって予測したんだよ?
火薬の臭いでもしたのか?」
「いや。
三両目で俺達を狙ってた狙撃部隊は七人だった筈なのに
それが、その後二両目に追いかけてきた時には
五人に減っていた点。
加えて
二両目の戦闘で敵に攻めっ気がなかったのと
何かを終えたように一斉に引いていった点。
そういうので、もしやと思ったんだ。
まあ、ついでに言うなら、
三両目でやり合ってた時に、
俺達の背後に回り込みつつあった敵が
汽車が動き始めたって事だけで挟撃を諦めたから。
仮に
その時点で次の指示が出たにせよ
乗り損ねただけだったにせよ、
そのあぶれた人数で
別の手を打ってくる可能性はあると思ったんだ」
ただでさえ丸い大きな目を、さらに見開いて再びジャンは唸った。
「俺、ミサスと同じ部隊で良かった……」
そんなジャンに、こんな時でもバニルが的確に突っ込む。
「今頃かよ」
ミサスはラモンを見て言った。
「そんな事より
アシル達のことなんだが。
あの三人はベインストックから
一緒に来たんだよな?」
「そうです。
三人だけでなく
自分、アイザー、レックスも同じ小隊でした」
それを聞いてジャンがため息をつく。
「はあ。
共に戦地で助け合ってきた仲間を裏切るとはな」
ミサスはラモンへの質問を続けた。
「何か敵と接触してたような素振りは?」
「別にこれといっては……。
ベインストックだってあの通り外へ出るには
ゲートを通る必要がありましたし、
そこから先は全員一緒に歩いてきて、
その後はずっと汽車の中でしたからね。
途中の宿なんかで深夜に抜け出してたって
可能性もなくはないでしょうが……。
ただそれより」
「何だ」
「あの三人も。
ここんとこ少し様子が変でした。
たまに考え事してるみたいに
人の話を全然聞いてない時があって……」
それを聞いたミサス達の顔色が少し変わる。
「いつからだったんだ?」
「……今になって思えば。
マアヴェさんが言ってた時期と
重なると思います。
確かにベインストックを出る前後位からでした」
マアヴェがミサスを見る。
「どういうこと?
ただの偶然……?」
ミサスも分からないという風に腕を組む。
「何かアノと、三人の接点があるのか……?」
そんな中バニルがミサスにぽつりと言った。
「なあ……ベインストックを出る頃っていったら
最後にあの南の砦を落とした直後だったよな」
「ああ、そうだったな」
「聞いてないか?
あの時砦へ向かったうちの一隊が
子供だけの部隊に襲われたって。
あれって、誰の隊だった……?」
ラモンがすかさず答える。
「私達です。
翌日、念の為にその子らの所持品や遺体を調べる事になってたんですが。
もう朝戻った時には無くなっていて……」
ジャンが訝しむ口調で言った。
「何だよ、そりゃあ……」
そう言えば、アノも当時そんな話をしていた……。
ミサスはちょっと考える素振りをしてからバニルを見た。
「なあ、バニル。
お前がベインストックにいた時、協力してくれてた連中
もう連絡取ってないのか」
「ああ……俺もあいつ等も手紙のやり取りなんて
する柄じゃないしな……。
……ああ、だけど。
一人二人なら
ドレスバイルの方へ来てるかもしれないぜ」
「すまないが、もう一度連絡取ってみてくれないか。
アノにも関係してる事だとしたら
放っておく訳にもいかないしな」
「分かった」
マアヴェがミサスに尋ねる。
「何を調べてもらうの?」
「その子供だけの部隊ってのが
どこから来たのか知りたいんだ。
他にこれといって
手掛かりが無い以上
それを追ってくしかなさそうだしな……」
「なるほど……」
バニルの知り合いという連中は、多分ベインストックで後方拠点の状況を調べてくれたりクドンに偽の書状を届けてくれた者達だろう。ひょっとしたらあのチタンもその手の人間かもしれない。
