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月の刻限  作者: ゆいぐ
第二章
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第三十話 暗中 序

 意識が明瞭になるにつれて、僕は再び夢の中へときてしまったことを理解した。彼等の会話の内容から、今乗っている汽車が次の任地であるドレスバイルへ向かっていて、ゴートン達と別れてから十数日が経過していることを知った。僕の意識は相変わらず『ミサス』の中だ。引き続きここから先も、僕の精神が入っている体の主を『ミサス』と呼ぶことにする。


 この汽車が何両編成かは知らないが、手前、奥の車両共に他の兵士達も乗り合わせているようだ。車両を仕切るドア越しにちらほらとダークグリーンのジャケットが見える。当然、ミサス達も同様のジャケットに同色のパンツ、黒の軍靴という格好だった。

 上の網棚――文字通り白いより紐で編まれたハンモックのようなもの、にはパンパンに中身が詰まっているらしきバックパックと二つのボクサーバッグが載っている。位置からして黒いバックパックがマアヴェのもので、あとの埃っぽい二つはジャンとケーケのものらしい。武器の類は各自が持っていたり脇に立てかけている。


 少しづつ周囲の状況を把握していると、ミサスがゆっくりと立ち上がった。向かいに座るマアヴェの横へ行き、ドアの窓越しに流れく景色を見つめる。夕日はもう半分程が山の奥に隠れてしまっていたけれど、まだその周囲をほんのりと橙に色付け、淡い光で僕等を照らしてくれていた。

 つられるようにしてマアヴェ達も振り返る。

 やがてジャンが思い出したようにぼそっと言った。肩を吊っていた包帯はもう取れたらしい。


「ゴートンとクルイ、元気でやってるかな……」


 その呟きに隣のケーケが『向うもきっと同じこと思ってんじゃねーか。ジャンは今頃寂しくて泣いてやしないかって、よ!』とその右肩をバンッと景気よく叩いた。


「イテぇっ!」


 どうやら、完治はまだしていないらしい。本気で顔をしかめるジャンに、ケーケが『わりいわりい』と誤魔化し笑いを浮かべて頭をかいた。


「大事にしてくれよ、この右肩は俺の生命線なんだからよ」


 右肩をさすりつつジャンは文句を言った。そういえば僕はジャンの射撃の腕前をまだ見ていない。次の戦場ではそれを披露してくれるのだろうか。ミサスも出来ることなら剣でなく銃を使ってくれれば、間近であの恐ろしい斬り合いを味わわうことだけでも避けられるのだが……。

 メイアの露店で武器を買った際に、金銭的な理由もあったとはいえほぼ迷うことなく木剣を選んだ。そんな僕の深層心理には人を斬ることへの嫌悪感が間違いなくあったのだと思う。


 やがてすっかり日は落ちた。闇夜を走る汽車の左斜め前方に、町の灯が見え始めている。漆黒の中にそこだけ光が集まっていた。左側の景色は暗がりではっきりしないものの、どうも山地が続いているらしい。逆に右側は視界を遮るものがない。地平線までなだらかな平地が続いているみたいだ。


 町が近付くにつれ、集まっていた光の点が次第に互いの間隔を広げていく。僕が予想していたよりよっぽど多くの家々が集まっているみたいだ。少なくともメイアやブレアールより大きな町らしい。中でも一際目を引いたのが、メインストリートらしい大通りに沿ってうねる一本の光の線だった。一月程前に夢で見た、あの重苦しいベインストックとは異なる人々の賑わいを容易に想像できる。


