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東の空に映る色番外余話  作者: 琳谷 陸
三日夜の餅(ついな×東雲)
15/18

三日夜の餅・其の十五

十五



 ついなの家の向かいには川が流れている。 その土手には桜や柳が植わっており、布の塊は朝からそこに居る。

 朝餉の仕度が出来たら迎えに出るから、そこで待っていてと言われていたからその通りにずっと待っているのだ。 今の時刻は昼四つ。 北域風の時間ならば午前十時と呼ぶ時間。

 確かにまだ朝だと言えば朝だろう。 しかし、この地域の人間はほとんど日の出と共に朝を始める。

 この辺りで人が住んでいるのはどうやらこの家だけのようだが、ここに来るまでの町並みを見た限り、もう人々は仕事に繰り出している。 なのに、布の塊の眼前にある家では一向に炊事の気配も人が起き出す気配も無い。

「帰りたいよぉ……」

 絶対ろくな事じゃないしぃ……。 そう切実に思うのだが、約束してしまった以上それを破ることは出来ない。 この婚儀で自分は東雲の父親役をすると約束しているのだから。 夫になった人間とここで朝餉を一緒に取らない限りすたこらと逃げ帰るわけには行かないのだ。

 しかし待っていると色々心配になってくる。

(まさか本当に婚儀を決行して、驚いたシルフィさんが相手を風で八つ裂きにとか……してないよねぇ?)

 そんな事になっていたらまず自分がわからないはずがない。 仮長かりおさとはいえ、そこまで役目を怠けているわけでもないのだからそれはないだろうと思う。 けれど万が一とか……等と考えうる限りの可能性がぐるぐる頭を回った。

 ちらちらと視界に風の下級精霊が集まってくるのが見える。 長がそこで何やら悩んでいるような様子が気になって寄って来たのだろう。 いっそ彼らにお使いでも頼めばいいのかも知れないが、自分でも踏み込めない場所に行かせるのは酷すぎる。

 かくして布の塊はそのまま昼九つ(他域では十二時)まで待った。 昼四つの次が九つ。 どうにもこの国の時刻は特殊だよねぇと呟き、流石に朝餉と呼べなくなった事で腹を決めた。

 玄関の引き戸に手を掛ければ、戸はすんなりと開く。 無用心だとしか言いようが無いが、どうやらこの家に結界が張られているのを感じていたからこれで問題ないのかもしれない。

 声を掛けるも返事はなく、布の塊は存分に躊躇った後、靴を脱いで家に上がった。

 布に包まれた布の塊としかいえない姿なのに、この塊は足音一つ立てずに歩く。

 その歩みが引き戸のある部屋の前で止まった。 気配は、ある。 間違いなくここに居る。

「あのぉ……朝餉にぃ、呼ばれてたものなんだけどぉ……」

 返事が無い。 布の塊はこの場で踵を返して帰りたかった。

「起こすよ? 開けるよぉ? ダメなら今すぐ言ってねぇん?」

 そして、その戸を横へと。




 何か物音が聞こえた気がした。

 ついなは徐々に浮き上がって覚醒していく意識にぼんやりと自分の状態を確認する。

 昨夜の拷問とも至福ともつかない抱擁に、明け方まで意識が半強制的に保たれていたのだが、どうやら限界がきてぷっつりと記憶が途切れていた。

 まどろむような暖かさと、自分のものではない寝息に状態は相変わらずだと感じ取る。

 意識すればまた鼓動がうるさくなりそうだったが、伊達に一晩その状態でいたわけではない。 慌てず騒がず、慎重に変わらず自分の頭を抱き枕のように抱えていた腕から抜け出して、その愛しい妻の顔を見た。

 人ではない浅葱色の髪と長い睫、白雪の肌。 幸せそうな微笑を浮かべた唇は柔らかく桜色に染まっている。 あどけない寝顔についなは見惚れて魂を抜かれたように固まった。

(可愛い)

 幾ら見ても見飽きないと本気で思いつつ、腕の中にあったものが無くなったからか、まるで何かを探すように眠った東雲が身じろぐ。

 そしてついなの衣に指が触れ、動物が暖を取る為に身を寄せるのと同じような感じで東雲は寄り添う。

 ほわんと暖かい気持ちになり、ついなはそっと東雲を抱き締めた。 その時。

「あのぉ……朝餉にぃ、呼ばれてたものなんだけどぉ……」

 何か聞こえた。 今まで一度も聴いた事が無い声だ。 しかも、その声の主が“朝餉に呼ばれた”とそう言っている。

 東雲は確かこう言っていなかったか。 自分の所の長に、親役を頼んだと。 四日目の朝に、だからそれが来ると。

「起こすよ? 開けるよぉ? ダメなら今すぐ言ってねぇん?」

 待て。 開けるな! そう言おうと口を開くも、咄嗟に声が出ない。 そうしている内に、引き戸が動いて外の光りが隙間から外気と共に部屋へ流れ込み。

「……ぅ?」

 東雲が光りかそれとも外気にかゆっくりと瞳を開けて。

「…………」

「…………」

「…………おはよう。 ついな。 ビオル」

 眠たそうに瞳を擦りながら、東雲は凍結されたように固まった夫と長にそう言った。




「ビオル、何でそんなについなと離れた所に座っているの?」

「いやぁ……気にしなくていいよぉん」

 場所は移って居間である。 しかしこの空気。 気にしていないのは東雲だけで、ついなと布の塊ことビオルの間には心の距離とこれからを暗示するような微妙なものが漂っていた。

 衝撃(なのかどうか微妙ではあったが)の同衾場面に遭遇したのだから、その距離も空気も当然といえば当然かもしれない。 相当に気まずい事だけは確かだった。

 三日夜を終えた(本来の意味とはかけ離れている内容だとしても)東雲は、嬉しそうに用意した朝餉を口に運んでいる。

 ビオルは食べ終えると食べ始めと同じように手を合わせて「ご馳走様」と言った。

「ええとぉ、これで私のぉ役目は終わりだよねぇん?」

「そうよね?」

「ええ。 そうですね」

「じゃあ、そろそろ退散するねぇ」

 後は若い人たちでごゆっくりと早々に出て行こうとしたのだが。

「待って、ビオル。 まだついなに改めて紹介してないわ」

 しなくて良いよ! むしろ日を改めて! とビオルは思った。

 しかしここでそれを口に出す事は出来ない。 一応仮にも祝言の席だ。 それを早々に出て行こうとした者が言える言葉ではないのだが。

「……ええとぉ、一応ぅ風の精霊の長をやってますぅ」

「吉野ついなと申します」

「はぁーい……よろしくねぇん」

 物凄く冷えたついなの視線に、ビオルは若干口許が引きつり掛けた。 一応親の立場ではあるが、どうみてもこの婿に良い印象は抱かれていないと一発で察せられるそれはそれはひんやりとしたものだ。

 あの同衾場面で出会った時から、ついなの視線は「何だこの不審者は」としか言っていない。

 確かに夫婦の時間を乱したのがどう見ても布の塊にしか見えないもので、しかもそれが妻の親だと言われても受け入れがたいものがあるのだろう。

 そこは当の布の塊であるビオルも重々承知していたから、何も言わない。

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