第二四話 乱闘 前編
脛の辺りまである冷たい海水がパンツの裾にまとわりつく。足は水底の砂地にやや沈む。下が石や珊瑚でないことがせめてもの救いだったが。
前に四人、後ろに七人。どの男も、さっきまで船倉で一緒だった樽男と似たような年格好をしていた。違いといえば、武器と腰巻きの色位か。
対して僕とカジは。
僕の外見は木剣以外はいつもと変わらない。孤児院で過ごす普段着ということだ。上着の下に着込むタイプのチェイン系の防具位は購入してきたかったのだが、値札のタグを見たらゼロが一つ多かったのだ。あの価格では手が出ない。カジも見た感じ下に何か着込んでるというわけでもなさそうだ。
要するに、当たり所が悪ければ致命傷になる。見た目等気にせずに胸当て系の格好悪いヤツでも良いから買ってくるべきだった。自分の覚悟がまだどこか甘かったことを、今更ながら僕は思い知らされていた。
まだ立ち上がっていないカジを斜め後ろにかばいつつ、両手で木剣を構える。
すると、目の前のリーダー格らしき男が口を開いた。この男だけは殺気立っている他の連中と違い落ち着いていた。
「お前等、いつから潜り込んでた?
……ブレアールの自警団か?
そういやバレオがいなくなっていたが。
女か酒だろうと思っていたが
あれもお前等の仕業か」
カジが『あつつっ……』と、頭を押さえながら立ち上がる。それを待つように僕はゆっくり答えた。
「アンタ等こそ……海賊か何かか?
バレオ?
バレオっていうのか、あの見張りの下っ端。
あいつなら……」
そう言いながら三メートル程後ろの小舟に載せられている樽に意識だけを向ける。
「倉庫の裏で猿ぐつわかましといたから
今頃町の人間に見つかってるんじゃないか」
男が納得したように返してくる。ただその表情からはもう、冷たい覚悟しか見てとれなかった。
「海賊か……まあ似たようなもんだ。
そうかい。
じゃあ……その貧相な格好はともかくとして
武器を構えてるとこから
俺達の商売を邪魔しにきたってことで良いんだな。」
斜め後ろに立つカジが、後方の敵に向き直り、知らしめるように叫んだ。
「そういうことよ!
観念して縄につくんだな!」
……何かちょっと違う気がするけれど、もういいだろう。事ここに至っては口先だけで乗り切るのは無理だ。まあそれにカジの立場での返答としてはそれ程間違っていない……。
そんな僕の思考を打ち切るように『やっちまえ!』という声が上がった。
カジより僕の担当する人数の方が少なかったが、まあそれは体格を考慮に入れれば平等な割り振りだろう。それにしても、頭一つ分はデカいこの男に背中を預けるというのは、僕の緊張を少なからず和らげてくれていた。二対十一の現状、人数差に対してこちらがもらった唯一のハンデだろう。
初めに奇声じみた声を上げて飛び出してきたのは、右端のナイフ男だった。突っ込んでくる男の足元から水飛沫が跳ね上がる。砂に足を取られているのか、然程早くない。
僕はその小手先を木剣で右へ払いつつ、すれ違いざまその脳天に一撃見舞ってやった。ゴンッ、という鈍い音と同時に両手に確かな感触が走り、直後その男は激しい飛沫を上げて浅い水底へダイブした。気は失っていないみたいだが、すぐには立ち上がれないようだった。
振り返る余裕はなかったが、背中からも喚声やら悲鳴やらが上がり始めていた。その合間をぬうように、カジが普段と変わらぬ調子で声をかけてくる。
「中々やるじゃねえか。
……思ったより」
グシャッ。
「……動けそうでっ」
ドカッ。
「…………安心した、ぜっ」
ったく……こっちは返事する余裕も無いってのに。僕は残り三人の男と向き合う。
心中でカジに舌打ちしつつも、僕は肩の力が幾分か抜けてきたことを自覚していた。さっきの反応にしても、戦場で見た『ミサス』の動きとまではいかないものの、我ながら悪くなかったように思える。こうなってくれば敵を待つ必要も無いだろう。
自分の左へと回り込んできたシミター男の機先を制すべく僕は突進していった。が、足に砂と水がからまる。なるほど、これでは思うように走れない。両手に持った木剣を自身の右脇に引き寄せつつ、相手が間合いに入ったという瞬間にその左胸目掛けて強烈な突きを入れてやった。つもりが、相手に届く寸前、そのシミターの腹で受け止められている。
力を込めてそのまま押し出そうとする僕の右側からまた別の男が短剣を逆手に襲い掛かってくる。振り下ろされたそれを身を反らして避けつつ、一旦シミターの男から離れる。が、息をつく暇もなくリーダー格の男が右斜め前からシミターで斬りかかってくる。
ガッ!
