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月の刻限  作者: ゆいぐ
第二章
34/76

第三三話 暗中 参

参考程度に適当な用語解説

シェイコ:

  円筒形の、帽子。小さなバイザーが視界の上方を遮る。

  物語の中では、てっぺんに大き目の羽飾りが付いている。

カラーガード:

  楽隊の中で色鮮やかなフラッグを振って視覚的演出を行う人達。

グースステップ:

  ガチョウ歩行。腕と脚を真っ直ぐにして高く振ってする行進形式らしい。

  あまり早く歩けない。 

 おかしい。何だって朝の六時から、病院のバスルームで包帯を洗ってるんだ。この時間帯は何気に結構寒い。すすぎ水が非常に冷たい……というか痛い。

 正直に白状すると、昨夜のマアヴェからのお願いに対し僕は別の期待を僅かに抱いていた。五パーセント位。ほん……のちょっとだけだ。そのメルヘンな素敵過ぎる妄想の一端をここで紹介しても良いのだけれど、長くなりそうなので止めておく。 


 僕程でないにしても、やや困惑気味に汚れた包帯を洗うミサス。タイルの床に裸足で腕まくりをしてかがんでいる。やはりその隣で、わしわしとシーツを洗うマアヴェが申し訳なさそうに言った。


「ごめんね。

 ここの病院の洗濯機

 何台か壊れちゃってるらしくって……んんしょっとっ。」


 ミサス達が一昨日、昨日と時間を持て余していたのに対し、マアヴェは配属の翌朝から町の病院でこき使われていた。昨日街に繰り出すのが夕方になったのもマアヴェに時間を合わせたからだ。ちなみに明後日からの輸送警護の任務には、小隊のメンバーとしてマアヴェともう一名の衛生兵も同行する。


 洗濯という任務は武器を持って戦うこととは別の意味で過酷だ。その作業から解放された時にはすっかり手の感覚が無くなってしまっていた。


 その後ミサスは洗濯物の山に埋もれた籠を持たされ病院の屋上へ来ていた。屋上の風もまだやや冷たい。

 このまま干し終わったら解散かと思っていたのだが。屋上に張られたロープにシャツを干しつつマアヴェは話し始めた。ここには他に人はいない。


「アノ君のことなんだけど」


 何? やっぱりもしかして……。

 だが僕の妄想が展開することはなかった。ミサスも包帯を広げつつロープにかける。そしてマアヴェの言葉の先を待った。


「……。


 ちょっと変なんだよ最近」


「変?」


「……うん。

 

 数える程なんだけど。

 

 心ここにあらずって言うじゃない?

 話し掛けても全然聞こえてないみたいに

 反応してくれない時があって」


「考え事でもしてたんじゃないのか?」


「う……ん。

 なら良いんだけど、なにか違うっていうか……」


 マアヴェ自身にも今一つ状況が把握できていない。そういう印象だった。


「いつからなんだ?」


「うーん……。

 最初にあれっ……て思ったのは

 ゴートン君達と別れる数日前だったと思う。


 ……そうだね、

 ベインストックを出てからだよ」


「ふうん……。

 まあ、後で俺からも直接確かめてみるよ。


 ここに来るまでずっと傍にいたのに

 ちっとも気が付かなかった」 


「ううん。

 ごめんね、私こそ変な相談して。


 みんなに相談して

 変に気を回させるのも

 大袈裟な気がしてさ。


 ミサ君忙しいのにね」


 まあ、ここんとこ二日は暇してたみたいだったけど。


「いや、マアヴェこそ

 余計な気ぃ使うなって。


 ……考え事……か」


 その時僕は南町の病院にいるアノのことを思い出していた。リーンが話しかけても殆ど反応していなかったアノ……。まさか僕が気が付かない間に彼は何等かのトラブルをその身に抱え始めていたということなのだろうか。しかし今までの情報でこれといって事故に巻き込まれたり病気を患ったりということはなかったようだが……。いくら考えても分からない。もうしばらく成り行きを見守るしかなさそうだ。それに本当にただ考え事をしていただけという可能性もある。

 ミサスとマアヴェはそれから十五分程して全ての洗濯物を干し終えると、朝食をとるべくそこを後にした。


 それから三時間後。


 午前十時より少し前、ミサス達は待機中の六百名近い兵士の群れの中にいた。ここはメインストリートの南端だ。これから少し後、通りに沿って三キロ程の道を一時間近くかけて行進する手筈となっていた。兵士の数は二日前より更に膨れ上がっている。ミサス達が来る前からいた駐留軍の者や、その後からドレスバイルへ来た者、そのいずれもがこの数日後にはスタンフォークへ向かうことになるのだろう。

 ミサス達の周囲はダークグリーン一色に染まっていた。当然に各自が剣や銃を所持している。その一方で集団の前方には白い正装のマーチングバンドがいる。彼女等は町の学校の生徒らしい。年齢はミサス達より少し下みたいだ。つまりこのパレードはそれ程格式ばった催しではないらしい。ミサス達も一応隊列を組んではいるものの、隣の者と話をしている者もいれば町に着いたばかりなのか物珍しそうに辺りを見回している者もいる。


