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月の刻限  作者: ゆいぐ
第二章
29/76

第二八話 帰郷 弐

タイトル及び描写修正(14.07.15)

二六話:『帰郷 前編』 ⇒ 『帰郷 序』

二七話:『帰郷 中編』 ⇒ 『帰郷 壱』

    カジの人柄を洞察するミサスの心理描写変更


 メイアへ帰るチタンを見送ってから三日後の朝、僕とカジは西大陸フロック地方行きの船へと乗り込んだ。当然に帆船である。

 僕はともかくとして、カジはその頃には集落の連中とすっかり打ち解けていた。山のように大きな体、陽気で飾らない人柄、中央大陸でそれなりに長い人生を歩んできた彼の戦争譚、そしてこの島の海岸で見せたその武勇、おまけに酒を水のように受け入れる強靭な胃袋。それらはどれも、大海原を舞台として時には危険を冒してきた集落の強者つわもの達をも惹きつける程の魅力らしかった。

 酒宴の席で人の輪の中心にいるカジに対して、部屋の隅、ときには外でちびりちびりとやっていた僕は連中から取っつき難い奴だと思われていたかもしれない。

 まあ別に僕だって酒に弱いわけでも、人嫌いということでも無かったのだけれど、やはり楽しく騒いでという気にはなれなかったのだ。シミターの鞘を振り回していた僕には当然武勇伝も無かったし。

 ただそんな僕にも出発の日の朝、集落の人達は餞別として片手剣をプレゼントしてくれた。

 グリップには紺の布が巻きつけてあり、ガードはシルバー(いや、素材が銀ということではない)、加えて細身の刀身はデザイン的には何となく僕の好みに合っている気がした。簡単に片手剣と言うけれど、今の僕の財布を見てみれば……いや、それはまあいい。ただ、できればこの剣は鞘に納めたままにしておきたかった。


 その後。島を出てから南西に向かい数えること二十二日目の明け方、追い風を味方にしてきた帆船は遠目に緑溢れる海岸線を捉えることが出来る辺りまでフロック地方に近付いていた。


 現在午前五時半。


 上陸を控えた船員達が船上でその準備を始める中、少々申し訳なく思いつつもやる事がない僕は船べりに立ち、まだここから結構距離がありそうな海岸を欠伸あくびと共に眺めていた。

 西の空はパールブルー一色にうっすらと染まっていた。やや霧がかかっているものの、海岸のすぐ後ろは山々が連なっていて深々と緑に覆われている。近くに町は見えなかった。

 気候は南へ進むにつれ、少し暑くなってきていた。赤道が近いらしい。湿気を帯びた風が僕の頬を撫でる。

 ここが西大陸クロイン領フロック地方シナン海岸……。

 僕にとって久し振りの帰還、らしい。勿論、だからといってこの景色に何らかの感慨が湧くことはなかった。ただそれでも……僕はその風景から目を離すことが出来なくてしばらくそうしていた。


 いつの間に来ていたのか、僕の斜め後ろに立っていたカジが隣に来る。その横顔はこの二十日余りで一層黒くなっていた。まあそれは僕にも多少は当てはまる。

 ちなみにこの二十日、やる事もないからと言ってカジは甲板で僕に稽古を付けてくれた。まあ高々それ位の日数ですぐに上達するとは僕もカジも思っていなかったけれど、割と良い時間の使い方になっていたと思う。

 カジも欠伸をしつつ海岸の方を見て言う。


「あれが西大陸か……。

 ここまで来るだけで随分かかっちまったな」


 その言葉に僕はリーンや孤児院のみんなのことを思い出していた。今頃、怒っているだろうか。

 そんな僕の表情の陰りに気付いてか気付かないでか、カジは続けた。


「で。どうすんだ、これから。

 やっぱりまずはシダクか」


「うん。


 途中の町で情報を集めつつ

 シダクへ向かってみましょう」


「美味い飯と酒にありつけると良いな。

 船の奴等に聞いたんだが、ここら辺りは

 肉料理が盛んらしい」


「あのねえ……。

 遊びに来たんじゃないですから

 そこんとこ頼みますよ。


 大体、停戦中って言っても

 戦時中とほぼ変わらないでしょうから

 そんな景気良くやってるとは

 思えませんよ。


 警備兵だって余所者に目を光らせているでしょうし……」


「お前なあ

 はなっからそんな悲観的でいたら 

 上手くいくモンもいかなくなっちまうぜ」


「現実的って言って下さいよ。

 はあ……。

 チタンの苦労が忍ばれますよ」


 カジの気楽さに僕が船べりの手摺に寄りかかってため息をついていると、エイダが後ろに来ていた。彼女は船が西大陸に付くまでの間だけ僕達のナビゲーターをするよう老人から言い付かっていた。と言ってもその性格は島の海岸で見た通りで、ここまで来る間だって会話したのは数える程だった。その彼女が珍しく自分から僕達の傍へ来ていたので僕はちょっとだけ驚いた。

 カジが声をかける。


「エイダか、珍しいな。

 何か用か?」


 カジの質問に彼女は不愛想に答えた。


「大陸が近付いたら

 一通りここら辺の説明をするようジジイから言われてるんだ」


 何となく有無を言わせないその雰囲気に押されて、僕とカジは有難くその解説を拝聴することにした。


「今この船は

 お前等がこれから向かうシダクとかいう町の北に位置してる。

 

 だけどこの船は南には行かない。

 というより南にある海岸はほぼ絶壁。

 波に浸食されちまってるから船を付けようがないんだ。


 だからこの船は真西に向かってる。

 と言っても分かってると思うが

 向かってる先もただの何も無い海岸だ。


 俺達はそこで船の積荷を降ろして

 そっから少し北西に行ったところにある

 デポという名前の小さな駅に行く」


 そこまで黙っていたカジが口を挟む。


「駅? 

