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月の刻限  作者: ゆいぐ
第一章
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第二一話 現状

 引越しがようやく終わったその夜、一階建てのこじんまりとした家の中で、僕、カジ、チタンはまだ片付け終えていない荷物に囲まれ一息ついていた。

 開け放たれた窓からは、涼しい風が流れ込んでくる。聞こえてくるのは波の音だけだ。大通りから少し入った所にあるこの家には、外を行き交う人々の足音や話し声も届いてこない。


 僕は飲んでいたカクテル缶を床に置く。

 頃合いだと思い話を切り出した。漠然と世間の今を教えてもらうだけならあの夢の話をする必要はなかったのだが、何となく包み隠さす喋っていた。

 ミサス達の身の心配半分、この期に及んでも現実と全く無関係の夢を、ややリアル過ぎる夢を見たのだと笑い飛ばしてほしかった気持ち半分といったところだったと思う。

 

 話を聞き終えたカジとチタンはしばらく黙ったままだった。


 やがてカジが腕を組んで姿勢を少し動かす。そしてチタンに声を掛けた。


「ちょっと地図持って来てくれ。

 …………えーと……違う、そっちじゃねえ。……そう、その本棚の隅に折り畳んである奴だ。

 見ながら話した方が分かり易いだろ」


 チタンが本棚を漁っている間、僕はちょっと驚いていて、逆にカジに聞いてしまった。


「……信じるんですか」


 今更だけど、殆ど初対面の相手から聞かされる話としてはいささかぶっ飛び過ぎている。


「まあ、お前さんが奉仕精神溢れる男で引越し手伝っただけじゃ物足りずに俺等を楽しませようとして一晩悩んで話考えてきましたって言うんなら、ここで笑って終わりにしとくけどな」


 少し笑いながら僕は首を横に振った。

 チタンが持ってきた四つ折りの地図を床に置く。ただそれを開くことなくカジは少し得意気に続けた。


「まあ、それに俺ぐらいの年になればそいつが嘘ついてるかどうかなんてのはすぐ分かるもんだ」


 堂々と言い切るカジの言葉にチタンが諦め顔をする。カジは全く気にしていない。


「ただ、よ。

 これからしようって話はおそらく、聞けて良かったって思えるような話じゃねえ。しかも、その中身もたかが知れてる。それがまず前提で、だ」


 既にそこで少しショックを受けた僕の目をカジはじっと見る。

 

「そんなお前さん自身のことよりも確認しとかなきゃいけねえコトがある」


 まだあるというのか。


「リーンのことだ。お前さんの話じゃ、あいつはお前さんが記憶を取り戻そうとすることにまだ迷いがあるみたいじゃねえか。親身になってテメエの面倒見てくれてる女泣かしてまで一人で突っ走って後で後悔しねえか?」


 その問いに僕は少し黙った。しかし、それは数秒のことだったと思う。今リーンの為に聞くのを止めるというなら始めからここへは来ていない。


「……仕方ありません。今は現状を知ることが先だと信じてます」


 僕の意志が揺るがないことを見てとったのか、『分かった』と短く言ったカジはチタンを見た。チタンが部屋の床中央に地図を広げる。カジはチタンに『説明してやってくれ』と言って、自分は壁に寄りかかり缶ビールを飲み始めた。


挿絵(By みてみん)


「大雑把に言って世界は三大陸から成り立ってます。あたし等がいるのは中央大陸で、ミサスの旦那の話に上がってたロア皇子が治める大陸です。もっとも王族の直轄領は半分弱であとは形だけの従属だったり、対立したままの国も幾つかありますが」

「この港町メイアはどこなんだ?」

「メイアは中央大陸の北端、ここです」

「こんな北の果てだったのか……」

「まあ、とは言ってもここは西と東の大陸を結ぶ航路の中継点ですからね。一応。

 デスニアと東大陸と交戦中だった数十年前ならともかく、今は言う程田舎ってもんでもありません」

「デスニア? ……ああそれがロアの治める国の名前か」


 以前ジャンが話していた。


「ええ。それで大事なのはこっからだ。

 ミサスの旦那の話に出てきたクロインとフウス。この二国は西大陸中部で食いつ食われつの勢力争いを長いこと続けてる犬猿の仲でしてね……」


 まあおそらく、とは思っていたものの実在する国だという現実を突き付けられると流石にショックだ。しかもチタンはまだ何かその先の事実を口にしかねているようだった。


「それでええと……まあ……」

 

