三日夜の餅・其の九
九
「ついな、どうしたの?」
「いえ、少し確認を」
二度ある事はなんとやら。 ついなは笑顔でさり気無く家の周囲で結界に接触が無いか探った。
良い所でいつも乱入されては堪らない。 周囲に友人の影がない事を確かめ、ついなは一安心するように息を吐いた。 良し。 邪魔者はいない! そう思ったその矢先。
「あら。 ビオル」
「え」
「うちの長が着いたみたい。 ちょっと迎えに行って来るわね」
「え……あの……」
ちょ。 今、邪魔が入らないと思ったのに……。 そんなついなの考えなど知る由も無く、東雲はするりといとも簡単に今度は手を解いて立ち上がり、さっさとその長とやらを迎えに行ってしまう。
庭に降りた東雲が地を蹴って空に舞い上がるのを呆然と眺め、ついなはその場に崩れる。 床板を思わず猫のようにカリカリと引っ掻いた。
「おのれ……どいつもこいつも…………」
ついなはうらめしそうな声と共に瞳に涙を滲ませる。 人間、日頃の行いもやはり大事なのではないだろうか。
(物凄く、嫌な気配がするんだけどねぇ)
布の塊ことビオルは都に入って数歩で背筋に悪寒を感じた。
「ビオル」
「東雲さんやぁ、来たけどぉ、ちゃぁんと教わってきたのかいぃ?」
「ええ。 スイのおかげでバッチリよ」
「そぉ。 ならいいけどぉん。 ……ところでぇ」
「何?」
「なぁんでそんなにぃ、顔を赤くしてるんだいぃ?」
ビオルを出迎えた東雲の顔は林檎のように赤かった。
思わず両手で頬を押さえる東雲に、ビオルは何故か嫌な予感が倍増する。
「えーとぉ、……東雲さんや」
「…………何?」
「今、何してたのぉ?」
「っ」
一歩間違えれば北域風に言ってセクハラになるものだが、一応性別は男でもビオルに含みは一切無い。 そして、むしろ口に出来ないいちゃつきなら安心できた。 のだが。
「その……手を握られて……頬に」
「あ、うん。 もういいよぉ」
おかしいなぁバッチリ婚儀について教わってきた子が何でそれくらいでこんな反応になるのかなぁ絶対バッチリじゃないよねぇ? ノンブレスの言葉が脳裏を駆け抜けたビオルは切実に思う。 帰りたい。
しかも、だ。
(そんな高確率で恋人らしい雰囲気の時にぃ、私が来たからってぇ抜け出してきちゃったわけだよねぇ? ……うわぁぁ)
恨まれる。 確実に恨まれてる。 ビオルはなんとなく先程感じた悪寒の正体を察し、幾重にも重ねた布の下で頭を抱えた。
(ただでさえぇ、話を聞く限り執念深い偏愛者としか思えないのにぃ、いい雰囲気の所を邪魔したとか思われたらもう……)
帰りたい。 確実に面倒くさい事になってる。 そう本心から思うものの、もう足を踏み入れてしまったからには手遅れで。
「えっとね、私も今帰ってきたばかりなの」
「うん……」
「ビオルに頼みたいのは早くても四日の朝だから」
「東雲さんや」
「何?」
「本当に……。 ほんとーに、全部教えてもらったぁ?」
目をパチパチと瞬き、東雲は当然のように頷く。
「ええ。 大丈夫よ。 どうしたの、ビオル」
「…………。 うん。 じゃあ、私、一旦戻るよぉ。 ちゃんと四日の朝までには戻ってくるからぁ」
そう言ってビオルが袖を一振りすると、風が辺りを取り巻く。 その風に乗って、急速に都から遠ざかる姿を不思議そうに見た東雲は、最後まで首を傾げていた。
「何であんなに念を押すのかしら?」
その一言が全てを物語っていると、本人だけが気付いていなかった。
「さてと。 帰らなくちゃ。 夕餉の仕度もあるもの」
友人に教えてもらった料理を作ろうと、東雲は再び“家”へと飛び立った。
「そうだわ。 お土産も渡さなきゃ」
帰り際に友人が持たせてくれたのは、可愛い砂糖菓子。 星屑のようなそれは金平糖というのだと教えてもらった。
「ついな、甘いものは好きかしら」
二人で仲良く食べると良いと言われたのを思い出し、東雲は楽しみになる。
色々な話をしながら、今日は婚儀の一夜目を迎えるのだ。