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東の空に映る色番外余話  作者: 琳谷 陸
三日夜の餅(ついな×東雲)
8/18

三日夜の餅・其の八



「ずるいわ」

「そうですか?」

「そうよ。 人に聞くばかりじゃない」

「私は、東雲とこうして触れ合うの、好きですよ」

 にっこりと笑顔でついなはそう言った。 なんの躊躇いも無くそう言われたら勝てるはずもない。

「嫌じゃないわ。 ……嫌なわけ、ないでしょ」

 言った途端に自分でも感じられるほど頬が熱くなった。 東雲は緑の瞳を頼りなさ気に彷徨わせる。

「スイ……これじゃ、身が保たないわ……」

「スイ?」

 東雲の口から零れた人の名前らしきものについなが首を傾げた。 東雲は気を紛らわせる為に少し早口で言う。

「私のお友達。 スイにこの三日間面倒見てもらっていたの。 それで、人間の事を知るなら、その、人間と……同じ条件になった方が良いって言うから、だから」

 三日間の人間講座が終わった後、帰る東雲に彼女は言ったのだ。

『人間の事を理解したいなら、まず人間と同じ生活をするのが一番よ。 勿論、身体も実体になった時に中身まで同じにするの』

『中身……』

『そうよ。 昨日、人体図は見せたでしょう。 血管とか臓器までちゃんと構築して、息をするのよ』

『確かに、出来るけど……維持が』

 高位の精霊である東雲には、形作る事はそう難しくないのだが、それを長時間そのままの形で維持し続けるのは割と骨だ。

『大丈夫よ。 だって、貴女は人に愛されたんでしょう? なら出来るわ』

 魂そのままの姿である精霊は、酷く脆い。 けれど、精霊は他者に愛されることで存在を“認められる”のだ。 誰かに認めてもらう事で、その魂は確かにそこに“存在している”事になる。

 自分を誰かが存在すると認める事。 それは本当はそれだけ大きなことで、大事な事。

 精霊は愛されることで本当の“魂”を得る。 魂と現世の繋ぎとめが行われたなら後は魔力で器を構築しさえすれば自然と自解しない限り保てるはずだと、スイは言った。

『いい機会だわ。 その殿方が本当に貴女を愛しているか。 確かめてご覧なさい。 貴女が身体を維持できれば、それは確かな証となるのだから』

 そう言いながら、最後に一言『怖がらなくていいわ。 きっと大丈夫だから』そっと言い添えてくれたのが、東雲の背を押した。

「意識してないのに、解けないわ」

 握り絡められた指も、熱を帯びる頬も。 触れ合った場所には互いの体温が確かにある。 それは消える事無く。 それは愛され魂を得た証。

「東雲?」

 そして、愛とは一方通行では愛と呼べない。

「好きよ。 ついな」

 東雲は嬉しさに破顔する。 愛された。 それは言うまでも無く嬉しい。 けれど、それと同じくらい、誰かを、この人を愛せたことが嬉しくて、どうしようもないくらい嬉しくて。

「大好きよ」

 指を絡めた手を東雲は握り返す。 それはいつぞやの再現のよう。

「…………ずるいのはどちらですか……」

 ぽつり呟いたついなの顔は東雲の頬と同じくらい真っ赤だった。 今にも音を立てながら湯気が出そうである。 反則だと呟きながら、ついなは白旗を揚げた。 敵うわけがないと呟きながら。

「東雲」

「なぁに?」

 くすくすと嬉しさ溢れるその顔を見つめ、ついなは囁くような声音で言う。

「貴女を一目見て、恋に落ちました。 でも、その後もずっと、何度も、私は君に恋に落とされているんです」

 驚いたように目を瞠る様子が可愛い。 怒って拗ねて、それでもいつも一生懸命で、意地っ張りなのに頑張り屋で、めまぐるしいほどに色々な表情を見る度に、愛しく思う。 自分がこんな気持ちになるなんて、思ってもいなかった。

 輝くような生命の光の裏にあった虚ろな孤独。 惹かれたきっかけはきっとそれだった。

 その光りと闇の落差に魅入られて、眩しいその光りを自分のものにしたいと思ったのを覚えている。 独りの孤独を当然と受け入れ心地好いとさえ思っていた自分ついなと、孤独の闇を当然と孕んでいても生命の光りに焦がれているような彼女しののめ

 その光りに触れたい。 同時に、その闇を誰よりも自分で埋めたいと思った。 思考の末ではない。 発作のように衝動的に。 きっと呼び名は本能だ。 光りが無ければ闇は無く、闇が無ければそれを光りだと認識できない。 陰がなれば陽が支えられないように、陽がなければ陰も成り立たない。

 だから、惹かれたのはある意味当然で。

「私は君の陰に。 君は私の陽に。 誰にも別つことなんて出来ない。 させない。 最期まで道連れにして差し上げますから」

 虚ろを心地好く思った自分が、その虚ろごと満たすから。

 虚ろに染まっていた自分を、彼女で満たしたい。

「だから私の妻になって下さいね」

「卑怯……」

「どこが?」

「私だけに有効な殺し文句よ」

 東雲のどこか非難めいた声に、ついなは満ち足りて笑う。 何度だって、この彼女に恋をする。 それはついなの中で出会った時からの理だった。

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