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月の刻限  作者: ゆいぐ
第二章
23/76

第二二話 海上

 今、僕は海上にいる。正確にはオンボロ帆船の船倉の中で貨物にまみれて膝を抱えている。隣にはカジとチタン。カジは座って船倉内の柱に寄りかかったまま爆睡している。隣奥に座るチタンは目をつむってはいるが、起きているようだ。この狭っ苦しい倉庫には他にもう一人いるのだが。

 ちなみに僕は木剣を、カジは両手持ちの大剣を、チタンはナイフを身に付けている。ここから出るわけにもいかないので詳細は知らないが、船の規模は最大二十人乗りといったところだろうか。

 帆船はブレアールの港町を出てから既に丸一日北北東へ向かっていた。幸い航海は順調らしい。穏やかな波に揺られつつ船は風を受け進んでゆく。その目的地は。

 ……どこなんだろう、誰か教えてくれ。


 そもそも何でこんなコトになっているのか。話は僕がカジの引越しを手伝った日曜の翌日に遡る。


 カジの引越しを手伝った次の日から僕は行動に移っていた。目的地は西大陸、クロイン領だ。

 リーンが五年前までシダクにいた以上、彼女と昔からの知り合いである僕とその町が無関係であるわけがない。一方、夢の中で見たミサスの背格好が今の僕とあまり違わなかったことを踏まえれば、現地の人に聞いて彼等が赴くと言っていたドレスバイルの場所を突き止め、その彼等に本当に会うことが出来るかもしれない。しかもクロインは現在他勢力と停戦中だ。もしかしたら前線からシダクへ帰ってきている可能性だって……。

 そんなわけで僕は、クロインの地へ渡る方法を何としても見つけたかった。


 方法といっても、このメイア周辺からクロインの地へ行く定期船はない。ましてや飛行船の発着する空港など聞いたこともない。もしかしたら首都グレスターへ行けば皇族御用達の飛行船の一隻や二隻あるのかもしれなかったが、操縦も出来ない僕がそれをかっぱらってもあまり意味は無さそうだった。

 そこで思い至ったのが、密航船の存在だ。勿論この平穏な土地から、しょっちゅう戦争しているクロインの地へわざわざ行こうという者はそうそういない。だが、向うの土地でしか手に入らない交易品や、こちらから持ち込むことでしか入手できない武器の類を、国に隠れて商っている連中はいるだろう。ましてやメイアは中央大陸の中でも北西の端に位置する。西大陸のクロイン領へと国の目から逃れて航路を描くなら、その出発点、または中継点とするには然程悪くない場所だろう。

 ということで、僕はその月曜日から、孤児院での仕事を終えてリーンの家に帰った後、夜彼女が寝静まる頃合いを見計らい、埠頭の方へ試しに何日か通ってみることにした。

 

 怪しい風体の者がいたらそいつの後を尾行して、取引の約束でも船の積み荷を載せる現場でも良いから確認する。それで運良くクロイン領へ向かうことが分かれば、その船に隠れて乗り込む。そこまでいけばもう後は簡単だ。目的地に着いたら船の連中に見つからないように岸辺に降りて……、と綿密に計画していたのだが。


 ……これが全然上手くいかなかった。月曜の夜から通い始めて五日、唯一あった収穫といえば、水曜に露店で買わされた護身用の木剣位のものだった。他の土地へ行くなら武器の一つも当然必要だろう。ちなみに、もしかして当時記憶を失っていた僕がリーンの家に持ち込んできた武器でもどこかにしまい込んであるのでは、とこっそり探してみたが見つからなかった。


 土曜の夜、無駄に重い木剣の柄を黒い布きれで巻いて腰に差し、僕は懲りずにまた埠頭まで来ていた。ともかく、上手くいかなかろうが何だろうが、取っ掛かりがこれしかない以上やるしかない。ちなみに、そんな恰好で目立たないのかいう心配は無要だ。平和な港町といえども、鞘に剣を差して歩く兵士もいれば、槍を背中に負った傭兵風のいかつい男等もいる。


