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月の刻限  作者: ゆいぐ
第一章
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第一一話 再会

 喜びのあまり発狂するジャンを置き去りにして、ミサスはマアヴェを連れてベインストックの街を案内していた。


 そしてその行程で僕は一つの結論を認めるしかないところまで追い込まれた。むしろ遅過ぎるくらいなのだろうが。

 つまり、長い机と沢山の木椅子が置かれた戦術立案室や弾薬庫に繋がる地下壕まで見せられたのだ。最早他の可能性を考えようがない。この街はどこかの戦線に位置している。ということは疑いようがない。


 勿論僕はこの街を見ても何も感じるところが無い。この現在と僕とが無関係であると願うばかりだった。


 僕が悶々としているうちに二人は老舗というかボロい店の前まで来ていたらしい。塗装の禿げた水色のドアにはハンマーをあしらったブロンズ看板が掛かっている。


「ここは……鍛冶屋?」

「ああ。銃剣の類なんて、軍お抱えの工場に行けば手に入るんだけど。

 ここの主人、腕が良いから俺達は結構世話になってるんだ」


 心なしか顔がほころんだように見えたマアヴェの横で、ミサスは少しだけ慌てた様子で続ける。


「……次、行こう」


 再び小道に入り縦に並んで歩き出す。すると後ろのマアヴェがぽつりと言ってきた。


「散々打ち負かしたもんね……私」

「今なら、負けないさ」


 振り返らずに答えたミサスの口元は少し笑っていた。


 ここで最後だと言って、ミサスとマアヴェは彼女が勤務兼寝泊りするらしき診療所へとやって来た。


「診療所だ。ここにも懐かしい奴がいるだろ」

「うん。元気かな、クルイ」


(クルイ……)


 マアヴェの表情が和らぐ。


 厚いすりガラスの開き扉を開けて中へ入っていくと、そこらかしこに怪我人がいて錆びた鉄の臭いがした。

 数人の医師にマアヴェを紹介した後、ミサスは『いないな』と呟く。そうして彼は最終的に彼女を屋上まで連れていった。

 三階建ての診療所の屋上には古びた給水塔があり、その向こうで白い包帯やら患者の着替えやらといった洗濯物が数列、風にはためいていた。

 うち一枚に隠れてダークグリーンの足が見える。


「クルイッ」


 ミサスが短く叫ぶ。


「あー、ミサスー? どしたの?

 珍しいわねえ。降りそうなんだけど……溜まっちゃっててさー」


 返ってきたのは若干のんびりした声だった。 

 彼女はそうやって返事をする間もこちらに顔を見せることなく、両手で大きなシーツの皴を伸ばしている。

 ミサスとマアヴェは顔を見合わせて小さく笑った。

 ミサスはもう一声ひとこえ呼び掛ける。


「お客さんだっ」

「え、誰?」


 皴を伸ばし終えたシーツの後ろから、セミロングの茶髪を後ろでまとめた女が顔を出した。狸、に似ていなくもない。その愛くるしい顔が見る間に笑顔になっていった。


「あれー! マアヴェ!」

「クルイ、元気でやってた?」

「うん。マアヴェは?」

「うん!」


 二人は懐かしそうに駆け寄っていって手を取り合う。


「もう二年かー。ちょっと大人っぽくなったよ、マアヴェ」

「そう? クルイこそ」


 懐かしそうに話し出す二人の傍に、しばらく立ち続けるミサスだったが。


 ……いつまでたっても終わりを見ないガールズトークに付き合いきれないと思ったらしい。切れ目のない会話に無理にねじ込んだ。


「それじゃ、俺は宿舎戻ってジャンと飲み会の準備するから。夜顔出してくれよ」

「あ。うん。ありがとうね、ミサ君」

「クルイも一緒にな」

「了解。ご苦労様」


 屋上を後にするミサスの背中に二人の楽し気な声が響いていた。


 夕方、飲食店でこれでもかという程に酒やつまみを買い込んだミサスとジャンは両手で大きな紙袋を抱え、暗くなり始めた路地をそれでも急くこともなく歩いていた。


「あー、今日は俺の人生史上、五本の指に入る奇跡の日だ。……くくくく……。

 ……くくっ………………。

 …………」


 黙ってしまったジャンに、ミサスは『しょうがねーなー』という感じに呆れ顔をした。ジャンの肩が小刻みに震えている。


「……くく。

 ……あははは……うわっはっはっはっは……っは……ぶへっ……ゲホッ……ゴホッ」

「その壊れたテンション、何とかしてくれ」


 ミサスが少し疲れた感じで返す。


「ゲホッ……ゴホッ……。

 んあ……わりい、わりい。いやー、だけどよ。嬉しくって嬉しくって。

 ……でもまあ……良かったよ。本当に」


 そう言ったジャンは少し下を向きながら、本当に嬉しそうにその大きな目を細めていたけれど。終わりの言葉はどちらかというと自分の為に喜んでいるわけじゃないように思えた。


 宿舎への最後のT字路に差し掛かった時、向こう側から腰に剣を帯びた人影が二人、こちらへ近付いてくるのが見えた。ジャンが軽く『お疲れ』と呼び掛けると、向こうも気付いたらしく二人とも手をちょっと挙げた。


「何だよ、二人して。珍しく自炊でもすんのか?」


 背の高い方が聞いてくる。

 近付いてきた彼が街灯に照らされ、ようやくその顔が見えた。喧嘩っぱやそうな吊り上がった目。短い黒髪。前髪を立て、横は刈り込んでいる。二の腕はガッシリとしていた。


「ふひひひ、驚くぜ、ケーケ。今日のゲストはなぁ……。

 ……やめとこ」


(ケーケ……?)


「なんだよ、コノヤロ。その勿体ぶりようは」

「教えてやんないよーだっ! フハハハハ」

「誰なんだってんだ。ったくよ」 


 考え込む彼の後ろから、もう一人の男が歩いてくる。


「そこらへんにしといてやれよ、ジャン。ケーケだって哨戒で疲れてんだから」


 穏やかだが、はっきりと通る声だった。

 ……こんな声をしていたのか。その覚えのある黒いツーブロックの前髪を見て僕は茫然としていた。体が僕のものだったら、息苦しくなってきて両の手を握り締めて、となるであろうところ、この体の持ち主にとっては常と変わらぬ状況らしい。何の変化もない。


 ……やがて、街灯の下、澄んだ黒い瞳をした男が現れた。


 ……右眼も……何ともない。

 それは紛れもなく、南町の病院に入院している筈のアノだった。




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