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東の空に映る色番外余話  作者: 琳谷 陸
三日夜の餅(ついな×東雲)
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三日夜の餅・其の三



「あの、東雲。 何でそんなに距離を取っているのですか?」

 ついなは帰ってきた妻を出迎え、そして言葉通りとられた距離に困惑していた。

 声を掛けると目を逸らされる。 泣きたくなった。

「ついな」

「はい!」

「……聞きたいのだけど」

「はい」

 何でも聞いてください! と笑顔で頷くついなに、東雲は何とも苦い顔で聞いた。

「しばらく、留守にしてもいい?」

「私、何かしましたか!?」

 心当たりは……遺憾ながらある。 鬱陶しいとか鬱陶しいとかその辺り。

「駄目?」

 窺うような上目遣いで見られて、ついなは狼狽しつつも声を絞り出した。

「ずっとじゃない、ですよね?」

「ええ。 三日ほどで、良いわ」

「わかり、ました」

 そう言うしかなかったのだ。 惚れた弱みというのは本当に厄介で。



         ◇◇◇◆◇◇◇



 大陸の中心にある狭間峰の中腹に「狭間の薬師」の家はある。 その薬師こそ、狭間の姫と呼ばれる存在だった。

「スイ」

「あら、東雲。 どうしたの?」

 住処である木造の山小屋の戸を開けると、件の姫は乳鉢を片手に何かを磨り潰している。 歳は二十に届くかどうか。

 どこまでも黒く美しい濡れ羽色の長い髪に、透明度の高い湖のような水色の瞳。 女性としての魅力がそのまま姿をとったかのような抜群の造形美は首も袖も足首も覆う漆黒のワンピースに包まれている。

 珊瑚のような色の唇は艶やかで、まさに絶世の美女と呼ぶに相応しい。

 あまりに美しく、禍々しいほどに。

「ビオルに言われたの。 貴女に教えてもらってきなさいって」

「まぁ。 何をかしら」

 スイはそう言って立ち上がり、東雲を手招いて卓を勧める。

「今度、人間の妻になったから婚儀を挙げようと思うの」

 東雲の話を聞きながら、スイは茶器に香茶を注ぐ。 一つを東雲の前に置いて、自分は本棚に歩み寄り一冊の本を抜いて戻ってくる。

「そう。 めでたいわね」

「それで、人間の婚儀について、貴女に聞いてきなさいって言われたのよ」

「あらあら。 ビオルさんたら……逃げたわね」

「逃げる?」

「東雲」

「なあに?」

「東域の婚儀が知りたいの?」

 確か、東域の人間だったわよね? と聞きながらスイが首を傾げた。

「ええ。 何か手順や準備するものがあるの?」

「…………なるほど。 そういう段階なのね」

 パタンと開きかけた本を閉じて、スイが東雲を見遣る。 水色の瞳はなんとも素直そうな風の精霊を見つめた。

「東雲、訊いて良いかしら?」

「ええ。 何?」

「貴女、その殿方と口づけをした事は?」

「え?」

 思わず聞き返す東雲に、スイは黙ったまま答えを待つ。 理解できなかった言葉が染み込む内に段々と東雲の頬が赤く染まっていく。

「見事な紅葉ね……」

「スイ、ねぇ、ちょっと」

「何かしら」

「そ、それって関係あるの? え? あ、あるの?」

 しどろもどろになった東雲を、スイはどこか哀れむような目で見る。 声に出さなくてもその顔は「可哀想に」と言っていた。 それでも見ていると、東雲の瞳に涙が滲み始める。

「東雲? そんなに泣くほど嫌なら止めた方がいいわよ?」

「あ、これは、……え? あら?」

 わかり易くパニックらしい。 刺激が強すぎたかしらとスイは自身の肩に掛かった髪を払って考える。

「抱き締められた事はあるの?」

「だ……?」

 まさかそこから? 訊いておいて何だが、スイは溜息をつきたくなった。 これで婚儀? ないわ。 口に出さなくてもそれは伝わったのか、東雲がしゅんとなる。

「東雲、ちょっと婚礼するの待ちなさい。 ここに暫く……三日くらい通って」

「三日……」

「三日よ。 いいわね?」

 スイはそう言って、早速今日にでも麓の村にでも降りて、行商を捕まえて本を買い求めようと思った。

(とりあえず、恋愛物語を探しておかないと。 三日でどこまで知識を詰め込めるかしらね)

 未だに頬に朱を残す東雲の顔を見て、スイは片手を自らの頬に当てて仕方なさそうに嘆息する。

(生粋の精霊って長く生きているわりに“存在しているだけ”の子が多いから厄介なのよね、本当に)

 人間の文化をたまに眺めているけれど、基本的に興味なんてないのだ。 それが今回のように何かをとち狂ってこういう事になると、そのつけが来る。

(ビオルさん……。 後でしっかり埋め合わせしてもらわないと)

 自分に丸投げした風の長を思い浮かべ、スイは対価に何を要求するか考えておかなくちゃと呟いた。

「とりあえず、その殿方に三日ほど離れるって言っておきなさい」

「はい……」

 東雲が力なく頷くのを見て、スイは前途多難ねと天井を仰いだ。

「スイ」

「何かしら?」

「ごめんなさいね。 それから、ありがとう」

「前半はいらないわよ。 仕方ないでしょ。 貴女は私のお友達なんですもの」

 でなきゃこんな面倒な事できないわよ、とは言わない。 にへっと照れたように笑む東雲を見て、スイは思う。

(厄介だけど仕方ないわよね。 親友の頼みですもの)

 恋とは違うけれど、この気持ちもまた狂おしい。

「スイ」

「何かしら?」

 東雲の呼びかけにスイはそちらを見遣る。 そして、はにかんだような笑顔で東雲は言った。

「大好きよ」

 思いっきり、スイは溜息を吐きたくなる。

(ああもう、本当に……なんて性質たちの悪い!)

 それは紛れもない本音。

「知ってるわ」

 絶世の美女は苛立たしそうにそう言って子供のようにそっぽを向いた。 この無邪気な友人は恐らくわかっていない。

(この私にこんな事させるのは貴女くらいだって事、絶対わかってないわ!)



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