第三四話 暗中 四
・ねんのため
カッコ()書きは、ミサスの中にいる主人公『僕』の思いがとりわけ強くのっかったセリフに用いています。ややこしくて恐縮です。
軍事パレードの翌日、その昼過ぎ。
ミサス達はドレスバイルから北北東五十キロにあるノルツァという小さな町に来ていた。ここに至るまでの鉄道沿いには、田舎町が一つあるだけだ。
ここノルツァはドレスバイルを小型にした町、とでも言えば良いか。まあしかし町のそこらかしこに緑があって中々落ち着いた雰囲気のところだ。
汽車が停車する駅のホームで、ミサスはツロイスから来た小隊の隊長と簡単な引き継ぎをしていた。つまりツロイスから輸送されてきた武器弾薬その他の物資を、今度はノルツァからドレスバイルへとミサスの小隊が警護していくわけである。二人が話をしている間にも、ノルツァで新たに載せる荷を双方の隊員達が貨物車両へ運び込んでいく。
輸送用の汽車は僕がそれまで乗ったものとは、構造が多少異なっていた。先頭の機関部車両――運転席でもある、は特に変わりないのだが、一両目にはバッテリー型の電源とそれに連なる電気系統の配線が組み込まれている。そして二、三両目が客席、四両目から六両目は貨物車両となっていた。さらにその後ろには高射砲を積載した台車が二つ従っている。
引き継ぎの確認を終えたらしい。小隊長が敬礼をした。
と、そこへ一人の男が『どうも』と言いながら現れる。去りかけた小隊長が振り返ってから少し驚いた様子で『あっ、どうも』と声を上げ、ミサスに彼を紹介してくれた。
男の名前はディアン・カーランド。長年この近辺で軍を相手に武器関連の商いをしている者だった。今回の輸送で、ツロイスにおいて新規購入された分は彼の仕事によるものらしい。
武器商人と聞くといかにも利に敏そうな響きを含むが、彼の第一印象はそういう俗っぽさから遠いものだった。くっきりした目鼻立ち。年の頃四十前後といったところか。オールバックの短い黒髪に白のワイシャツが良く似合っていた。商人というより実業家という感じの男だ。
彼はミサスが以前ベインストックにいたことをどこかで聞いたらしい。ミサスの名前を聞くなり『貴方が、あの』と言ってその両手を取った。
「大陸の各地を飛び回って商いをする
私共の間ではちょっとした噂になっていたんですよ。
フウスとの領土境界線付近で
他の拠点が落とされていくのに
頑なに抵抗を続ける町があるとね」
ミサスが目線を落とす。
「結局は撤退せざるを得ませんでした」
「いやいや。
あの状況であれだけの期間
粘られただけでも驚嘆に値しますよ。
そんな御活躍をされてきた方々とお会いできるとは光栄です。
その若さで大したものだ。
いえね。
私など、所詮はしがない商人ですが
フウスにやられっ放しの軍には正直腹に据えかねるものがありましてね。
私共も出来得る限りの支援をさせて頂きます。
クロインの名の下に力を尽くそうじゃありませんか。
なに、勝負はこれからですよ、これから」
少々興奮気味に話すディアン。もう一人の小隊長の手前ということもあってやや困惑気味のミサス。
そんなミサスの背中を、ケーケが遠慮がちに突っつき小声で伝えた。どうやら先程から後ろにいたらしい。
「搬入終わったぞ」
気付いたミサスが『先に乗り込んでてくれ』と返す。ディアンはケーケに会釈しつつ、長くなってしまって、と謝った。
「いや、お恥ずかしい。
若い方達に接すると自身の往時を思い出すのか
つい熱が入ってしまいまして」
そして親しげにミサスに顔を寄せ、左手の甲を口に傍立て小声で言った。
「こう見えても私、
若い頃は軍人になろうと思ってた時期もあったんですよ」
『はあ』と曖昧に頷くミサスを一向に気にする様子もなく、ディアンは用が済んだという顔で別れの挨拶を述べた。
「今日はここで失礼させて頂きますが
明後日の夜は出発の前に商館の二階へお越し下さい。
最終日は私もドレスバイルまで同行させて頂きますので」