 背もたれに寄りかかり体を少しひねらせていたケーケが短く口笛を吹いた。


「へえ。前線にもまだこんな町が残ってたんだな」


 隣のジャンがはしゃぎ出す。


「こりゃ夜の町に繰り出すしかねえなっ。

 なんだよ、クロインもまだまだ捨てたもんじゃねえじゃねーか。

 ……へえぇ」


 だが、窓にへばりつくジャンやケーケと対照的に、ミサスの目はどこかやっぱり醒めていた。みんなの方を見て説明を加える。


「正確には前線じゃないんだ。

 ドレスバイルは北のツロイス近辺に駐屯している師団の

 後衛こうえい拠点みたいなもんらしい」


 こちらへ向き直ったジャンが尋ねる。


「へえ。

 じゃあ今度は、俺等はそのツロイスの方で

 一戦やらかすってことになるのか」


 ミサスは首を横に振る。


「いや、多分俺達は

 ツロイスから移動してくる人と物資を待って

 南のスタンフォークへ行くことになると思う。


 ドレスバイルより西側の町にも

 今頃同じように兵力が集まりつつある筈だ」


 ……スタンフォーク。

 それは僕が一月程前にカジの家で見た地図に載っていた名前だ。どこだったろうか。必死に思い巡らすが分からない。シダク周辺にばかり気を取られていた当時の自分が悔やまれる。

 ケーケが納得してみせた。


「なるほどな。

 ようやくそっから俺等の反撃が始まるってわけか。

 

 ベインストックじゃ正面からぶつかることがほとんど無くて

 不完全燃焼だったからな。

 

 今度こそフウスの奴等に

 目にもの見せてやれそうだぜ……」


 鼻息を荒くして腕を組むケーケ。だが意気込む彼に対し、ミサスはそれ以上何も言おうとしなかった。バニルがさり気なく話題を変える。


「ところでアノ。

 お前さっきからぼーっとしてるけど腹でも痛いのか?」


 隣のバニルから声をかけられたアノがはっとして顔を上げる。その場にいる五人が彼を見ていた。中でもマアヴェだけはその瞳に不安気な色を滲ませていた。


「あっ……。

 何でもない。大丈夫だ」


 否定するアノに、バニルが探りを入れるように横目に顔を近づける。


「ほんとか?

 マアヴェの周りではしゃぎ続けるジャンに

 そろそろ嫌気が差してきたんじゃないのか?」


 何の前触れも無く会話の矛先が自分に向いたジャンがうろたえる。


「はっ……!?

 おい、バニル。

 それはアノじゃなくてお前の被害妄想だろ。


 自分が相手してもらえないからって俺に八つ当たりしてんじゃねーよ」


 思わぬ反撃に、バニルが少し顔を前に出してまくし立てた。


「な……!

 お前、それは。

 お前の場合は相手にしてもらえてるんじゃなくて

 無理に相手させてるんだろーが。


 マアヴェだって内心思ってるぞ

 このちっこいのそろそろ静かにしてくんないかしらって。

 だろ?マアヴェ」


 バニルはジャンからのカウンターブローをこらえつつとどめを刺しにかかる。対してこの世の終わりかという顔をしてマアヴェを見るジャン。彼女は慌てて両手を振って否定しつつ、余計な一言を付け加えた。


「ちっこいのなんて思ってないって!

 ああ、でも後半はそれほど外れてないか……」

 

 その言葉にがっくりと肩を落とすジャン。勝ち誇った顔で右拳を握るバニル。だがリングに倒れたジャンはカウント負けを受け入れなかった。半泣きの顔でバニルを見上げる。


「そんな事言うならバニル、お前だってな、知ってんだぞ俺は。

 小学校の時うちのクラスのエティノに手紙渡して


「ばっ! お前卑怯だぞ!

 そんな大昔のどうでもいいネタ掘り出しやがって。

 ってか今関係ねーだろ、それは!」


 立ち上がるバニルに、座ったままの姿勢で負けるものかと見上げるジャン。そんな二人の様子に周囲の四人がやれやれという顔をする。


 新たな戦地へと向かう重苦しい雰囲気をまとった各車両の中で、ここだけが別の場所であるかのようにその中心に小さなを湛えていた。市街に入った汽車はやがて速度を徐々に落とし、やがて町の南側にある駅のホームへ汽笛と共に滑り込んでいく。


 どうやらそう遠くないうちに、ベインストックでの戦いよりも大規模な戦端が開かれるらしい。彼等は無事にその死地から戻ってこれるのか。危惧を抱く僕の心中に無関心を装うように、窓越しに見える景色は煌びやかな灯で夜の街を明々と彩っていた。




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