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月の刻限  作者: ゆいぐ
第二章
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第二七話 帰郷 壱

 翌日の昼過ぎ。集落で一晩を過ごした僕とカジは釣竿とバケツを借りて海岸に来ていた。昨日乱闘した海岸とは反対側の海でこちらは岩場になっている。足元の黒っぽい岩壁を削らんと波が絶えず打ち寄せていた。時折勢いのある波が、借り物のサンダル四足と脇に置いたバケツの底を濡らしに岩肌の上まで寄せてくる。

 僕は手近な岩に腰掛けて釣りをしていた。隣の岩にはカジが座ってやはり魚を待っている。


 しばらく二人とも無言だったが、少しして餌が無くなってしまった糸の先を手元に戻しつつ僕が話を振った。波の音に抗して自然と声が大きくなる。


「……良かったんですか?」


 手近な石をひっくり返してはその裏にいるゴカイ等を探す僕に、カジは海面の浮きを見たまま聞き返す。


「ああ?」


 波が白い飛沫を上げて打ち寄せる。僕は再び竿を放った。


「自警団の手伝いの件」


 昨日のカジのあの様子では、おそらくもうここの人達に手を出す仕事には関わらないだろう。きっと、孤児院でおばさんに軍を辞めた話をしている時に見せたあの困り顔で、知り合いの漁師という人にしどろもどろの言い訳をすることになるに決まっている。

 ましてやカジが昨日老人と会話していたあの場だけを適当に乗り切って、メイアに帰り次第自警団へ告げ口をしに行くなんてことは有り得ない。彼はきっと自身のプライドとか矜持とかいったものを基準に動いている。それに反することはしない……と思う。

 カジが竿を投げ直して答える。


「ばーか。

 あんな身につまされる話聞いたら

 どんな建前並べたって

 しょっぴくこっちが悪者わるもんになっちまうじゃねえか。


 いくら知り合いの頼みでも

 そんな後味の悪い仕事は御免だ」 


 まあ大体予想していた答えだ。僕は目を閉じて少し笑った。

 その後また少し波の音だけになったが、今度はカジが思い出したように聞いてきた。


「そういやよ」


「はい?」


「何でお前。


 俺達を頼らなかった。

 初めに西大陸へ渡ろうって決めたその時によ。


 あれだけ身の上話をしたら、

 しかもその話をした相手が俺達しかいなかったんなら

 普通は俺達のとこへ

 とりあえず相談しにくるもんじゃねえのか?」


 そのことか。


 僅かの沈黙の後。 

 僕は少し小さい声で、ただはっきりと、返した。その声に何の感情も込めず。


「関わらない方が良い」


 聞こえなかったのかカジが大声で尋ね返す。


「あぁ!?」


 視線は二人とも相変わらず海面の浮きにある。時折沈むのだがそれは波にもまれているだけのようだった。


「僕に関わらない方が良い……って思ったんですよ。

 

 あれだけ話しちゃった後で今更って

 思うかもですけどね。


 ……右も左も分からない今の僕にだって

 良心くらいはある。

 僕みたいな

 こんな得体の知れない人間の話をすぐに信じちゃうような……」


 そこで僕はその先口にしようとしていた言葉を選び直した。


「物事を深く考えない人達は

 巻き込んじゃいけないって……、

 そう思ったんですよ」


 カジがやや戸惑って言葉を返す。


「巻き込むって、お前……」


 勿論。西大陸にいるかもしれない仲間達の件だけを言っているのではない。

 そりゃあ僕だって、背景や理由とかってものを明確に理解しているわけじゃない。でも……。

 それ以上何か言おうとするカジを遮り、僕は普段のトーンで……そう、まるで明日の天気でも話題にするように続けた。


「きっと。

 

 この先僕と一緒にいたら

 中央大陸に居られなくなりますよ」


 いずれ、僕はロアに手を出す。デスニアを敵に回す。そう、確信していた。


 そうしてまた、沈黙が流れる。浮きはちっとも沈まなかった。時間帯が悪かったのだろうか。


 その時カジがどんな顔をしていたかは知らない。ただちょっとしてから、彼はため息をついて言った。


「……なあ。

 お前やっぱリーンのとこへ一旦帰れって。

 絶対そうするべきだと思うけどなあ、俺は……」


 また繰り返しだ。仮にメイアへ帰ったって、リーンはきっとそれきり他の大陸へ僕が行くことなんて認めてくれないだろう。 

 少しイラッとして僕は返した。


「そんなにリーンのことが気になるなら

 手紙でも何でも書きますから

 それを届けてやって下さいよ。

 カジさんには迷惑かからないようにしますから」


「ばーか。

 そういうのはな、直接会って手前てめえで伝えろ。


 手紙なんて相手がいなくなってからだって書けんだ。

 そんなもんで済ますのは

 言い訳だってんだよ、自分自身へのな」


 後半部分は滅茶苦茶乱暴なことを言っている。まあそういうモノの考え方はこのオッサンらしいといえば、らしかった。けれど……。

 僕は魚のことも忘れて、ただ目の前の浮きだけをじっと睨んだ。竿を持つ両手に痛いくらいに力がこもる。


「……だから

 …………だから西大陸へ行きたいんじゃないですか。

 手遅れにならないうちに。

 じかに会える今のうちに」


 どうしても帰ると言わない僕にカジは舌打ちをした。


「ちっ。この分からず屋が」


 それからその後一時間ばかり、カジが先にそこを立つまで、ついに魚は一匹もかからなかった。僕の腕が悪かったんじゃない。きっと魚がカジの馬鹿でかい影に怯えて岸に寄ってこなかったんだ。