 沿道にはドレスバイルや周辺の町村から来たらしき一般人達が詰めかけていた。通りに立ち並ぶ建物の窓や屋上の手摺からも人々が顔を覗かせている。

 それらの観衆を見ようとしきりに背伸びするジャンは少し浮かれているみたいだった。


「すげえなあ、こんな大勢から注目されるなんて

 授業参観以来かも……」


 そんなジャンに『あんましキョロキョロすんなよ、カッコ悪イだろ』と注意してみせるケーケは逆にやや緊張しているみたいだ。ちなみにジャンの脇には何故かヨウまでいる。彼は頭の後ろで一丁前に手を組みつつ退屈そうにぼやいている。


「あーあー。

 何でも良いから早くしてくんないかな。

 いい加減待ちくたびれちゃったよ」


 ジャンがそんなヨウに今気付いたかのように声をかけた。


「ってか、何でお前まで来てるんだよ。

 むしろ沿道で、ほら、あの坊やみたいに

 可愛らしく小さな旗でも振って、はしゃいでろよ」


「良いんだよ、僕はこっち側で。

 僕だって心はクロイン軍の一兵士なんだ。

 今にね、こう……やってズバッて……とりゃあっ!って……」


「ば、ばかっ。

 やめろ、危ねえだろ

 コラやめろってば」

 

 ヨウはジャンが腰に差していた細身の銃剣を抜き一生懸命に振り回してみせた。さながら前線で活躍する子供ライオンを横目で見つつバニルが欠伸混じりにミサスに呟く。


「しっかし、何の意味があんのかねえ。

 こんな恥晒すような真似する暇があんなら

 見回りの一つでもしてた方がマシだ……」


 ミサスも勿論平静な顔をしている。


「そうだな。

 俺達の士気でも揚げようっていうのか

 あるいは……」


 そうこうしているうちにパレード開始の時間を迎えたらしい。北にある庁舎の方から空砲の音が景気良さげに数発、パンッパンッ、パンッと上がった。

 それを合図として、バンドの先頭に立つ白の制服スカートの女の子が右手の指揮杖しきじょうを斜めにしてスッと掲げた。目深まぶかにかぶる白地にライトグリーンのラインが入ったシェイコ、その上の白羽が微かに揺れる。一拍遅れて後ろのスネアドラムが小気味良いリズムを打ち始める。さらにその後からシンバル、バスドラム、やがてはスーザフォン、チューバ、ホルン、フルートといった様々な管楽器が続く。メンバーは三十名位いるだろうか。

 堂々たる楽曲に合わせて、隊列は行進を始めた。

 楽隊の後には衣装をやはり白で統一したカラーガードの女の子達が二十名程続く。その大きなフラッグには青地の中央に黒いグリフォンが描かれている。クロインで統一して用いられているシンボルらしい。まあ国旗というところだろう。彼女達はときに優雅に、ときに勇壮にその身の丈程もあるフラッグを翻し、振るい、楽曲に花を添えていた。

 そうしてようやく、その最後に本パレードの主役たる六百弱の兵士が続く。グースステップをしているわけでもない彼等はその前に続くバンド隊よりもむしろ、ややくたびれて見えた。だが、一様にダークグリーンで統一され、右肩に担いだ銃剣や腰に差した鞘を黒光りさせる彼等の威容は、その絶対的な武力が有する一種の威圧感を否が応にも辺りに漂わせている。それはやはり紛れもなく、一国を力でもって担う軍隊の姿だった。


 メインストリートを五分も歩いたところだったろうか。観衆の喝采を彩るように上空から赤や青、黄や緑、橙といった小さな紙片がちらちらと降り始めていく。徐々に数を増やしながら、それらは通りを吹き抜ける微風に煽られ透明の階段を降りていった。歓声が一層の盛り上がりを見せる中、それらはいつしか春風に舞う花嵐のようになって隊列の頭上へなく降りしきっていく。

 感嘆と共に空を見上げるケーケとジャン。そんな彼等の前を歩くバニルが、自身の右肩に付いた黄色の紙片を見て呆れ顔で呟く。


「まるで茶番だな。

 戦いの前じゃなきゃ出来ないから

 とでも言われてる感じだ」


 そんなバニルやケーケ達とも異なる無機質な声が上がったのは、彼等の後ろからだった。


「……町の人達

 まるで何かに怯えてるみたいだ」


 それはバニルの見方に近かったかもしれない。ジャンとケーケが、観衆のこの笑顔をどう解釈したらそんな印象を得るのだ、という思いで声の主を振り返る。そこには、何の色も表情に浮かべることなく斜め前の、やや上方を眺めるアノがいた。居並ぶ建物の屋上から紙吹雪を散らす人々の顔を、彼はただその視界に入れていた。

 バニルの横を歩くミサスがその一足飛びの結論を補強するように『示威行動か』と小さく付け加える。敗色濃い前線を目前にして、住民が町から離散すれば後方拠点としての意味をなさなくなる、それを防ぐ為の威嚇ということだろうか。

 僕はあのハレーとかいった冷たい目をした線の細い上官の顔を思い出していた。


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