 埠頭に着いてから一時間程がたっていた。もう午前一時を回っていただろうか。港に人気はなく半島の先にある灯台の明かりだけが絶えることなく夜の黒い海を照らしていた。

 僕は倉庫の陰に隠れてそっと辺りを窺う。月は出ていなかったが、街灯のお蔭で遠くにいる人影を判別することは可能だった。


 だが待てど暮らせど、その人影どころか猫の影一つ見えない。

 ただ時間だけが過ぎてゆく。

 ……何だかたった一人で芝居を演じているような、それも喜劇の。六日間もそんなシーンばかりやっている自分が段々滑稽に思えてくる。考えが甘かったんだろうか。

 軽くため息をついた後、いい加減帰ろうと諦め、僕は家に向かって歩き始めた。

 

 埠頭の出口付近には酒場や宿が立ち並び、その通りはまだ煌々と明るかった。前をゆく酔っ払いが二人、肩を組んで歩いている。僕は方針を考え直した方が良いのか、としかめっ面をして歩きつつも、ふらふらと進むその二人を追い越そうと道の脇へ寄っていった。


「兄ちゃん」


 小さなしゃがれ声が、視界の隅、右下の方からしたのはそんな時だった。

 ふと立ち止まって声の方を見下ろしてみると、そこにはこの間木剣を買わされた露天商がいるではないか。彼は酒場の明かりも届かない薄暗い道の端に、紫のビロードまがいの光沢ある布を敷き商売品を並べている。そしてこの前同様にローブみたいなものを頭からかぶり、商品の方に視線を落としていた。

 僕は、『ああ、この前の』と言って彼の前にしゃがんだ。今日並べているのは、この前見た武器の類と違いアクセサリー類だ。割と良さそうな柄のものもある。しかしそんなものを買うつもりはなかった。

 クロイン領へ行くとして、その後に軍に入るにしても人探しをするにしても、嫌でも旅費や滞在費がかかる。今の僕には、短い間に孤児院で働いて得た給金が全財産だった。考えてみれば孤児院での食費とリーンの家の家賃すら払っていない。余計な出費はできない。

 また小さくため息をついて立ち上がろうとした僕に、すっ、とその露天商が顔を寄せてくる。そして先程よりもさらに小声で囁いた。


「釣り船でも探してるのかい」


 ぎょっとした僕は思わずその露天商の顔を見た。ローブの陰でよく分からなかったがかなり年のいった男だった。そして彼は事もなげに続ける。


「明日の夜、ブレアール埠頭の倉庫へ行ってみな。


 目的の場所へ行くかは知らねえが

 目当ての人間達に会えると思うぜ。


 もっとも、身の保証まではしねえが」


「あんたは一体……」


 得体の知れないその風体を怪しむ僕に、男は付け加えた。


「なに、あまりに毎晩通ってるもんで

 ちょっと手を貸してやりたくなったのさ。

 買い物の礼もあったしな」


 そう言ってまた、何事もなかったかのように顔を引っ込めてしまった。それは六日間の徒労の末、全く予期していない方面から得られた初めての手掛かりだった。


 翌日、孤児院での昼飯後、僕はリーンとおばさん達にブレアールへちょっと遊びに行ってくると伝えた。『付いていく』と言うのを断った時に心配そうな顔をしたリーンを見るのは、さすがに少しつらかったけれど。

 あとはリーンの家のベッドの下にしまっておいた木剣を差し、念の為に何着かの下着と携帯食を肩掛けの紺のハバーサックに入れ、僕はメイアを発った。


 そうして。

 日も沈み始めようかという頃、ブレアールに着いた僕は早めの夕食を済ませ、暗くなりつつあった町中を波の音が大きくなる方へと歩いていった。五区画程も歩いただろうか。

 前方百メートル程先に、港に錨を降ろす数隻の漁船の傍に建ち並ぶ、煉瓦製の倉庫群を見つけることができた。その頃にはすっかり日も沈んでしまい、やや不気味に静まり返っている倉庫群の周辺には人の気配も感じられない。