 翌日の昼過ぎ、メイアへと戻る船が僕達が最初に降り立った海岸へと着いた。

 この凸凹コンビの二人ともこの島でお別れだ。チタンが集落に留まる老人に礼を述べ、見送りをしに行く僕がカジとチタンに続いて集落を後にした。その後ろには数人ばかり集落の人間が付き従ってくる。当然メイア行きの船に乗る船員達だろう。

 来る時ほとんど荷物を持っていなかったカジとチタンは、帰っていく時もやはり身軽な格好だった。持っているのは武器だけ。考えてみれば僕等はこの島に、ただ騒動を持ち込んだだけだった。


 昨日の釣りから一言も口をきいていない僕とカジの間を取り成すように、チタンが獣道を歩きながら僕の方へ振り返ってしゃべる。


「いやあ……、

 雑用やってもらうとか言われた割には

 結構のんびりさせてもらえましたね、ミサスの旦那。

 

 ……ねえ。

 …………ホントに」


 チタンの語尾はほとんど聞き取れなかった。目を逸らしている僕は無言だ。カジは見向きもしない。ちょっと見上げるようにしていたチタンは、『はあ』とため息をついてまた前を向いた。


 やがて、十分ちょっと歩いてまたあの海岸へと僕等は来ていた。彼方には帆船が二隻並んでいる。僕等が乗ってきたものと、これからメイアへ行くもの。

 そして一昨日の朝と同じように、浅瀬には数艘の小舟。これで沖に停泊している船まで送ってもらう。まあ僕の見送りはここまでだ。足首までを海水に濡らしならがら僕は二人が乗る小舟の前まで一緒に来た。


 まずチタンが小舟に乗る。小舟にはもう漕ぎ手が準備して立っていた。チタンはカジの座るスペースを開けるべくその脇に寄って座った。チタンはカジを見上げる。カジは腕組みして仁王立ちのまま浅瀬に立っていた。無言で小舟をじいっと見下ろしている。

 周囲の小舟は新たな船員達を乗せて動き出した。穏やかな白いさざ波が彼等を見送る。海の色はやはり鮮やかな青とは言い難かったが、それでも日の光に照らされてきらきらと水面を輝かせていた。

 チタンは漕ぎ手に申し訳ないと思ったのか、小舟の前に立ち尽くして動かないカジへ、『旦那』と声をかける。そのカジがようやくちらとチタンを見て言った。


「チタン」


「へい?」


「お前。

 一人でメイアへ行って

 孤児院の連中に適当に説明しとけ」


「へ!?」


 チタンはあんぐり口を開けている。僕も驚いてカジを見た。漕ぎ手も意外な展開にカジを注視している。


「俺はこの小僧に付いて西大陸まで行ってくるからよ」


「そんな……本気ですかい?」


「心配すんな。

 そんでリーンに言っておけ。

 必ずこのバカをメイアまで連れて帰るから

 安心してそのまま孤児院で待っとけってな」


 決めたらもう揺るがない。そういうカジをきっとチタンは何回も見てきたんじゃないだろうか。少しして諦めたように息を吐き、言った。


「はあ……。


 分かりましたよ。

 行先と近いうちに戻るってことだけ、

 ミサスの旦那の夢の話はせずに

 どうにか伝えておきますよ。


 気を付けていってきて下さいよ。

 まあカジの旦那が付いていくならむしろ安心か……」 


 突然の展開に僕も呆れていたが、カジに礼を述べ、続いてチタンに頭を下げつつ『済まない』と伝えた。チタンが僕を見上げる。


「ミサスの旦那もお気を付けて下さいよ。

 クロイン領は

 この平穏なアスロペンの国外だということ

 くれぐれもお忘れなく。


 故郷へ帰るなんて思って気を緩ませていると

 痛い目見ますからね」


「分かってるよ、ありがとう」


 やがて、チタンを乗せた小舟も沖の帆船を目指して出ていった。それを見送る僕は隣のカジに憎まれ口を叩く。


「知りませんよ、後悔しても」


 カジは平然と笑って言った。


「けっ。

 今更何を。一昨日きやがれってんだよ」


 会話が繋がっているのかちょっと怪しかったけれど、気にしないことにした。この海の先に待ち構えるものを思えば些事だったから。

 メイアへの出港を待つ帆船に、近くまで漕ぎ付けた小舟から船員達が積荷を上げている。おそらくメイアへ行った後にまたどこか別の港へと向かうのだろう。国の影に怯えながらもそうやって彼等は自身らの営みをきっと必死に守り続けていく。

 僕はそんな姿に思いを馳せるうちに、ふと今し方この口から出た言葉がそのまま自分への警告であるように思えてきて、帆船から視線を逸らさずにいられなかった。


 僕は日常を捨てるんじゃない、取り戻すんだ。そう言い聞かせて海の彼方に目を向けたけれど。


 静かな水平線に恐れや憂いの影が見えないように、いくら目を凝らしたところで願いや望みという光を見つけることは出来なかった。


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