 鉄道が敷かれているのか。

 

 にしてもデポなんて

 カワイイ名前だな。」


「元々は小さな町だったそうだが

 近辺が開発されてくに従い

 住民が他所へ移っちまったらしい。


 建物はほとんど取り壊されていて

 残っているのは倉庫ばかりだ。

 デポというのは町が無くなってから

 付いた名前らしい。


 とにかく

 俺達はそこから汽車で北の港町へ行く。

 お前達がシダクへ行くなら逆方面だ。


 それから

 海岸付近と違って内陸部の空気は乾いてる上に

 昼夜の温度差がメイアやブレアールのそれよりひどい。

 まあ体には気を付けろ」


 今度は僕が質問をする。


「ちなみにシダクまで

 どれ位の時間で着くか分かるか?」


「正確な時間は分からん。

 というより俺の記憶が正しければ

 シダクという駅は無い。

 

 多分どこか大きな町まで列車で行き

 そこからさらに歩くことになるんだろう。


 ちなみにお前等が示したシダクの位置が間違っていなければ

 デポからシダクまでの直線距離は

 約六百キロってところだ」


 六百キロだと……。

 ある程度は覚悟していたものの僕とカジはその時点でかなりげんなりしてしまった。こんなんで未だにどこにあるかも分からないベインストックやドレスバイルに辿り着けるのだろうか。

 エイダは『説明は以上で終わりだ』と言ってその場を去ろうとしたが、不意に何かを思い出したらしく振り返った。


「すまん、一番重要な事を言い忘れてた。

 

 俺達はデポから北側にある幾つかの町を回って

 三日後にまたデポへ戻ってくる。


 その日の日暮れ。

 それがリミットだと思ってくれ。

 そこを過ぎてもお前達がデポに現れなければ

 俺達は南側から戻ってくる船に乗って例の島へ帰る。


 ちなみに次の船がここへ来るのは一月後ひとつきあとだ」


 そう言ってエイダは来た時と同じように音も無く去っていった。どうやらこの船はこの船で僕達を降ろした後に南方面へと行くらしかった。中央大陸へ三日後の船で帰るかどうかについて、カジは何も言わなかった。そして僕も。今はとりあえずシダクへ行くことだけを考えよう。


 東の空から昇りつつある朝日がマリンブルーの海面にオレンジ色の道を描き出している。二本のマストは既にたたまれ、錨を降ろした船員達は船に積んできた小舟を海面へ降ろす準備に入っているようだった。


 やがて海岸へと降り立った僕等は北西に向かって歩き始め、その約一時間後にデポ駅に着いていた。エイダが説明していた通り、デポには本当に倉庫と駅しかなかった。町があったと思われる一定の範囲は薄茶色の土が露出したままになっていて、そこに窓口どころか入口もないライトグリーンのホームと数軒の茶色い煉瓦倉庫が立っている。そんな所だった。

 ただその周囲を見渡せば、そこら一帯は海岸から見た風景と同様にとても緑豊かな土地だった。目に映るものは山と空。オナモミや猫じゃらしという見知った草から名も知らぬものまでが一面、駅から離れるに従って緩やかに傾斜する大地を覆っていた。山々に空が近いとでも言えば良いのだろうか、ゆっくりと流れていく雲がなだらかな斜面を包むように特大の影を作っている。

 一方で耳に聞こえてくるのは、上空で優雅に舞うトンビらしき鳥の『ぴー……ひょろろろろ……』という鳴き声のみ。

 それらは僕がブレアールへ行く途中で見たブドウ畑の景色よりも一段と戦争から縁遠く見えた。

 その壮観に馬鹿のようにぽかーんと見とれる僕とカジに構うことなく、エイダ達はここまで運んできた積荷の一部を倉庫へと移している。


 いつまでもそこに佇んでいるわけにもいかない。僕等はしばらくして、エイダ達を待つことなく駅のホームへと上っていった。そのホームはさっきも言った通り本当に殺風景で、ここに必要だったから木製の屋根とコンクリートの乗り場をどすんと置きました、という感じのものだった。ホームに置かれた粗末なベンチとペンキの剥げ落ちた時刻表がその殺風景に輪をかけている。

 駅員一人見当たらない東西のホームに挟まれて、南北両側へと二本の線路がどこまでも延々と伸びていた。


 荷物の残りを持ったエイダ達十名弱が反対側のホームに上がってくる。僕とカジは時刻表の前に立っている。用紙だけが不釣合いに真新しい。

 僕と同様に時刻表を見つつ、そこに置かれた日付入りの青いチケットを渡してくれてカジが言う。おそらく降りた先で運賃を支払う仕組みなのだろう。


「……汽車が来るまであと一時間か。

 まあ、このスカスカの時刻表を見る限り

 一時間で済むのは運が良かったと言うべきか」


 汽車は三、四時間に一本といった具合だ。しかし僕は、時刻表の上に貼ってある簡素な地図付きの行先表を見て更に驚いた。次の駅はロマウナ、所要時間は十一時間とある。今午前七時位だから着くのは夜だ……。ただまあ地図を見る限り、シダクに一番近い駅はどう見ても次のロマウナだった。それに気付いたカジも諦め顔で付け加える。


「こりゃ情報収集は、このロマウナってとこまでお預けか……」


 僕は地図の線路を辿ってロマウナの先を見ていったが夢で聞いた町の名前は見当たらなかった。路線は海岸線から一定間隔離れたところを南東方面へ走っているらしい。

 仕方なく僕等は傍のベンチに座って汽車を待つことにした。


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