 少し迷ったものの、虎穴に入らずんば、ということで僕はその一番右端の茶色い倉庫へと、辺りに気を配りつつ足を進めていった。幅二メートル弱、木製のその赤黒い大きな開き戸にそっと近付いていく。扉は勿論閉まっていて中の様子は分からない。仕方なく右扉に半身はんみで耳を付け中の様子を窺う。


「……」


 ……中から微かに話し声が聞こえてくる。どうやら二人、いるみたいだ。もう少し、耳を摺り寄せてみる。一人は割かし遠慮のない地声だ、もう一人の方は……聞き取り難い。何を話しているんだろう。


「…………」


 どうも話し声がやんでしまったようだ。会話が終わってしまったのか。物音一つしない。……と。


 バンッ!

 不意に反対側の扉が勢いよく開いた。

 慌てて身を退こうとしたがもう遅い。暗がりの中、視界の下の方でぎらりと光ったナイフが一瞬にして僕の喉笛に迫ってきた。

 軽率過ぎた。

 ……そう思った直後だった。左の逆手に持ったナイフを突きつけるその相手が、唐突に小さな声を上げた。ナイフは僕の首の五センチ手前で止まっている。


「ミサスの旦那じゃないですか!?」


 暗闇に目を凝らすと、そこには何とチタンが立っているではないか。呆気にとられる僕の手を急いで引っ張り、倉庫の中へ強引に引き入れる。


「……あん?

 小僧なのか?」


 入った部屋の奥から聞き覚えのある声がする。明かりは点いていない。

 闇の中からぬっと出てきたのは、なんとカジ・ゴーニアだった。びっくりした僕が尋ねる。


「あれ、何でここに?」


「そういうお前こそ……。


 ……まさか、お前。

 ここの連中の一味なのか……!」


 身構えるカジに慌てて両手を振って否定しつつ、僕はここ一週間のことを手短に話した。

 それを聞き納得したカジは僕に説明してくれた。


「……そういうことか。


 俺等はメイアとここが合同してやってる自警団に

 ちょっと手を貸しに来たのよ。

 漁師やってるダチに頼まれてな。


 詳しい経路は知らねえが

 このブレアールとメイアは密貿易船が時々

 燃料やら食料やらを補給する為に

 寄港することがあるらしくてよ。


 警察も動いているらしいんだが

 人手が足りないらしくてな。

 万が一そういう連中とやり合うことになった場合に備えて

 腕っぷしの良いとこを見込まれてってわけよ」


 どうやら僕の読みもまんざら外れてはいなかったらしい。


「まあところが、

 他の自警団連中が来るまでと思って

 先に目を付けたここに入り込んで調べてたら、

 戻ってきたそいつに

 見つかっちまってよ。


 刃物出したもんだから、ついな。

 おそらく下っ端の見張りだろ」


 カジが顎で示した方には、地べたに転がっている人影が見えた。


「……死んでるんですか?」


「な……バカいっちゃいけねえよ。

 そうおいそれと人様の命をとれる男に見えるか?

 この俺が」


 見くびってくれるなという顔で見るカジ。その言葉に少し自嘲気味になる僕。そんな二人の後ろ、扉の傍で外の様子を窺っていたチタンが補足する。


「気を失ってるだけです。

 まだしばらくは……


 そこまで言ったチタンが、『しっ!』っと鋭く言って人差し指を口に当てる。やがて扉を僅かに開けて外を見ながら彼は静かに告げた。


「……まずい。

 船を降りた連中がこっちへ来ます。

 ……十人てとこですかね」


 振り返ったチタンはどうします、という顔でカジを仰ぎ見る。カジは少し考えたみたいだったが、あっさりと言ってのけた。


「……しょうがねえな。

 俺達だけで先にやっちまうか」

 

