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東の空に映る色番外余話  作者: 琳谷 陸
三日夜の餅(ついな×東雲)
16/18

三日夜の餅・其の十六

十六



 全身を幾重にもローブやフードで覆って、唯一見えるのは笑みを浮かべた口許とフードから零れ出ている緑青色の髪一房。 見てくれも言葉遣いも全てが不審なコレが、風の長?

 ついなはその姿をもう一度見た。 が、何度見ても布の塊。 物の怪の類ではないのかこの見かけ。

「…………」

(何より気に食わないのはそんな事ではないのですがね)

 そう。 別にこの不審者に何も無かったとはいえ三日夜の締めくくりを邪魔されたのは、まあいい。 仕方ない。 東雲が父親役として呼んでいたのだし、昼になって朝餉の時間でなくなったのを心配したらしいのはわかるから、そこは納得しよう。 が。

 特定の土地に棲む精霊以外にとって、自分たちの長というのは何をおいても一番の存在だと、瑞木は言っていた。

 ということは。

(これに、私は負けるかもしれないと?)

 この布の塊に。 この、口許には怪しいニタァっとしたもの浮かべて、喋り方も怪しいこれに。

 納得できない。

「礼儀として、他域ではともかくこの国では外套を家の中に入った場合は取っていただければ幸いです。 まして、食事の席ですから」

 ついなはそう言って、始めから終わりまで、頭の天辺から爪先まで布で包まれた布の塊に視線を向ける。

「それもそうね。 ビオル、ついなに顔を見せて」

「ええとぉ……もう帰るからぁ……ね?」

「ビ・オ・ル」

 往生際の悪い布の塊に、東雲は一音ずつ区切るように名を呼んだ。

 そして、にっこりと満面の笑みで言う。

「私の夫に、父親が顔を見せないなんておかしいわ」

 東雲の「私の夫」の部分でついなはうっかり笑み崩れそうになり、慌てて表情を引き締める。

 対してビオルは「うぇええ?」とそれは気乗りがしない声を出したのだが、溜息をついて観念したのかフードに手を掛けた。

「私達の長をついなにも見てもらいたいもの」

「はぁ……。 わかったよぉ」

 パサッと下ろされたフードの下から現れたのは、室内に差し込んだ光りを弾く真っ直ぐで艶のある緑青色の長い髪、それこそ雪のような白い肌。 髪色も然ることながら幾つかの耳飾をつけた、森の民(他域ではエルフ)と呼ばれるもの達と似通った長い耳が目を引く。 歳は十八才くらいでついなと同い年くらいだろう。 顔の右半分は長い前髪に隠れていたが、深く色濃い紅玉のような赤い瞳がついなを見据えた。

「私が風の長だ。 眷属の一人、東雲をこれからよろしく頼む。 夫殿おっとどの

 スッと頭を下げ、一礼する。

「……どうした?」

 訝しげにビオルが問い掛けるのは、ついなが先ほど以上の不審者を見る目で見ているからだ。

「何で口調まで変化するんですか」

 見た目も劇的変化だが、ついなが気になったのはそこだった。

「夫殿は正式な行事に普段着では参らないだろう。 そういう事だ」

 直衣のうしは普段着であり、寮で普通の仕事する際は何かない限りそれで許される。 だが、公式の行事などには普段着で挑むのは有り得ない。 時と場所に合った服装が求められる。

 つまり、そういう事らしい。 見かけを仕事にたとえ、口調を服にたとえて言っているのだ。 見かけに合った話し方にしているだけだと。 事実、劇的なまでに変化した外見の印象にあの口調は似合わず、布の塊姿でこの口調もどこかおかしい。

「というか、何でそもそも今のままでいないんですか」

 そのついなの問いに返って来た答えもまた腹立たしかった。 曰く、

「……何故かこの姿だと目立つからだ。 特にこの東域は人間の比率が高く尚更にな」という。

 髪と同色の長い睫と弓なりの眉をひそめ、少しばかり不本意そうな顔は判別も何もない布の塊よりはよほど整っている。 ある意味で先程よりもついなはこの長が気に入らなくなった。

(しかも見た目の歳があまり変わらない)

 布の塊状態でもあまり低い声ではなかったから、若いだろうとは思っていたのだが、まさか自分と変わらぬようなものだとは思っていなかったのだ。 心が狭いと言われても構わない。 これは嫉妬だ。

 自分よりもっと歳がいっている、それこそ東雲と比べたら親子ほどの年齢に見える見掛けならば話はまた違ったのかも知れないのだが、見た目が自分と変わらない若い男。 それに精霊のさがとして仕方ないとは言え、自分の妻がこの不審者を大好きだというのは面白くない。