なるほど、先日作戦本部で配布された用紙には最終日だけ汽車の発車時刻が午後十時となっていたが、あれはこういうわけだったらしい。わざわざこっちの予定をずれ込ませるくらいなら一人で行って下さいよ、と思わなくもない。ミサス達と戦場の話でもしたいのだろうか。
やがてディアンも小隊長もその場を去り、ミサス達小隊の面々もドレスバイル行きの汽車へと乗り込んだ。
一両目には先頭の機関室にいる運転士の安全を考えて三名が乗る。この車両は側面に色んなコードやら計器やらが取り付けられてはいるものの、空きスペースは広い。残り十七名は半分づつに分かれて二、三両目の客車へ。勿論一般人は乗り合わせていない。
座席の無い車両を担当する者達にとっては貧乏くじを引かされる形となるが、襲撃に備える必要がある以上やむを得なかったらしい。
初日である今日はミサスがアノとマアヴェを連れて一両目に入った。
ミサス達は側面の配線類に触れないよう気を配りつつ床に座った。この車両に付いている窓は丸型の小窓一つだけだった。照明も客車に比べて何となく薄暗い。辺りを見ているうちにいつしか発車時刻となったらしい。ガッ……コンと鈍い音がして汽車が走り出した。
ここから一時間半、汽車は南南西にあるドレスバイルへと向かう。その中で最も東に張り出す部分で過去に二度、フウスから襲撃を受けたことがあったらしい。いずれも小競り合いではあったようだが。
走り出してから十分も経った頃だろうか。沈黙を破ってミサスがアノに話しかけた。アノとマアヴェがミサスを見る。
「マアヴェから聞いたんだけど
最近何か考え事でもしてるのか?」
ミサスのストレートな問いに、アノはちょっとマアヴェを見る。
「話しちゃったのか」
「だって
戦闘中に同じようなことになったら命に関わるでしょ。
それに傍にいるみんなや他の味方を危険に晒すことにもなり兼ねないし」
アノは左手で後頭部を押さえつつ床に目をやった。
「自分でもよく分からないんだよ。
意識がすっと遠くなっていって……、
それで、ふっと気が付くとマアヴェが俺の肩揺すってて……。
寝てて目が覚める時の感じっていうのかな」
「マアヴェから聞いたけど
やっぱりベインストック出てからなのか?
その症状は」
アノはすぐに答えず、ちょっと思い出そうとしているみたいだった。やがて口を開く。
「う……ん
いや、そういえばベインストックにいる時も一度あったかな。
砦を落として、ベインストックに戻ってきて。
……ドレスバイルへ出発する前かその前の日位だったと思う。
それから後は移動中に三、四回あったかな」
「別にそれより前は何も……無かったよな?」
「ああ。
……と思うんだけど」
マアヴェが眉間に皴を寄せて腕を組む。
「戦場でのストレスとかなのかな
そういうのが溜まって精神を病む人もいるっていう話は
軍立にいた時に勉強したことあるけど……」
アノはミサスを見て言う。
「ストレスって……。
自分じゃそこまで深刻に
抱え込んでたつもりは無いんだけどな。
そんなこと言ったら、ミサスやバニルの方がよっぽど……。
なあ?」
「俺とバニルのことはいいけど。
病院には行ってみたのか?」
「いや、まだだよ。
ここんとこずっと移動だったし……」
「それもそうか」
それを聞いてマアヴェがアノに口を尖らせる。
「着いた翌日とその次の日は
体空いてたらしいじゃない。
私が無理にでも連れていけば良かった……」
アノはちょっと面倒そうに言った。
「そんなに大袈裟に考えるなって。
ほんと大したことじゃないんだから」
ふうっとため息をついてミサスが言う。
「お前、明日こっちは良いから。
病院行ってこいよ。
みんなには風邪とか適当に言ってさ」
「え……。
大丈夫だって。
なんだよ、ミサスまで。
二人とも心配性だな、ほんとに」
「バカ、この任務が終わっちまえば
俺達はスタンフォーク行かされて
その数日後には海上だ。
そこから先は
病院なんていつ行けるか分からないんだぞ。
いいから黙って言う通りにしろよ。
俺やみんな、それから……マアヴェの為にも行ってこい」
(海上? どういうこと?)
