第二話 病院
日曜日。僕とリーンは病院のある南町に来ていた。
街灯が並ぶ橋の上で前を歩くリーンが僕に振り返る。
「疲れた?」
「いや」
「そう、なら良かった」
僕は抱える紙袋を持ち直す。
「メイアもここ位賑わってると買い物に困らないんだけどねー」
僕らが今住んでいる港町を指す言葉に微かに何かを感じる。何かは分からない。
リーンが僕をじっと見ていた。
「ミサス?どうかした?」
「いや……」
「あまり悩まない方が良いわよ。
レティル先生も無理に思い出そうとしなくていいって仰ってたでしょ」
『レティル先生』は今向かっている病院の精神科医だ。以前は僕も診てもらっていた。
「大丈夫だよ」
「あんたのことだからよそ見でもしててどっかに頭でもぶつけたのよ。こうゴチンて。
昔っから、あまり運動神経よくなかったんだから。うん、きっとそうに決まってるわよ」
「……そう」
「昔も剣術の昇段試験でちっとも上がらないって落ち込んでて。……ああ……でも最後の方では私もアノ君も追いつかれてたんだっけ」
「そう」
僕はやはり相槌を打つことしか出来なかった。
やがて僕らは町の中心に位置する病院に着いた。メイアのそれとは明らかに異なる大病院だった。
待合用の木椅子が並ぶ大部屋を通り、階段を登っていく。
アノの病室は四階だ。ようやく着いた頃には二人とも息を切らしていた。
そうして中を見渡す。
ベッドが並ぶ病室には誰もいないように思えたが――
不意に流れてきた風が首筋の汗を冷やしていく。窓際を見ればふわりとまくれ上がっていったクリーム色のカーテンの中に、椅子に腰掛けて外を眺める薄水色の背中が見えた。
リーンが優しく声をかける。
「アノ君」
彼が静かにこちらへ振り返る。風に泳ぐカーテンに見え隠れする左眼が僕とリーンを見つけ、僅かに表情を和ませたようだった。右眼周辺を覆っている包帯が無ければなお穏やかに見えたかもしれない。
『原因不明の精神的疾患及び右眼球創傷』。確か以前レティル先生はそんな風なことを言っていた。