 ついなの不穏な気配を感じたのか、ビオルは疲れたような気配を纏いながらごくごく小さな声で呟いた。

「面倒くさい」

「何か言いましたか?」

 どう聴いても棘のあるついなの声音に、ビオルは再びフードを目深に被り直す。

「うふ。 別にぃ……。 さてぇ、これで本当に用事は済んだしぃ、私は帰るよぉん。 けどその前にぃ」

 ビオルは東雲の方へと顔を向ける。

「東雲さんやぁ。 スイさんからぁ、貰ったものがあるでしょぉ?」

「え? ええ」

「それぇ、渡して貰って良いぃ?」

「何で?」

「ちょぉっとぉ、まだ早いかなぁって……思うからぁ」

「早いって……ただの金平糖よ?」

 そういいながらも東雲は昨夜食べた金平糖の残りを取りに行く。 その後姿を一瞥してビオルはボソッと呟く。

「うん……精霊以外にはねぇ」

「どういう事ですか」

 もちろんそれを聞き逃すついなではない。 剣呑な光りを宿した黒い瞳がビオルを見据えた。

「スイさんていう東雲さんの友人がいるんだけどねん。 その子ぉ、薬師なのぉ」

「…………」

「スイさんねぇ、東雲さんのことぉ、とぉっても気に入ってるからぁ……まぁ、災難だったよねぇ。 あはは」

 この布締めていいだろうかと、ついなは紛れも無い殺意を抱いた。

(昨晩のアレを……笑って……)

 他人には笑い事でも、ついなには色々な意味で結構な試練だったのにである。

「いや、うん……本当にぃ、災難だよねぇ……でもぉ」

 まだ何かあるのか。 言外でもわかるような視線をついなはビオルに向けた。

「ありがとうねぇ。 東雲さんを愛してくれてぇん」

 何でそれを布の塊に言われなければならない。 反射的に口から出掛かったけれど、ついなは口をつぐんだ。 見かけも口調もふざけているとしか思えないけれど、それでもその口許に浮かんだ笑みは慈しみに満ちていたから。

精霊あのこ達にとってそれは何よりも素晴らしい宝物だからぁ。 あの子達の長として、お礼を言いたかったんだよん」

 精霊は愛されることで魂を得る。 そう言い出したのは何処の誰か。 誰が言い出したにしても、それは真理であった事に間違いはない。

「ついなさんにぃ、愛されたからあの子は『東雲』さんとしてぇ、女の子になったしぃ、存在していける。 それにぃ……あの子の一番の願いを叶えてくれた」

 目深に被ったフードの下からビオルは赤い瞳でついなを見遣った。 その瞳に映るのは他より少しだけ色々なもの。

えにしは結ばれた。 それは真にあの子の願いを知り、叶えた証。 あの子をよろしくねぇん。 くふふ」

 ついなが口を開く前に、金平糖を包んだものを持って東雲が戻ってくる。

「ビオル、これだけど」

「あは。 じゃあ、これは貰っていくねぇ? 後でちゃんとしたのお返しにもって来るからぁ」

「え。 ちょっと、どういう」

「お邪魔しましたぁ」

 東雲の手から包みを取って、まさしく風のように布の塊は庭に降り立ち、舞い上がった。

 そのまま風と共に飛び去って見えなくなる。

「もう。 折角ついなに紹介する機会だったのに」

「紹介はもう十分ですが」

「そう?」

「はい。 大変得体の知れない方だという事はしっかりと」

 良くも悪くも行き着いた印象はそれだった。 ついなはそれを正直に口にしたが、その時の表情がやや面白く無さそうだったのは否めない。 だからだろうか、東雲は少しだけ心配げな表情でそっとついなの隣に腰を下ろす。

「東雲?」

「ビオル、気に入らなかった? 確かにちょっとあの格好は見栄え良くないかも知れないけど、でも、中身はそこまでずれてないのよ。 少なくとも私達よりはよほど、人間寄りの考えも出来るし」

「…………」

「それに……私達の事を、一番に認めて祝福してくれたのもビオルなの」

「東雲。 もういいです」

「え?」

 ついなの制止に東雲はそちらを見ると、ついなが何とも苦い顔をしていた。

 嫌悪ではないけれど忌々しそうで、けれどそれが全部かと言われたら他の何かも混じっていそうな微妙な表情。 その顔でついなは言う。

「君が、あの方を好きなのは、よく……よくわかりました。 わかったので、もういいです。 正直に言って、面白くないので」

「面白くないって……」

「私は、そんなに心が広くないんです」

 宣言のような強さでついなが口にした言葉に、不安そうだった東雲の表情はキョトンとしたものに変わる。

「瑞木から、東雲達が自分の所の長を大……好き、だって聞いていますから、わかっていたんですが、やっぱり、面白くないんです。 東雲が、私以外の男――――例えそれが長だとしても、好きだって言うのもそれを伝えられるのも。 申し訳ないとは思うのですが」