スタンフォークって港町なのか……?
ミサスの剣幕にアノも渋々頷く。まあともかくそれが正解というものだろう。
その日、翌日と、敵に襲われることもなく二日間の輸送は無事に完了した。
そして最終日、夜を迎える。
ホームの時計は午後十時五分前を指していた。
ノルツァの家々の灯が一つ、また一つと消えていく中、駅舎とそのホームに停車する汽車の周りだけが相変わらず明るかった。ミサスはこの三日間ですっかり顔なじみになった駅員に挨拶をして改札を通り抜けてホームへ行く。
その後、汽車先頭の機関室側面へ行き扉をノックする。ややあって、扉を開けて運転士が顔を出した。彼とは今日が初対面だった。まだ結構若い。
二言三言彼と話すミサスの後ろへケーケが来た。
「ミサス、積荷の方はオーケーだ。
ディアンさんもバニルが二両目に案内した。
何か木箱持ってたみたいだけど。
ともかくみんな乗り込んだから
いつ出してもらっても良いぞ」
「そっか、分かった」
運転士が顔を引っ込めて機関室のドアを閉める。どうやら定刻通りに出発となりそうだ。今日はミサス達六名はディアンと共に二両目の客車に乗る。別に護衛を頼まれたわけでもないが、一緒に乗る以上顔を付き合わせておくか位に思ったのかもしれない。ちなみに今日は貨物車両は四両目と五両目のみだ。台車は無い。
客車へ向かうミサスに隣のケーケが喋りかけてくる。
「あのディアンさんって人
ちょっと変わってるよな」
「そうか?」
「武器商人て俺はもっと
デブで嫌味ったらしい目をしてる奴を想像してたよ。
ギラギラしたでかいダイヤなんて指にはめて
損得勘定ばかりしてるようなのをさ。
あの人はそんな連中とは違うよな。
なんつーか、心を持ってるっていうかよ」
それは少し偏見を持ち過ぎだ、ケーケ。
ミサスもちょっと笑う。
やがて二人は二両目の進行方向左側にある中央のドアから乗り込んだ。客車の座席のタイプは、僕が今カジと乗っている筈の汽車と同じ配置のものだった。
入ってすぐ奥の左側、進行方向と逆向きの窓側席にディアンは座っていた。彼は左肘を窓の桟につきその手を唇に当て、ホームの時計を見上げている。今日は垢抜けたベージュのスーツだ。
ミサスが近くまでいくと、こちらに気付き立ち上がって握手を求めてきた。
他のメンツも大体その近くにばらけて座っている。昨日病院へ行ってきたアノもミサスと通路を挟んだ席でバニルと向かい合って座っていた。結局、しばらく様子見を、ということだったらしい。
「長々というわけにもいきませんが
今夜は前線での話でも是非聞かせて下さい」
ディアンの手をミサスが握り、斜め向かいに座る。と、ディアンの席の真下のスペースにある木箱が目に入った。縦横三十センチ程の木箱だ。
「それは?」
「ああ、これは新型の小銃が数丁入ってるんです。
ドレスバイルのハレー中佐が
部隊で使えるか検討したいと仰るものですから
説明がてら私がこうして持っていくわけですよ」
「なるほど」
上の網棚を使わないのは、忘れないようにか、それともなるべく近くに置いておきたいからなのか。
ミサスはそれ以上気に留めることなくアノの方をちょっと見た。
(守ってあげてよ、隊長)
僕はミサスに頼むように語り掛けた。
汽車がゆっくりと動き始めた頃、それまで闇を照らしていた上弦の月は雲に覆われていった。どうやら今夜は少し風が強い。




