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月の刻限  作者: ゆいぐ
第二章
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第二五話 乱闘 後編

 そこからものの十数分の間。戦いの場は凄惨を極めた。

 最初は新手の連中に対し一定の距離を取りつつ、一撃離脱のやり方を採っていた僕もついには囲まれてしまい、乱戦の最中に木剣は折られ、それでも負けじと目の前の男からやっとの思いで奪い取ったシミターの鞘でどうにか凌いでいた。擦り傷やかすり傷は幾つか負っていたものの、致命傷をまだ受けていないのがせめてもの幸いだったが。

 そんな苦戦を繰り広げる僕とは正反対に、カジは十五人弱を相手に全く遅れをとることなく暴れ回っていた。流石に背中の両手剣を使っていたものの、それは鞘に入れたままぶん回すという、あまり見かけない使用方法ではあった。ともかく、その様は鬼神か何かの如く敵の目に映っていたことと思う。

 舞台はいつの間にやら浅瀬から砂浜の上へと移ってきていた。


 当初二十人近い人数だった新手の連中は最早半分程までに減っていた。勿論カジの並々ならぬ力がその場を支配していたことは言うまでもない。

 目前の三人を支えきれなくなった僕は、僅かに空いた隙に向かい最後の力を振り絞って突っ込んでいった。そうして、情けなくもカジの背中を求めてどうにか窮地を脱することに成功した。もうとっくに肩で息をしていたが、それさえも覚束なくなってきている。酸素の量が追い付かない。武器を握る手の感覚を失いつつある。そんな僕を庇ってくれながらカジが呟く。


「最初の連中はともかく

 こいつら……素人だな。

 得物の扱いがまるでなっちゃいねえ」


 ……! 


 何だと……。


 僕はそれまでの苦労の成果を何割かピン撥ねされた思いがして、益々体が重くなるのを感じた。そんなショックを受ける僕にフォローを入れることもなくカジは武器を振るい続ける。もうほとんど使い物にならない僕が言うのもなんだが、この場の勢いがこちら側にあるのは明らかだった。いくら束になってかかっても敵わないことを思い知り始めた敵は、気のせいかこちらへ突っ込んでくる出足が鈍り始めているように見える。

 どうやらこの場を切り抜けることができそうだと僕が気を許しかけた時だった。


 パンッ!


 一発の乾いた銃声が、泥と血にまみれてくたびれつつあったその場の空気を一瞬にして張り詰めさせた。空に向けて撃たれたものだったとはいえ、撃った者以外の連中は思わず動きを止めていた。


 敵の一団の後方、小型の銃を空から僕等へと構え直したのは一人の男。いや、リーン位の年頃の女だった。僕達の戦いに加わることなく距離を置いて様子を窺っていたらしい。服装や髪に乱れた様子はなかった。冷たいその視線がこちらを射るように見ている。

 彼女の小銃は、夢の中で僕が見てきたものに比べると口径が明らかに大きい。つまり不格好ということだ。が、その銃口は間違いなく僕とカジのいる方へと向けられており、その直線上にいる者達を二、三歩後ずさりさせるには十分な殺気を放っていた。シミターやナイフを握り締めていた荒くれ共も静まり返ってしまい、彼女を注視していた。メンバーの中でも一定の地位にあるのだろうか、その行動に異を唱える者もいなかった。


 カジが両手で掴んでいた男の襟首をゆっくり放す。それはどちらかというと、仕方なくというより興醒めしてという感じではあったが。僕達二人と彼女との間隔は十メートル程だろうか。その射線上にはもう誰もいなかった。彼女は声を大にする。


「随分、好き放題に暴れてくれたもんだよ。


 だが、お遊びもここまでだ。

 このまま全員のされちまったらプライドもへったくれもないからね。


 ……得物を置きなっ」


 僕とカジがその言葉に従う。僕は足元の砂地へとシミターの鞘を差した。要するに数と力でねじ伏せるつもりでいた相手側はカジの活躍にそれが危うくなり、仕方なく飛び道具を出してきたといったところだろうか。

 銃を突き付けられているという緊迫した状況ではあったものの、彼女の指摘に沿って現場の惨状を視界に入れてみた僕は改めて呆れ返った。

 さざ波寄せる海岸には都合二十名強の者達が倒れ伏している。その多くはカジがやったものだが、当然僕が手を下した者もいた。立っている者達も、血と砂に汚れていない者はいない。引っ掴んだり引っ掴まれた服もぼろぼろだ。刃の欠けたナイフや、柄の近くで折れたシミターも何本か転がっている。凄まじい乱闘の後だった。闘争と言うより喧嘩に近かったかもしれない。

 これでは、向こうも手段に拘っていられないだろう。


 かと言って、僕もこのまま大人しくしているわけにはいかなかった。

 未だに寸分も動かない彼女の銃口を見つつ、僕は凡その記憶と波がぶつかる音を頼りに、僅かに右へとにじり寄っていく。彼女の視線を遮るように。

 ……もう少し。……もうちょい。


 その動きを訝しんだ彼女が『動くんじゃないよっ!』と警告の声を上げる。


 それを合図にしたかのように僕の四、五メートル後方でパカァンッ!と小気味良い音がした。

 ……そうなのだ。もう既に僕は、後ろの樽を積んだ小舟と彼女を結ぶ線上に入っていた。


 小舟の上に寝かされている樽の、左奥の蓋が蹴破られ、中から樽男の首にナイフを当てがったチタンがよっこらせと出てくる。敵側が一斉にざわつき出した。『バレオッ』と呼びかける声も。