たまらず木剣の柄に近いところで受け止める。幸いそれほど敵の刃は食い込んでいない。思っていた以上に頑丈だった木剣に内心で感謝した。
だがそのまま相手と鍔迫り合いに入ってしまい、その間合いから上手く出ることができない。力の抜きどころを誤れば身を引く瞬間に斬られる。突き放そうと目一杯押すのだが、相手も引かない。左側から再びシミター男が飛びかかってくる。
……まずいっ……。
だが。
……いつまでたってもシミター男は来なかった。彼は足を止めて僕の斜め後ろを見ていた。というか見上げていた。ひきつった顔で。瞬間、僕のすぐ斜め上方を音もなく何かが飛び越えていった。慌てて背中を向けた彼の情けない『ひゃっ。』という短い悲鳴は、その『何か』によって彼と共に水中へ押し潰された。
バッシャアァァンッ、と盛大に水飛沫が跳ね上がる。やがてその飛沫の下から現れたのは、無残にも水底の土中に顔をつっ込ませたシミター男と、その上に失神したまま仰向けで覆い被さる別の男だった。
とりあえず訂正しておこう。『飛び越えて』ではない。『彼目掛けて』だった。生きているんだろうか……あれ。
リーダー格と短剣男も、一瞬の出来事に度肝を抜かれたらしく固まってしまっている。僕もまた呆気に取られ、男が飛んできた方を振り返った。
そこには、何食わぬ顔でこっちへ歩み寄ってくるカジがいた。そしてその周囲に倒れ伏している六人の姿も。小舟の上でぐったりと気を失っている者、まだ意識はあるものの水面にぷかぷかと漂い青あざに縁どられた目で力なく空を見ている者……。息一つ切れていないカジは、その背に負った両手剣すら使っていないみたいだった。
味方の僕までもが顔を引きつらせて笑うしかなかった。なるほど、これならブレアールの倉庫で『先にやっちまうか』等と大言を吐くわけだ。アスロペンの軍隊も馬鹿なものだ、こんな男を手放すなど。そんな事をふと思いつつ、余裕を取り戻した僕は残った敵の方へ向き直る。目の前の二人は今の一件で大分戦意を喪失してしまっているようだったのだが。
話はそう上手く進まなかった。
陸の方から突如として、戦場で耳にしたのと同じような『鬨の声』とでも言うべき喚声が上がったのだ。
見れば。海岸の奥に佇む林の中から、新手とでも言うべき二十人弱の一団が各々に武器を振り上げてこちらへ走ってくるではないか。
「おお、おお……。
こりゃまだ終わらねえな」
僕の隣へきたカジが左肩をぽんと叩く。苦笑を禁じ得ない。仕方ない、ここまできたらやれるとこまでやるしかない。僕は小声で尋ねる。
「チタンは?」
「さあな。
出番を窺ってるうちに
樽ん中で寝ちまったってこともねえだろうが」
「貴方じゃあるまいし」
「ちげえねえ。
お前さんも大分元気が出てきたみたいだな。
さあ。
第二ラウンドといこうじゃねえか」
僕とカジはにやりと笑い合うと、手始めに目の前の二人を水底に伏せるべく突進していった。