 カジが促した。


「隠してもしょうがねえよ。どうせすぐに分かることだろ」


 チタンは『ですね』と言い話を続けた。


「クロインとフウスはここ二十年、交戦と停戦を繰り返していたものの、情勢は一進一退という具合だったんですよ。それが…………ここ一年の間にちょっと変わってきましてね。……要はクロイン側が押され始めたんですよ」


 無論、夢の中でミサス達が所属していたのはクロイン側だ。夢の中でも確かに彼等は戦況が好ましくないような事を話していた。


「ベインストックにせよドレスバイル……でしたっけ、それにせよ、まあフウスとの国境近くに位置してると考えるのが妥当でしょうねえ」


 そこにミサスは……僕はいたというんだろうか……。

 あるいは新たな情報に刺激されて僕の記憶に何か変化があればとも思っていたのだが、その当ては外れた。マアヴェ達の身が一層気懸かりになってきたという一方で、それでもなお自分がこの世界と繋がっているという実感が湧かない。自分というピースだけが世界から外れてしまっている。


 僕はもう一つ気になっていたことを尋ねた。


「そういえばロアが征西したって……」


 チタンは慌てて首を振る。


「ああ、ああ。それはまた別の戦争ですよ。元々西大陸にはクロインとフウス以外にも幾つか国がありましてね。ロア皇子を戴くデスニアが参戦していたのは北部の戦線です」

「そっか……。

 そういえばカジさん達も征西に参加してきたんですか?」


 カジは何だか気に食わさそうな顔をしている。チタンが答えた。


「いえ、カジの旦那が所属してたのはアスロペンですからね。ロア皇子の叔父であるラディン卿が治める中央大陸北部は中立的立場を保ってきていてその……直接に、征西に関わるということはしてないんですよ」

 

 そこまで説明してくれたチタンは小さく息をついてビールの残りに手を付ける。それだけの事を一度に聞いて、僕もすぐに言葉が出ずカクテル缶に口を付けた。だが、教えてもらわなければならない事はまだあった。


「シダクは……シダクはどこなんだ?」


 チタンがカジを見る。壁にもたれかかっていたカジが四つん這いになって顔を近づけてきた。地図の一点を指差す。


「……ここら辺りだ」


 このシダクという町で、彼等は共に笑い、泣き、時間を過ごしたのか。カジが示してくれた位置には何も記述が無い。


「リーンは…………リーンと、今はいない彼女の母親はこのシダク出身なんですか?」


 少し開いた間の後にカジは頷く。


「……ああ」


 また一つ夢と現在を繋ぐ接点が明らかになってしまった。


「リーンとその母親、シリルはそこの出身だと聞いている。

 お前さん方が『おばさん』と呼ぶリーンの伯母、つまりシリルの姉もそこの出身だ。もっともあの『おばさん』は昔知り合った旦那がこのメイア出身だった為に結婚と同時にこっちへ越してきたんだが」

「リーンの母親もリーンと一緒にこのメイアへ来たんですか?」


 迫る僕にカジは少し視線を外して床を見た。


「……ああ。来た。何か理由わけありって感じに見えたが。

 だが……亡くなったよ。姉を頼って、当時十三、四歳だったリーンを連れてシリルがメイアへ越してきたのが今から四年……いや五年程前だったか……。

 それから二年ぐらい後だったかな、病に倒れてな」


 何故、リーンの母親は住み慣れたシダクを離れ、このメイアへ越してきたのだろうか。先程チタンが凡そで示してくれたクロインとフウスの境界線からシダクは離れていた。

 そういえばリーンの父親は……。

 その質問に、カジは思い出すように斜め上を見る。


「ああ……。

 シリルは旦那が後を追ってきてくれることになってるみたいに言っていた。

 だが、それから何も音沙汰はなかったらしくてな。リーンは亡くなったと思ってる筈だ」

「……」


 話を一度に聞いて何となく疲れてしまった僕はしばらく立つ気になれなかった。

 カジとチタンに礼を言い、その家を出たのは夜遅くだった。


 町の街灯が石畳の上を力無く歩く僕の足元を照らしてくれている。それをぼんやりと見つつ考える。

 これからどうすべきか。

 ブレアールからの帰り道に見たリーンの痛々しい笑顔が蘇った。同時にマアヴェ達のことも『シダク』という名も思い出し焦りが募ってくる。

 

 しばらくして僕は顔を上げると一つの決意を胸に歩き出した。


【現在、長めの情景・心理描写を削除・修正中です。2016.7.3現在ここまで修正済】

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