 僕が彼女の視線を遮ることがどこまでチタンに利したかは分からない。だが。カジの縦横無尽な働きに比して僕の、特に終盤のぐだぐだっぷり、その罪滅ぼしを少しでもしたかったのだ。あの南町の路地やブレアールの聖堂でその身に宿した殺気を疑いたくなるような、そんな体たらくに内心僕は当てが外れた思いだった。勿論そんな感情こそが夢だったというのならそれ以上有難いことはなかったのだが。

 

 『そういえばいたな』という顔でカジがチタンの方を見る。

 衆目も今や彼女の銃口から離れ、終幕の手前で突如現れた二人のゲストへと注がれていた。

 事ここに至ってようやく、僕はチタンが今迄身を潜めていた理由を理解できた気がした。即ち、後から新手が何人現れるか分からない序盤で人質を晒すより、敵が大体出揃ったと思える上で、その人数を減らせるだけ減らしてから樽男というカードを切る方が効果的だと思ったんじゃないだろうか。何しろ僕達はこの小島から出なきゃいけない。人質を使うにしても、こっちの行動の不手際に身構える敵の人数は少ない方が良いに決まっていた。

 チタンが周囲を一望し、場を威圧するように慣れない大声を上げる。


「方々ァ、武器を捨てて下さいなっ。

 旦那方のお知り合いの、この方の首筋に当てられた

 小さなナイフが見えるでしょう!


 お嬢ちゃんもだっ。

 貴方のその旧式の短銃でこの距離と風の中、

 あたしのか細い手首を飛ばせるか試してみますかい!?」


 流れは再びこちらにきていた。かに見えたのだが。

 周囲の男連中が仕方なくナイフやシミターを投げ捨てる中、彼女だけは銃を降ろさなかった。それどころか相変わらずその銃口は僕等の方を睨んでいた。見兼ねたチタンが、ナイフを樽男に当てたまま再び呼び掛ける。


「お嬢ちゃんっ!」


 ……彼女は応じなかった。きつく口を結び、短銃を両手で必死に支えていた。

 膠着状態。

 チタンも流石にそれ以上迫れないみたいだった。まあ確かに、弾丸がいつ僕かカジに向かって発射されるか分からないこの状況では、どっちが人質を取っているのか分からなかった。


 数秒の沈黙。双方、動けない。

 ……仕方ない、ここはカジを引っ張って目の前の浅瀬へと飛び込むか。僕とカジが彼女の銃口から逃れることができれば、あとはチタンと彼女のサシだ。そうなればもう樽男を押さえているチタンの勝ちだろう。

 そこまで考えて僕がカジに手を伸ばそうとしたその時だ。


 意外にも、状況は最後にもう一転した。


「銃をお下げ。エイダや」

 

 しわがれた声が彼女の後ろから上がる。驚いた彼女が振り返ったその先には、杖を突き、隣の男に支えられながらやっと立っている老人がいた。チタンと彼女の間で事の成り行きを見ていた男達の間からも『むらおさ!』、『村長!』といった声が上がる。

 密貿易船のリーダーなら『頭』とか『頭目』とか呼ぶのが普通なんじゃないだろうか。それとも村ぐるみでやっているのだろうか。

 カジがよく分からない、という顔でこっちを見たがそんなもん僕にも分かる筈はなかった。

 老人が支えられながらゆっくりとこちらへ歩んでくる。その時にはエイダと呼ばれた彼女も銃を降ろしていた。加えて男達も武器を手放している以上、僕とカジも得物を手に再び、という気には何となくなれなかった。後ろの小舟の上にいるチタンだけがどうにか、先程までと変わらぬ姿勢を保っているが、その表情もやや困惑している。


 ようやく僕等の前まで来た老人が口を開く。


「あんた等も、もう止めにせんかね。


 向うの小さい御方はともかく

 ナイフやシミター相手に刃を用いず、防具も身に着けず。


 ワシにはどうも

 あんた等がただ単に

 ここの者達を縄でくくりに来たとは思えんのだが」


 カジが僕を見て『どうする?』と聞いてくる。

 メイアへ帰るにせよ西大陸へ行くにせよ、それなりの船を出してもらわなければどうしようもない。もしも頼みを聞いてもらえるのであれば、人質等といった危うい手段に頼らずに済む。

 何だか早とちりをしてきたのだろうか、そう思いつつ僕はカジに疲れた顔で答えた。


「終わりに出来るなら願ったりですね。

 ……普通にもう限界です」


 そんな僕にカジは『だらしがねえなあ。』と口では言いつつ、まんざらでもなさそうだった。カジだって、自警団にここを告げることになるとしても、事情くらい把握しておきたいだろう。まあ僕からしたらそれをされては困るのだけれども。

 カジはチタンを見て『もういい』と言うように首を振る。チタンは樽男を解放した。

 そこまで確認した老人が、穏やかに言う。


「少しお互い話をしてみんかね。

 腹も減っているだろう」


 その瞳は温かみさえ湛えていて、とても犯罪組織のリーダーとは思えなかった。


 そんなこんなで、どうやらこの舞台はお開きということらしかった。疲れ果てた演者達は互いに体を貸しつつ、舞台の袖たる林の奥へと引き揚げていく。どうもその後ろ姿は観客も呼ばずに始めてしまった空興行、くたびれ損の何とやらという具合だった。


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