第三七話 暗中 七
ドレスバイルを目指して走り始めた汽車の中、戦闘もまた再開していた。
敵は二両目の後部まで迫ってきている。車両内最後尾付近の座席を盾として射撃してくる連中に対してミサス達も前部から応じ、撃ち合いを繰り広げていた。
ちなみにこの場にいる者達が使用している銃剣は連射が利かない。ミサス達六人が手にしているその数は四丁。敵は五人全員が所持していた。勿論全員が同じタイミングで引き金をひくわけではない。ゆえにその散発的な射撃が人数で勝るミサス達に突撃を躊躇わせていた。
ミサス達のすぐ後ろにある前扉は当然のことながら、敵側が背にする後ろ扉も閉まっている。密閉空間の中ということも手伝い、双方の戦いはどことなく我慢比べの様相を呈してきていた。
ミサス達仲間のうちではジャンに次いで射撃が巧いバニルが次弾を装填しつつ座席を背にぼやく。彼は運転士――機関室に中から鍵をかけその隅で小さくなって震えていたらしい。突然の停電でパニックに陥ったのかもしれない。――が発車の操作を始めると同時にこちらへ戻ってきていた。
「くそっ、キリが無えな。
どっちかの弾が尽きるまでやれってか?」
その前列で座席の間に程良く収まっているジャンが情けない顔で答える。小柄な彼にとってそこは格好の身の置き場になっているらしい。
「俺ももう、あんま残ってねーぞ」
そう言っている間にもそのすぐ頭上を高速の弾丸が飛んでいく。車両の前後の壁は既に穴だらけだった。
ミサスも突撃のタイミングを計るべく座席越しに向うを窺い見るのだが、どうにも決断し兼ねていた。敵はその身も顧みず遮二無二攻めてくるという感じではない。むしろ堅実にその陣地をキープしているという感さえある。これではどちらが守っているのか分かったものではない。
同じ事を思ったらしいミサスが、立膝にしている左足に載せた腕に顎をやや埋める。
その、少し後だった。敵側の後方で『おいっ』と仲間うちに呼び掛けるような声が上がった。それを機に向こうの銃口が一斉放火してきた。たまらずミサス達は頭を下げる。
そしてその後先を考えないかのような攻撃の後、当然に一時の静寂がその場に訪れた。敵側の突然の変化にほんの少しの間だけ戸惑ったミサス達がすぐ我に返り、銃弾の返礼をすべく視線を後方に戻した時。そこではちょうど踊り場に出ていく最後の敵が後ろ扉を閉めるところだった。
バタン。と閉まった扉に向かい、味方が反射的に撃った数発の銃弾が飛んでいく。だが、それは無駄に後ろ扉の風通しを良くしただけだった。それから後はもう、いくら待ってみたところで敵の影一つ見えず、物音すら立たない。
敵は逃げ去ったというのだろうか。決して遅くはない速度で走り続けるこの汽車の上から。
呆気に取られるミサス達の中で、ジャンがおずおずと立ち上がり、相変わらず微振動を続ける車内をそろそろと後方へ歩み寄っていく。僕は体を自由に出来ない代わりに精一杯思考を巡らしていた。
そもそも敵の狙いは何だったのか。過去に例があったように、この輸送を妨害するつもりだったのは間違いない。ということは敵はミサス達が運ぶ中身に見当を付けていただろう。中身とは。そんなの決まっている。武器に、弾薬
僕がそこまで辿り着いた時だった。ミサスが堰を切ったように立ち上がり、車両中央まで歩を進めていたジャンに突進していった。
そこから先。時間にするならそう、ほんの二、三秒の間の出来事だ。
前扉に最も近い場所から突如走り出したミサスに皆が振り向く。やや遅れてジャンも背後から迫るただならぬ物音に振り返る。その顔がこちらへ向き終る前に、彼はジャンの左手首を思い切り引っ張っていた。それはまるで、ジャンという人形を喧嘩相手の子供から力任せに取り戻すような、そんな乱暴な所作だった。取り戻せさえすれば人形の衣服が破けようが毛糸がほつれようが悔いは無い。そんな風にしてジャンの腕が千切れるかと思う程激しく強引に、彼はジャンを床へ飛び込ませた。同時に彼も周りへ何事か喚きながらジャンの隣へ飛び込む。それが『伏・せ・っ』の三文字だったと思い出せたのは、結構後だった。