 そこまで男としての度量が大きくないもので。 そう言って、ついなは気まずそうに視線を逸らす。

 しーんと静まる場の空気に、ついなは後悔したが言ってしまったものはどうしようもない。

 これはまずかったかも知れない。 呆れられたか、下手したら怒らせたかもしれない。 そう思うけれど、自分の気持ちを偽るのも隠すのも彼女にはしたくないと思ったから。

 それでも好きな人の事。 呆れられるのも怒らせるのも本当は嬉しくない。 むしろ避けたい。 優柔不断に揺れる心についなは唇を噛む。

 と。

「東雲?」

 隣に座っていた東雲がついなの片腕に手を添え、肩に頭を軽く預ける。 ふわりと日向の花の香りがしてついなは目を瞬いて東雲を見た。

 ついなの肩に頭を預けた東雲はそのまま顔を上げて、ついなを上目遣いに見る。 その自然と桜に色づいた口許には、笑み。

「やきもちなのね?」

「……そうです」

 やきもちと言えば可愛らしい響きだが、嫉妬だ。 醜態の一種だ。 決して誇れるものではないから、ついなはどうしても東雲の瞳から逃げるように顔を逸らしてしまう。

「ふふ。 やっぱり、ビオルに来てもらって良かった。 そうよ。 好きよ。 ついなの次に」

 びっくりしてついなは耳を疑った。 東雲はそんなついなの様子を見て、クスクスと笑う。

「何度言ってあげても良いわよ。 あなたが、吉野ついなが、私の一番好きな人。 大好き。 誰よりも何よりも、あなたが好き」

「あの、それは」

「長は確かに好きよ。 だって私達の象徴だもの。 性別なんて度外視だから、ちょっと感覚が違うけど、あの人に消滅しろと言われたらその眷属は皆、その通りにするわ。 私以外は」

 白くたおやかな繊手がついなの頬を両手で包み捉えて、手の主へと向けさせる。

「あなたの妻になる前なら、従ったけれど、今はダメ。 変わらぬ敬愛を捧げてはいるけれど、私の一番はついなだから。 あなたが、私の唯一よ」

「…………どうしてそこまで」

「わからない?」

「…………」

「わかっているのに聴くのは意地悪だわ」

 拗ねたように東雲は頬を膨らませて見せるけれど、その輝く緑の瞳が怒ってなどいない事を教えていた。

 日向の花。 どこまでも明るく輝く陽光の花。 ついなにとって、東雲は出会った時からずっとそういう存在で。

(反則です……)

 それを目の当たりにする度に、恋に落とされる。 ついなは自分の頬を捉えて微笑む自身の妻に心の中で白旗を両手で揚げた。

「ついなの頬、暖かいわ」

「東雲……私が悪かったので、手を離して下さい」

「あら。 嫌なの?」

「っ」

 答えは否。 からかうような東雲の声音から、彼女もそれを知っていると伝わってくる。 ふと、ついなは慨視感を覚えた。 似た様な事があったような気がする。 しかも最近。

「ねぇ、ついな?」

「あ、の、それは……その……」

「なぁに? 聴こえないわ。 はっきり言って」

 やっぱり妻は怒っているのではないかとついなはチラリと思った。 面白がるような笑顔で、ついなを捉えている。

「嫌なわけは、無いです」

「なら、いいわよね」

「はい……」

 最早、ゆだりそうなついなに、東雲は楽しそうに笑った。 ぺろっと小さく舌を出して、にんまりとした表情を浮かべて囁く。

「この間のお返し。 思い知ってくれたかしら?」

「あ」

「ふふっ」

 無邪気な笑い声に、ついなはがっくりと項垂れた。 覚えがあるのも当たり前だ。 その行動も言葉もついながやったこと。 己の所業が返って来ただけであった。

 ついなは何だか切なくなった。 色々な意味で。 しかし正反対に妻は大変ご機嫌である。

「ついな」

「はい……」

 呼び声についなが真っ赤な顔を上げると、すぐそこに東雲の顔があった。

 熱を計るような仕草でこつんと額を合わせ、東雲は言う。

「私の旦那様。 不束ですけれど、最期まで共にいて下さいね?」

 甘い、甘い、眩暈のしそうなほど甘いのは、声かそれともこの感情か。

「三日夜を終えて、これで私は正式なあなたの妻。 愛しているわ。 ついな」

「私もです。 それ以外の言葉は存在しません」

 降参、と完全な白旗を揚げつつ、ついなは思う。

(嗚呼、馬鹿でした。 敵うはずがない。 古今東西、婚儀の主役はどこでも、花嫁なんですから)

「最期まで道連れに。 私の陽花。 愛しています」

 そっとついなは東雲の真名を呼ぶ。 嬉しそうに、東雲がそれに答えてついなの胸元に身を添わせば、ついなもそっと陽だまりを抱くように微笑んで東雲抱き締める。

 互いの温もりに心が満たされて、ついなは淡く笑む。

 人の欲は限りないけれど、今はこれでいい。

(いつか、本当の意味で三日夜を過ごしても、これだけは変わらない事ですからね)

 風の精霊カミを妻にした陰陽師はただ腕の中の妻を想って微笑んだ。




 終

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