それにしても、本当にその子供だけの部隊というのがアノ達の事に関与しているのだろうか。仮に関与しているとすれば、相手の肉体ではなく精神への攻撃を可能にする方法があるのか。剣や銃を手に取って戦うミサス達を見てきた僕にとって、それは俄かに信じ難い話だった。そしておそらく彼等にとっても。
その日の夕方。
ドレスバイルにて、ケーケの腕の縫合手術は無事に済み、アノもまた目を覚ました。
アノはその体にこれといった異常の自覚はないようだった。おまけに汽車内で意識を失った時の事もよく覚えていなかった。自身のせいでケーケが左腕に後遺症を残す程の大怪我を負った事を知りショックを受けていたけれど。それを責める人間は当のケーケも含めて誰もいなかった。
アノとミサス達が見舞いに行った病室のベッドから起き上がり、『やっと目ェ覚ましやがったな、この寝坊助が。』と喜んでいたケーケの笑顔がいつまでも忘れられなかった。
それから後、ミサスは一人で例の作戦本部へと来ていた。最初にバニルと来た時に僕が何となく不快感を覚えた内装の建物だ。彼はハレー中佐にあの襲撃の事後報告をしに来ていたのだ。
格式高いデスクの向こうに座る中佐を睨むような目でミサスは口走っていた。
「何ですって……」
中佐はそんな彼を歯牙にかける風もなく、あの冷たく小さな目をして繰り返す。その口調もまた例の如く抑揚のない無味乾燥なものだった。
「聞こえなかったのか。
ミサス伍長は、
ノルツァ、ミズリー間で行われた戦闘における残存の八名及び
新規参入の十名を引き連れ、
明朝八時発の汽車でスタンフォークへ向かうこと。
以上だ」
流石のミサスも、動揺を隠せないらしかった。身を乗り出して中佐に詰め寄る。
「……!
アノとケーケは……」
中佐はデスクに両肘を突き、合わせた両手を口の前に押し当てる。静かにミサスを見上げた。
「輸送車両をみすみす敵に破壊されたんだぞ。
これでも相当の温情をかけたつもりだが……」
「怪我人が戦場にいても
周囲の足を引っ張るだけです。
ましてやアノは、
先程も説明した通り
心的に何等かの外傷を負ってる可能性があります。
戦闘中の味方に対してその刃を向けるかもしれないんだ。
後方に送るのが無理だと言うなら
せめてこのドレスバイルに!」
ミサスの哀願に、中佐はふっと小さく笑ってみせた。
「この町に
そんな役立たず共を休ませておくような
ベッドの空きはないよ。
クロインの一兵士なら
最後までその誇りを持って戦えと、
そう伝えておけ。
話がそれだけならもう用件は終わりだ。
持ち場へ戻りたまえ」
スタンフォークへ定まった数の人員、武器弾薬を送るという任務に余計な手間を加えたミサス達に対する私的な意趣返し。そう取るのは邪推が過ぎるだろうか。激しく憤る僕に構わず、ミサスは黙して作戦本部を出ていく。
今夜ばかりは通りに灯る明かりがその目に障る。初めてこの町に着いた時に感じた、その明るさとの僅かな距離感。それは今になって思えば、この町の人々がミサス達軍人に抱く忌避感の現れだったのかもしれない。『私達には関係が無い』。そう言われているような気がして、あの夜のオープンカフェを盛り上げた客の騒ぎ声や、パレードで見た観衆の笑顔が急に遠のいていく。
そうして同時にそれらを感じる僕の意識もまた、徐々に闇の中へ飲まれていく。前回の時とはどこか異なる違和感を覚えつつ、その眩し過ぎる光の賑わいから遠ざかっていく自分をどうすることも出来なかった。そうやっていつしか最後には、完全な暗黒が辺りを覆い尽くす。
僕、ミサス達とロアの関係。彼等の今後。アノの症状。その影に見え隠れし始めた何者かの意図。幾つかの謎をそのままに、僕は僕へと戻っていく。本当の意味でその暗中から抜け出せるのはまだしばらく先になりそうだった。
* * *