ややあって。思い切り床に向かって、顔面からヘッドスライディングさせられた隣のジャンは顔すら上げない。それを確認する位の時間はあったんだ。
その直後。
鼓膜が破れるかと思う程の凄まじい轟音を追い抜き、炎と衝撃波の壁が一瞬のうちに周囲を押し潰していった。
いや……実際にはミサス達は無事だった。俯瞰的に説明を加えるならば、彼等がいた二両目、その後方の踊り場から四両目までに並べ置かれた弾薬と火薬によってその近辺が吹っ飛んだ。つまりミサス達がいた二両目の後ろ半分から先はバラバラになってどこかへ行ってしまった。そういう話だ。
爆発後、周囲に立ち込める煙とぱらぱらと頭上に降ってくる燃えかすの中、床から顔を上げた彼等の目に映ったのは大きな大きな四角い額縁、そしてその中央を照らす炎で燃えている残骸と辺りに広がる夜の闇だった。汽車の速度に合わせて残骸が遠ざかっていく。あの様子では線路自体にも損傷が残ったに違いない。
やや遅れて、ミサス達が乗っている汽車にもブレーキがかかった。当然ながら今度は急ブレーキではなかったが。
数分後。
敵が完全にいなくなったことと機関室にとりあえずのトラブルは生じていないという一応の状況確認をした後、汽車は再び走り出していた。
その二両目では、ミサスの傍に来たディアンが立ち尽くしていた。彼はつい今迄、一両目の端で膝を抱えていたのだ。風通しが良過ぎるくらいに良くなってしまった客車内には夜風が吹き込んでくる。
「何が……、何が起こったって言うんだ。
……どうして、こんなことに……」
ミサスが落ち着きを払って答えた。
「敵は後方車両を爆破した後、去りました。
ターゲットはやはり
貨物の方だったようです。
残念ながら阻止に失敗しました。
ただ当面の危機は去りましたので貴方も休んでいて下さい」
「当面の、だと……!?
くそっ……。
何だって
こんな事に巻き込まれなきゃいけないんだっ!」
彼はすっかり人が変わってしまっていた。歯ぎしりしながら自身の右足で床を蹴っている。ちなみに小隊のメンバー達はジャンとバニルを残し一両目の方へ移動していた。
バニルが傍の座席で足を組みながら正面の大きな夜空を見上げつつ、乾いた声で笑う。流石の彼もかなり疲れているみたいだった。
「ほんと、中々出来る体験じゃねえよな。
ゴートン達に自慢してやらないと」
そんな彼を睨みながら、ふっと気付いたようにディアンが顔を上げた。そして急いで辺りを見回す。まあ見回す程の辺りも残っていなかったが。
「あれは……あれはどこだっ。
あれはっ!
……おいっ!」
言いながらミサスの襟首を掴んだ。苦しそうにミサスがその手をどける。バニルとジャンも何だという顔で振り返った。
「あれとは何ですか……くっ」
「箱だ!
木箱があったろう、私の足元に!」
喚きつつディアンはかつて自分が座っていた席に目をやる。というか、その席はもう存在していなかった。先程の爆発で丁度その席から後ろが切り取られたように無くなっていたのだ。それを見たディアンは怒りに肩をぶるぶると震わせ始めた。バニルが『諦めなよ』と声を掛ける。
「まあ、命が残っただけでも良しとしなって。
小銃の二丁や三丁、アンタ程の人間なら容易く手に入るだろ?」
「……小銃だと……!?
あれはなあ……、
あれにはなあっ……!」
そこまで言ったディアンの傍で、ジャンが自分のいる座席の下へ屈んだ。何かごそごそやっていると思ったら、やがてあの木箱を引っ張り出してきた。どうやら最初の急ブレーキの時に車両前方へ滑っていたようだ。『これですか?』というジャンの問いに答えることなくディアンは荒々しく箱を奪い取った。怪訝な顔をするジャンに礼の一つ言うことなく、彼は肩で息をして一両目へ引き上げていった。