 まるで『先に飲み始めていようか』ぐらいのノリだった。危うく驚きのあまり声を張り上げそうになった僕はどうにかこらえる。そして直後にもう一つ先の状況を危惧し、慌てて二人に小声で訴えた。


「……ちょっと待って下さい。

 ここで大立回りをやられたら

 騒ぎになっちゃって

 密航どころじゃなくなっちゃいますよ。


 言ったでしょ、僕は

 クロイン領に行きたいんです。

 ……行かなきゃいけないんだ。


 お願いだから堪えて下さい」


「なっ……、

 堪えるってお前なあ……」


 戸惑うカジ。確かにここで見ないフリをするのは、彼にとって自警団の人達への義理が立たないだろう。だが、それでもここで暴れてもらうわけにはいかなかった。六日間通ってようやく手に掴んだきっかけ。ここで密貿易船の連中を逃してしまったり、捕らえてしまったら次のきっかけに巡り合えるまでにまた何日かかるか分からなかった。


「お願いです。

 お願いだから二人とも我慢して下さいっ」


 そう言いつつも僕は、部屋の奥に横倒しにして積まれている大樽に目を付ける。時間が無い。連中に見つかる前に早く……!

 戸惑う二人を急かし、数ある樽のうち一つの蓋を外す。中はとうもろこしだった。人が入れる位のスペースはある。迷わずチタンを押し込んで蓋をする。続いて次の樽を開け、カジを……押し、……込むっ……!


「……ちょっ……待てって。

 お前、俺は……


 バンッ。カジの入った樽にも蓋をする。後はそこにのびてる男と僕だ。早く、早く……!


 十数秒後、入口の扉を開く音がした。

 幸いその時には何とか、倒れていた男を押し込んだ三つ目の樽に僕も隠れていた。ただ、かなり苦しいし、何か、……汗臭い。

 声が聞こえてくる。


「あれ、アイツどこ行っちまったんだ……」


「しょうがねえなあ、ったく」


 部屋に入ってきた連中のその後の会話から察するに。

 どうやら彼等が密貿易船のメンバーであることは間違いないようだった。だが、この倉庫にあるのはごく普通の補給用の食材ばかり。どうやら彼等は偽造の皇国許可証を使い民間船を装ってブレアールを出港するつもりらしかった。


 その十数分後、港を見回る自警団の目を、偽造許可証でまんまとくぐり抜けた彼等は、僕等が入っている樽を転がしていき帆船の船倉へと積み込んでしまった。彼等が自警団に告げた行先は西大陸イドル領らしかったが、それがどこまで真実なのかは分からなかった。


 船上から慌ただしく人が動き回る足音が聞こえてくる。どうやら出港は近いらしかった。船倉の入口が閉まった音を聞いた僕は、少しして樽から出て、チタンとカジにも『出てきて大丈夫だ』と伝えた。

 どうする。流石に行先も分からずにこの船に身を委ねるのは無茶だろう。やはり降りるか。今見つかっても、わざわざ船を降りてまで僕等を追ってはこないだろう。彼等にとってはここを出ることの方が先決だろうから。

 

 船が動き出したのか、船内に軽い衝撃が伝わる。船底にそって水が流れる音も僅かに聞こえてくる。

 仕方ない、海に飛び込むことになるが。僕はカジとチタンにその旨を伝え、最後に『付き合わせて申し訳なかった』と謝った。

 そして僕は船上へ出ようと一歩踏み出す。

 当然ついて来るものと思っていたカジが、座った姿勢のまま伸ばしてきた腕で僕の足をぐっと掴んだ。


「何するんですか。

 今なら大した距離じゃないから帰れますって。

 急がないと埠頭から離れてく一方ですよ。」


 訝しむ僕に、カジは臆するどころか堂々と主張してきた。


「泳げねえ」 


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